第05話 中央神殿
「何故だ? 何故勇者は召還されぬ」
四度目の召還に失敗し、いよいよ焦りの見えてきた王は苛立ちを隠せないでいた。
その極めて機嫌の悪い王の言葉に、魔方陣の管理責任者は冷や汗を流し続けている。
魔方陣自体は正しく稼働しているし、現に二度目以降の召還儀式に対する反応は、既に召還済というものであった。
過去に例が無い反応であるため、仮説としての報告しかできていないのだが。
その為、報告は上司止まりで、結果として何度も召還儀式が繰り返されてしまい、王に負担をかける結果となっていた。
負担はそれだけでは無い。
魔王封印は既に王家権威高揚のための、数百年に一度の一大イベントとして扱われている側面もある。
そのイベントを盛り上げる様々な開催行事は、その狙いを遂行する重要なものとして失敗が許されないのであった。
その為、召還失敗の影響は様々な方面にも広がっており、勇者歓待の担当者は召還儀式が行われる度にパーティーの会場準備、人の手配等を行わねばならず、思わぬ出費に頭を痛めているし、他にもパレード担当者や、勇者接待担当者など、それら方面からの突き上げも頭が痛いところだ。
そして、頭が痛いところはもう一つ……
「やはり、勇者などというどこの馬の骨ともわからぬ者を使うよりも、魔族相手であれば確実に頼りになる神殿騎士団を退治に遣わすべきかと存じますぞ。伝説に記される勇者にも引けを取らぬ聖騎士も居ります故、是非ご一考を」
この中央神殿神官長の発言だ。
十数年前、この男が神官長として就任以来、中央神殿はその権威を高めようと様々なアプローチを王に対して行うようになっていた。
そのアプローチの一つがこれである。
元々中央神殿は、その独立性も伴い、独自の戦力を抱えてはいた。
しかし、それは決して積極的に打って出るものでは無く、あくまでも神殿の権威と信者の生活を守る為、直接攻められるか、あるいは依頼を受けて初めて武力を奮う存在であったのだ。
それがこの男が台頭して以来、国を取り巻く様々な問題に神官戦士が積極的に出張ってくるようになっている。
明らかな変化である。
まして、魔王の復活という明らかに理由付けしやすい事案に口を出してこないわけが無い。
そしてそこには聖女の問題もある。
過去の例から見ても、神官や巫女といった神殿関係者から聖女が出てくるのはほぼ確実。
討伐戦力を神殿関係者で占めることができれば、更に神殿の権威高揚がはかれるというものだろう。
「いや、神官長それは……」
「何を躊躇っているのですか? こうしている間にも魔王は戦力を拡大しているやもしれないのですぞ? いえ、確実にそうなっているでしょう。 素早い対応というものは何よりも重要な事なのです」
「ふむ」
神官長の言葉に、王が考え込む。
ここのところの中央神殿の権力台頭は目に余るものがある。
とは言え、国家運営に神殿の権威というものは無視できないものがある事も事実。
まして、魔王復活への対応は、権力争いなどという低俗なもので長引かせて良いものでも無い。
「よかろう……」
「王!?」
大臣達が思わず声を上げた。
それを王は視線だけで抑える。
「くっ……」
そして、思わず踏み出していた足を戻す大臣達。
それを見て、神官長はにやりと笑みを浮かべた。
「神官長。直ちに神殿騎士団の出兵を依頼する。既に戦力展開中の王国騎士団とよく連携を取って展開を進めてくれ」
「かしこまりました。して、聖女は如何しますか? 当方の聖騎士と共に魔王封印に遣わせるのが最善かと愚考する次第でございますが」
神官長の発言。
その狙いは明らかだ。
「それに関してはしばし待て。勇者召還は引き続き行う故な」
「なんと?」
そして今度は神官長がうろたえる番だった。
「話に聞く聖騎士が極めて優秀であろう事は疑ってはおらぬ」
「でしたら」
神官長は王に詰め寄った。
「まあ、待て。余が考えるに、此度の魔王復活はなにやら特別なものではないかと考えておる」
「それは一体」
「三百年という復活までの時の長さ。そして復活の時に既に聖女が存在しているという異例の事だ。勇者召還も召還陣自体は正しく機能しておることだしの。のう? ベルナルドよ」
王は側に控える、魔法省大臣に問いかける。
「はっ。恐れながら我が君にお答え致します。魔方陣担当者が言うには召還自体は成功しているとのことであります。二度目以降の召還は、召還済である故の反応では無いかと」
「あろうな。始めの召還と、次からの召還では反応が違っておった」
「ご存じで」
「余を何だと思っている」
そう言って王は笑った。
笑い飛ばすことで、報告が王にまで上がっていなかった問題を不問にしたのだ。
「知っておって儀式を繰り返したのは、試しておったのよ。既に召還している勇者の到来を早めることができるのか、あるいは別に呼ぶ事が可能なのか、をな」
「感服の限りも御座いません」
「という事だ、神官長。召還が成功している以上、いずれ勇者殿はこの地を訪れよう。余はそれを待つことにする。当然聖女は勇者のパートナーであるからそれを待つのも当然だ。良いな?」
「…………仰せのままに」
◇ ◇
「おのれ、何が勇者だ! 黙って我らに任せておれば良いものを」
「では神官長……」
「うむ。お前の出番はまだ先となる」
神官長の前に控える聖騎士は明らかに悔しそうな顔をする。
「焦らずとも良い、ライナルトよ。勇者一人では魔王を撃つ事はできぬ。聖女は動かぬからの」
「何故で御座いますか?」
「訳はお前が知る必要は無い。勇者のパーティにはお前も加わることになろう。その時、お前の手柄になるよう立ち回れば良いのだ。出番に備えて力を蓄えておれ」
「はっ」
聖騎士は神官長室を出て、祈りの間へと向かっていった。
部屋に一人となった神官長は、キャビネットの中から半分欠けた紋章の刻まれた懐中時計を取りだし握りしめた。
その顔は憎悪に満ちている。
「みておれ、王家の者よ。いずれ我が下に跪かせてくれるわ」




