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 アルント王国が誕生するさらに昔、今となっては隣国との国境沿いに位置する山地の中に、人知れない小さな集落があった。


 人口は六十人ほどで、彼らはけっして外部の人間とは交流せず村から出ることもない。


 地理的要因も大きいが、それよりも徹底して閉鎖的な暮らしを営むのは、村の女性の左目が生まれつき全員、金色だからだ。


 右目は各々異なるにも関わらず、共通して顕れる特徴は、この村で暮らす者の暗黙の了解になった。


 左右の瞳の色が違うのは当たり前で、中には女性はそういうものなのだと認識する若い者もいる。


 そして年長者から聞かされるのだ。女性の左目の色が金色の理由と、彼女たちの中に現れる神子(みこ)の存在を。


「神子さま」


 物心がついたときから少女は村人にそう呼ばれていた。元々名前があったのかは定かではなく、実の両親でさえ彼女を特別扱いだ。その理由を幼い少女はよく理解していた。


 彼女には生まれる前の記憶があり、さらにその前、加えてその前と幾人もの人生……自分の魂の記憶を保有している。いつの時代もこの村で繰り返し生まれ、左目は金色、神子と呼ばれるのも共通だ。


 おかげで少女は生まれて言葉を発する頃には、早くも自分の人生に絶望していた。


「もう終わりにしたい」


「また物騒な発言を。あなたはまだ十四歳ですよ」


 今回の自分の容姿は、穏やかな翡翠を彷彿とさせる緑色の右目にやや褐色気味の薄茶の髪。左目は当然、金色だ。


 少女はため息をついて自分の、正確には神子の付き人であるカインに声をかけた。ここは神子に与えられた神殿で今は彼女とカインしかここにいない。


 十七歳になる青年は落ち着き払った口調で少女をたしなめる。赤みがかった短めの茶色の髪に同系色のダークブラウンの瞳は、母親譲りだ。


 彼の一族は代々村の神官を務め、神子が現れた際の世話係も兼ねる。少女は神子用にと特別に用意された一回り以上大きな椅子に腰掛け、足をばたつかせて彼に噛みつく。


「神様の与えた特権? 冗談じゃないわ、これは呪いよ、呪い!」


「神子さま、口をお慎みください」


 カインは眉間に皺を寄せ、深々とため息をついた。それを見て神子はふくれっ面になった。


 最初はなんだったのか。神の化身とも呼べる存在と取り引きをしたのだ。


 幼くして病に倒れ、命の灯火が消えそうだと悟ったとき、このままで終わりたくないと(わら)にもすがる思いで、その地に伝わる呪いを試した。


 両親との記憶もない。たったひとり、孤独で生きていてもつらいだけ。そう思っていたのに、今さら悔しさにも似た生への執着が捨てられない。


 現れた姿はひどく曖昧だが、はっきりしているのは相手はこの世のものではなく、魅入られる黄金の瞳を持っていた。


『憐れな少女よ。不老不死は難しいが、そなたの魂はひとつの生涯を終えても浄化されずに、次の新たな人生を送るようにしてやろう。これから永遠に記憶を積み重ねていけばいい』


 脳に直接響く声。それを恍惚(こうこつ)の表情で受け入れているのは、自分のようで自分ではない。男か女か区別がつかない声がさらに続けられる。


『ただし特別な存在となったとき、そなたは人間としてもっとも大切なものを……を二度と得られなくなる』


 かまわない。今もこの命以外に大切なものなどないのだから。私は特別な人間として悠久の時を生きていく。そうすれば、きっといつか必ず手に入る。


『終わらせたければ、それを手に入れるか。誰か他の者に同じやり方でこの力を与えよ』


 誰が譲るものか。こんな素晴らしい特権を。


 少女は腹の中で悪態をついた。取り繕う必要がどこにあるのか。どうせ死に際に見る夢だ。現に自分は声を出せていないが、相手とやりとりできている。


 滑稽すぎて夢でも現実でもどちらでもよくなった。


『ならば受け取るがいい』


 神の瞳と同じ金色の鋭く光る剣先が己に向けられる。しかし自然と恐怖はない。どっちみち、この人生は終わりだ。


 次に目を覚ましたとき、彼女は新たな人生を歩んでいた。両親にも恵まれ、寒さや病に苦しむ必要もない。


 ただしその見目は特徴的だった。左右で瞳の色は異なり、左目は黄金色でまさにあの最期にやりとりした神のものだ。


 契約の証。なにより自分は前の人生を覚えている。あれはすべて本物だったのだ。喜びで、全身が震え、少女は神に感謝した。


 それから何人の人生を歩んできたのか。数えようと思えば数えられるが、正直面倒だ。


 かなり古い記憶まで辿ったので、神子は顔をしかめて頭を抱えた。今の自分は誰なのか、飲み込まれないよう自我を保つ。


 長い時を経て継続されている神との契約は、それなりの弊害をもたらしてきた。


 莫大な記憶を保持するためか、常に脳が休まらず生まれたときからほぼ眠れない。左目が金色で、ろくに眠らない女子の赤子という特徴で村人はすぐに神子の存在に気づく。


 また記憶を継承できるのは、最初に神との(ちぎ)りを交わした少女の血を引く者だけだ。


 だから彼らは神子の秘密を守るため、神子の存在を隠すため、あるときから一族総出でこの険しい山の中でひっそりと暮らすようになった。


 そうしているうちに神子の存在を村の中だけで囲い込んでいく。ところが神子の血を引く村の女性たちまで左目が金色になるという影響を及ぼしだしたのだ。


 こうなれば、村はますます外部との交流をすべて絶ち、閉鎖的にならざるをえない。


「私がいなければ……」


 皆、もっと自由になれる。いつからこの神子としての人生を繰り返し生きてきたのか。


 特別扱いされていいことなどなにもない。来世も同じ生き方をするとわかっている。まして体は普通の人間と同じだ。眠れない体質は確実に体を(はば)み、長く生きられない。


 この人生も二十歳過ぎまでがいいところだろう。この苦行は永遠に続くのだ。


 それを選んだのは他でもない自分自身で誰も責めることはできない。しかし自分以外の者にまで影響を及ぼしているとなると話は別だ。

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