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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
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第07話 熊

 ふっ、ふふふふ


 街道を進みながら、変な笑いをこらえている一人の男が居た。

 アスベルである。


 リスティに婚約の証を渡してからこっち、気を抜くとつい笑みが……というより笑いが込みあげてきて仕方が無かった。

 彼には浮かれている自覚はある。

 気を引き締めようという気持ちもある。


 だが、想いを込めた品を受け取って貰え、更にキスまで返してくれたリスティを思うとついつい気が緩んでしまうのも若い彼では仕方が無いことだろう。


 とは言え、これから向かうのは地竜退治。

 それなりに自信があるとは言っても、気を抜いていい相手でも無い。

 ここは一つ、ウォーミングアップでもしておいた方が良いのかもしれないなど考えていた。


 そこそこ手応えがあって、できれば食糧の補給も兼ねておきたい。

 となると、魔獣か?


「この辺りは何が居るんだろうな」


 街道から草原を少し抜けた向こうに見える森。

 密度の高い木々が鬱蒼と茂っている。

 狩人としての感覚が、ここには大物がいることを告げている。

 フォレストベア辺りは確実にいるだろう。


「行ってみるか」


 矢筒の蓋を開け、背負っていた弓を持つ。

 剣は長剣、短剣ともに今朝、宿を出発前に研いだばかりだ。


 森に足を踏み入れる。

 ひんやりとした空気に精神がピンと研ぎ澄まされる。

 この瞬間がいつもたまらなく好きだ。


 俺は、この瞬間を味わうために狩人になったと言っても過言じゃない。

 子供の頃、親父に連れられて初めて森に入った瞬間、俺の運命は決まったんだ。


 俺が背中側の腰に下げている短剣はその時からの付き合いで、何度もこれに命を救われている。

 と言っても、今の俺の主武器は弓だけどな。


 そんな事を思いながら、アスベルは弓に矢をつがえたまま周囲に目を配り、耳を澄ませて、空気の流れを肌で感じ、匂いを気にしながら慎重に歩く。

 そして彼の最大の武器は感だ。

 仲間内でも彼の感は一目置かれている。


 周囲の状況から読み取った情報を分析し、そこから得られた結果を最後は感で決める。

 これが彼の戦い方。


 太い幹の背が高い木々が大きく枝を伸ばし、青々とした葉を付け、日を遮る森の中。

 静まりかえった空間が、彼に危険を伝える。


 いる。

 木肌にまだ新しい爪痕。

 他の動物たちは、強者の存在にここから逃げた。

 つまり、奴にとってこの空間に残っている獲物は……


 俺


 くるっ! 風下っ!

 

 身体を低くかがめた瞬間、背後からごうっ!と黒く巨大な塊がその時まで俺の頭があった空間を切り裂いた。

 なんて音だ。


 塊が奮われた方向と逆に飛び退くとその力を奮った奴がはっきりと見える。

 塊は太く長い巨大な腕。


「でけぇ」


 フォレストベアがそこにいた。

 高さは、俺二人分以上か。

 こんな奴に俺はここまで接近を許したってのかよ。


 気配の消し方が半端ねぇ……

 動物本来の習性に加え、知性を備えた魔獣ならではの技量は上級狩人をも凌ぐ。


「それだけでかけりゃ、さぞかし長い年月修練を積んだんだろな、お前」

「ぐぅがあぁあぁあああああああぁぁ!!」


 フォレストベアが吠える。

 まるで森が揺れるかのような怒声。


「恐慌の咆哮かっ!」


 俺じゃなきゃやられてんな。

 強力なスタン効果を持つ、魔獣の多くが得意とする咆哮。

 それもかなりの高威力だ。


 この隙に、更に後ろに飛び退きつつ同時に矢をベアの目に向けて放つ。


「くらえっ!」

 

 ごうっ!


