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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第二章 エルフの森
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第06話 お見合い

「神聖王国よりまた書状が届いてますよ、国王。返事はどのようにするつもりで?」

「内容は…… ふむ、いい加減焦れてきておるか」

「それはもう、自分達の問いに対して待たされる事には我慢がならない者達ですしな」

「自分達がする分には良くて、される分には駄目か。奴らは変わらぬな」

「まったくで」


 ここはアースベリオ獣人王国王城内、会談の間。

 国王と宰相フランベルが神聖王国から届けられた三国会議参加への返事の催促状を前に、二人で打合せを行っていた。


「それで? 調査員からの報告があったのだろう?」

「おわかりで?」

「当たり前だ。何もなければお前が私の所に来るか」

「それは異な事をおっしゃる。日々、お茶は頂きに伺っておりますが?」

「それ以外の公務として、だ!」


 ふむ確かに。


 フランベルが今日、国王の元を訪れるのは二度目である。

 茶は既に頂いたとなれば次は公務として訪れたのであろうということはすぐにわかるというもの。


「私が報告に来ない方がよろしいのでは。公務で訪れるとあまり良い顔をされた覚えがありませんが?」


 だが敢えてフランベルは笑みを浮かべた良い表情でそれを言う。

 よほど面倒な事らしい。


「お前がわざわざ私に持ってくるのは余程の内容であるからな。それを思えばうんざりもするわ。だが重要な事を忌避するつもりもないぞ。さっさと報告するがいい」

「さようで。では完結に報告致しましょう」


 フランベルが背筋を正し、報告を始める。


「此度は勇者を名乗る者が二人おります」

「二人?」

「ええ。一人は召還によると思われる者、もう一人は神殿が指名した者ということですね」

「神殿が指名? どういうことだ。王国と神殿が反目でもしていると言う事か?」


 国王は当然考え得る疑問を口にする。


「いえ。国として大々的にアピールしているのはその神殿が指名した勇者です。王国と神殿が対立している風ではありませんな。逆に召還された勇者の方が独自に動いている節が見受けられるとのことですね」


「独自に? あの国がそのような真似を許すか?」


 フランベルの報告の内容は国王を困惑させた。

 そして次に続いた言葉が更に困惑を深めさせる。


「そして、その召還によると思われる勇者が連れているパーティーメンバーは巫女だと言う事です」

「巫女? 神官ではなく? その勇者は何を考えている。戦う気があるのか」


「一方の神殿指名の勇者は神官を連れておりますので、神殿指名の勇者の方がセオリー通りですね」

「ふむ…… 独自な行動といい、連れている供が巫女といい、あの国らしからず、戦う者としての姿勢も疑わしい。

 もしかして勘違いではないのか? 諜報員は何故その巫女を連れた者を召還勇者だと判断した」


 勇者調査に充てた諜報員は一流の筈。

 その力量を疑いたくはないが、流石に報告の内容には疑問が残る。

 当然、国王はその点を追求した。


「判断材料の一番は、王国で召還儀式が行われていた頃に現れた初見の者がその者だと。神殿指名の勇者は時期がずれているそうです。そして諜報員がその個人として強く推す理由がもう一つ……」

