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 冬の足音が近づき、朝晩の吐く息が白く染まる日々が続く中、城では迎冬会が開催されようとしていた。


 各地の領主をはじめとする権力者がこぞって参加し、情報収集の場として、また新しい王になるであろう人物に取り入るため、各々の思惑を腹の中に抱えやってくる。


 会場の華やかさとは真逆の黒い世界。これが上流階級の日常だ。


 レーネは城の尖塔からせわしく行き来する人々をぼんやり見つめていた。彼女もドレスを着ているが露出部分はほぼない。


 深青のベルベット生地のもので、前部分は白地で網掛けになっており装飾はほぼなく地味なものだ。


 けれどこれでいい。自分はあくまでも見守り役だ。仮面を身に纏い左目を髪で隠すのは忘れない。夜の(とばり)が降りるのと同時に会も始まる。


 やっとここまできた。そう遠くない未来、ゲオルクはこの地の新しい王となる。


 すべて目論見通りだ。彼は上に立つ者としての資質も王としての器量も十分に兼ね備えている。


 ところが、どうしてもすっきりしない。レーネは袖を傾け、潜ませておいた短剣を取り出した。カインから手渡されたあの日からずっと肌身離さず持ち歩いている。


 自分の目的を忘れないために。ひんやりとした無機質な感触は、いつもレーネに刃を突き立てているようだった。


 ずっと「まだ」と言い聞かせてきたが、そのときは確実に近づいている。レーネは短剣を再び袖に仕舞い、冷たくなる手に息を吐きかけた。


 今さら怖じ気づいたとでもいうのか。共に過ごしたらそれなりの情も湧く。これくらい折り込みずみだ。


 レーネは首を横に振る。ゲオルクには王として相応しい伴侶を見つけてほしい。賢い彼のことだから選ぶのもきっとそれなりの相手に違いない。


 できれば世継ぎが生まれるところまで見守りたかったが、それは叶いそうもない。レーネはもうすぐ十八になる。どう足掻いてもあと数年の命だ。


 ふと空を見上げれば、丸い月が輝きだしている。


『むしろ月だな。それも闇夜を照らす満月だ』


 ズキズキと胸の奥が痛みだす。あまりにもゲオルクができた人間で傍にいるのか心地よすぎた。それだけだ。


 迎冬会が無事に開幕し、外の静寂さとは真逆に会場は人の熱気と喧噪(けんそう)に包まれている。


 ゲオルクは主に年頃の娘を連れた者たちに囲まれ、その周りには、あわよくば自身を売り込もうと野心溢れる輩たちがひしめいていた。


 彼に紹介されている女性陣も、自信に満ち自らゲオルクの元へと希望する者もいれば、不本意で悲痛さを浮かべている者など様々だ。


 ゲオルクはどんな女性を選ぶのか。その考えに至りレーネは思考を切り替える。そこまで口を出す権利は自分にはない。


 壁の花となっていたレーネだが、そこにひとりの男が近づいてきた。


「一曲、お相手いただけますか?」


 恭しく胸に手を添え、頭を下げた男はレーネと同じく仮面を身につけている。一瞬、躊躇ったレーネだがすぐ相手の手を取る。


 男はレーネの手を引いて他のダンスを楽しむ人々の輪に素早く溶け込んだ。


「久しぶり、カイン。わざわざ来てくれたんだ」


 レーネが小声で話しかけると。仮面の奥の茶色い瞳が細められる。


「お変わりありませんか、神子さま」


 男の正体はカインだった。どうやって貴族の男性になりすましたのかは謎だが、その所作は手慣れたものだ。レーネの腰に手を回し彼女をしっかりとエスコートする。


 この計画を唯一知っている者であり、レーネのよき理解者だ。村から脱出するのも彼の手助けがあってこそで、村では神子は行方不明という話になっている。


 ゆったりとした音楽に合わせスウィングさせながらも他者との距離を見極め、ふたりは会話する。


「そろそろ決着はつけられそうですか?」


「……ええ」


 妙な間合いにレーネの揺らぎを見抜いたカインはするどく切り込む。


「情でも移りましたか?」


 レーネは返答に困り、うつむき気味になる。なにをこんなにもはっきりせずにいるのか。これくらいは予想の範囲内だったはずだ。


 必死に自分に言い聞かせるレーネにカインが畳みかける。


「彼が神子さまを大事にするのは当然です。あなたの力でここまで来たのですから」


「それだけじゃない」


 反射的に否定し、思ったよりも大きい声になってしまった。目だけ動かし辺りを見渡すが、皆それぞれのパートナーや雑談に夢中でレーネたちに興味を示す者などいない。


 ほっと胸を撫で下ろし、レーネは静かに呟く。


「彼は元々優秀な人間よ。私がいなくてもいずれ王になっていたわ」


「なら、神子さまの見る目が確かだったのでしょう。素晴らしいことです」


 レーネはなにも答えられなかった。そんな彼女に対し、カインは少しだけ呆れた面持ちになる。


 彼にとっては神子とはいえレーネはいつまでも手のかかる少女というイメージから脱却できない。おかげで忠告するにも幼子に言い聞かせる調子だ。


「いいですか、神子さま。いくらあなたが極力表に出ないようにしても、その存在は徐々に尾ひれをつけながら広まりつつあります。ゆくゆくはあなたの身が危なくなる」


「……わかっているわ」


 気を引き締め直すと、曲調が変わった。そのタイミングでカインは神子に外に出るよう促す。


 いい雰囲気になった男女がふたりで抜け出すなどこういう場ではよくある話だ。レーネは承諾し、ちらりとゲオルクの姿を探す。


 色とりどりのドレスに身を包んだ美しい女性たちに囲まれているが、当の本人は仏頂面だった。もう少し愛想よくすればいいものを、とレーネは心の中で呟く。


 しかしその一方で、彼はあの中の誰かとダンスを踊ったりするんだろうかと想像するとなぜだか胸が軋んだ。


 この痛みの正体がなんなのか、深く追及するのも嫌でレーネはさっさとこの場を後にしようとカインに続く。


 その後姿に視線を向けられていることに彼女は珍しく気づかなかった。

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