39 あまり気は乗らなかったけど……
毎週日曜日に更新してます
本日2話目です。
美紗の口から出た言葉に思わず耳を疑う。
「今、奴隷って言った?」
「うん。本当は言いたくなかったけどね」
エラルド王国には奴隷制度が存在した。魔術で奴隷と契約し、基本的な要項を詰めていくらしいが、基本的に奴隷は立場が強くなく、大半は渋々嫌なことも押し付けられてしまうのだそうだ。
もちろん、国はそれを黙って見ている訳ではなく、国営の奴隷取引所を作り、そこでの取引に限り奴隷制度を認めることとした。奴隷の最低限の権利を守るために。だが、それに反発して所謂「闇取引」を行う輩も、もちろんいる。
契約魔術はこのような時に便利である。国の公的な役員が第三者として仲介し、契約魔術を行使する。そうすることで、契約者の不正を未然に防ぐ仕組みが出来上がっている。
また、違反行為を行った場合の処罰もかなり厳しいので、違反が報告されることは少ない。
だが、元々奴隷という存在すら詳しく知らず、ある程度の事は人の手を介さずに行われる楓達には到底理解できない制度であった。
「おい美紗!言っていいことと悪いことの区別もつかねぇのか?奴隷を雇うとかどれだけ程度の低い事か分かってんのか?」
「そんな事言ってもしょうがないじゃない!そもそも人手不足、しかもこの国の制度としてしっかりしている。この国の奴隷は私達の知る劣悪な環境下で働かされるような奴隷じゃないのよ!そういうことをちゃんとしっかりと調べてから言いなさいよ!」
かなり微妙な話題だったので、意見の食い違いが起きるのも仕方がない、と思っていたのだが、翔と美紗の言い合いのヒートアップぶりには少し焦る。
家の隅々にまで響き渡る怒号や罵声がその激しさを物語る。額から頬を伝い、顎から滴り落ちる冷や汗。この辺りが一気に冷え込み、2人の間で火花が散っているのが見えるようだった。
お互いに言いたい事を言い合い、気がつくと靄が晴れたような表情をした2人がそこにはいた。
言いたい事を本気で言い合い、心の中の有耶無耶を晴らし、溜まっていたストレスも上手く発散された。どうやら、翔が考えを改め、美紗の意見に納得したらしい。
さて、渋々という感じだったが、奴隷を雇うことにした。
ここは国営奴隷取引所。様々な種族や事情を抱えた奴隷が取引されている。楓達からしたら「奴隷」という言葉に抵抗感があるのだが、この国の人達からすると「契約メイドor執事」のようなものであり、適正に取引された奴隷達は主から頼まれた仕事を契約にのっとり忠実に従いながらも、衣食住の保証や貞操を守られたりなど、しっかりとした制度がある為安心して生活を送っている。
しかし、中にはその制度を破るような輩も当然いる訳であり、運悪くそのような者に出会ってしまった奴隷は大抵が精神的に深い傷を負う。
楓達は軽く説明を受け、取引所内をゆっくりと歩いていく。様々な奴隷が目に入る。亜人族、魔人族、人族などの種族の違いや、奴隷になってしまった経緯や深い事情などを考慮して選ぶ必要がある。
基本的に、奴隷達といい関係を結ぶ事が出来ればそれに越したことはない。蟠りがなければその分関係も良好になり、日々の生活が互いに豊かになる。その為、慎重に選ぶ必要がある。
「お客様、このような奴隷はいかがでしょうか?」
奴隷商に言われ、鑑定してみる。
「兎人族か。レベルは……1か。ちなみに家族はどうした?」
「死別のようですね。戦争孤児というやつです」
「そうか……」
分かってはいたが、ここにいるのはとても辛い。胸をキュッと締め付けられるような話で心のキャパシティがいっぱいになる。
「名前は?」
「…………。………………ネル」
「ネルっていうのか。歳はいくつ?」
「…………………16」
「俺らと同じか。どうだ?一緒に来る気はないか?」
「…………嫌。………………人間嫌い」
「そうなんだ。どうしてもダメか?」
「………………どうしてもっていうなら考えてあげなくもない」
