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2

 硬く瞼に閉ざされていた黄金の瞳が姿を現したとき、部屋は耳鳴りがするほどの静寂に包まれていた。


 レーネは慎重に身を起こし、すぐそばで眠る男を確認する。そろそろ深い眠りに入る頃だ。春先とはいえ朝晩はまだ冷えるうえ、今の自分はなにも身に纏っていない。


 シュミーズをわざわざ着るのも手間で、手っ取り早く掛け布を羽織り、レーネはベッドを抜け出す。


 足音も息も殺して部屋の書斎部分に近づくと、机の引き出しを開けたり本棚の奥を覗くなどして目当てのものを探す。


 もしかしたらここに……ここにあるかもしれない。


 心臓がドクドクと(うるさ)く早鐘を打つ一方で、音を立てないよう細心の注意を払いながら祈る気持ちで中を確認していく。


「そこにお前の探しているものはないぞ」


 弾かれたようにレーネは引き出しから手を離し、声のした方に体を向けた。驚きのあまり息が止まりそうになる。


 クラウスはベッドの中で枕に肘を突き、軽く身を起こした状態で優雅に微笑んでこちらを見ていた。


 手のひらで右目を覆った跡、その手で髪を搔き上げて息を吐く。続けてゆっくりと起き上がり、ベッドから出てきた。レーネとは対照的に彼はシャツを着たままだ。


 決定的な現場を見られ、蛇に睨まれた蛙となったレーネは言葉ひとつ発せずに固まる。無意識に首元で掛け布の両端を押さえている手に力が入った。


 今度こそ地下牢行きか、侮蔑混じりの文句が投げかけられるのか。警戒心と緊張で瞬きひとつできず、近づいてくる王の顔をじっと見つめる。


 ところがレーネの予想はどれもはずれ、クラウスはまっすぐにレーネの傍まで寄ると彼女の腰に手を伸ばし、ひょいっと抱き上げた。


「なっ」


「まったく。意外と従順だと思ったらそれが狙いか。油断も隙もない」


 怒っているというより呆れている声色だ。彼は迷いなく再びベッドに足を向ける。


「まぁ、しおらしいお前も悪くはなかったが」


 飄々(ひょうひょう)と告げられ、レーネの頬が怒りと羞恥で赤く染まった。


「下ろして!」


 今になって足をばたつかせ抵抗を試みるが無意味だった。薄い布越しでも、腰や太ももを抱く大きな手に力が込められたのが伝わる。


 そちらに意識を取られていると、突然高かった視界が暗転し背中にベッドの感触がある。


「ゲオルク!」


 反射的に抗議の声をあげたレーネの視界は天蓋が映り込んだかと思えば、すぐに端正な顔立ちに切り替わる。二人分の体重を受け、ベッドがわずかに沈んで軋んだ。


「クラウスだ」


 レーネは眉をひそめて自分に覆いかぶさる男の顔を睨めつけた。けれど相手は物ともしない。


「これまでも、そうやって欲しい情報を得てきたのか」


 やれやれといった面持ちで尋ねられ、レーネは言葉に詰まる。どうやらクラウスは、油断させるためにレーネが自分を受け入れたのだと思っているらしい。


 そう理解して、すぐさま違うと否定しそうになるのをレーネはすんでのところでやめた。言ってどうなるのか。そもそも信じるわけがない。


 結果的に見ればどう取り繕っても同じだ。むしろ、そこまでレーネの行動を予測していたとするならば、相手もわかったうえで乗ってきたことになる。


 レーネは唇をかみしめた。少しでも心を通わせられたと思えたのは自分だけだったという現実が情けなくて悔しい。


 どこまで私は甘いの? なにを期待していたの? 


 結局、王の手のひらのうえで踊らされていただけだ。


 レーネは、ふいっと顔を背ける。


「……だったら、どうなの?」


 好きに受け取ればいい。そう思い半ば投げやりに答える。すると顎に手をかけられ、強引に上を向かされた。至近距離で再びふたりの視線が交わる。


 クラウスは微笑んでいた。蠱惑(こわく)的で、それでいて冷酷さを伴っていることに気づき無意識にレーネは身震いする。


 彼の長い指先がレーネの頬を滑った。


「どうもしないさ……今までのことは。だが、今後は絶対に許しはしない」


 言い切るとクラウスはレーネの首筋に顔を(うず)める。柔らかい髪が顔の輪郭を撫で、肌に吐息を感じた。


 思わず身をよじりそうになったが、次にレーネの神経すべてがそこに集中し、体を強張らせる。クラウスが喉に歯を立てたからだ。


 剣を突き立てられたような錯覚に陥り、呼吸さえ止める。まさに肉食動物に捕まり、今にも息の根を止められそうな小動物だ。


 完全に自分の命は相手の手中にある。


 硬直していると、薄い皮膚にさらに強く歯を押し当てられ、ざらついた舌が這わされる。


 脳の認識が追いつかない。続けてきつく吸われ、レーネは痛みで顔をしかめた。くっきりと赤い痕が残り、それを確認してからクラウスはおもむろに顔を上げる。


 だいぶ目が慣れたとはいえ、部屋の中は薄暗い。しかし淡い明かりの中で浮かぶ王の目は獰猛(どうもう)さが揺らめき、見る者を()てつかせる。


「誰にも触らせない。お前は俺のものなんだ」


 呆然としているレーネにクラウスはしっかりと言い聞かせた。そして彼はレーネの手首を掴んで押さえると、再び彼女の首筋に赤い痕を残していく。


「っ、やだ……」


 あまりの遠慮のなさにレーネは声をあげ抵抗する。場所が場所なだけに痕を残されても困る。しかし白い肌には面白いほど簡単に赤い花が咲いた。


 一度顔を上げ、クラウスは皮肉めいた笑みでレーネを見下ろす。


「人には消えない痕を残しておいてか?」


 その発言にレーネは大きく目を見開き、違う意味で固まった。それを見て言葉を発した本人もすぐに失言だったと後悔する。


 一瞬でふたりを包む空気が重くなり、レーネは無駄な抵抗は一切せず、唯々(いい)としてすべてを受け入れる姿勢を見せた。


 ところがレーネの額にクラウスが自分の額を重ね訴えかける。


「そんな顔をするな。お前を傷つけたいわけじゃない」


 いつになく切羽詰まった声と表情に、レーネの心が波打ち戸惑いが広がっていく。そんな中、手首を強く掴んでいた手が離れ、レーネの頭をそっと撫でだした。

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