第06話 召還
召還の儀が始まって、既に一ヶ月。
四度目の召還の儀が終わって数日が経過したが未だ勇者が現れたという報は上がってこない。
五度目の儀も計画はされているが、現場では既に諦めのムードが漂っている。
召還の間を守る騎士にしても、二人が二人とも役目の真っ最中に欠伸をしてしまう程には気が抜けた状態になっていた。
勇者が登場したらすぐに応対できるようにと常に交代制で側に控えている侍女は、そのだらしない姿に呆れながらも、何か目の覚める飲み物でも差し入れようと席から腰を浮かせる。
その時、召還の間から輝きが溢れだした。
侍女は間髪入れず、この光景に目を奪われ呆けている騎士を叱咤する。
「何をしているのです騎士殿、急いで報告を!」
騎士はその言葉に弾かれるように気を取り直し、二人が慌てて報告に走ろうとする。
「一人で良いのです。一人は残って!」
侍女に叱られた騎士は二人顔を見合わせ頷きあうと、一人が報告に走り、一人は既に輝きの中心側に跪いている…… いつの間に羽織を脱いだのか軽装になっていた侍女の後ろに立った。
そうしている間にも輝きはどんどんと増していく。
勇者伝に伝わる輝きをも凌駕しているのではないかと思われるその輝きは、顔を伏せ、直接光を見ていないにもかかわらず、眩しさに目がくらみそうなほどだ。
そしてその輝きが最高潮に達した瞬間、光がはじけた。
「顔を上げていいよ」
待ちに待った勇者降臨だ。
◇ ◇
「なあ、楽にしてくれてていいよ」
「そうは参りませんっ! 今すぐに我が国の王が参りますので、お待ちくださいますようお願い致します」
「そう。わかった」
何となく融通の利かなそうな騎士に気疲れを感じつつも、取引先開拓で培った笑顔を絶やさず応対する。
そして、もう一人、目の前に跪く女性を眺める。
本質的な衣装デザイン的には侍女?
中世ヨーロッパ題材の映画あたりで見る感じ。
だけど
美人で肉感的…… 衣装も王宮に使える侍女に似つかわしいとは到底思えない、身体の艶めかしいラインをダイレクトに感じさせる薄手の生地。
少しスカートが短いのは、片足をあげて跪くスタイルで、中身が見えそうで見えないぎりぎりのラインを演出するためだな。
あざとい。
なるほど、随分と慎重に歓迎してくれるじゃないか。
目的が早く帰ることでなければ、有り難く頂くところだね。
そのつもりが無ければ、正直目のやり場に困る。
気取られないように、それでも横目でチラチラ見ていると、侍女さんはにっこりと笑みを浮かべる。
うん、気付いていらっしゃる。
ちょっとくらいいいかな……
あちらも、そのつもりのようだし。
って、駄目だろう。
万が一、これが原因で聖女に嫌われでもしたら元も子もない。
我慢だ我慢。
聖女の人となりを知るまでは誠実に越したことは無い。
そうして生殺しの時間を耐えていると、横の入り口から共をぞろぞろと連れた豪華な人が入ってきた。
どうやら、こいつが王様か。
俺の側にいた騎士が手にしていた槍を後ろに置いて跪いた。
ふん。
俺はこの世界の人間でも無く、この世界を救いに来た女神の使いという箔がある。
そのまま突っ立たせて置いて貰うよ。
どう出てくるか知りたいしね。
「おい」
当然、俺の態度を咎めるようにお付きの者が声をかけてくる。
が、それを王が止めた。
「よいよい。勇者殿はそれが許される立場ぞ。皆の者、覚えておくが良い」
「はっ」
よく言うぜ。
だったら先にそう知らしめておけばいい。
そうしないのは、俺の態度を見て決めたからだ。
流石、王様だ。
喰えないな。
しかも、初対面は王宮では無くここ。
さほど時間も経っていないから王宮から離れては居ないだろうが、少なくとも俺に建物内を移動して場所を把握させる真似はしないと来た。
本当に慎重なことだ。
「ならこのまま続けさせて貰うよ。余所の世界からいきなり連れてこられたんで慣れない態度は辛いんだ」
「構わぬよ。好きにしてくれて良い」
嫌みだとわかっているだろうに、しかも勇者からの嫌みに眉一つ動かしやしない。
たいしたもんだ。
◇ ◇
なるほど。
大層不機嫌であるな、此度の勇者殿は。
