表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/44

1

 レーネがアルント城へ迎え入れられ、三週間近くが経とうとしていた。冬の面影はすっかりなりなくなり、春の息吹に染まった王都は人も、動物も、植物も活気づいている。


 過ごしやすい季節となり、うららかな日々は人々の心を陽気にさせた。


 その一方でレーネは日に日に焦燥感に(さいな)まれつつあった。肝心の探し物が見つからない。この大きさの城からして、長期戦は覚悟していたはずだ。


 だから本当に自分を波立たせている原因は別にある。この城での、クラウスのそばにいる生活に慣れていくのが怖いのだ。


 レーネはノイトラーレス公国の王女の肩書きと共に、国王の妃として迎え入れられたと近々国民に正式に公表される。


 近隣諸国との関係も良好で、国内の治世も落ち着き、若き国王の結婚はずっと望まれていた。民衆が歓喜に包まれるのは容易に想像できる。


 南国境沿いに誕生したノイトラーレス公国の関係者と知り、国益を考えた政略結婚だと推測する者も多いだろう。


 現に先に知らされた城仕えの人間たちの間ではそういう目で見られる機会も少なくはない。どちらにしてもレーネにとってはどうでもいい話だ。


 午後、ふと中庭に出てみれば青い空が広がっているのが目に入る。どこにいても、いつの時代もこの光景は変わらない。


 懐古的になりゾフィをはじめとする面々を思い浮かべ、レーネは故郷に思いを馳せた。ゾフィたちにはすでに結婚話は届いているのだろうか。妹は、どう思っただろう。


 ちくりと胸が痛み視線を元に戻すと、甘い花の香りが鼻をかすめた。この城の中庭は井戸や小さな池などの貯水設備があり、さまざまな植物も植えられている。


 いつも緑を絶やさずにいるが、今はちょうど季節的に彩りが豊かになる頃だ。


 不意にレーネは、庭の一角に特別に区切られ屋根も設置されているガゼボに注意がいった。誰かがいる気配を感じ取ったのだ。


 この城に庭師はいただろうか。そんな疑問を抱きつつゆっくりと近づいていく。


 くすんだ緑色の装飾と柱で囲まれた内部は、明らかに観賞用ではなく、密集して植物が植えられていた。薬草園だ。


 そこにはレーネと年の近い若い女性が慈しみの眼差しで植物の世話をしていた。


 穏やかな緑色の瞳は細められ茶色い髪は肩下まで伸び、ゆるやかにサイドを編み込まれている。黄色いドレスは派手すぎず彼女によく似合っていた。


 同じくレーネの気配を感じて、女性が視線をこちらに寄越す。


「どうされました?」


 正面から見ると、思ったよりもあどけない印象だった。


「すみません、突然」


 レーネはぱっと視線を逸らし瞬時に辺りを見渡す。さすがにここに探し物はない。


「失礼ですが、マグダレーネさまですか?」


 唐突に名前を呼ばれ、レーネは目の前の女性に意識を戻した。レーネの反応を肯定と捉え、彼女は律儀に頭を下げる。


「お初にお目にかかります。アードラーのひとりスヴェン・バルシュハイトの妻、ライラ・ルーナと申します。お話はお伺いしています。陛下とのご成婚、心より祝福を申し上げます」


 ぎこちなく妻と発言するのが、初々(ういうい)しさを感じる。しかし自己紹介をされて動揺したのはレーネの方だ。ライラの存在はクラウスから聞いていた。


 今は両目ともに翡翠色を(たた)えている彼女だが、十八歳の誕生日を迎えるまで生まれつき左目が黄金色の片眼異色だった。


 周囲からの好奇の眼差しを避けるため、前髪でずっと片目を隠し生きてきたが、ある日フューリエンの伝説を知る者によって囚われの身となる。


 その情報を得た国王陛下の命令でアードラーのふたりが救出に向かい、ライラを城で保護するという名目でアードラーのひとりであるスヴェンと偽装結婚したらしい。


 とはいえ今では互いに想い合って幸せな結婚生活を送っていると聞いて、レーネはこっそりと胸を撫で下ろした。


 フューリエンもとい片眼異色の宿命を背負った少女たちの話はいつも身につまされる。おかげでつい本音が漏れた。


「大変でしたね」


「え?」


 目を丸くしたライラにレーネは慌てて補足する。


「私の妹も片眼異色なので」


 その言葉でライラはレーネがすべての事情を知っているのだと察した。


「そう、なんですね。でも、きっと十八歳になれば長年の苦労から解放されますよ」


 今は堂々と両眼を晒しているライラだが、この日を迎えるまでには言い知れぬ苦労があった。だからこそ彼女の言葉には重みがある。ライラは笑顔で続けた。


「それに、悪いことばかりじゃありません。つらい思いもたくさんしましたが、片眼異色だったからスヴェンと、夫と出会えたので」


 最後は恥ずかしそうに告げる彼女は、レーネから見ても愛らしい。どこか妹を、ゾフィと重なる。ライラははっと気づいた面持ちになりレーネを見据えた。


「もちろんすべては陛下のご温情があってこそなんです。優しくて聡明で、国民思いの素晴らしい方です。改めてご結婚、おめでとうございます」


 屈託ない笑顔にレーネは曖昧な表情で返すしかできない。そのとき、どこからともなくレーネを呼ぶ声がする。おそらくタリアだ。


 レーネは軽くライラに挨拶し、その場を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