続・魔法主体のゲーム世界で魔力0
「魔法主体のゲーム世界で魔力0 〜拳ひとつで生きていきます〜」の続編です。
「私ずっと馬車の窓から見ていたのですが、髪の色と同じくらい鮮やかな赤でしたわっ!!」
「何がっ?!」
王都を一台の幌付きの荷馬車が走っていた。
街を抜け王城に近づいていくが門がある四方ではなく、その中間の辺りに向かって行く。
王城は城壁に囲まれている。門がある周辺以外の部分は堀やらなんやらで外側から見える部分は基礎であってそのだいぶ上がさらに防壁になっている構造上、侵入も破壊も並大抵の事では出来ない。逆にそのせいで警備が薄くなっていた。巡回の騎士が通る時間以外はほとんど誰も居ないのだ。
馬車は堀や周辺のメンテナンスのために設けられた基礎脇の細い通路に止められた。
城が日を遮って出来た暗がりに。
水の多い時期は水没するのだろう。路面は荒れているし壁面は水垢やら藻やらで汚れている。
御者は馬車から離した馬に乗って立ち去ってしまう。
馬車に掛けられた隠蔽の魔法が効果を失い、中から魔力が漏れ出したが、気がつく者は居なかった。
その周辺には。
「なぜお前がここにいるのだ?」
「こ、これはこれは騎士ルーマン様。ご無沙汰しております。ほほほ」
ティナの前に現れたティナと同じ赤毛にアンバーの瞳を持つ長身の騎士は、ティナの兄トゥーマス・ルーマン伯爵子息だ。王女が道中で襲われ冒険者を連れて帰ってきたと報告を受けて見にきたのだ。
そう、ここは王城の門近くの迎賓館的な建物が立ち並ぶエリアだ。
招かれざる客を入れる建物も離れたところにあるが、幸い、ちゃんとした部屋へ通された。
「お二人は顔見知りですの?」
ケルスティン・スヴェードルンド第三王女が嬉しそうに聞いてくる。
同年代の女性と比べても多少背の低いティナよりさらに小柄なケルスティン王女はピンクのフワフワとした髪をハーフアップにしている。赤毛のティナは細い束を二重螺旋っぽく巻いたツインテールだ。王女は外出用のドレスにパンプス、ティナは地味なデザインのワンピースにショートブーツである。
馬車で移動中に襲われた第三王女をティナが助けたのだが、護衛騎士の大半と御者が死んでしまったため、ティナが王城まで連れてきたのだった。本当は王都に入ったところで憲兵にでも事情を説明してさよならする予定だったのだが、王女に気に入られて連行されてしまったのだ。
実家である伯爵家を出る際にティナの侍女からパートナーになったグレタはいつの間にか姿を隠していた。流石だ。もともと気配がないのだが、本気で隠れられるとティナでもなかなか見つけられない。
「えーっとですね。王女様に嘘を言うのはまずいと思うので、正直に言いますと、私はルーマン家の人間だったのですが、冒険者になるために家を離れ市井に暮らしていまして…」
ティナは魔法主体で魔力の多さがかなり重要になるこの世界で魔力がまったくなかったため家を出た。この国では魔法を使わないようなところでも魔力の差で待遇が変わったりするようなところがあるのだ。実際には遺伝とか何とかは関係ないランダムだが、それは知られていないので嫁の貰い手もないだろう。
「では、やはり貴方がシュティーナなのね?!」
「なぜ知ってるんですかっ」
「あの鉄仮面、騎士ルーマンの溺愛するシュティーナ嬢が家を出た話は有名ですものっ!!」
「姫殿下っ!!」
トゥーマスが慌てて止めに入る。ティナはこんな兄の姿を見た覚えがない。
「えーっと、それじゃ、私はこの辺で…」
「待って、今帰られては困るわ」
2人に背を向けて振り返りながら断わるティナに縋り付く王女。
「何でですか」
「貴方に私の騎士になって貰うからです!!」
「勝手に決めないでください。それに私は騎士には成れませんよ!」
「なぜですっ?!」
「剣を装備できませんからっ!!」
両手を上げて降参のポーズで答える。
「え? えーと、そうなの? 騎士ルーマン」
「ええ、まあ、一応、そう言う事になっていますね…」
「そんなー」
「そんなー、じゃねーですよ。だいたい私は冒険者なんですからっ!」
「それだが、魔力も持たないお前が冒険者など出来ているのか?」
「魔力などなくともこの鍛え上げられた肉体一つで生きていけますわっ!」
「「鍛え上げられた肉体??」」
長身で肩幅が広く分厚い胸板のトゥーマスの前に立つティナはまるで幼女である。
腰に手を当てて胸を張る姿が滑稽にすら見えた。
「どうしてこうなった」
城の中にある騎士団の訓練場に連行されたティナ。
冒険者として外出時とかに護衛を依頼してくれれば、受けなくもないです。
と言う妥協案を提示したつもりだったのだが、なぜか実力を見せろと言う話になったのだ。
