表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/44

2

「欲しくはないか? 絶対的な力を」


 低く冷たい声が誘惑してくるが、なにひとつ心動かされない。国王はそっとクラウスから離れた。一方的に錠の鍵を彼に手渡す。


「憎らしいことにお前は印を持って生まれた。次期国王になるならフューリエンを懐柔してみろ」


 力を試すつもりなのか、ただ押し付けられただけなのか。おそらく嫉妬だろうとクラウスは結論づける。自分にはない印を持つクラウスが憎いのだ。


 王家には迷信めいた言い伝えがある。王の素質を持つ人間には、生まれたときから同じ個所に痣があるというのだ。ただの偶然かもしれないのに、いつのまにかそれを印とまで呼ぶ者さえいる。


 我が子を王にするべく、生まれて間もない赤子にわざと傷を負わせ痣をつくった者もいるほどだ。


 信心深さは一歩間違えれば狂気だ。フューリエンに関しても同じことが言える。クラウスは皮肉めいた笑みを浮かべ国王が消えて行った先を見つめた。


「絶対的な力、ね」


 そんなものを信じて(すが)ろうというのなら、あの男もたいした器じゃない。


 クラウスは目線を再び部屋の中の少女たちに向けた。異なる色の瞳に恐怖を滲ませ、体を震わせている少女に声をかける。


「そんな目をするな。取って食おうというわけじゃない。名はなんと言う? フューリエン呼びは嫌だろう」


 少女はなにも答えずに目を伏せた。もうひとりの黒髪の少女は金髪の少女のそばに寄り添いながらも、さっきからこちらを見ようともしない。クラウスは気にせず続ける。


「数日後に城で迎冬会(げいとうかい)が開催される。当日は外部の人間の出入りも激しい。そのタイミングで逃してやろう」


 迎冬会は四季の変化が豊かなアルント王国で、冬の到来が間近になった頃に城で開催される舞踏会だ。上流階級の貴族たちはもちろん、王家に関係する者など多くの人たちが参加する。


 冬の間はどうしても皆、外に出るのに二の足を踏みがちだ。そうなる前のこの機会に情報交換や近況報告などを兼ね、それぞれの野心を達成する場にもなっている。もちろん純粋に出会いを期待する者たちも少なくはない。


 今も準備のため多くの人間が城に出入りしている。彼女たちを捕らえ、ここに連れてきたのもその隙を突いてだろう。なら逆に利用するまでだ。


 クラウスの言葉が効いたのか、金髪の少女の表情がわずかに揺らいだ。結びきっていた彼女の唇が静かにほどかれる。


「でも、私たちを逃がしたら、あなたが……」


 紡がれたのは外見に相応しく鈴を転がすような美しい声だ。


「心配しなくていい。国王はフューリエンの力を未知数に捉えている。本物のフューリエンなら、ここから脱出するのも難しくなかったと結論づけるだろう。その後は好きにしろ」


 飾らない物言いか、彼の雰囲気がそうさせるのか、クラウスの言葉を素直に受け取った少女の顔には、わずかに安堵の色が浮かんだ。


「ありがとう、ございます。私はゾフィ。こっちは……」


 そのときほとんど動かずにいた黒髪の少女がゾフィの腕を取った。まるで告げるなと言わんばかりの迫力で彼女を制する。圧倒されたゾフィは目線を肩に落とした。


 たしかに喋りすぎて自分たちの情報を与えるのはよくない。一瞬の沈黙が流れた後、クラウスが口火を切る。


「こちらも名乗っていなかったな。俺の名はクラウス・エーデル・ゲオルク・アルント。いずれはこの国の王になる」


 言い放ち少女たちに背を向けると、ゾフィがよたよたと立ち上がりクラウスの後を追って扉まで近づく。


「次期国王陛下。もしも私たちを本当に逃がしてくださるなら、ご恩はいずれどこかで必ずお返しいたします」


 クラウスはなにも答えず、不敵な笑みを浮かべ少女たちを見遣る。そこで今までこちらにまったく関心を寄せていなかった黒髪の少女が、金色の双眸をクラウスに向けていた。


 彼はその瞳を見つめ、満足げに目を細めると再び扉を閉めて錠をした。重苦しい金属音が暗い地下牢に響く。


 数日後の迎冬会を終えた後、国王はもぬけの殻となった地下牢を見て愕然とした。ドアには鍵がかかったままだ。


 憤りで顔を紅潮させるが、事情を知る者がほぼいない状況で怒りをぶつける先が見つからない。クラウスも素知らぬ顔で通した。


 さらに警備が手薄となっていた国王の自室近くの部屋が荒らされていた。おそらく迎冬会の来客に紛れ込んだ何者かの仕業だと、国王はフューリエンを失った苛立ちも合わせて家臣共に犯人を探させたが、結局めぼしい人物は見つからなかった。


 一連の流れをクラウスは冷ややかに静観する。しかし彼の心には沸々と言い知れぬ喜びが湧きでていた。


『ありがとう、ございます』


 ぎこちなく告げたゾフィの姿が頭を過ぎる。どうやら彼女たちは上手く逃げたらしい。


「礼はいらない。むしろ感謝するのは、こちらだ」


 誰に言うわけでもなくクラウスは呟いた。


「やっと見つけたんだからな」


 偶然か、運命か。はたまた彼女の意思で自分に会いに来たと自惚れるべきか。なんでもいい。この出会いを必ずものにする。ただ、今はその時期ではない。


「なにがあっても絶対に手に入れる」


 固い決意を滲ませ、クラウスはゆるやかに笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