「もう一つ? それはなんだ?」


 個人としてと強調する理由もよくわからんが。


「その召還されたと思われる者が所持している剣、だそうです」

「剣だと?」

「伝説に残る勇者の剣の意匠に見られる特徴が、今回その勇者が持っている武器にも見受けられるから、だそうですね」

「妙に詳しいな」

「剣マニアなんですよ、その諜報員は。古今東西の剣に広く通じております。私も一時間ほど図解入りでこんこんと説明されました」

「……なるほど」


 フランベルが遠い目をしていた。


 そうか…… こやつをこれ程までに憔悴させるような者の言葉であれば無視もできんか。

 柔軟思考な国王である。


「だが、国として推しておるのはその神殿勇者であるのだな?」

「それは間違いありませんね。パレードもこちらが想定していたものよりは小規模だったようですが、神殿の勇者で行われています」

「ふむ…… わかった。それでは我が国でも対外的にはその神殿勇者を此度の勇者として扱おう」

「では召還勇者の方はどうします? 女神が絡んでいるなら無碍にはできないと思われますが」


 フランベルの言葉に国王はしばし考えた後、きっぱりと決断する。


「勇者としては歓待する。だが協力はできかねるというスタンスとなるな」

「かしこまりました。それでは三国同盟への返事も出してよろしいのですね?」


 神聖王国が推す神殿勇者を正式に勇者として認める方針なら、三国同盟の話も進める必要があるということだ。

 フランベルは承諾を得る意味ではなく、確認として発言した。


「ああ。文面は任せる」

「面倒ですね」

「そう言うな。これもお前を信用してのことだ。それに我にも急ぎ対応しなければならぬ事がある」

「姫様のご縁談根回しですか?」

「見合いだ」


 よく知っているなと国王は感心しつつ答えた。


「見合って断れる相手でも無いでしょう」


 相手もわかっているようだ。

 ということは向こうは随分と根回しを進めているという事か。

 この大事な時期に余裕があることだ。

 いやこの時だからこそ狙ったか?


「ハーミーの頭越しに決めるつもりはない」

「姫様はご自分が姫として成すべき事をよくご存じですからお断りにはならんでしょう」

「聞き分けが良すぎるのも困りものだがな」

「そうですね。お住まいが遠くなればうちの娘が悲しみます」


 相手は帝国との隣接地を守護する公爵家の今年で二十歳となった嫡男。

 慌てる年でもなかろうが、良い噂も悪い噂も聞かない凡庸な者であるとの話である。

 これが地理的要因もあって中々良い相手も見つからないのであろう。


 国の抱える事情を踏まえても帝国と接する重要な地であるだけに、跡継ぎに幾ばくかの不安を抱えているのであろう向こうの家としても王家本筋との繋がりを強くしたいのであろうし、こちらとしても請われて無碍にもできない。

 ハーミーの年を考えれば、婚約だけでもという話になるだろうと国王も考えていた。


「ともかくこちらはハーミーと話してからだ。お前は三国同盟を進める準備を急げ。人選は任せる。誰だろうと好きに使え」

「それは国王様を含めて、ですか?」


 フランベルは国王の言葉に笑みと共に答えた。


「請われればな」


 国王はそれにニヤリと笑みを返して席を立つ。


「かしこまりました」


 そしてフランベルも席を立って慇懃に礼をし国王を見送った。


 さてどうしたものか。

 国の立場からすれば神聖王国の決定を無視もできず、国王の決断も致し方の無い事ではある。

 しかし、対魔王として一番の戦力が女神の召還する勇者である事はこれまでの歴史から見ても疑う余地は無い。


 であれば女神の勇者を無視して良いはずも無い。

 だが神聖王国の連中は、勇者パーティーに当国軍の戦力を割けばきっと文句をつけてくることだろう。


 とはいえ勇者パーティーに相応しい程の者が市井の中にいるはずもない。

 それ程の者であればとっくに国軍に採用されている。


 また仮に市井の中に隠れた才能を持つ者がいたとして、その者が女神勇者のパーティーに加わり魔王を封印したところで世間的には只の平民が勇者とともに魔王を封じたという伝説の謳い文句になるだけだ。