その怒りの勘どころがわからぬでは、如何にしたものか。
さて。
こちらの望みはおいておいて、勇者殿の望みを引き出すのが先決か。
今は、素直に言うことを聞いておく方が得策かの。
◇ ◇
「さて、勇者殿を歓迎する式典の準備ができているのだが、どうかな?」
「不要だ。さっさと仕事させて貰うよ。すぐにでも出発したいんだが、聖女はどこに居るんだい? 移動中?」
「いや、待ってくれ。勇者殿はすぐに出発されるつもりか?」
「そう聞こえなかったかな。その為に呼ばれたんだろう? さっさと終わらせたいんだ」
勇者のつっけんどんとした態度におおいに困惑する王宮関係者達。
そもそも今、旅立たれては折角の権威高揚の狙いがすべて台無しになってしまう。
しかし、関係者への問題は更に続く。
「いや、聖女はここには呼んでおらぬ」
「呼んでない? なんで。今から呼んだら時間かかるだろ? 魔王討伐は至急の用件じゃ無いのか?」
「聖女は神殿組織に所属する巫女でな。我の命でも無理に連れてくることはできぬのだ」
その裏には、王家と中央神殿の間に権力争いがあり、神殿に対して迂闊に依頼を出す訳にもいかないという事情もあるのだが、それを和人は知るよしも無い。
そして、その言葉に和人はカチンときていた。
俺は王家関係者でも何でも無い、全くの無関係な別世界人だ。
なのに、俺を無理矢理連れてくるのは良くて謝りもしない、一方でこの世界の人間はこの世界のルールかなんかに従って守られてると。
……ああ、そうなんだな。
俺は所詮別世界の便利道具か。
だったら逆の見方をしてもいいんだよな?
「聖女は神の伝えでも勇者殿のパートナーである。それは全てを超えたルールだ。故に、できれば勇者殿自身に迎えに行って貰えるのがすべて丸く収まる方法なのだが、頼まれては貰えぬか」
「ふーん、なるほどね」
明らかに機嫌を損ねていっているのがわかる勇者の態度に、王を始め関係者一同全てが焦りを覚える。
「いや、なにも勇者殿お一人で向かって貰うわけでは無い。案内はしっかりとつけるし、世話役も同行させる。道中の不都合は──」
「もういいから。こうしてる時間が勿体ないからさっさと行こうよ。時間がかかるのはごめんだから、最少人数ですぐに出発出来るようにね」
「……ああ。約束しよう」
「じゃ、一時間後に」
「なっ!」
「風呂に案内して貰える? さっぱりしてから出掛けたいんで」
「…………誰ぞ勇者殿を風呂に案内せよ。他の者は10分で人選を済ませ、50分で出立の準備をせよ。よいな」
「はっ」
そして裏では
「なんだあの勇者の態度は」
「王を王とも思わぬ所業許しがたい」
「あのような者に頼って大丈夫なのか?」
「ここは聖騎士殿にお任せすべきだろう」
「誰ぞ神官長に聖騎士殿に面会の依頼を出せ。我は王に面会を申し込んでくる」
◇ ◇
「好機が向こうから転がり込んできたぞ、ライナルトよ」
神官長は思わぬ状況にかなりの上機嫌だった。
これ程までの状態は少なくともライナルトは見たことが無い。
実際、彼がここまで上機嫌になったのは十数年ぶりである。
それはライナルトがこの中央神殿に所属する以前のこと。
知るはずもない。
「まったくで御座います。そもそもこの世界のことを異界の者に頼る必要は無いのです」
「ああ、その通りだ。お前はよくわかっておるな」
「有り難き幸せに」
「懸念は、聖女が勇者の共は神の定めたルール故、こちらの手の内に入らぬ事だが、なに、神殿騎士団にも優秀な神官、巫女はいくらでもおる。お前に人選は任せる。お前と相性の良い者を何人でも連れていけ」
上機嫌さ故の太っ腹ではあったが、それがライナルトの忠誠心を強く刺激したのは思わぬ効能であった。
「はっ。ご信頼誠に有り難く。必ずや、その信頼に応えて見せましょう」
「気張らずとも良い。お前はそのままで我の信頼に応えてくれておるからの」
「有り難き幸せ。では出立致します」
「うむ」
勇んで出て行くライナルトの背に頼もしさを覚えながら、念願の王家転覆の時が近づいてくるような感覚はたまらない愉悦として彼を多いに愉しませたのだった。