第08話 村へ
「出発の準備ができたと聞いて来たんだけど、案内は君?」
「はいっ。私が勇者様のお世話を仰せつかりました!」
場所だけ教えられて勝手に来た所に、如何にも僧侶風な若い男が一人。
四頭立ての見た目にも立派な馬車の隣に立っていた。
そして馬車には御者が一人乗っているだけ。
これは嫌われたな。
当然だ。
こちらもそうなるように仕向けたんだから。
下手にパーティーを付けられては自由に動く事が出来なくなる。
女神に貰った力から考えても、聖女以外、他のメンバーは与えられても邪魔になるだけだろう。
それでは俺がこれからしようとしていることが困難になる見返りにはならない。
これでいい。
それに、この神官は真面目でかつ素直そうだから、村までの案内としては悪くない。
出だしは上々だ。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
「はい。わかりました」
馬車に乗り、王城の門の前に到着。
その門が開けられた途端、ぱあっと視界が広がった。
堀に架かる橋から真っ直ぐに、広く長い道がどんと続いている。
元の世界で見た100m道路も真っ青だ。
「すごいな……」
道を進みながら感嘆の声を上げると、僧侶君は喜んで説明してくれる。
「でしょう? この街並みは他国にも無い当王国の自慢なんです。そして、この通りの右手に見えるあの大きな建物。あれが女神様を祭る我が国最大の神殿。中央神殿です」
「あれがそうなのか」
細かな細工が施された巨大で壮麗な建物。
宗教が儲かるのはこの世界も同じだな。
最も、あの壮麗さこそが概念として捉えにくい神の雄大さや力を視覚的に訴える為に必要なものだそうだから、単に拝金主義という話でも無いらしいが。
とは言え、この世界なら神術という誰にもわかりやすい力があるんだから、その手の物品が絶対に必要なのかどうかはわからない。
「そうだ。折角だから女神に挨拶しておきたいな。神殿に案内して貰えるかな」
「勿論ですっ! 是非ご案内させてください!」
嬉しそうだ。
外から見える壮麗さに違わず、中も当然、豪華絢爛きらびやか……
いわゆる神の世界を表現したのであろう大聖堂へと案内された。
正面中央には、まっ白な女神像が立っていた。
大きさはさほどでも無く2m程か。
だが、その表情、滑らかな肌の質感、着る服の柔らかささえ伝わってくる石像は素人目にも立派なものだった。
しかも……
「似てるな……」
そうつぶやくと、それを耳聡く聞いた僧侶君は目を輝かせた。
「本当ですか!? ああ、やっぱりそうなんですね」
「というと?」
「はい。この像は三代前の勇者様がお作りになった像だというお話しで、女神様の加護により傷つかず汚れることも無い像なのです」
凄いな、異世界。
こういう直接的な証明があるなら、やっぱり虚飾は必要なくないか?
感心しながら像を眺めていると、ふと、この場には似合わない黒い波動が渦巻いているのを感じた。
かなり精緻に偽装され、ともすれば聖光にも思える程である。
感じる場所はこの神殿区域内中央右…… 確か立派な建物が建っていた場所。
なんでそんなところに……
しかも、その波動はどこかに流れていっている。
あっちか。
だが、その先は力が拡散していってその分、偽装に隠れて見通せない。
まあいい。
魔王退治に邪魔なら、その時に考えよう。
「ありがとう。じゃあ聖女を迎えに行こうか」
「はい」
◇ ◇
道中は平和なものだった。
この馬車自体に魔除けが施してあるらしく、弱い魔物は近づくことすらできないらしい。
国内の道路事情自体整備が進んでいて、そもそもが危険の少ないことも加わって、この手のお約束である事件らしい事件は起こりそうにも無い。
旅立ちから二週間。
流石にここまで来れば建物も消え、いわゆる田舎の山道が続く。
普通なら魔獣の一頭や二頭が出て来てもおかしくは無いだろうが、そこは魔除けが聞いている。
出会うのは魔と関係の無い猪や狐風の普通の獣達である。
これだけの日数旅していると、この手の世界観だと食事に苦労するイメージがあったが、神殿では食材調達部門に所属しているという僧侶君のお陰でそこは助けられていると言える。
