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※ ※ ※


 いつもと比べ森全体がざわめき、落ち着かない様子にカインは違和感を抱いた。嫌な予感が彼の歩調を速め、いつも神子と落ち合う場所へと向かう。


 そして遠くになにか横たわっているものが目に入り、それが人であると気づいたときカインは慌てて駆けだした。


「神子さま!」


 仰向けにぐったりしている神子の瞳は固く閉じられ、煉瓦色のローブで覆われている胸元は赤黒い染みができている。


 さらに首元など露出した肌に鮮血を確認し、カインは心臓が止まりそうになった。


「心配しなくても、全部返り血だ」


 不意に第三者の声が耳に届き、カインは視線を向ける。すぐそばの木の根元に座り込み、幹に背を預けている青年の存在に驚きが隠せなかった。


 傷口を覆っている手も真っ赤に濡れている。傷を負っているのは彼の方で、カインはすかさず容体を確認しようと近くに寄った。しかし、当の本人はしかめ面になる。


「かまうな。思ったより傷は浅い。……急所もはずしている」


 とはいえ楽観視もできない。息も絶え絶えにゲオルクは答え、手元にある短剣に目を遣ってから、皮肉めいた笑みを浮かべカインに尋ねる。


「で、呪いと聞いたが彼女の本当の目的はなんだったんだ?」


 どこまでこちらの情報を掴んだのか、カインはしばし返答に迷った。そもそもゲオルクを生かしておくべきなのか。


 短剣までも彼のそばにある。今なら彼に(とど)めを刺すのも、短剣を奪い返すのも容易い。神子のためを思うのなら尚更だ。


 思慮を巡らせ、カインは敵意を露にする。ところが対峙したゲオルクからは抵抗する素振りはおろか、憤りも憎しみも感じられない。


 鉄紺の瞳はこんな状況なのにも関わらず穏やかで、さっきから自分ではなく、その眼差しは神子に向けられている。


 カインは殺気を収め神子の顔を一度見ると、自分の直感を信じてゆるゆると事情を話しはじめた。


「信じてもらえないかもしれませんが……」


 神子のもつ能力について、神との契約を無効にするため動いたことなどをカインは手短に説明する。


「なるほど。なら随分と中途半端な状況になったわけだな」


 話を聞き終え、ゲオルクは呆れた調子で答えた。頭が重く、のろのろと自分の血濡れた手を見つめる。


「まったく最初から殺す気だったなら、躊躇わずに思いっきり刺せばよかったものを……」


 ひとり言にも似たゲオルクの呟きにカインは目を見張った。


「まさか、わざとですか?」


 ゲオルクの態度から薄々とそんな感じはしていた。神子が傷ひとつない状況なのにも合点がいく。ゲオルクは息苦しそうに目を閉じ、口角を上げた。


「俺は……他人になにを言われても自分の見る目を信じているんだ」


 レーネの今までの言動を思い出し、納得するのと同時になにも理解できていなかった自分を不甲斐なく思う。


 レーネが踏み込ませないのもあったが、ゲオルク自身が強く踏み込めなかった。程よい距離を保っていないと彼女を失う気がした。


 結局、自分にとって居心地がいいようにしていただけだ。レーネの本当の願いも、抱えていた葛藤も事情も知ろうとしなかった。


 ゲオルクは意を決し、下半身をひきずって気を失っているレーネのそばに移動する。左右で色の異なる瞳は瞼で覆われ、レーネの目尻は涙で濡れている。


 ゲオルクは腕を伸ばし、涙の跡を親指でそっと拭う。そして彼女の頬に手を添えた。


「レーネ。お前の運命、俺が半分背負ってやる。だから必ず終わらせに来い。次はお前の願いを全部叶えてやるから」


 憎まれても、恨まれてもかまわない。もう彼女が自分に笑顔を見せることがなくても、短剣を突き刺しにやってくるだけだとしても。


「きっと見つける。どんな姿になっても、どんなに時が経っても」


『むしろ月だな。それも闇夜を照らす満月だ』


 金色の瞳を見て、レーネに告げた。彼女にとっては忌々しいものだろうが、ゲオルクの印象は変わらない。この瞳に魅入られ、彼女自身に惹かれた。


 想いを口にするのを(こら)え、ゲオルクはレーネの左瞼に口づける。


 次は手放さない。勝手にいなくなるのは、離れるのは――。


「許さない。絶対に許さないからな」


 目を覚まさないレーネに力強く告げ、名残惜しく彼女から離れる。遠くに人の気配を感じて、ゲオルクはカインにレーネを連れていくよう命じた。


 レーネに今のやり取りを含め、余計な話は一切しないと約束させる。いずれ剣を向けなくてはならない相手の気持ちなど、レーネを惑わせるだけだ。


 カインが短剣をゲオルクに託したのは、せめてもの敬意だった。遠い未来、彼なら神子の運命をなにか変えてくれるのではないかとの期待もあった。


※ ※ ※

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