依存、そして叶わない願い
むかしむかし、それこそ俺が覚えてる限りは300年昔から言われてたことがある。ほんとかどうかは分からない。理不尽な世界に対する諦めとして言われたのか、それとも本当にそういうお告げがあったのかは知らない。
でもこれだけは言える。そのお告げが広まった時にはもう世界は壊れていた。
『この世界は行き過ぎたことをしてしまった。我々が目を離していた瞬間にこれほどのことをしていたとは。この世界は間違えてしまった』
はたしてこの言葉が誰が言ったのかは分かってない。教皇なのか世界を主導していた国のトップなのか、今はもう廃れてしまった神話の世界にいた巫女の末裔なのか、それともどこにでもいるような人が言ったのかは分からない。もしかしたら本当に「神様」が言ったのかもしれない。
誰も何も分からないまま世界は壊れてしまった。
寿命の概念は消え失せた。怪我をしても、病気になっても次の日には完治してる。
成長なんてものは忘れられた。背が伸びることも、髪が伸びることも何もかもが止まった。
子どもなんてものはいなくなった。全員が同じ外見のまま年を重ねるから純粋無垢な子どもは御伽の中の話だけになった。
赤ちゃんなんて伝説上のものになった。なぜか赤ちゃんだけはある程度強制的に成長させられた。自分で考え行動できる年齢まで成長した。
家族という言葉は死語とかした。永遠ともいえる人生を歩むことになった俺達は一つの家族というまとまりにこだわらなくなった。一人の夫、一人の妻に執着する必要がなくなった。むしろ一夫一妻を貫いてしまうと仲が悪くなるケースが増えた。
そんな世界に壊れてしまった。
魔法なんてない。ここにあるのは高度に発展した化学だけだった。だからこそゆっくりと衰退するしかなかった。
もちろん俺だって衰退していった一人。
変わらない日々に疑問を持っても答えをくれる人はいない。壊れた世界をどうにかしたくても俺にはどうすることもできない。
目的を失ってしまった人間は惰性的に生きるしかなくなった。
だから世界は行き詰まり、何とかしようと思う人もいなくなった。
なぜなら結果は変わらないから。何をしても変わらない。
変わってしっまった身体を調べようとした研究者がいた。その結果は異状なし。健康的な人体以外に何も見られなかった。
一時的に死んだ人を調べた人もいた。その結果も異常なし。心臓は止まり脳の活動は停止していた。でもある瞬間を境に一斉に活動をし始めた。それしか分からなかった。
高度な科学の文明をもってしてもこれだけしか分からなかった。だからこの世界は行き詰った。
「アリス―?アリス―?どこにいるのー?私の可愛い可愛いアリス―?」
「姉さん。また『不思議の国のアリス』ごっごしてるのか?」
「あれバレた?」
「俺の名前がアリスの時点でそれ確定だろ」
「なら付き合ってくれても良いじゃない。あなたがアリスで私はローディス。良いでしょう?」
「ローディス?それって誰?」
「『不思議の国のアリス』制作の裏話でルイス・キャロルと親しいリデル家の三姉妹ロリーナ、アリス、イーディスの三姉妹からとったのよ。あなたが真ん中のアリス。私はロリーナとイーディスの2人の名前をもらってローディス。良いでしょ?」
「姉さんがローディスなのは別に良いけど俺がアリスって名前はおかしくないか?アリスって女の子の名前だろ?実際に描かれてるのも少女だしな」
「まぁそこは良いじゃない。あなたがアリスで私がローディス。この名前を名乗ったところで意味がないんだから」
笑いながらそういう姉さん。たしかにもはや名前も名字も意味をなさなくなったからな。一応戸籍とかには本当の名前で載ってるが、もはや個人を証明する必要もなくなったからな。
だからこれはただの遊び。暇な時間を潰すためのただの戯れ。
「たしかに。なら今日から俺はアリスで姉さんはローディスだな」
「そういうこと!!」
まぁどうせ暇だから付き合うか。
「ならアリス!少し散歩に行こうよ」
「いいよ」
学校なんてものも形ばかりとなってしまった今ではお昼でも自由に過ごせるからな。
「はいどーぞ」
「はいはい」
姉さんが差しだしてきた手を握る。
俺たちは双子の姉弟。そして異端の姉弟とも言われてる。誰とも結婚せず、ずっと俺達2人で過ごしてるから。何があっても、結婚の申し込みとか交際の提案がお互いにきても蹴り続けた。
