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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第三章 旧王国
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第02話 魔女

 アスベルは再度エルフの森近郊の町まで戻ると、これからのことを考えていた。


 新しい弓を手に入れ、新しい技も使えるようにはなった。

 村の連中への復讐は済んだ。

 俺の歩んだ人生を、俺が歩もうとした人生を、自分達の為に利用して踏みにじった連中への責任は取らせた。


 だがこれからの事を考えると全然力が足りていない現実がのしかかる。

 リンドン如きにあれだけ苦戦してどうして勇者を超えられる。


「やっぱ仲間は要るよなぁ……」


 向こうにはリスティがいる。

 ひょっとすればもっと増えているかもしれない。


 とは言え、やることは結局自分のプライドでしかない自己満足だ。

 あの時……

 自分自身すら自分を否定して村長に縋りかけた、あの時の自分を許せない。

 それを認めてしまえば自分が自分で無くなりそうな恐怖との戦い。


 あの惨めな思いを、この恐怖を振り払いたい。

 自分に自分を信じられる何かが欲しい。


 それが勇者に勝つこと。


 誰がそんな理由で手伝ってくれるというのか。

 師匠にすら理由を言えなかったくせに。


「おまけに金もねぇ」


 アイテムボックスは確かに有用だし、それを買ったことに微塵も後悔は無い。

 だが、それで入手した殆どの金を使い切ったこともまた事実。


「弓手は金かかるってのに」


 どんな職であれ金のかからない職は無い。

 だが、弓手は他職と違い活動を続ける上でどうしても節約できない部分がある。

 矢が消耗品だからだ。


 勿論、ある程度は回収する。

 だが外れた矢はどこに飛んでいったか探す方が大変だし、当たれば当たったで()は歪むし、矢尻だって無傷では済まない。

 そうなれば真っ直ぐ飛ぶかどうかも怪しく、標的を想定通り貫けるかも疑わしい矢になってしまう。

 だから基本使い捨てだと思った方がいい。


「まずは金だよなぁ」


 前のように馬鹿でかい地竜ほどで無くてもいい、そこそこ大きく稼げるヤマが欲しい。


「ま、冒険者ギルドに行ってみるか」


 村では聖騎士が待ち構えていた。

 ひょっとすれば国に指名手配、ギルドには賞金首手配されている可能性だってある。

 それを確認する為にもギルドを訪ねる必要はある。

 それにはやはりこの町のギルドがいい。


 そしてアスベルは冒険者ギルドの入り口をくぐった。


「あ! こんにちわ。いらっしゃいませっ」


 よし。

 アスベルの目論見通り、アスベルがギルド建物に入ってすぐ、少し奥の販売コーナーに居た販売嬢が反応を返してくれた。

 前回利用した時の対応からして、今回すぐに応じてくれるだろうと期待していたが、その通りで安心する。

 販売嬢の反応のお陰で受付嬢も仕方ないなといった風な笑みを浮かべている。


 人間データベースの二つ名を持つ受付嬢の彼女がこの反応なら、今の時点で俺は犯罪者扱いにはなっていないと期待してもいいだろう。


 何の理由かは知らねぇけど、あの聖騎士達は俺とは関係無くあの場所にいて、彼らも村民も全滅させた以上、現状で俺が組織的に狙われる心配は無いって事だな。

 アスベルは、ほぅと一息ついた。


 安心したらもう一つの目的を果たさなければいけない。

 受付嬢の前に行き、カードを提示して仕事の斡旋を依頼する。


「はい、斡旋受付登録しました。二番の窓口に向かって下さい」

「りょーかい」


 二番の窓口は、そこで三つの窓口にわかれている。

 どこで対応して貰っても構わないが、職員の能力、人当たりの相性に良し悪しがあることは否めない。

 さて、誰がいいか…… っと、お? あいついるじゃ無いか。

 先日ここに来た時には居なかった顔が今日は居た。


「よう、久しぶり」

「いらっしゃ…… おお、アスベルじゃ無いか、久しぶりだな、また冒険者すんのか?」


 二番窓口三つ目の窓口に座っていた彼は、以前冒険していた頃にはよく世話になった仕事斡旋担当だ。

 名をドラッドという。

 気心も知れているし、俺の力もよく知ってる。


 アスベルは椅子に座りながら、ドラッドに返答する。

 

