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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
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第04話 旅立ち

「なあ、やっぱり駄目か?」

「いくらおまえの頼みでもな。こっちも生活かかってんだぜ?」


 村長が交渉して駄目だったのだ。

 百戦錬磨の行商人相手に、今更、若いアスベルが交渉したところで無駄というものだった。

 例え、リスティに作って貰ったとっておきの干し肉をもってしてもだ。


「確かに良い干し肉なのは認めるがな。それでも小麦小袋1つだな。今、穀物類が値段急騰してるのはお前でも知ってるだろ?」

「ああ、聞いてるさ」


 先日来た、他の行商人も同じ事を言っていた。

 この村は大豆が主な作物だが、その値段も上がっている。

 税で持っていかれるのでなければ、今こそ売り時なのに。


「本当に魔王なんて復活するの?」

「少なくとも王さんはそう思ってんだろーよ。何人も有名な占い師が呼ばれてるって話だ。戒厳令が敷かれてるが、人の口に戸は立てられぬってな」


 行商人は自信たっぷりに言い切った。

 情報通の彼の事だ。

 かなりのネタを仕入れての話だろう。


「そしたら、まだまだこの状況続くんだ」

「勇者伝からすりゃ、魔王封印までは2~3年かかるのが普通だからな。今すぐ復活してもそれくらいは続くってこったよ、この状況がな」

「今年は金銭納税の方が良かったよなって村のみんなが言ってるんだけど、そんなに続くなら今からでも金銭納税に変えて貰った方が良かったりするか?」

「そんな都合よく良いとこ取りする真似が通るわけねーだろ、アホか。仮にできたとしても手続きに数年かかって許可が降りる頃には元通りなのがオチだ。やめとけやめとけ」

「駄目か」

「農業しか道が無い村が現物納税をやめる理由はねーよ」


 確かに、彼の言うとおりなんだろう。

 だとしたら、俺に出来る事はもっと狩り場を広げるしかないか。

 そう考えると、リスティの怒った顔が目に浮かぶようだ。


 アスベルが悩んでいると、行商人はニヤニヤと笑みを浮かべ問いかけた。


「それよりおめぇ、リスティ様との仲はどうなんだ? ん?」


 突然、心の中を見透かされたように出てきたリスティの名前にドキッとするが、そこはもう冷やかされ慣れたもの。

 にやり、とした笑みだけを浮かべてやる。

 勿論、行商人はその意味を正しく受け取った。


「かー、順調かよ羨ましい」

「まぁね」


 彼女の好意も、村からかかる期待も、間違いない手応えを感じている。


「で、そろそろ成年の儀だろ? そこでだ、出発の時これを渡すのはどうだ?」


 行商人がそう言いながら懐より取り出したのは、宝石一粒飾りの綺麗なネックレス。

 この宝石は、ダイヤか?


 アスベルが興味を示した風なのに気を良くしたのか、行商人の売り口上に熱がこもった。


「今、都市部じゃ婚約の証にこれを送るのが流行ってるんだよ。君にくびったけって意味があってな」

「へー」

「それだけじゃない。それともう一つ意味がある。このネックレスっう代物は身分の高い連中が自分の財力を示そうってんで奴隷にも高価な首輪をつけられるって飾ってたのをヒントに生まれた背景からな、君を独占したいっつう裏の意味があるんだ。値は張るが、どうだ?」


 確かに、欲しい。

 リスティの俺への気持ちには自信があるが、それでも旅立ちの前に気持ちを固められるってのは、やはりやる気に違いが出てくるに違いない。


 結婚の儀で渡す腕輪を飾るつもりで森で琥珀を入手していたけれど、幸い先日もう一つ見つけている。

 二つとも使うつもりだったが、このサイズなら一つでいいだろう。


「ちょっと待っててくれ」


 そして家から琥珀を一つ持ってきた。


「これでどうかな?」

「お? 中々綺麗な琥珀じゃないか。サイズも良いな。若干の価格差は御祝儀って事にしといてやるよ。よし、商談成立だ」

「ありがとう」


 良い買い物が出来た。

 こうしてアスベルはリスティとの結婚に益々自信を持つことが出来たのだった。


      ◇      ◇


 日明け前の暗闇の中、リスティはまだ青々とした葉が沢山ついた木の枝を持ち、月明かりを頼りに村の神殿へと歩を進めていた。

 いつもの村娘としての姿ではなく、祈りの服を纏った巫女として。

 神殿の扉を開き、真っ暗な室内に入ると彼女はその袂から輝石をとりだし、その微かな灯りだけを頼りに祈りの行の準備を始める。


 祭壇両脇の壺にそれぞれ木の枝を活け、次いで、神鏡の前に置かれた金属製の鉢に細長く切りそろえた木片を並べていく。

 そして充分な量を並べ終えると、彼女は祭壇に置かれていた錫杖を手に取った。


「神術、灯火(とうか)