理由なんて単純。お互いが一緒にいても苦痛でないし落ち着けるからだ。
「今日も気持ちよいねーアリス」
「そうだな。あったかい日差しに心地よい風を感じるな」
「ほんとそうだよー。ポカポカしてて気持ちよくなって眠くなるね」
「散歩中に寝るなんてするなよ」
「さすがにそれはお姉ちゃんを舐めすぎてるよ」
「それはどうかな?」
この前行った草原では気持ちよすぎて2人揃って手を繋いで、空を見たまま寝たもんな。
「んーー!なんか走りたくなってきた!」
「そうか?」
「なんとなくだからだよ。ほら行くよ!」
「分かった!分かったから!引っ張るな!!」
嬉しそうに笑う姉さん。ほんとに楽しそうにしてくれて俺も嬉しい。
こうやって笑って過ごせるのはほんとに恵まれたことだって俺も姉さんも知ってる。だからこうやって何気ないことで笑って楽しく過ごせるのはほんと嬉しい。
「ねぇアリス!楽しいね!」
「そうだな。こうやって走るのも楽しいな」
「でもこれって一人で走ると全然楽しくないんだよ!こうやってアリスの手を引っ張って一緒に走ってるから楽しいんだよ!!」
「たしかに俺もこうやってローディスと一緒に走れてるから楽しいよ」
しばらく走ってたどり着いたのは海岸。比較的穏やかな波をしているからか、海面が日差しを反射して輝いている。
「一番奥まで行くよ!」
また走る姉さん。それなりの長さがある防波堤の一番奥に行く。
透き通った海面からはゴツゴツした海底が良く見える。
「ほらアリスも一緒に座ろう?」
そう姉さんに言われて見てみると防波堤に座っていた。足は完全に宙に浮いていて一歩間違えれば落ちてしまうところに座ってた。
「ローディス。そんなところに何も敷かずに座ると綺麗な白のワンピースが汚れるぞ」
「別に良いじゃない。替えなんていくらでもあるんだから」
「それでもだよ。ほらシート持ってきたからそこに一緒に座ろう?」
「さすがアリス!準備良いね!!」
一度姉さんを立たせてシートを敷いてもう一度座ってもらう。その隣に俺が座る。
緩やかに風が吹いている。姉さんの綺麗な栗色の髪が風に揺れる。
「んー!気持ちいね!!たまには海に来るのもアリだね!」
「そうだな。こうして海を見るのも良いな」
ほんとにそう。いつもは草原だったり、森の中だったり、近くの公園に散歩に行くがたまには海も良い。むしろこれからは頻繁にこっちも来ようかな?
「....................ねぇアリス?」
「何?ローディス」
「....................アリスはいなくならないよね?」
「急になんだよ」
「.............何となく」
「何となくなわけないだろ。何かあったんだったら素直に言えば?ここにいるのは俺だけだし、俺がローディスの不安を受け止めるよ。だから遠慮なんてせずにな?」
「...........................................今日ね、久しぶりに、ほんと10年くらいかな?それぐらい久しぶりに夢を見たんだ」
「うん」
「アリスがあの人達みたいに私を置いて出て行くの。知らない女の子を隣に連れて私を置いていくの。もう私と一緒にいたくない、苦痛なんだって言って出て行っちゃった。そんな夢を見たの」
「.............................。」
「ねぇアリス?アリスはいなくならないよね?私を独りにしないよね」
................なるほど。なら姉さんがこんなことになってもおかしくはないか。
俺達の両親は俺達を捨ててどこかに行った。最初の頃は年一くらいで会ってたがいつのまにか会わなくなってた。
急に家族がいなくなった経験があるから、姉さんはその時のこと思い出したんだろう。だって姉さんは母さんのことも父さんのことも好きだったから。だからその反動は大きい物だったんだろう。
ちなみに俺は何とも思わなかった。だって姉さんがいたから。
姉さんがいるなら別に親なんていらなかった。
そりゃ最初の頃は少しは寂しかった記憶がある。けど俺達は2人の生活に慣れるしかなかった。だから俺はすぐに気持ちを切り替えられた。
俺を捨てた人達と今一緒にいる人。どっちを好きになって、大切に思うかなんて答えは一つしかないだろ?