「これとこれが食べられますよ。特徴は――」
道ばたから少し入った草むらで、野草を指さしながら細かく教えてくれる僧侶君。
俺も、その手の知識には興味があるので積極的に話を聞いている。
「これは球根が美味しいんですよ」
そして、案外と元の世界と共通点が多いことにも気付く。
同じ神に創られた有る意味では兄弟世界だから、根幹の部分には似たものがあるのか。
お返しに、俺は野ウサギ風の獣を確保して捌いてやる。
元の世界でも畑の害獣としてこの手の獣を捕まえることは珍しくなく、結果、殺した責任としてできるだけ食べられるものは有り難く頂くようにしているので、割と手慣れたものだ。
「手際が宜しいですね」
「君らから見てもそう見えるか?」
「ええ。お上手だと思います」
日々、食材を調達している人間に認められるのは嬉しいな。
持っている知識といい、村に着くまでの付き合いだというのも勿体ない気がしないでも無いが……
そんな余裕も無いしな。
そうして更に先に進んでいくと分かれ道とそこそこ大きな川が見えてきた。
そして風景に似合わない立派な橋も。
「立派な橋だ」
「はい。当王国では交通網に力を入れておりますので、橋も当然立派な物になります」
「なるほど。それにしてもいい川だね。魚が一杯居そうだ」
「そうですね。あの岩肌がえぐれてよどみになっている場所や、逆にあちらの急な流れになっている岩場辺りが狙い目でしょうか」
「かな」
水も綺麗で飲めそうな程だ。
「ここまで来たら、目的の村はもう少しかな? どっちに行くんだ?」
「橋を渡ってあの山に向かっていきます。そうですね…… このペースでしたら後、一週間ほどでしょうか。この川に沿って山を登っていきます」
「まだ、そんなに……」
「はい」
トータルで行程一ヶ月程か……
向こうで聖女と縁を結ぶ説得にどれだけ時間がかかるかわからないが……
爺ちゃん、婆ちゃん……
急いで帰るからな。
「しかし、ここまで来てもまだ国境じゃ無いのか?」
「国境はもっとずっと先ですね。そこは、カトウ辺境伯が収めていらっしゃいます。古くは勇者の血を引く武勇名高い名門中の名門ですよ」
「勇者の血筋?」
「はい。その勇者様は、当時魔族に支配されていて魔王封印後も影響の残っていた隣国からこの国を守る為、わざわざその地を所望されて住まわれたとの逸話が残っております。神殿の記録にも、当時の第二王女様が降嫁されたとありますね」
帰らなかったのか帰れなかったのか、内容的には前者っぽいが……
いずれにしても封印した後もこの世界に残った勇者がいるのは確かか。
やはり、封印では帰れないと思っていた方が無難なのか?
「勇者というのはそんな風にみんな魔王封印後もこの世界に残って活躍したのか?」
「そうですね。今に残る勇者伝では皆さんそのように活躍された記録が残っておりますよ」
これはほぼ確定か?
それから数日、更に川を上っていくと山の七合目辺りに大きな湖があった。
山の木々に囲まれ、何本もの支流が流れ込むその光景はまるで一枚の絵画のよう。
なんて綺麗な……
その光景を馬車からじっと眺めていると、僧侶君が声をかけてきた。
「もう少し登りますと山のむこう側に抜ける山の切れ目がありますが、ここで急いでもさほど時間は変わりませんので今日はここで一泊しましょう」
「いいな、心の洗濯ができそうだ。水浴びもしたかったしな」
「そうですか。では私は食事の準備をしておきますので、どうぞ水浴びをなさってきてください」
「ありがとう」
ということで、俺は少し向こうから水の落ちる音が気になる支流へと向かった。
そして草むらを抜け、そこにあったのは……
「これはまた立派な……」
山伏が精神修練にでも使いそうな滝があった。
ここは水浴びに、この天然シャワー(激強)を使わない手は無い。
ついでに精神修練の真似事でもしてみようか。
決めたら一気に服を脱ぎすて、滝の下に入る。
おお、中々の水圧。
目を閉じてその水圧を楽しむ。
すると、水圧だけに気持ちがどんどんと集中していく。
集中、集中、集中……
それに従って、心が凪いで凪いで凪いで……
途端、ふわっとしたものに身体が包まれる。
なんだ!?