「いや、そういうわけでも無いんだけどちょっと野暮用でな。金が必要なんだ。何か大きめないい仕事あるか?」

「仕事なぁ。B級のお前に任せるような大きい仕事は今無いな。お前も知ってのとおり、この町は今も昔もあのダンジョン巡りが主な冒険ネタだしな」

「ねぇかぁ」


 アスベルは当てが外れたことに天を仰いで嘆いた。

 それでももう少し聞いてみる。


「どこか他に大きい話があるって聞いてないか?」

「そうだな…… 近隣の町だと…… んー」


 ドラッドが依頼リストのパネルを操作し始める。

 少し範囲を広げて検索しているようだ。


 やっぱり当面の生活費を稼ぐのが先か……


 データ検索中のドラッドを見ながらそんな風に考え始めたその時、アスベルの背後から声がかかった。


「私の手伝いってのはどう?」


 その声に振り向くと、そこには緑色の髪の女…… 魔女がいた。

 魔女。

 魔術を使う女としての意味では無い。

 正真正銘、魔族に属する種族”魔女”。

 女性しか存在しない種族であり、如何なる種族と交わろうと魔女しか産み落とさない特徴を持つ。


 しかし、俺がこいつを魔女と断定したのは髪の色だけでは無い。

 なぜなら


「てめぇ! この前の──」

「おや、リブレッタさんじゃないですか」


 アスベルの言葉にドラッドの声が被さった。


 なに?


 アスベルは思わず再度振り返り、ドラッドの顔を見た。

 ドラッドはアスベルが何故驚いて自分を見ているのかわからないといった風に、至極真面目な顔をしている。


 確かに存在理由からしても魔族イコール魔王の関係者ではあるが、それがイコール魔王の先兵であるとは限らない。

 普通というと定義が難しいが、普通に魔族の世界から離れ、人族の世界で生活している魔族は存在する。

 まして冒険者ならそこに偏見を持っていては冒険生活自体が成り立たない。

 冒険者をやっている魔族も多いのだから。


 とは言え、こいつはついこのあいだ俺に魔王の配下入りを勧めてきた正真正銘、魔王側の魔族。

 他の国でならともかく魔王と対抗するこの国で、少なくとも普通に冒険者ギルドの担当者が声かけする程度には馴染んでいるのはどういうことだよ。


「ドラッド、こいつのことを知ってんのか?」

「なんだ? リブレッタさんの事か? 知ってるも何もうちのギルドに常駐する数少ないA級冒険者だぞ」

「はあ?」


 A級だ? てことは、成果だけじゃない、それなりに長い期間、冒険者稼業を続けてるって事か?

