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 また新たな人生をやり直しているのだと気づいたとき、いつも感じる絶望はそれほどでもなかった。


 片眼異色も相変わらずだが、むしろ贖罪としてすべてを受け入れられる。


 そんな中、妙な話を聞いた。王国成立にまつわる伝承だ。偉大なる指導者の意としてフューリエンと呼ばれる片眼異色の女性の存在。


 おそらく自分を指しているのだと気づいたが、事実とは大幅に違う。てっきり()しき存在として語り継がれると思っていた。それどころか、わざわざ伝承に残す意味が理解できない。


 そこで神子は悟った。ゲオルクは自分を逃がさないつもりだ。自分と血を分かつ女性が十八歳で片眼異色ではなくなるということは、逆に左目の黄金色を失わない唯一の存在が際立つ。


 あの短剣も彼が持っていった。


 中途半端に神の力を押し付けられたゲオルクが、自分を探し出しすべてを終わらせるためなのだとしたら――。


 レーネはそこで我に返り、混濁する数多の記憶の中から現実へと切り換えて自己を確立させる。自分は今、ノイトラーレス公国のマグダレーネとして、アルント城にいるのだ。


 嫌な汗を掻き、乱れる呼吸を整えようと躍起になる。宛がわれた自室にある鏡に近づき、しっかりと外見を確認する。


 無意識に左目を手で覆ったが、今回は右目も金色なので片眼異色として目立つことはなかった。


 長い黒髪は記憶の中の彼のものと似ている。その考えに至ってレーネは素早く思考を振り払い、自身に腕を回しぎゅっと抱きしめて身を縮めた。


 心を落ち着かせ、そっと部屋の外を覗く。


 体調が悪いから部屋で休みたいとタリアに告げ、ひとりになった。現に彼女の姿は近くにない。いい頃合いに様子を見に来るつもりなら、チャンスは今だ。


 レーネは部屋を抜け出し、国王の執務室へと向かった。前回は部屋に入るどころか、中の会話を盗み聞きするのが精一杯だった。


 しかし今日、クラウスは会談で席を外していると前情報を得ている。


 大きな扉に身を寄せ、念のため軽くノックをしてみる。返事はおろか人の気配も感じない。昼でクラウスが不在だからか辺りに警護の者もいなかった。


 おかげで難なく中に入れた。本番はここからだ。もう他には考えられない、あの短剣を仕舞っているのは。彼のすぐそばにあるはずだ。


 アルント王国が揺るぎなく続いてきたのには理由がある。不思議なことに治世が危ぶまれる事態に陥っても、何世代かにひとりは王として生まれるべく資質を兼ね備えた者が現れるのだ。


 クラウスのそのひとりだ。そういった王たちの手堅い政治の運び方には覚えがあり、共通していた。


 さらに優秀な王には決まって左胸辺りに痣があるのだと風の噂で聞いたとき、体の震えが止まらなかった。そして確信する。


 神の力を分け合った彼も、自分と同じく魂の記憶を蓄積することになったのだ。それは幼い頃、マグダレーネとしてクラウスに会ってはっきりした。


 はっきりしたやりとりを交わしたわけでもない。でも印の話を聞き、彼の目を見てレーネにはわかった。


 会いたくて、会いたくなかった。このときを恐れていた一方で、ずっと待ちわびていた。


 それから再びクラウスと対面し、この城に連れて来られたときから彼の目的も自分を待つ運命も理解している。しかし、あの短剣は取り戻さなければ。


 意を決して、レーネは重厚な木製の机に備え付けられている引き出しに手をかける。下から順に力を入れて手早く一段ずつ開けていった。


 意識せずとも心臓の音が大きくなり、開け閉めする度に軋む引き出しが不協和音を奏でる。


 不快さに顔を歪めていたレーネだが、一番上の段の引き出しを開けきったところで呆然とした。結果的にそれらしきものは見つけられなかったのだ。


 他の場所はある程度探しきり、城内ではここが大きな有力候補だったので落胆の色を隠しきれない。


 項垂れていると、不意に机の端に置かれている紙が目に入った。体裁で手紙だと察したが、よく見てレーネは思わず手に取った。そこに書かれている文字に見覚えがあったのだ。


 確認すると【Sophie(ゾフィ) Neutral(ノイトラール)】と妹のサインが入っている。どうやらこれは、ゾフィがクラウスに宛てた手紙だ。


 国章が入っていないところを見れば、国家の正式な文書ではなくゾフィが個人的に書いたものだと推測できる。


 瞬時に中身を読んでしまいたい衝動に駆られたが、そこはぐっと堪えた。そのとき、人の気配を感じ、レーネは元の位置に手紙を戻し慌てて机の下に身を潜めた。


 ややあって扉が開き、ふたりの人物が中に入ってくる。足音から察するにクラウス本人ではない。


「陛下が書状をお送りして、こんなにも早くゾフィ女王からの返事が届くとは少し驚きました」


 ゆったりとした喋り方が特徴の声の主はザルドだ。クラウスの補佐役として挨拶された記憶がある。


 ふたりはレーネが隠れている机ではなく棚に足を向け、なにかの文献を探しはじめた。手を動かしながらザルドは沈黙を持て余すようにさらに相手に話しかける。


「それにしても、陛下が生まれつきあまり眠れない体質だというのはずっと改善されませんね」


 ザルドのなにげない発言にレーネは目を見張った。息を殺して気配を消しているにも関わらず、動悸が早くなり呼吸が乱れそうになる。


「それももうすぐ解決する」


 やっと答えた相手の声は年相応に低くくぐもっていた。ザルドと共にいたのは予想通り彼の父親であるバルドだ。父親の切り返しにザルドは目を丸くして問いかける。


「治療法が見つかったんですか?」


「ああ。早くしないと命にも(さわ)る。今までの優秀な王たちも早逝(そうせい)だったが、クラウス陛下でそれも終わりだ」


 自分の存在が見つかるかもしれないという不安はどこかに消え、恐怖にも似た心騒ぎでレーネの胸はしめつけられる。そんな彼女とは対照的にザルドは穏やかに安堵の笑みを浮かべた。


「それはよかった。ご結婚されたばかりですし、マグダレーネさまも喜びますね」


 バルドはなにも答えない。ややあってふたりは目当ての書物を見つけ、さっさと部屋を後にした。レーネはゆるゆると立ち上がり、覚束ない足取りで自室に戻る。


 部屋の前では、タリアがちょうどレーネの様子を窺いに来たところだった。


 鉢合わせし勝手に部屋から出たレーネを例に漏れず注意しようとしたタリアだが、それよりもレーネの顔色が真っ青だったことを先に心配した。

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