「分かった。じゃあ考えておいてくれ。出来るだけ要望は聞くから」
少しだけ不穏な空気になってしまったが、これはしょうがないだろう。
「いやはや、あの兎人族の奴隷はいつになく上機嫌ですな」
「え?そうなんですか。とてもそんな風には見えませんでしたが………」
「いつもなら口すら聞いてくれませんよ。余程同年代の人と会えたのが嬉しいのでしょう」
「そうなんですか………」
「結構心にくるものがあるわね……」
「そう考えると、僕達はすごく恵まれた環境下にいたんだね」
さて、そうこうしているうちに、もう一度さっきの兎人族のところへ行ってみる。
「どうだ?検討してもらえたか?」
「……………うん。………………しょうがない。………………他の人間のところに行くよりは全然いい」
「ありがとう!これからよろしく、ネル!」
「……………よろしく」
一時はどうなるかとも思ったが、無事に引き受けてくれた。そこまで気が乗っているような様子はないが、それでもしっかりと引き受けてくれたことに胸を撫で下ろす。
契約に関してだが、衣食住の保証、強引に詰め寄る行為、所謂強姦の禁止、個人意志の尊重、等と言った様々なものを取り決めた。
「じゃあ俺達の家に行こうか、ネル」
「………………分かった」
という訳で家へ帰ることにした。1人では絶対に人手が足りないが、俺個人としてはネルには他の人達をまとめあげるリーダーのような存在になって欲しいと思っていたため、まずはネルを1人前にしようと考えた。もちろん、他に足りない人手は引き続き探してもらうとして、俺と紗夜でネルの教育係をすることにした。
俺達がネルにしてもらいたいこと。それは家事全般に家の護衛。すなわち「全て」だ。少し酷かもしれないが、俺達のいない間にこの家を安心して任せたい。それ故に無理を承知でその旨を伝えた。
そしたら、渋々?ではあったがやってくれるとの事なので少し嬉しかった。
俺と紗夜が教えられることは限られているが、伝えられることは全て伝えていく。文字の読み書きや、料理、掃除、戦闘等、あらゆるものを徹底的に教えこんでいった。
元々身体能力は高く、さらに飲み込みも早く、あっという間にあらゆるものを吸収していく。
「……………カエデ、教えるの下手くそ。サヤの方が上手い」
「そんなことは分かってるよ!」
そうだ、あと礼節についても教えないと。あらゆる人に対して礼儀正しいく接することは人として大事な事だ。決してネルに「教え方が下手くそ」と言われてムキになった訳では無い。
思っていたよりも時間がかかってしまったが、2ヶ月もの間家でネルと暮らしているうちに少しずつ打ち解けてきた。また、新しくメイドand執事研修生が4人ほど仲間に加わり、その教育係兼まとめ役をネルに任せる。
ネルの成長は著しく、また、探究心も凄かった。今までできなかった勉強。その楽しさを知ったネルはあらゆることに関する好奇心が旺盛で、自身が納得するまで調べていった。
「ネルも変わったなぁ〜」
思わずポツリと呟いてしまう。
本来だったら同じ年代の女性。しかし、今まで奴隷として生活していたが、恐らく碌な主人に巡り会えなかったのだろう。そう考えた時に、今のネルと比べると全然違うなぁ〜としみじみ思う。
性格は明るく、社交的になり、やせ細っていて、骨が薄らと剥き出しになりそうだった肌には艶やハリが戻り、容姿端麗な様子へと変わっていた。
初めて出会った時はどうなるのかとも思ったが、ネルはただ、人の温かさを知らなかっただけだったのだ。俺達と一緒に生活し、今までの生活とのいい意味での違いを知ったネルの目には光が点っていき、どこかずっと暗がりに潜んでいたネルの表情は一面に咲き誇る花々のようにパッと光り輝いていた。
ネルがこちらに近づいてきて、一礼する。そして一言。
「私を雇ってくれてありがとうございました!これからもよろしくお願いします!ご主人様!」
いつもありがとうございます!
感想、要望等お待ちしております!