 彼女が小さくつぶやくと、その木片に火が灯る。

 その炎の揺らめきの中、彼女は女神への祝詞を紡ぎながら舞を舞い始めた。


 緩やかにたおやかに。


 その姿は祝福の為に時折地上に姿を現すと言われる女神の使い、天女が踊る舞いさながらであった。

 そして数分間の舞を終えると、彼女は鏡の前に平伏した。

 と同時に日の出の時間となった。

 すると日の光が入らぬ筈のこの部屋に置かれた神鏡がぼうっと輝きを発する。

 その輝きは微かな波動を生み、村全体へと広がっていく。

 こうして村の人々は今日一日を健やかに過ごせるのだ。


 彼女の行うこの儀式がなければ、今の食糧事情ではもっと早く村に限界がきていたことは容易に想像がつく。

 この儀式自体は神殿の朝の行事としてさほど珍しいものでも無いが、これほどの効果を発揮するのは中央神殿の高位聖職者にもそうは居ない。

 故に彼女の存在は村にとって欠かせない存在となっていた。


 また、こういった事情があるが為、彼女が中央神殿に目を付けられる前に村を支えられる男に嫁ぐ事が望まれている。

 その相手として一番の候補であるアスベル。

 彼はつい先ほどから神殿の前で彼女が出てくるのを待っていた。

 いつもながら、日の出ちょうどに合わせられた儀式の完成。

 流石だよな、と感心すると共に、そんな彼女に相応しい男でありたいと改めて強く思った。


「お疲れさま、リスティ」

「アスベル? どうしたのこんな時間に。まだ狩りに出るには早いでしょう?」

「いや、狩りに行くわけじゃないよ。それにしても、いつも日の出時間ぴったりに合わせられるのって凄いな」

「それが一番効果が出るからね。子供の頃からしてた事だし、いつも注意してやってたから慣れたんだよ」


 真っ暗な部屋の中で、外の日の出にぴったり合わせられるそれは、決して慣れの一言で片づけられる技術ではないのだが、彼女の知る比較対象がこれもまた優秀な神官であった尊敬する師でもある母親しか知らない彼女は知る由もない。


「いや、リスティは凄いよ。俺はそんなリスティと共にあれる男でありたい」

「え? アスベルは凄いよ? 強力な魔獣を何頭も倒してるじゃない」

「駄目だよ。それじゃ足りない。だからこそ地竜を倒すって決めたんだ」

「竜の仲間って下位種でも凄い強いって聞いてるよ? アスベルのことは信じてるけど、それでも万が一が無い保証は……」

「決めたんだよ、リスティ。俺はリスティの為なら強くなれる」

「アスベル」


 リスティはアスベルの胸に小走りで駆けよって飛び込んだ。

 そしてアスベルはリスティを抱き締める。


「聞いて、リスティ。先日から森がいつもより騒がしくなってる。昨日は魔獣の活性化も確認した。ひょっとしたら噂の魔王復活かもしれない。だから誕生日には少し早いけれど、今日、旅立つことにした」

「え? 今日? でも準備は……」

「うん。気が早いと思いながら旅立ちの準備はもうずっと前からしてたからいつでも旅立てるんだ」

「アスベルったら」


 リスティはアスベルに抱き締められたままクスクスと笑った。


「世界が騒がしくなる前に片付けておきたい。地竜を退治すれば多少の無理は聞いて貰えると思うし」

「そうだね。長老様も許してくれるよ、きっと」

「うん。今から長老様の所にいってそのまま旅立つよ。で、その前にリスティこれを受け取ってくれるかな」


 リスティの抱擁をとき、腰の巾着からネックレスを取り出した。


「きれい。アスベルこれ?」

「うん。都会では結婚の約束の証としてこれを贈るらしいんだ。だからリスティにこれを受け取って欲しい」

「アスベル…… 嬉しい。うん。それを私にください」

「喜んで、リスティ」


 そして、アスベルはリスティの首にネックレスをかけた。

 リスティは頬を染めながら、そのネックレスを愛おしそうに手を這わす。


「リスティ、それじゃ行ってくる」

「あ、ちょっと待ってアスベル」

「なに?」

「おまじない」

「え?」

「アスベルを女神の光が導き、守ってくれますように……」


 右手人差し指をアスベルの唇に、左手人差し指を自らの唇に当て、祈りの言葉を紡ぐと右人差し指が輝きはじめる。

 そして……


「輝きをこの者に届けたまえ……」


 リスティの言葉で光がアスベルの中に入っていき、ぽうっと輝いて消えた。


「おまけ」


 そして、リスティの唇がアスベルの唇に触れた。

 

「最高の守りを貰ったよ」

「いっていらっしゃい」

「うん。頑張ってくる」


 アスベルは長老の家へと向かっていった。

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