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『自分の生き方は自分で決める。そう何度もいらない』
そんなものを彼が望んでいないと、とっくに知っていたのに。
レーネは奥歯を噛みしめる。胸が千切れそうに痛むのは罪悪感か。この告白は懺悔なのか。……わからない。
『陛下が生まれつきあまり眠れない体質だというのはずっと改善されませんね』
『ああ。早くしないと命にも障る』
レーネの寿命は少しだけ延び、熟睡とまではいかなくても微睡む程度はできるようになった。それはなぜなのか。事実を突きつけられるまで、深く理由を追求できなかった。
「自分の願いを叶えるために、私はあなたを利用したの」
そしてずっと苦しめている。もう終わりにしないと。
『終わらせたければ、それを手に入れるか。誰か他の者に同じやり方でこの力を与えよ』
“それ”ってなに?
遠い昔、契約した神からの言葉だ。結局もうひとつの方法はわからないままここまできた。なんであれ、自分には手に入らないものなのだろう。もう自分たちにはこのやり方しかないのだ。
レーネは木の幹に刺さったままの短剣から手を離し、静かにうしろに下がった。次に顔を上げ、クラウスに微笑みかける。
「その短剣を私に突きさして、長年の恨みを晴らせばいい。この幕引きは私が決めたの。すべてをあなたの思い通りにはさせない」
事実でありレーネなりの精一杯の虚勢だ。本当はアルント城へ連れてこられたときから、クラウスの手によっていつ短剣を突き立てられるのか、気が気ではなかった。
戯れに触れてそばに置いておくのは、油断させるためなのか、罰なのか。
情が移り信頼を寄せたところで、突き放されるのを想像すると、じわじわと真綿で首を絞められている感覚に陥る。同じことを自分がしたにも関わらずだ。
決まっている結果だとしても最期の瞬間くらいはレーネ自身で選びたい。
先ほどクラウスに剣を向けた際、てっきり反攻され終わりを迎えると思ったが……どちらにしろここなら人目にもつかない。
レーネがいなくなってもノイトラーレス公国との繋がりはゾフィがいるから心配ない。妻の立場も合わせてだ。
レーネの心情を反映するかのごとく、先ほどまでの空の青さが嘘のように消え、暗雲が森にかかる。
辺りがさらに暗くなり影もなくなった。空気が湿り気を帯びて、かすかに雨の香りがする。一雨きそうな雰囲気だ。
クラウスは木の幹に刺さっていた短剣を引き抜くと、おもむろにレーネに近づく。迫力ある面持ちにレーネは思わず後ずさりしそうになった。
「お前の目的は、その力がなくなることじゃなかったのか?」
たしかにそうだ。今、レーネのやろうとしていることは矛盾している。クラウスが不審がるのも無理はない。
仮にレーネにすべての力が戻れば、血を分かつ女性たちはどうなるのか。十八歳になると片眼異色は消えるのを希望に彼女たちは生きている。
『でも、きっと十八歳になれば長年の苦労から解放されますよ』
薬草園で会ったライラの顔が頭に過ぎる。
「……血を引く者たちには申し訳ないと思う。けれど元に戻るだけよ。もっと最善の形をまた探す」
自分に言い聞かせるようにレーネは弱々しく呟いた。膨大な記憶を積み重ね、悠久の時を生きてきた。それがまだしばらく続くだけだ。今までもそうしてきた。
「相変わらず勝手だな」
沈みそうな思考を冷淡な声が引き戻す。吐き捨てたクラウスはレーネのすぐそばまで歩み寄っていた。
「お前の願いってなんだ?」
問いかけられた内容にレーネは目を見開いた。以前、同様の質問を投げかけられたのを思い出す。
「私、は……」
『私の一番の願いは、あなたが立派な国王になることよ』
あのときはさらりと答えたが、今は言葉に詰まった。クラウスはレーネから視線をまったく逸らさず重い沈黙がふたりを包む。
そして前触れもなく短剣を持つクラウスの右手が動き、すべてが終わるのだと悟る。レーネは反射的に目を瞑った。
「……ずっとこの力で苦しんでいたんだろ。なにを躊躇う? さっさとその短剣で俺を刺せばいいものを」
状況がすぐに把握できない。声が近いのは抱きしめられているからだった。どうしてなのか。動きを封じるためにしては、剣を突き立てられる気配も殺気も感じない。
クラウスはおもむろに腕の力を緩めると、改めてレーネと向きあった。頬にかかるレーネの黒髪をそっとすくい上げて彼女の耳にかけ、しっかりと目線を合わせる。
「お前の願いは、全部叶えてやる。この命と引き換えにしてでも」
そこで一度言葉を切るとクラウスはつらそうに微笑む。
「前は、叶えてやれなかったからな」
“前”というのがいつなのかを理解し、レーネはかすかに首を横に振る。
「どう、して? だって……」
許さないって。私を憎んでいるんじゃないの?
尋ねたいのに、胸が詰まって声にならない。ぽつぽつと重みに耐えきれなくなった雲から滴が落ちてくる。
レーネを庇うように腕の中に閉じ込め、クラウスは彼女に触れる寸前に足元に落とした短剣に目を遣った。