 俺が知らないって事はここに常駐したのは割と最近の数年で、以前は別な場所で活動してたんだろうが。


「彼女にこの近隣の大きな仕事の殆どは片付けて貰ってるからな」

「だから大きい仕事が無いのか」

「ま、そういうことね」


 魔女…… リブレッタが俺とドラッドの会話に入ってきた。


「で、俺に手伝えってどういう事だ? このあいだも言ったけど俺は魔王の──」

「このあいだ?」


 リブレッタは何を言っているのかわからないという顔をする。

 俺もなんでこいつがそんな反応を返してくるのかわからず互いに言葉を失う。

 ドラッドはそんな俺達に何を言っていいのかわからないらしく、やはり言葉が無い。


 そのまましばらく固まっていると、リブレッタがようやく合点がいったという風な表情をして手を胸の前でパンと叩いた。


「あなた、お姉ちゃんに会ったんだ。元気そうだった?」

「お姉ちゃん?」

「そう、この顔してたんでしょ?」


 そう言ってリブレッタは自分の顔を指さした。


「あ、ああ……」

「だったらお姉ちゃんね。私があなたに会うのは初めてだし。我とか、なんか偉そうな古くさい喋り方してなかった?」

「してた」

「間違いないわね。私はお姉ちゃんと意見が合わなくて魔王国を飛び出したからずっと会ってないんだけど、元気そうにしてた?」


 元気……なんだろうな、あれは。


「まあそうだな、たぶん」

「そっかぁ、元気にしてるんだ。懐かしいなぁ、今頃、何してるんだろうなぁ」


 魔王の手下で、地竜を変な力で強化して俺を殺しかけて、魔王の配下に誘ってきました……

 なんてこの場で言えるか。


「でも、お姉ちゃんってばまだ同じ髪型してるんだ…… 私が先に変えたら負けたような気がして嫌なんだけどなぁ……」


 なんだかブツブツ言ってるが……


「あの、リブレッタさん」


 今まで黙っていたドラッドが声をかけてきた。


「え? なに?」

「アスベルと直接交渉されるなら、ロビーか酒場でお願いできますか? アスベルもそれでいいか? 待っている人もいるから」


 ドラッドに促されて後ろを見ると、斡旋を待っている他の冒険者がいた。

 他の窓口もいつの間にか仕事を求める冒険者で埋まっている。


「ああ、聞くだけ聞いてみるわ。んじゃリブレッタさん、向こうでよろしく」


 俺はそう言ってロビーの対話コーナーを指さした。


「リブレッタでいいよ、アスベル。じゃ、向こうで話そうか」


 そして俺とリブレッタはロビーに歩いて行った。



「さて、リブレッタ。俺に手伝えってのはどういう事だ」

「そのまんまの意味だよ。一人じゃ難しい探索があって、その相方を探してた。そこにアスベルがいた」

「内容は後で聞くとして、なんで俺なんだ?」


 俺が気になっていた点をリブレッタに問うと、彼女は考える素振りも見せず即答で返事してきた。


「まず、最低でもB級の手が欲しかった。そこにドラッドとアスベルの会話が耳に入って、アスベルがB級だってわかった。これが第一点」


 たまたま……か。

 それが本当かどうかはまだわからないが。


「次に、アスベルが弓手だって事。背中に矢筒背負ってたら誰でもわかるよね」

「まぁな、でも俺からも聞いていいか?」

「いいよ」

「なんで弓手を必要とする。リブレッタはどう見ても魔女だ。後衛被りだろう」


 そう言うと、リブレッタは、ちっちっちと指を目の前で振った。


「私は剣士だよ。まぁ魔女でもあるから正確には魔法剣士かな。得意なのは剣で、もちろんギルド登録も剣士」

「はあ?」


 魔女が剣士?

 聞いたこともねぇ。


「あはは。だよね、そういう反応になるよね」


 リブレッタは楽しそうに笑う。


 そして「ほら」と言ってギルドカードを俺に見せた。

 確かに剣士だ。


「まあ一応魔女の端くれとして一通りの魔法は使えるよ。でも私は剣が好きなんだ。それでお姉ちゃんと魔女としての存在をかけて大喧嘩。頭にきたから飛び出してきたんだよね。もう五十年にはなるかなぁ」


 種族魔女が魔法より剣だとか言い始めたらそりゃ喧嘩にもなるんだろうが、五十年前……

 逆に言えば最低それくらいは剣の修行をしてるって事か。

 人族なら剣に一生を捧げてる領域だ。

 で、魔女であっても剣をいっぱしに使える……と。

 やはり長寿命種族ってのはずるいぜ。


 そして今頃気付く。

 魔女という意識に囚われてよく見てなかったが、こいつ、良い装備してる。

 確かに剣士だ。


「納得してくれたね? なら続きね。アスベルが腰に付けてるアイテムボックス。それ私が売ったんだよ」

「これか!?」


 売ったのはこいつだったのか。


「そう。私も一つ持ってるしね。で、一介の冒険者がそれを買えたって事はその稼ぎがあるだけの力を持ってるって事。B級って会話を裏付けてくれる証明になった」


 なるほど。

 見るところを見てるな、こいつ。

 伊達にA級じゃねぇってか。


 それにこいつがこのアイテムボックスを既に所持してるのもわかる。

 装備が半端ない。

 まず、革鎧が風合いから見て、滅多にお目にかかれない飛竜の革鎧。

 軽くて丈夫。

 強度は恐らく、このあいだ戦った聖騎士の鎧より上。

 これを上半身と腕当て、膝当てに装備。

 ズボンこそ普通の厚手で丈夫なジャーンズ生地っぽいが、腰から膝辺りまで下がってる白っぽい前垂れと後ろ垂れ。

 多分間違いない。

 ケブラススパイダーの糸を織り込んでる鋼鉄の刃も通さないというあれだ。

 すげぇな。

 この分だと、腰に下げてるあの妙に反りのある形の剣も恐らくいいもんだ。


「そして最後。ここのギルド関係者のアスベルに対しての反応。みんな総じて好印象を持った対応をしてる。あの受付嬢まで笑ってるのは初めて見たし、ドラッドも明らかに大きい仕事を探している風だった。彼はこのギルドの中でも特に相手を選ぶ慎重派なのにね。以上。どう?」

