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クラウスに連れられ湯殿の方向へ足を進めているレーネだが、気が気ではない。自分の体も冷えているが、それよりも隣の彼だ。
ちらりと盗み見すると元々色白な肌が青白く見え、髪もまだ濡れている。堪らなくなりレーネは口火を切った。
「私は平気だから先に温まって」
とりあえずレーネの場合、湯浴みをするならタリアに声をかける必要がある。彼女には心配もかけたし事情も話さなくては。その時間まで付き合ってもらう必要はない。
なによりクラウスを巻き込んでしまった後ろめたさもあった。調子が良くないのはお互いさまだが、足を止めずちらりと横目でこちらを見てくるクラウスにレーネはさらに説得を続ける。
「国王が体調を崩したとなると多くの者に心配をかける。まずは自分を大事にしてほしいの。わかって」
懇願するレーネにクラウスは眉をひそめる。
「その台詞、そのまま返す。だったらどうして俺がお前の心配をするってわからないんだ」
思わぬ切り返しに面食らっていると、痺れを切らしたクラウスはレーネを抱き上げた。短く叫んだのとレーネの視界が変わったのはほぼ同時だ。
濡れた衣服が重いのもあり、どちらかといえば肩に担がれる姿勢になる。とてもではないが国王とその妻の在り方には見えない。
しかし湯殿へと進む暗い廊下に人の姿はなく、ここまでくるとレーネも抵抗せずおとなしくなる。せめて自分で歩かせてほしいという意見は先ほどとは違いあっさり却下された。
やがて白金の枠に縁取られた木製の扉の前まで来ると、クラウスはドアを開けた。中から水分を含んだ生温かい空気が漏れだしレーネたちを包む。
白い石造りの浴場は広く、レーネがいつも使っているものとは明らかに違う。ここは国王陛下専用のものだ。
金で施された王家の紋章が目に入り、豪華な装飾も含めあちこちに視線を飛ばしていると、突然体に回されていた腕の力が緩められる。
下ろしてもらえると思ったのも束の間、レーネは服を着たまま浴槽の中に身を沈めていた。
広々とした浴槽から勢いよくお湯が溢れる音は贅沢そのものだ。みるみる衣服が色を変えて体がずっしりと重い。
冷えていた体が急激な温度変化についていけず、指先はお湯に反応し火傷したかのようにじんじんと痺れる。
呆然とするレーネをよそにクラウスも服を着たまま湯船につかり、ふたりは向き合う形になった。
「本当に手がかかる……」
呆れた口調のクラウスに、いつもならすかさず反論するところだが、まだ現状についていけないレーネは瞬きをして目の前の男を見つめる。
クラウス本人は、鬱陶しそうな表情で、水が滴る自身の前髪をゆるやかに掻き上げる。癖のない金色の髪に骨張った長い指が滑り、仕草ひとつひとつに色気が漂う。
国王ではなくとも十分に目を引く相貌だ。ついまじまじと見つめていると不意にクラウスと目が合いレーネの心臓は小さく跳ね上がった。
次の瞬間、クラウスは前のめりになりレーネの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。その勢いで水面に波が発生し、小さなしぶきが肌に当たる。
わけがわからず素直にクラウスとの距離を縮めたレーネだが、続けて彼が自分のドレスの胸元の紐に手をかけたときには、思わず目を剥いた。
「脱がせてほしいならそう言えばいいだろ」
「そ、そんなこと一言も言ってない」
真顔で告げられ、レーネは慌てて拒否する。ドレスがきちんと体に合うように両サイドから編み込む形で締め上げているので、ほどかれるとドレスが緩んでしまう。
抵抗しようとするも素早く腰に腕を回され、その間もドレスにかかった方の手の動きは止まらない。クラウスのこの器用さが憎い。
むっと眉をひそめたレーネだが、ややあって体の力を抜く。正直、真剣に抵抗するほどの体力も気持ちもない。
そしてふと自分たちの置かれた状況を考えると、今度は逆におかしくなってきた。
大人ふたりが服を着たまま浴槽に浸かり、くだらないやりとりを交わしている。ましてやひとりは国王陛下だ。こんな彼の姿はきっと誰も想像がつかない。
「どうした?」
笑みをこぼすレーネにクラウスが手を止めて不思議そうに問いかけた。ますますおかしくなりレーネは顔を綻ばせて答える。
「あなた、本当に……めちゃくちゃでしょ」
思い返せばノイトラーレス公国ではレーネの挑発めいた勝負事をあっさり引き受け、アルント城に連れてきたかと思えば妻にすると言いだし、彼の言動にはいつも振り回されっぱなしだ。