 これではその者を見いだせずにいた我が国の名折れにしかならぬ。


 一方で神聖王国は、最低限、勇者召喚の国としての面目は保たれる。

 独自に動いている勇者の事も、魔王からの目くらましの為に採らせた行動だとして理由付けなどどうとでもつけられる。


 さてさて……

 宰相として、国のため自分は何をすればよい。


 フランベルはこの極めて面倒な状況にらしくもなく頭を抱えたくなった。

 彼が自国には不利にならないよう勇者二人という状況を作り出した神聖王国に対して、一言でも文句をつけたい気分になったのも致し方のないことだろう。



 そしてその夜。


 国王一家の夕食の場。

 家族の結びつきが強い獣人社会で、余程の用事が無い限り家族全員が揃っての夕食は当たり前の光景だ。

 それは国王一家とて例外では無い。

 もちろん今日も、産まれたばかりでまだ乳母が面倒を見ている次女ハーチーを除く、国王バスティア以下、王妃シール、長男で王太子のバーナー、そして長女ハーミーの一家四人がこの場に勢揃いしていた。


 そして和やかな夕食が終わり、食後の珈琲が運ばれてきた場でバスティアが口を開く。


「ハーミー、お前に大事な話がある」


 この言葉に、ハーミーはきょとんとし、王妃シールは目をすっと伏せた。

 そして真っ先に口を開いたのはバーナーである。


「なんだ、親父。いきなり改まって。それは俺も聞いていい話なのか?」

「もちろんだ。家族全員に関係するからこそこの場で話すのだからな」

「わかった」


 バーナーはそう答えると、椅子に深く腰を下ろす。


「ハーミー」


 バスティアは改めてハーミーに声をかける。


「はい、お父様」

「お前に見合いの話が来ている。相手はカドラス公爵の長子だ」

「お見合い?」


 ハーミーはバスティアの言葉におうむ返しに答えた。

 そして反応するのはまたしてもバーナーである。


「何を言ってるんだ、親父。ハーミーは十四になったばかりの子供だ、結婚にはまだ早い」

「だから見合いだと言っている。話が進んだとして、せいぜい婚約までだ」

「それでもだ!」


 そしてバーナーからすればハーミーが妙なところに反応した。


「お兄ちゃん、あたし、子供じゃないんだけど」

「はあ?」


 思いも寄らないハーミーの反論にバーナーも思わず素っ頓狂な声を上げる。


「もうとっくにお赤飯だって食べたし、まだ成年の儀もこなしてないお兄ちゃんと違って大人だもん」

「おまっ! それとこれとは関係無いだろ!」


 この世界では男は成年の儀の年である十六を向かえるまで大人とは見做されないが、女は初潮を迎えたとき祝いが行われ大人として見做される。

 そしてハーミーは一昨年その祝いを行っていた。


「関係無いわけないでしょ? 従姉妹のシスティルだってもうお嫁に行ったし」


 ハーミーが例として挙げた彼女は祝いを終えて間もない十一歳で嫁入りした。

 なにもそれはこの世界では決して珍しい話でも無い。

 とは言え、それは当たり前という話でも無く、大抵の場合、相応の理由が存在する。

 その理由とは……


「あれは両家の思惑が最優先で…… それで……」


 そこまで口にしたところで、バーナーの言葉が濁った。


「ね? 関係してるでしょ?」


 ようやくバーナーがその事に気がついたと理解したハーミーがそれを指摘する。


「……ああ」


「そういうことだ」


 兄弟の軽い口論が終わったところでバスティアが口を開いた。

 そしてハーミーのこの理解力の高さにも心を痛めながら。


 カドラス公爵の長子と言った時点でその意義を全て理解したのだろう。


「これは我が国の防衛にも関係する重要な話だ。無視するわけにはいかん」

「……わかった。けどっ!」


 大事な話であるということはバーナーも遅まきながら理解した。

 だからと言って黙って見過ごすこともできない。


「なんだ?」

「付き添い人には俺が行く」

「お兄ちゃん?」

「バーナー、お前は王太子であるぞ」


 思いも寄らないバーナーの言葉にハーミーは戸惑い、バスティアはそれを咎める声を挙げる。

