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彼女に出会った日のことはなにもかも鮮明に覚えている。
クラウスは国王である伯父があまり好きではなかった。むしろ彼を好む者が国民を含め、近しい人間にいるのかさえ疑わしい。
野心家で自尊心が高く、使えないと思えばすぐに切り捨てる。そこに情などは一切ない。
性格は政治体制にも表れる。人を人とも思わぬ冷酷さで弾圧的なやり方は、恐怖と不満の渦を生み出していく。無論お人好しの正義感だけでは国王は務まらない。
国の頂点に立ち、治める者として時には非情な判断を下さなければならない場合もあり、多少の狡猾さは必要だ。
それを差し引いてもクラウスはやはり伯父に、国王に対していい感情は抱けない。ただひとつ、この男を評価するならば自分を次期国王として見据え、買っているところだ。
明るい光を集めたかのような金の髪と思慮深さを思わせる鉄紺の瞳は生まれつきで、幼い頃から整った顔立ちだと誰もが口をそろえ褒めた。
そんなクラウスは、ここ数年で少年のあどけなさから青年の精悍さが加わり、ますます彼の外貌は人の目を引く。
見目だけではなく、年齢の割に落ち着いており意外な視点から物事を捉えたりもするクラウスを現国王は自分の後継者にと考えていた。
ここに連れて来られたのもその一環だった。クラウスが十六になる頃、国王に話があると呼び出され、共に向かう先は城の地下だった。
普段はまったく使われておらず、存在自体を知る者も今はほぼいない。罪人でも閉じ込めていたのか、密談にでも使用していたのか。
用途は定かではないが、人どころかねずみ一匹いる気配さえない細く狭い階段を下り、国王は低い声でクラウスに説明していく。
クラウスは特になにも言わずに国王の後に続く。
自分たちの足音が響いては耳に残り、細やかな装飾の施された手持ちの洋灯だけが、この場に不似合いで違和感を拭えない。足元の輪郭がぼやけそうだ。
石畳が剥き出しで、城の内部だとは思えないほど無機質な部屋には、ひんやりとした空気が淀んでいる。
そして階段を下りてすぐに明かりが灯っていることに気づいた。
先に誰かがいるのか。よりにもよってこんな牢獄のような場所に。疑問を口にする前に国王がある部屋の前で立ち止まり、重々しく錠を開けた。
蝋燭の明かりがふっと揺れ、クラウスは中にいた人物に目を見張る。
十歳前後の少女がふたり。ひとりは金色の長く柔らかい髪が床につくのも気にせず、怯えて座り込んでいる。
対するもうひとりの少女は、闇に溶けるほどの艶やかな黒髪を持ち、来訪者たちを警戒して金髪の少女を守るべくして立ちはだかった。
彼女は鋭い金色の双眸で、国王とクラウスを睨めつけた。クラウスは思わず息を呑む。
続けてうつむいていた金髪の少女もこわごわと顔を上げ、男たちに視線を向けた。その瞳の色は左右で異なっていた。右目はヘーゼルブラウン、左目はもうひとりの少女と同じく黄金色だ。
クラウスが目を見開いたまま少女たちに視線を向けていると、国王は背後からクラウスの肩に手を置き、そっと耳元で囁いた。
「心配しなくていい。彼女は……“本物”だ」
その言葉にクラウスは首を動かし、不信感を宿した眼差しを王に向けた。国王はクラウスからわずかに距離を取り、怪しく笑う。
「片眼異色の者は何人もいるが、その中で初代フューリエンの力を継ぐ者はただひとり。彼女こそが本物だ」
「……根拠はあるのですか?」
冷静な声色で水を向けられた国王は満足気に口角を上げる。
「彼女はこの年にして数々の予言を的中させ、すでに多くの者に慕われている。ゆくゆくは国を興し、その頂点に立つだろう。彼女自身か、それとも他の者か。まさに初代王のように」
国民の誰もが知るアルント王国の成立にまつわる伝承。長い国の歴史を語る中で欠かせない存在がいる。
初代王に多くの助言を与え、王国の発展に大きく寄与した女性、人々は彼女を〝偉大なる指導者〟の意として『フューリエン』と呼んだ。
彼女は人智を超えた力を持って、未来を予言し的中させ、人の心を読み、根治不可能とされていた病や怪我をも癒す。そばにいるだけで幸運や富、成功をもたらす存在として語り継がれている。
初代王が王国を築き上げたのは、彼自身の優秀さはもちろんだが、フューリエンの力も大きいとされている。その証拠に、初代王は片時も彼女を離さなかった。ところが彼女はある日突然、王の前から姿を消したのだという。
どこまでが真実でどこまでが伝説か、どちらにせよ初代王とフューリエンのふたりの人物を表すため、王家の紋章は双頭の金色の鷲になったと伝えられている。
そして、ここからは王家に深い関わりなどがある一部の者しか知らないが、フューリエンに関しては続きがある。
彼女が特異な人物として語られる理由は、特徴的な外見にもあった。彼女の瞳は左右で色が違っていたのだ。片方の目が、輝く満月を思わせる琥珀色だったらしい。
鷲のごとく聡明で鋭い金の瞳だ、と初代王は称えた。
おかげでこの内容を知る一部の人間は、片眼異色の女性を初代フューリエンの生まれ変わりや末裔だと信じ、不思議な力で幸福をもたらす存在として崇め奉ったりする。
しかしそのほとんどは意味のないものだ。彼女たちに特別な力などない。