解脱でもしたか?
慌てて目を開けると、俺は精霊に包まれていた。
そして、目も見あたらないのに、精霊と目が合った。
いや、無いんだ。
そこに目と思われるものは無いんだ。
だが、目が合った…… そう表現するしか無い感覚に囚われたのだった。
「水の精霊?」
「そうだよー」
今、俺の目の前に全裸の水の少女(?)がいる。
まるでクリスタル人形だ。
滝から外に出て服を着た後、少し話がしたいと精霊に声をかけると俺の周囲全体からまるでハウリングしているかのような声が聞こえてきたので、話しづらいと文句を付けたらこうなった。
「で、何をしてたんだ」
「水の中で遊んでたら、すっごく美味しい魔力が流れてきて、それを追いかけたらすっごい魔力の塊があったから包んでたら君だったんだよ」
「魔力の塊? 俺か? つまり俺の魔力を……飲んでた?」
「飲んでた? 知らない。これは飲んでたって言うの? 飲んでた美味しかった。また頂戴」
……なんだそれは。
「よくわからないんだが、俺の魔力が美味しかったと」
「うん」
「で、またよこせと」
「うん」
「お断りだ」
「えー」
飲むな。
減る。
いや、女神の加護で減らないが。
だとしても、何が起こるかよくわからない状況は勘弁願いたい。
というか、まさについ先程まで吸われていたわけだが。
「ちょっと聞きたいんだが、お前に魔力を飲まれたらどうなるんだ?」
「私が幸せ」
「おい」
「えー、だってそれ以外無いし」
「副作用的なものは無いと?」
「副作用? よくわからないけど、私が飲んだ? その分の魔力が減る以外の何かは無いよ?」
つまり、魔力が常時回復される俺には関係無いと。
「ちなみに俺の魔力を飲む代わりに、何かしてくれるのか?」
「んー? して欲しいことがあったらするよー?」
それは精霊契約したみたいなもんか?
水の精霊魔法とかが使えるようになるのかな。
女神の加護で貰ったのは神術と呪文魔法。
精霊系は無かった。
精霊魔法を女神権限で勇者が自由に使えるようにする事は、人を強制労働させるようなものらしい。
呪文魔法でも精霊力を使った水魔法は存在するが、それは勇者に精霊力を使ったこの力を行使させてくださいという契約だそうだ。
わかったようなわからないような……
取り敢えず精霊魔法が使えるようになるのは便利なような気がする。
だがその前に
「でも、無理だな」
「えーなんで? 期待させててずるい」
ずるいって……
「俺は、明日の朝にはここを出発して別の所に行くから」
「えー? それじゃそれじゃぁ………… ついてく!」
「ついてくって、お前、水から離れられるの?」
「この湖とそこに繋がってる川の周辺だけ……」
「駄目じゃないか」
というわけで、論外だったな。
「えーと、えーと、そうだ! お水を入れられる容器もってない? 小さくてもいいから」
「容器?」
「うん。ここの水を入れてくれたらそれに入っていく」
なん、だと?
それでいいのか? 精霊。
「容器ねぇ。かといって水筒はまだ使うし…… そうだこれ」
キャップ付きの小瓶。
先日、御者が飲んでたのを物珍しくてじっと見てたら、勇者様もどうぞとくれたもの。
栄養水らしい。
まんま栄養ドリンク。
この世界でもあるんだな……
俺には必要ないものだけれど、折角の好意なので貰っておいた一本だ。
申し訳ないけれど中身を捨てて……
瓶をよく洗って、できる限り綺麗そうなところから水を汲んでキャップを閉じた。
「これでいいのか? 蓋は?」
「そのままでいいよー。 とうっ!」
かけ声一閃、精霊がその場から消えた。
同時に、瓶の中から魔力が漂ってきた。
入ったのか……
「魔力よろしくねー」
「あ、ああ……」
こうして同行者がもう一人(?)増えることになったのだった。