「私が護衛をしたいわけではないのに…」
一応、騎士団の女性騎士から訓練用の服を借り、髪はグレタに編み込んでもらった。
「準備はよろしいですか、姉上」
対戦相手は弟のエーリャンからだった。弟なのでまだ職業を持たない騎士見習いだ。その能力は100%身体能力と言うことになる。この世界で職業を授かり魔法やスキルが使えるようになるのは15歳の誕生日を迎えた時からだから。
訓練場には父親や国王、王妃まで来ていた。暇なのか。
「気持ちは分かるけど、貴方は胸当くらい付けてくれたらありがたいのだけど」
「なぜですか」
エーリャンは訓練用の服に刃長1m弱の片手剣だけ装備している。
練習用に刃が付けられていないが金属製の剣だ。
この国の騎士はだいたい片手剣に小さなシールドで戦う。
馬に乗る時はそれプラス槍、人によってはラージシールドを追加する。
「私はこれでも職業持ちなのよ?」
「職業って言ったって魔力も持たないよく分からない職業ですよね? 問題ないです」
「うーん、まあ、仕方ないか。じゃあ、いつでもどうぞ」
「どこまで馬鹿にするつもりですか」
一気に詰め寄り斬りかかるエーリャン。
まだ14歳にしては良い踏み込みだ。
だが、剣を振り下ろした瞬間に吹き飛ばされる。
「?!」
視界の隅に左手を顔の前にかざして、右手を突き出すティナの姿が見えた。
剣の軌道を左手で逸らしながら右の拳を突き込んだのだ。
エーリャンには見えなかったが、振り下ろされた剣の腹を指先で押した。
地面に落ち、そのまま土煙を上げながら滑って行く。
そう言う角度で殴った。
一つ間違えば殺してしまうから。
「…生きてる?」
追いかけることはしなかった。
「ぐはっ」
ダメージで苦しんでいる。どうやら助かったようだ。
この世界は魔法があるから、死ななければ手足が千切れたりしない限り元に戻せる。
「これは、面白いな」
観客の1人が歩み出た。どうやら近衛騎士らしい。訓練服ではなく制服を着ている。
「近衛騎士団副団長ジークフリート・ニーベリだ。手合わせ願いたい」
「止めましょうよ」
「なぜだ?」
「私に勝っても負けてもなんの得もないでしょ?」
「では、私が勝ったら結婚してくれ。これなら十分得になるだろ」
「なりませんよ」
ジークフリートは銀髪に赤い瞳で、兄と同じくらいの長身。流石に同じような訓練をしているだけ有って、優劣付けがたいたくましい肉体をしているのが、服の上からでも分かる。
そして分からないのは職業と使える魔法。
そう、外観からは予想もつかない力を発揮できるのがこの世界の人間だ。
逆に見たまま、と言う可能性も否定できない。
「早速始めようか。まさかさっきの一発で打ち止めではあるまい?」
「人の話を聞かないタイプですか?」
「いや、今は何より優先したいものがある」
「そんなに私と戦いたいですか?」
「ああ、とびきりの景品も付くしな」
「人をモノ扱いする人は嫌いです」
「大事にするぞ?」
話しながら間合いを測りつつ身体強化をしているのが分かる。
「大事に思うなら話を聞いてください」
「手に入れたら、な」
ジークフリートが踏み込み抜き打ちを繰り出す。
エーリャンとは比べ物にならないほどのスピードだ。加速魔法も併用しているのだろう。
「くっ【回避】」
振り切った剣を構え直す間もなくスキルを駆使して間合いを取る。
さっきまで居た場所に正拳突きを繰り出したティナの残像が残る。
その姿勢は酷く低い。抜き打ちの剣筋をくぐって打ち込んだのだ。
「くそっ、速い。どこだ?」
空気が動いた気がしてとっさに上半身を捻る。
胸元を何かがかすめ、膝を上げたティナが視界に映る。
さっきのは蹴りだ。速過ぎて膝を上げただけにしか見えないが、蹴ってすぐ戻したのだ。
「くそっ」
ジークフリートが呪文を唱えると、背後に魔弾が5つ浮かび上がるが見当違いな方向に飛んでいってしまう。
「私に追尾弾は効きませんよ」
間合いを取るティナ。
「な、なるほど、魔力0とはこう言うことか」
「?」
「君が森で倒したと言う者たちは、おそらく元は私の部下だったやつらだ。生半可な強さではないはず」
「貴方も関与してるんですか?」
「いや、流石に派閥争いに加担したりはしていないし、あちらもそんな事に私を使おうとは思うまい。そんな事をしている間に外から攻められたら手に入れるはずの国が無くなるからな」
「そうですかね」
「信じられんか」
「どっちでも良いだけですよ」
「どうでも良い、か。まあ、確かにそんな事を言っている場合でも無さそうだな」
「そうですね」
空を見上げると遥か彼方から巨大な何かが接近してくるのが見えた。
鳥のようなシルエットをした爬虫類のような生物。
その体表は緑がかったグレー。