 三国同盟の話が進んでいく中、武勇を誇りとする国を代表して前線に立つべき王太子がそんな話に首を突っ込んでいて良いわけが無い。

 当然、付き添いには母親であるシールが付いていく予定であった。


 その時、今までずっと黙っていたそのシールが口を開く。


「良いではないですか。あなた」

「シール!?」

「バーナーにも何か考えがあるのでしょう。将来国を治める者として国防に関する話に絡むのも決して悪いことでは無いでしょう?」

「それはそうだが……」


 妻の思わぬ横やりにバスティアは言葉を濁らせる。


「バーナー」

「はい、母さん」

「しっかりとその役目、こなせますね?」


 シールはバーナーの顔を真っ直ぐに見る。

 バーナーはその鋭い視線に思わず背筋を正した。


「はいっ。この役目しっかりとこなして見せます。勿論同盟軍で任される役目も疎かにする気はありません。お任せ下さい、父上」


 そのバーナーの反応に、シールはにっこりと笑みを浮かべた。


「だそうですよ? あなた」


 こうなってしまってはバスティアも嫌も応も無かった。


「……わかった。ならばバーナー。この大役、しっかりとこなしてくるように」

「はいっ」


 こうしてハーミーの見合い話が進んでいくことになった。


 そして夕食の場も終わり、バスティアとシールが王の部屋に戻っていった後、残ったバーナーはハーミーに話しかける。


「お前、本当に良かったのか?」

「当たり前でしょ? 私に課せられた大事な役目だよ?」


 王族として、この国の王女として生まれた。

 たったそれだけで何もせずに特権を得たからには、その分、国の為に役に立つ必要がある。

 それをハーミーは充分に理解していた。


「だけどお前、この間の旅の中で誓いの証を立てたって聞いたぞ?」


 バーナーがそのことを口にした瞬間、ハーミーは顔を真っ赤に染めた。


「えっ!? おっ、お兄ちゃん? それ誰に聞いたの…… って、マリーベルしかいないよね……」

「まぁな」


 マリーベルにはあの後、散々くすぐり攻撃を食らって全てを白状させられていた。

 もちろん、アスベルに対して行った頬へのキスの事も。


 この国では王女の唇は特別に神聖なものとされ、誰が相手であってもおいそれと許していいものではない。

 それは身内に対してであってすらも適用されるほど強いもので、例え頬であったとしても許されるものでもない。


 当然、王族として充分な教育を受けているハーミーがそのことを知らないわけも無く……


 だとすればそこには相応の覚悟があった筈だ。

 バーナーはそれを指摘しているのである。


「あれは…… 困ったときに助けてあげるって意味だし……」

「本当にそうなのか?」


 バーナーはハーミーに詰め寄った。


 それだけを理由にハーミーが強い想いを必要とする誓いの証まで立てるはずが無いだろう。

 妹のことをよく知るバーナーはとてもではないが、今のハーミーの言葉を信じることができない。


 だったらその笑顔はなんだ。

 そんな絶望とも見まがうほどに辛そうな目をして、それでも気丈に微笑んで。

 お前がそうまでして隠し通そうとするその想いはなんだというんだ。


「だってあの人、成年の儀が終わったら結婚する予定だって言ってたし…… 試練も無事終えたからきっともう……」

「なん、だって? お前…… そんな」


 ハーミーはそんな相手に誓いの証を立てたというのか? そんなバカな……


 驚愕の表情を浮かべて固まったバーナーにハーミーはすぐさま反論する。


「いいのっ! これは私の気持ちなんだから」


 吊り橋効果なのかもしれないとあれから何度も考えた。

 実際の所わかる筈も無い。

 この想いが本物かどうか調べる術などありはしないのだから。


 それにアスベルに迷惑をかけたいわけでも無い。


 だからこれは自分の為。

 王女として生まれた自分にも、こんな人並みの恋心を得られる出会いがあったんだよって、いつか誰かに自慢できる。

 それで充分だから……

