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「やぁ、こんにちは。ご機嫌いかがかな?」


 与えられた自室に戻る途中、軽やかな口調でレーネに話しかけてきたのはアルノー夜警団のアードラーのひとりルディガーだ。


 一歩間違えれば無礼にあたりそうなものを彼の人のよさか、柔和な雰囲気のおかげか、相手に不快感を与えず警戒心を解かせる。


 彼のすぐうしろには副官のセシリアが控えていた。細く柔らかい金色の髪をうしろでひとまとめにし、涼やかなアイスブルーの瞳はルディガーとは対照的に落ち着いた印象を抱かせる。


 ルディガーはレーネからタリアに視線を移すと、後ほど彼女を部屋まで送り届けることを約束し、タリアに席を外すよう申し出た。


 タリアは複雑な表情でレーネを見る。あからさまに口数の少なくなったレーネを疲れているのではと気遣ったからだ。


「ですが、マグダレーネさまは……」


「いいの。タリアは先に戻って少し休んでて。私も陛下のお話を彼から聞いてみたいと思っていたから」


 タリアの憂慮(ゆうりょ)を払拭するためにレーネは明るめに告げた。完全にとはいえないまでも納得したタリアは渋々下がる。


 タリアを見送ると、とりあえず廊下で立ち話をする面々でもないので、一行はアードラーに宛がわれたルディガーの仕事部屋に向かうことになった。


「悪いね、時間を取らせて」


 部屋に入った瞬間、レーネは遠慮せずに視線をあちこちに散らす。さすがにここにはないと確信を持ち、冷たい表情でルディガーに向き直った。


「私になんの御用でしょうか?」


 あからさまな拒絶感にルディガーは苦笑し、頬をかく。


「そこまで警戒されると傷つくな。君はクラウス国王陛下との結婚により、我が国の王妃になる。俺たちは命を懸けて尽くすんだから」


 恩着せがましさはなく、少しは気を許してほしいという(てい)だった。機微に聡いレーネは伏し目がちになる。


 沈黙と共にどこか刺さる空気が舞い降り、ルディガーが咳払いをひとつして、改めて切り出した。


「悪いね、君が陛下との結婚に乗り気じゃないのは出会ったときからわかっているよ」


 聞きようによっては不敬罪にあたりそうな物言いだ。セシリアの眉が釣り上がったが、彼女はなにも言わずに成り行きを見守る。ルディガーはさらに続けた。


「だからこれはアードラーとしてではなく、クラウスの幼馴染みとして聞いて欲しいんだ。お節介なのは百も承知している」


 ここでルディガーの声に真剣味が増す。レーネはおもむろに顔を上げて彼を見た。


「あいつは昔から素直じゃないところがあって、おまけに秘密主義者で……正直、付き合いが長いわりには俺もクラウスのことは把握できていない」


 仰々しくため息をこぼし、ルディガーは肩を落とす。言葉とは裏腹に、国王であるクラウスに対し、そこまで言い切ってしまえるのは彼らが互いに気を許しあっているからだ。


 そんな前置きを入れてルディガーはレーネを見据えた。


「でも、君のことは長い間、本気で探し求めていた。会いたくて、あいつなりに情報を集めて必死だったんだ」


 ライラがこの城で保護されたのも、片眼異色と知ったうえでクラウスが秘密裏に指示を出したからだ。元々、誰を見つけようとしていたのか確認するまでもない。


 ルディガーがこうして時間を取ってまで、レーネに伝えたい内容など容易に想像できた。


 そばでクラウスを見てきて、彼の性格をある程度把握しているからこそ口を挟んできたのだろう。国王はその立場に関係なく、いい友人に恵まれている。


「ええ、わかっていますよ」


 微笑を浮かべるレーネにルディガーは愁眉(しゅうび)を開く。ところが次に彼女から紡がれた言葉は、思いもよらぬものだった。


「ただ、あなたは大きな勘違いをしています」


 笑っているのに声も表情も冷ややかだ。ルディガーも、そばで見守っていたセシリアも虚を衝かれる。


「彼が私をずっと探していたのは事実でしょう。でもそれは、あなたが想像するような動機ではありません」


 涼しげに否定され、ルディガーは困惑気味に尋ねる。


「というと?」


「どうもこうもお会いしたときから私と陛下の関係は一目瞭然だと思いますが」


 レーネが纏う空気は冷たくなる一方だ。丁寧な口調がそれを増幅させる。まるでなにもかもを()ねのけるような……。


 ルディガーは自分の言いたかったことが伝わっていなかったのだと思い、言葉を選び直す。


「これは俺が言うべきではないとは思うけれどあいつは、君のことを」


『陛下はマグダレーネさまを愛していらっしゃいますよ』


「愛していません」


 タリアの発言も合わさりレーネはきっぱりと否定する。かぶせられた言葉に誘われレーネを見ると、彼女の顔がくしゃりと歪んだ。 


「あの人は私を……フューリエンを愛してなどいない!」


 ここにきて、無機質だったレーネの感情が初めて爆発した。それが怒りなのか悲しみなのかは判別できない。声を荒げた後、レーネは唇を噛みしめてうつむく。


「それどころか嫌って憎んでいる。……恨んでいるんです、自分の手で殺したいほどに」


 ひとり言にも似た呟きを残し、レーネは部屋を出ていった。ルディガーとしては、予想もしていなかった反応に混乱するばかりだ。


「どういう……ことでしょうか?」


 静観していた副官の問いも耳を通り過ぎていく。


 たしかにクラウスとレーネの間になにか因縁めいたものがあるとは感じていた。とはいえ互いの性格や態度ゆえに、素直になれないだけだと思っていたのだが……。


 どうやらそんな単純な問題ではないらしい。少なくともレーネの追い詰められ方は深刻だ。このふたりの間にはもっと根深く複雑な事情が絡みついている。


 自分はまた余計なことをしたのかと後悔しつつ、今さらながらルディガーはセシリアを連れ、レーネの後を追った。

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[気になる点] 「そこまで警戒されると傷つくな。君はクラウス国王陛下との結婚により、我が国の女王陛下になる。俺たちは命を懸けて尽くすんだから」 [一言] 3人分、最終話まで拝読しました。そこで気になっ…
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