ドラゴンだった。
「早く逃げたほうが良いですよ」
「ずいぶんのんびりしているな」
「ええ、私は魔物には見えませんから」
「ふっ。さすがだな。悪いがこの勝負は預からせてくれ」
「やめましょうよぅ」
「そうはいかん」
ドラゴンは真っ直ぐ王城を目指してくるらしい。ティナにはなんとなくしか分からないがハッキリ観測できるらしい。さすがは魔法である。非戦闘員の避難と迎撃の為の人員配置。火事場泥棒の対策は市中と国外からの干渉の両方への対応、みんな忙しそうに走り回っている。
「グレタ」
「はい」
「ドラゴンが王都に引き寄せられている原因を探って」
「かしこまりました」
どこにいるのかすら良く分からないがもう動いているはずだ。
ドラゴンは直接王城の城壁内に降り立って暴れ始めた。
ほんの数回の攻撃で崩れ落ちる石造りの宮殿。それも魔法によって強化された建物だった。
国王など重鎮を中心に非戦闘員が避難しているシェルターは地下にある上に結界を張っているので直ぐにどうこうとはならないだろうが、上に建っている城そのものが崩れたら出入りも難しくなるだろう。
近衛騎士団が魔法を駆使して攻撃している。
中には槍や弓矢で攻撃している者もいる。
だが、人間の持つ魔力でどうにかなる相手には見えなかった。
兄であるトゥーマスや先程のジークフリードも戦っている様子が見える。
さすがに見習いの弟は避難したようだ。
戦いは激化し、地面から岩の柱が突き出て火柱が立ち雷が降り注ぐ。
ドラゴンも炎のブレスで応戦する。爪や尻尾噛みつきなどの攻撃も洒落にならないようだ。
むしろまだ持ち堪えられている事の方が不思議といった感じだ。
そうこうしているうちに、ティナの側に一台の幌馬車がやってきた。グレタだ。
「お嬢様」
「ご苦労様。…ああ、なるほどね」
「ですが、ドラゴンの方は興奮状態ですので…」
「そうだね。ちょっと目を覚まさせてくるわね」
「お気をつけください」
「うん、アレ食らったらグレタが死んじゃうしね」
「私のことではなく」
「はいはい」
グレタはティナのダメージを肩代わりできるスキルを持っている。
最悪の場合、身代わりになって死ぬだろう。
だから、ティナは危険を犯すわけにはいかなかった。
「副団長さんどーも。苦戦してるみたいですね。これでさっきの賭けはチャラにしませんか?」
「ん? ああ、求婚の件なら初めから後日きちんとさせてもらうつもりだが」
「んなあなねなの、何言ってるんすか。あばばばば」
真っ赤になるティナ。
「ふむ、やはり可愛らしいな」
「へ、変なこと言わないでください」
「やむを得ないか。しばらくは保留にしよう」
「………まあ、それで良いにしますよ」
軽口を叩きながら戦うジークフリート。
ドラゴンはティナには見向きもしない。とは言え、瓦礫や流れ弾が飛んでくるので油断は出来ないが。
ジークフリートが誘いをかけるとドラゴンが噛みつこうと首を伸ばしてきた。
次の瞬間、その顎にティナの正拳突きが突き刺さる。
もんどり打って転倒するドラゴン。
この世界は魔法が主体になって全て作られている世界だ。
ドラゴンもその例外ではない。
防御魔法も、肉体強度を増す魔法も、すべて敵の魔法に反応するようになっている。
だからティナの攻撃に対しては機能しない。
そして、ドラゴンの巨体を維持している力も全て魔法だ。
物体としての強度も質量も重量もたいした事はない。
それに対してティナの力は物理だ。
一見、どう見てもおかしいが、ティナの方が物理的に有利なのだ。
ドラゴンが王都に向け一直線に飛んできたのは、彼女?の卵を盗んで王都に持ち込んだ者がいたからだった。どうやって盗んだのかは分からないが、何か未知の魔法でも開発されたのかもしれない。
卵を返却されたドラゴンは瓦礫と化した宮殿の跡地で卵を温め始めるのだった。
「まあ、これを復旧しようと思ったら直ぐには無理だろうし、しばらく居させてあげたら?」
「他人事だな」
「そだね」
「一応、何者かの企みを阻止できた、と考えて良いんだろうか…」
ドラゴンを見上げながら兄が呟く。
「どうだろうね。阻止される前提で仕組まれた事かもしれないわよ?」
「それは流石にリスクが大きいのでは?」
「もしくは、どっちに転んでも得をする人間、か」
副団長が呟いた。
「あの、私はもう、冒険者稼業に戻りたいんですけを」
「けを?」
第三王女に捕まった。
「ドラゴンを大人しくさせた英雄をタダで帰すなんて出来るわけがないわ」
「そんなぁ」
グレタは既にどこかに潜んでいるのだった。
王子も出てこなかったし、伏線っぽい物を張ってしまったけど、何も考えてないので続きは書かないかもしれないし、かくかもしれません(エ