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 国王が(とこ)()せ、クラウスが実権を握りつつあったのが、彼が二十二歳の頃。その二年後に王が崩御し、クラウスは正式にアルント王国の国王となった。


 元々実力も十分で、周囲への根回しにも余念がなかった彼は、早々にその手腕を発揮し、揺らぎかけた民からの王政に対する信頼回復と、膠着(こうちゃく)状態だった周辺諸国との国交復旧に尽力した。


 前国王の尻拭いにここまで時間を費やすとは思わなかったが、彼が二十六歳になったときにはようやく治世は落ち着き、人々は安穏(あんのん)な暮らしを手に入れていた。


 長く暗かった冬が明け、白く色づいていた山の雪が溶けて川に流れ出し、冷たく透明な水が大地を潤わせていく。眠っていた植物や動物は心地いいせせらぎにつられて、次第に目を覚まし活動を開始する。


 春と呼ぶにはいささか早いある日、クラウスは珍しく王都の外にいた。もちろん私用ではなく公務でだ。


 広々とした馬車の内部で彼は優雅に腰掛け、ひたすら窓の外を眺める。


 白のジュストコールは対外用で、技巧を凝らした黄金色の刺繍は持ち主の髪の色と同じだ。国王の威厳を表すかのように豪華絢爛さに満ちている。


 先ほどから会話らしい会話は一切ないが、同乗者には王の補佐官を務めるバルドと、国王が総長を務めるアルント王国の騎士団『アルノー夜警団』の実質のトップであるルディガーがいた。


 国王直属の管轄にあるアルノー夜警団は、王や城はもちろん王都アルノーの警護も承り、人々の平和な暮らしを維持するため官憲組織の役割も担っている。


 市民からの訴えを受けて、国王からの命でときには騎士団として近隣諸国へ赴くこともあり、その際に彼らが共通して掲げる基本理念は『必要最低限の介入を』だった。


 不必要に権力や武力を誇示したりはしない。


 団服には闇と気高さを表す黒を基調とし、光と礼節を示す赤がラインと裏地に取り入れられている。


 かけられているマントは漆黒で、さらに肩章、飾緒、フロント部分にシンメトリーに並ぶ(ボタン)は、すべて金で装飾されていた。


 胸元に施されている団章は黒の盾に赤の十字、中央部には、この国の誰もが知っている王家の象徴、双頭の鷲が描かれている。国の成り立ちの伝承から初代王とフューリエンを表したものだ。


 おかげでアルント王国では『二』という数字は縁起がいいとされ、これらが起因しアルノー夜警団のトップも双璧元帥としてふたりの人間が務めている。


 今はルディガーともうひとり、スヴェンがその任を担っていた。


 国王の斜め前に座っているふたりは、それぞれ複雑な面持ちをしている。この状況をよく思っていないのは明白で、それでいて互いに事情は違っていた。


 ルディガーはスヴェンを含め、クラウスとは同年代で幼馴染みであり、彼が国王になる前から同じ師に剣を習うなど親しくしている。


 短い(とび)色の髪と同系色のダークブラウンの瞳は、彼の性格も相まって穏やかな印象を与える。整った顔立ちでありながら親近感が湧きやすく好青年という言葉がぴったりだった。


 ルディガーとしては、自分の立場を(わきま)えつつクラウスとは気心が知れている。一方、自分たちの祖父ほど年の離れているバルドはどうも苦手だった。


 朗らかで誰とでもすぐに打ち解けられるのが自身の武器だとは思っているが、彼には通用しない。


 それは年齢差や立場だけが起因しているわけではない。いつも仏頂面で眼光は鋭く、伸びた白い眉と(ひげ)が気難しい表情に拍車をかけた。口数も少なく、なにを考えているのかまったく理解できない。


 代々王に仕えてきた家柄と聞いており、彼の息子のザルドはまだ多少の愛想はある。


 年齢が年齢なので最近は息子に役割を引き継ぎつつあったが、今回は道中がわりと長くかかるにも関わらず、バルド自身が王に同行すると主張したらしい。


 張り詰めた空気に溜め息をつきそうになったルディガーだが、その前にそれまで険しい表情で穴があくほどクラウスの顔を見つめていたバルドが口火を切る。


「陛下」


 (しゃが)れた声は年相応のものだった。お世辞にも聞き取りやすいとは言えない重低音にクラウスとルディガーは意識を向ける。


「本当に行かれるのですか?」


「なにを今さら」


 クラウスは鼻で笑い、再び窓の外へ意識を向けた。あきらかに不機嫌さを(かも)し出すバルドにルディガーは内心で首をかしげる。


 今回はアルント王国と南国境沿いに隣接していたローハイト国の間に小さな公国が誕生したので、その君主への謁見に赴いていた。


 国として名乗り上げるためには、それぞれの領土を保有する国の王に許可をもらわなければならない。国の一部が独立するならまだしも、国をまたいでの国家成立は非常に稀なケースだった。


 アルント王国は前国王の時代、ローハイト国と緊張状態にあった経緯がある。クラウスに代替わりをしてから幾分か関係は修復してきたものの完全なわだかまりは取り切れていない。


 そこで両者が上手くいくよう間に入っていた者たちによりノイトラーレス公国ができた。


 アルント王国側としては、新公国はどちらかといえばローハイト国寄りなのではと睨んでいる者も少なくないが、ノイトラーレス公国は永世中立の立場を取ると国家成立の際に宣言している。


 手続きに関してはすべて王が目を通した上で許可を出してはいるが、ノイトラーレス公国にクラウスが足を運ぶのは初めてだ。


 自国より規模も領土も小さい国にわざわざ国王が赴くのが気に食わないのか。先方が出向くべきだと、王の補佐官としてクラウスの立場や威厳を気にしているなら多少は納得もできる。


 しかしバルドの苛立ちはなんとなく別の理由に感じられた。


 たしかにクラウスが外交のためとはいえ自ら動くのは珍しい。基本的に人を遣わせる立場であり、ルディガーも公私共に彼の(めい)で暗躍することが多い。


 今回の公国への訪問は、クラウスにとって王の債務として以外になにかあるのか。ノイトラーレス公国の君主は若い女性だとの情報はルディガーも把握している。名前はたしか――。


「ノイトラーレス公国の君主は片眼異色だと聞いております」


 バルドの唐突な発言にルディガーは目を見張った。対してクラウスは視線を寄越しもせず、ただ口角を上げる。


「らしいな」


 一部の人間の間では、片眼異色といえば王国成立の伝承に登場するフューリエンを真っ先に思い浮かべる。


 しかし実際に片眼異色の者が特別な力を持っているわけではなく、伝承はあくまでも伝承だ。


 わかってはいるのだが、新しく誕生した国の成立に片眼異色の女性が関わっているとなると、あまりにも伝承と符合していて、逆に気持ち悪ささえ覚える。


 偶然として片付けていいものか。


 ルディガーは改めてクラウスの顔を見遣り、気を引き締める。彼の考えは相変わらず読めないが、自分の役割は道中を含め国王の身を守ることだ。


 車輪がガタガタと揺れ、馬の蹄鉄(ていてつ)の音が小刻みに聞こえる。馬車は微妙な振動と共に前に進み、ひたすら前に進んでいった。

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