 だから……

 この想いだけは誰にも否定させない。


「ハーミーお前……」


 そのハーミーの強い決意が込められた眼差しに、バーナーはそれ以上の言葉を続けることはできなかった。


「わかった。でも見合いの席には俺がついていくことは変えない。カドラスの長子がお前のその覚悟に相応しい男か見極めないとな」

「お兄ちゃん……」


 ハーミーが誓いを立てた男にあの野郎が変わることができる男かどうか……

 舞踏会で会った事のある平々凡々な印象のあいつにそんな価値があったとも思えないが、一応真剣に確認しないといけない。


 バーナーはこうして妹の為、ひょっとすれば戦場に出る覚悟よりも上の覚悟を固めていたのであった。


      ◇      ◇


 ズドッ!


 ドドーン……


 噛みつき攻撃を躱したカズトにそのスキだらけの側頭部を剣で貫かれた地竜の一頭が、そのまま首を地に落とす。


「後一頭……」


 そして背後に迫る地竜に目をやること無く、カズトは大きく横にステップした。

 その瞬間、カズトが今まで立っていた場所に地竜の噛みつき攻撃が空振りする。


「いけ」


 カズトが小さく呟くと、アクアリスが楽しそうに笑みを浮かべる。

 それと同時に地竜の顎の下から強力な水流が立ち上り、地竜の頭を跳ね上げた。


「よし」


 そしてそこに丁度カズトの剣が振り下ろされる。

 その剣からは光の刃がさらに伸び、太い地竜の首を完全にカバーする。

 そして、跳ね上げの水流と切り下ろす剣に挟まれた地竜の首はあっさりと刎ね飛ばされた。


「いいぞアクアリス。そのタイミングだ」


 頭を撫でられるアクアリスは嬉しそうに揺らめいている。


「これが最後か? 流石にこれくらい町から離れるとでかい魔獣も出始めてくるな」


 カズトは初めに倒した最も巨大な地竜をちらっと眺めてリスティに話しかける。


「今ので全部だよ。一頭も外には出してないから大丈夫」


 リスティも、ボスを失った地竜の群れがバラバラに逃げる可能性を考慮して、周りを囲むように立てていた聖盾を解除しながら答えた。


「ありがとう、リスティ」



 前の町に寄り道して、あまり日持ちしない消耗品を補充したのは一週間前。

 そこからまた街道を避け野山を獣人の国に向けて真っ直ぐ進んでいくカズトとリスティ。

 この強行ルートを提案したのはリスティである。

 街道を進めば魔族の目につきやすいということ、その魔族に襲われたとき街道を進む他の民間人を巻き込む可能性を考慮したというのが大きな理由。

 カズトの力量ならば獣や魔獣程度に後れを取る事もないと信用しての事である。


 そしてリスティもこう見えて巫女としてしっかりと鍛えられている上に、聖女ブーストがかかっている。

 二人は気付いていなかったが、この二人であれば曲がりくねった街道を進むより真っ直ぐ進む方が早い。

 それに……

 かつて、食糧を確保しながら長い旅を続ける手段としてアスベルに聞いていた知識があるから。


 如何にカズトのアイテムボックスは女神の加護による能力で大量の物を収められるとはいえ、長期にわたれば中に収めている食材は腐る。

 保存食で済ませる手もあるが、やはりリスティとしてはしっかりと暖かい食事をカズトに食べてもらいたい。

 獲物の解体は、カズトもリスティもお手の物だ。


 とは言え、この量は流石に多すぎる。


「しかし、倒した獲物はできる限り食べる主義なんだが、これは……」

「竜種のお肉は美味しいけど、さすがに大きすぎるよね」


 そもそもが巨大な地竜。

 それが十頭。

 しかもボスは十メートルはある。


「これだけでかいとアイテムボックスにも入らないし、小分けしても腐りやすくなる」

「町の人に教えるにしても遠いしね、ここ」


 一般の人ではここまで来るだけでも大冒険だろう。

 ご近所に配る手段も使えない。


 二人はそう考えていたが、実の所、地竜…… 特に滅多とお目にかかれないボス級となれば肉では無く素材目当てに万難排してやってくる連中がいくらでもいるということを二人は知らない。