「納得した」

「へへへ」


 嬉しそうだ。

 人間的…… いや魔女か。

 それっぽく無いから勘違いしそうだ。

 とにかく、魔女的には悪い奴じゃ無さそうだ。

 感だけどな。


 恐らく彼女が話す以上に、姉というあの時の魔女との繋がり、その先の魔王との繋がりも無い。


「私ってほら、こんなに美人だし、信用できない相手はちょっとねー」


 言ってろ。

 まあ、魔女のご多分に漏れず美人なのは認めてやるけどよ。

 けど生憎と美人は師匠で見慣れてるんだ。

 それよか、肝心の──


「で、内容は?」

「ああ、そうだね。内容……」


 するとリブレッタは周囲をキョロキョロと見回すと、ついっとテーブルに身を乗り出すようにして顔を近付けてきた。

 そして小声で話し始める。


「引き受けてくれなくてもいいけど、他言は無用ね?」

「ああ、わかってる。当然だ」


 リブレッタがにこっと笑みを浮かべた。


「それじゃ話すよ。実はね……」


 なんでも、この近くにある旧王国の遺跡、そこに眠る宝の在処(ありか)がわかった。

 これは魔王国を出奔(しゅっぽん)する前に得ていた情報をこっちで調べ続けてようやく辿り着いた自信のある話らしい。

 そこでその遺跡を訪ねて秘密の扉から入って地下三階にある宝物殿を目指そうとしたけれど、数千年前の魔族侵攻の際に取り残されてた魔獣が独自の進化を続けて残っていたらしい。

 一人では一階を突破するのが精一杯で、手数を狙える後衛が欲しいという事で弓手を探していたところに俺を見つけたと。


「理解して貰えた?」

「だいたいな」

「魔法は私自身が使えるしね」


 疑問点は全てクリアされた。

 だったら後は心配事。


「ペア狩りなんだよな」

「もちろん。アスベルが看板に偽り無しの実力を持っているなら大丈夫よ」


 勿論、俺にもB級だったあの頃より強くなっている自負はある。


「なら大丈夫だ」

「うんうん」


 本当に嬉しそうに笑うよな、こいつ。


「でもいいのか?」

「なにが?」

「何がって、俺は男だぞ? ペアでその……」


 リブレッタは、俺の言葉にきょとんとした顔をすると、次の瞬間吹き出した。


「ぷっ…… ぷはははは」

「何が可笑しいんだよ」

「いやいやいや、ごめんごめん。だってほら…… あはははは」


 なんて失礼な。

 これでも心配してやったのに。


 俺の頭の中にはハーミーのあの事件の事もあったから。


 リブレッタは俺がふてくされる中、さんざん笑い倒した後、ようやく落ち着いて話を始めた。


「アスベル、君って見掛けによらず真面目だねぇ」

「なんだよそれは」

「いやいや、誉めてるんだって。アスベルみたいに見目の良い奴って大体軽いのが多かったからさ」

「そりゃどうも」


 誉められてる気がしねぇ。


「そもそも私が簡単にどうにかできそうな相手だと思う?」

「そりゃまあ、確かにそうだけどな」


 A級で魔女で剣士の武闘派だ。

 これほど厄介な相手もそうはいない。

 だがそれでも……


「うんうん、アスベルの言いたいことはわかるよ。私だって女だしね。いざとなればどうなるかわからないし、そりゃパートナーはできれば女の子のほうが良かったよ」


 リブレッタはそこで首を少しすくめて、更に話を続ける。


「でも、ここでそれを期待できるとも思ってないし、アスベルの事は本当に信用できるって思ってたし、今、余計にそう思った。それじゃ駄目かな」


 くそっ、そんな嬉しそうな楽しそうな、そういうのが混ざってるような目で見られて何が言えるかよ。

 俺は両手を軽く挙げて降参のポーズをとった。


「わかって貰えて嬉しいよアスベル。それに」

「それに?」

「アスベルにだったら襲われて子供孕まされてもいいかもねー 産んであげるよ? 襲ってみる?」


 そう言ってニカッと笑みを浮かべるリブレッタ。

 俺は力尽きてテーブルに突っ伏しながら「勘弁してくれ」と言うのが精一杯だった。


「報酬は?」


 しばらくして、ようやく気を取り直した俺は、最後に肝心なことを聞いた。


「勿論、均等割り。もしそれだけの宝が無くてもこれだけは私の責任で保証する」


 そう言って彼女のサイン入りの契約書……のような物を渡された。

 そこに書いてある保証額は……


「いいのか? こんなに」

「もちろん。それだけの相手が出てくるって事を想定してるって話だけどね」

「なるほど」


 交渉する姿勢に迷いが無く、嘘も感じない。

 信用していい気がする。


「返事はよく考えてからでいいよ。そうだなぁ、一週間くらいでいい? もっと必要?」

「今、返事する」

「え?」


 そして俺は契約書もどきの空いたスペースにサインを記入した。


「よろしく」

「え? えっ? あ…… うん、ありがとー」


 彼女はその契約書もどきを大事そうに取り上げると、立ち上がってくるくると周りながら喜びを(あら)わにした。

 そして満足したのか、もう一度席に座ると俺に「よろしくね、アスベル」と、にこっと笑って言った。


 ああ、よろしく。

 さてと、これで宝探しに出発だな。

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