 風の弓。

 彼自慢の魔法武器から放たれた矢は風をまとい、初速を更に加速する。

 狙いは寸分違わずベアの目。


 だが


 ぶんっと一振り、ベアはその高速の矢を叩き落とす。


「おい、まじかっ」


 こいつ、迫る矢に顔も背けず、目も閉じねぇ。

 はっきり矢を捉えて叩き落としやがった。


 次の矢は既につがえているが、ベアの目は真っ直ぐに俺の一挙手一投足を捉えてる。

 今撃っても無駄撃ち確定。

 隙を探せ。


 ベアから距離をとるように螺旋状に走る。

 木が邪魔だが、こいつの巨体なら更に邪魔。

 体格差は不利なだけじゃない。

 このミスマッチを活かさない手はない。

 障害物はこちらにこそ有利に働く。


 けど、こいつの戦闘センスは半端ない。

 大振りしてきたのは最初の不意打ちでの襲撃だけ。


 ぶんっ、ぶんっ


 熊の手を紙一重でかわして、後ろに飛び退きながら弓で牽制。

 矢を叩き落とされる隙に、更に距離を稼ぐ。

 少しのミスも許されない。

 怖えぇ。


 まるで、猫がちょっとひっかく感覚で丸太のような腕を繰り出してくる。

 それでも基本の力が違う。

 その威力はまるで村の森で出会うフォレストベアの全力並。

 当たれば只じゃ済まない。


 リーチもあるから腕を伸ばした所に危険を冒して懐に飛び込んでも、それで致命打を与えられるかどうかも怪しい。

 有効打にならなきゃ、それで詰むのはこっちだ。


 だからと、フェイントをかけながら矢を放っても、あっさりと叩き落とされる。

 完全に見えているらしい。


 フォレストベアがこんなに強いなんて聞いてねぇよ。

 ウォーミングアップどころか、もはや全力だ。


 しかも、矢のストックがやばい。

 次の町までまだ距離があるってのに、ここで撃ち尽くすわけにもいかないっての。

 これ以上続けても矢を失うだけなのは変わらない。

 それなら。


 今までのようなフェイントを一切かけず、ただ単調に逃げながら矢を放つ事を繰り替えす。

 当然叩き落とされる矢。

 二本つがえて威力を増しても結果は同じ。

 だがこれで布石は打った。


 また単調に矢を撃ち込んで叩き落とされること数発。

 もう一度、二本の矢をつがえる。


「くらえぇっ」


 矢がこれまでと一段違う風を纏い轟音を上げてベアの目を一直線に狙う。

 目が今までのスピードの矢に慣れてるところに更に高速の矢。

 これならっ。


 だが


 フォレストベアは体勢を崩しながらもぎりぎりその矢を叩き落とした。



 ――――ぐぉあぁあああああああぁあ!!!!!


 そしてベアの悲鳴が鳴り響いた。


 ベアの目に突き刺さった一本の矢。


「そっちは風を纏わせなかった普通の矢だぜ」


 風で加速をかけた矢とかけていない矢の時間差攻撃。

 加速がかかっていない分、貫くことはできなかったが……


「効いただろ?」


 俺は早々と勝利宣言を口にした。

 ベアの土手っ腹に全力で剣を深々と突き込みながら。


 がぁああああああぁぁ!!!


 腹に剣を突き立てている俺をめがけ、ベアは腕を振り下ろす。

 今までと違い大振りで。


 既にそこから飛び退いていた俺は、大振りの腕が空を切り体勢を崩したベアに向けて矢をつがえ……


「とどめだ」


 矢が突き立って失明している目に向けて、風の矢を撃ち込んだ。



「くはぁぁ」


 頭を吹き飛ばされ崩れ落ちたベアの隣で、俺は大の字に倒れ込んだ。


「死ねる」


 こいつのお陰で周囲に危険な敵はいないだろう。

 血抜きしなきゃいけないが、ちょっと休ませてくれ。


 水筒の水を飲みながら目を閉じた。


 五分程度か。

 取り敢えず動けるようになった俺は、ベアの血抜きをする。


「こんだけでかきゃ美味いところだけでいいか」


 小さく…… 元がでかいからそれなりに大きく肉を切り取り、背負い袋から包み葉を取り出して肉を包む。


「明日は焼肉だな」


 そんな事を思いながら包みを背負い袋にしまう。


 そしてもう一度フォレストベアの巨体を眺め……


「でけぇ手…… こんだけでかけりゃ、この手持って帰るだけで勇気示せるんじゃ無いか?」


 こいつが話に聞く地竜より弱かった気がしない。

 むしろ地竜の強さはその強固な身体による防御力に寄るところが大きいわけで……

 それに通用する武器を所持してれば、むしろスピードとパワーを兼ね備えたこっちの方が強いんじゃ無いのか?


 そう思うと、一瞬、この手を切り取って村に帰ろうか、などと考えたアスベルだったが。


「地竜を退治するって宣言してきたしな」


 実際、戦ってみなければこいつの強さはわからないだろうし。

 村の森で出会うフォレストベアはここまで強くない。


 結局の所、必要なのはネームバリュー


「仕方ねぇ、行くか」


 地竜の住む山を目指して歩き出した。

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