姉さんの手を軽く握る。これで俺の言わんとしてることが伝われば良いな。
「そんなわけないだろ。俺がローディスを、姉さんを独りにさせると思う?」
「...................。」
「そもそも俺と仲の良い女の子なんてローディスだけだよ。だからそんなことはありえない」
「..............................でも」
「でもも何もないよ。ポッとでの女の子とローディス。どっちが大切なんて答えは決まってる。俺にとってはローディスが一番大切だよ」
「..........私のこと好き?」
「好きだよ。当たり前じゃん」
「........................。」
「何?信じれないの?ならキスして証明してみせる?」
「そ、そんなことしなくて良いから!!!」
顔を真っ赤にさせてまで拒否することないだろ。
まぁする気もなかったけどな。
「なぁローディス?」
「何?」
「もし、もしさ世界が壊れずに人類全員が成長して衰えていくことを続けることができた世界のままなら俺達どうなってたんだろうな?」
「......................?」
「いや、もし世界が壊れてなかったらローディスだって俺だって学校に通って、友達と遊んで、勉強して、仕事してたはずだろ?」
「壊れる前の世界ならね」
「ならさその時俺とローディスの関係はどうなってたんだろうなって今疑問に思ったんだよ」
「どうって変わってないんじゃないの?」
首をかしげながら言う姉さん。でもこの話ってそんな簡単な話じゃないと思うんだよ。
「双子の姉弟ってのは変わらないけどさ、お互いここまで仲良くなってたのかなって思ってさ。もしかしたらお互いに恋人を作ってさ、こんな感じで過ごすこともなかったのかもしれないって思ったんだよ」
身内贔屓が入ってるけど、それでも姉さんは綺麗な人だ。恋人がいない方が不思議なくらい容姿をしてる。
「んー、もし仮に私に恋人がいてもこの関係は変わらないと思うよ」
「なんで?」
「だって私アリスのことが大好きだから。壊れる前の世界だと家族として、っていう言葉が前につくけどね。だから多分私達は変わることはないと思うよ。どこまでいっても私は私でアリスはアリスだから」
..........................。照れるじゃんそんなこといきなり言われて。
でもそっか。俺は俺で、姉さんは姉さん。これは絶対変わらないことだからこの関係も変わる訳がないか。
「.........................ありがと」
ボソッとつぶやくように感謝を伝える。
なんかこれ聞けて俺も良かった。
「あれ?もしかしてアリスってば照れてる??」
「照れてねーよ!」
「嘘だ!!アリスが照れてる!!お姉ちゃんに大好きって言われて照れてる!!」
急に元気になりやがって.........。さっきまでの落ち込んだのは何だったんだよ。
「からかうのはここまでにして、そろそろ帰ろっか?もうすぐ夕飯にしないとね」
「そうだな。今日は何作る?」
「せっかく海に来たことだし魚介系にしよっか」
「なら貝とか海老いれたトマトスープがいいな」
「よし!ならそれにしよう!!」
元気よく姉さんが立ち上がる。
「それじゃ可愛い可愛い私の弟さん?はいどーぞ」
そう言って手を差し伸べてくる。
俺はその手を取って立ち上がる。
その瞬間ふと成長した姉さんの姿が見えた気がする。20歳くらいまで成長して大人になった姉さんが俺の前に立っていた。
「こうでもしないとアリスは迷子になるからねー」
口調は変わらないのになぜか姿だけは成長してる姉さんだった。
きっとこれは俺の願望が生み出した幻想。でもそれで良い。
叶わない願いを持ってる俺に神様が悪戯で見せてくれたんだろう。今はそう思っとく。
「そうだな。俺はどこかで迷子になるかもしれないから、こうやって手を繋いでちゃんと繋ぎ止めておいてくれよ」
「もちろん!!」
あぁ願うなら姉さんと今まで通り一緒に生活して、同じ時間を過ごして、時には一緒にいない時間を過ごしたりしながら年を重ねて、成長していきたかったな。
まだ見ぬ誰も知らない明日を姉さんと一緒に過ごしたかったな。
明日という変わった日々を過ごせることを望んでいた少年と独りになることを恐れた少女。だからこの2人はお互いに依存することによって心を保てていた。