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「レオン」


 名を呼ばれた若い男はゆるりと顔を上げた。乾いた髪を乱雑にうしろでひとつに束ね、鋭い目つきは殺気に満ちている。


 いくつもの修羅場をかいくぐってきた証として頬にも大きな傷があった。元々の顔立ちがいいだけに迫力があり、騎士よりも兵士の方がしっくりとくる。


「彼と剣で勝負し、あなたが勝てたらなんなりと言うことを聞きましょう。私を煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


 レーネの挑発めいた言い方に、先に反応したのはバルドだった。


「陛下、お下がりください! 国王に対し数々の侮辱行為に謗言(ぼうげん)。我が国への冒涜(ぼうとく)もいいところです」


 激昂したバルドをルディガーが咄嗟に制する。バルドの剥き出しの感情が、逆にルディガーを冷静にさせた。


 たしかにレーネの物言いは不敬極まりないが、いつも厳粛で物静かな補佐官がここまで嫌悪感を露わにするのも珍しい。


 思い返せば、この国にクラウス自らが赴くと決めたときからバルドはずっと不機嫌さを滲ませていた。それは一体なにに、誰に対してなのか。


 ちらりとレーネを窺うと不意に目が合う。黄金の瞳は冷たくもなにかを訴えかけるものがあった。


 場内が混乱に包まれていく。いくら国家として独立したとはいえノイトラーレス公国は元々半分はアルント王国の領地だった。


 アルント王国に比べれば権力も規模もなにもかもが弱小だ。レーネの態度は国の存続さえ(おびや)かす。


 クラウスはじっと鉄紺の瞳でレーネを見つめる。彼女は唇を引き結び、感情を読ませないよう仮面を身に着けじっと耐えた。先方の補佐官が自分を罵倒する声が届く。


 彼の言う通り、こんな茶番には付き合えないと言って。王に対する礼儀も敬意も払わない娘など切り捨てて片眼異色である女王を、ゾフィを選んで。


 心の中の訴えなど微塵も表面化させず、返事がないクラウスに対しレーネはさらに神経を逆なでする。


「どうします? 私が欲しいのならその命、懸けられますか?」


 言っておきながら胸中は真逆だ。レーネは必死に懇願する。


 どうか断って。国王がこんな馬鹿な話に乗らないで。


 顔を怒りで真っ赤にさせたバルドが、ルディガーの制止を振りきり、ふたりの間に割って入ろうとする。その気配を感じ、レーネは目を閉じた。


 今後あなたの前に二度と現れないと約束する、誓うから……お願い、許して。私を諦めてよ!


「……いいだろう」


 今の発言は誰のものだったのか、どういう意味なのか。すぐにレーネは理解できなかった。


 目を開ければ、クラウスが不敵な笑みを浮かべている。そして彼はすぐさま振り返ると、夜警団の面々に声をかける。


「俺の剣を預けていただろ。持ってきてくれ」


「陛下!」


 バルドが鬼の形相でクラウスに近づいた。太く長い眉が吊り上がり、声を張り上げる、


「なりませぬ。なにをお考えですか! こんなふざけた話を王が了承するなどあってはなりません!」


「バルド補佐官の仰るとおりです。陛下に剣を振らせるわけにはいきません」


 さすがに静観していたルディガーも口を挟む。自分が同行したのは国王陛下の護衛のためだ。わざわざ彼を危険にさらすわけにはいかない。


「ここは俺が」


「いい、ルディガー。バルドを押さえて下がっていろ」


「しかし」


 食い下がるルディガーにクラウスは真剣な眼差しを向ける。


「命令だ。下がっていろ」


 まだなにかを言いかけたルディガーだが、ぐっと言葉を飲み込む。命令だからというよりも、クラウスの本気さが伝わってきた。


 これがもうひとりの双璧元帥であるスヴェンなら無視したのかもしれない。だがルディガーにはできなかった。


 長であるルディガーが折れたのだからその部下である団員がクラウスに逆らえるはずもない。複雑な面持ちでひざまずき、国王に剣を差し出す。


「国王陛下とはいえ、剣で対峙すれば手加減できません」


「かまわない。あとになって本気ではなかったと言われても困るからな」


 レオンの気遣いをクラウスはすげなく返す。少なからずレオンのプライドを傷つけたのも事実で、彼の表情は険しいものになった。


 近くにいる者に下がるよう促し、自身の帯刀からサーベルを抜く。


 クラウスも自身の剣を確かめるように王家の紋章の入った(さや)に触れる。(つか)に続く手の甲を覆う金属の部分にも細やかな装飾が施されていた。


 鞘を払い、ゆっくりと研ぎ澄まされた細身の剣が姿を現す。片刃のレオンに対し、クラウスのレイピアは両刃ではあるが、剣の幅があきらかに違う。


 彼らの体格差を象徴しているかのようで、レオンが全力で剣を振れば、クラウスの剣で受け止められるか定かではない。しかも相手は日常的に剣を扱っている身だ。


 ルディガーはすぐさま自分が間に入れるよう、自身の剣に手をかける。血の気が引いて、今にも倒れそうな者がほとんどだが、誰ひとりとして言葉を発しない。


 よろめきそうなゾフィを年配の侍女が支えた。レーネは自身が事の発端とはいえ、最早成り行きを見守ることしかできない。


 クラウスもレオンも互いから目を逸らさず息を潜める。剣を向け合う者にしかわからない間合いがそこにはあった。


 しばしの静寂の後、呼吸のタイミングに合わせ先に動いたのはレオンだった。


 激しく剣と剣がぶつかる音がする、と思ったのは一瞬でクラウスはすんでのところで軽やかに刃をかわす。レオンの剣は空気を切った。すぐに次の一振りが放たれるが結果は同じだ。


「かわすばかりでは決着はつきませんよ」


 あまりにも優雅な身のこなしにレオンが吐き捨てる。クラウスは余裕めいた笑みを浮かべ、剣を向けるどころか受けることさえしない。


 しかし不意にレオンが勢いよく剣を振りかざした瞬間、彼の鉄紺の瞳が鋭いものに変わる。


 クラウスは自身の剣を素早くレオンに突き出した。切っ先はレオンの左顔前ギリギリを掠め、直接は彼に当たらない。


 たまらなくなりゾフィは手のひらで顔を覆い、ルディガーは眉をひそめ一歩踏み込もうとする。レーネは瞬きひとつせず、顔を歪ませた。


 このあと、間合いに入ったクラウスに不利な展開になると思われたが、刃が当たっていないにも関わらずレオンの体勢が微妙に崩れた。


 レオン自身も驚きを隠せないでいると、その隙に懐に飛び込んだクラウスが今度こそ剣先をレオンの喉に当てる。


 どちらかが動けば薄い皮膚から血が流れるのは明確だった。水を打ったかのように場内は静まり返り、ややあってレオンは顔をしかめ、悔しさを滲ませた表情で降参の意を表した。


 クラウスが剣をしまったのと同時に、レオンはその場に座り込み、顔の左側を手で覆う。そこへゾフィが駆け寄った。


「レオン!」


 ゾフィは膝を折り、彼の頬に触れて無骨な剣士の顔を覗き込む。遅れてレーネもしゃがみこみ、彼に尋ねた。

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