「肉をできる限り食材として確保して、後はここらの生きものの糧になることを祈るか」

「そうだね。素材はどうする? 地竜の素材って多分、高く売れる筈だよ?」


 多分どころではない事を悲しいかな、リスティも魔獣の素材に関してそこまで詳しくは無かったのだ。


「今は別に困ってないしな…… リスティは地竜の素材で何か必要なものがあるか?」

「ううん、特に無いかな。きっとこの先にもこういうことはあるだろうし、もっと余裕のあるときに確保しようよ」

「ならそのままでいいか?」

「そうだね。先を急ご」


 二人は、一般の冒険者が聞けば滂沱の涙を流しそうな結論にあっさりと到達する。

 そしてリスティはカズトの腕に抱きつき、先を即して引っ張った。


 それから話題は目的地までの距離に移る。


「で、獣人の国まで後どれくらいかわかる?」

「そうだね、もう四分の三は過ぎたと思うから後もう少しかな」

「そうか、もうひと踏ん張りだな。獣人族、協力してくれるといいな」

「大丈夫じゃないかなぁ。獣人族の国は神聖王国と同盟組んでる国の一つだし、勇者は同盟の象徴でもあるから協力を拒む理由も無いし」

「そうか、それなら安心だな」


 獣人の国まであと少し。

 優秀な前衛を得れば魔王討伐への道が一歩近づく。

 やってやる。

 そして……


 そんな風にカズトが気合いを入れていると、リスティがぐいっとカズトの腕を引っ張って顔を近付ける。


「それで、パーティーに人が増えたらこんな風にできないだろうし…… 今日…… ね」


 リスティが潤んだ目でカズトを見る。

 今日ね、というか今日()だが。

 ここ数日は特にリスティのおねだりが激しくなっている。

 やはり獣人国への旅に終わりが見えているのが、パーティーの拡充という意味では嬉しい反面、二人きりの旅が終わるという意味では寂しいのか。


 それはカズトにも少しは理解できるので、リスティのその気持ちを無碍にするつもりもない。


「わかったよ。今日の夜、な」

「うん」


 リスティは嬉しそうに笑みを浮かべ、そして言葉を続ける。


「で、でも、こんなに毎日してたら…… 赤ちゃん、できちゃわないかな」


 リスティが、えへへと笑いながらカズトの顔を見た。


 赤ちゃん? いやそれは……


「それはアクアリスが上手くやってくれているから、今、リスティが妊娠する事はないぞ? 前にも言ったよな」

「あ…… うん、そうだった、ね……」


 この世界に避妊のための道具はなく、妊娠したくなければせいぜいが時期を外すと言う事がわかっている程度。

 望まぬ妊娠の場合、その後に魔法で対応というのがこの世界の常識である。

 故にリスティもアクアリスの力で行われている避妊というものをイメージしきれず、毎日していたらいずれという思いにとらわれていた。

 無論、リスティがそれを望んでいないわけも無く……


 そしてリスティの視線が少し下に向き、寂しそうに表情が僅かに消える。


 それを見てカズトは焦った。


「いや、子供が欲しく無いわけじゃないぞ。だが、今は魔王討伐が最優先だ。リスティも身重で旅を続けるわけにはいかないし、ましてや魔族と戦えないだろ」

「そう…… うん、そう。 そうだね。子供は魔王を倒してからだね」


 そしてリスティは一転、笑顔に変わった。


「ああ。リスティを誰より頼りにしてるからな。今、戦線を離れられるのは困る」

「うん、うんっ。任せてっ。頼られるよ」


 リスティは細い腕をぐっと構えた。


「ああ。がんばろうな」

「うんっ」


 そしてリスティは再度カズトの腕に抱きつくと、先程より強く先を即して引っ張っていったのだった。

地竜はデイノスクス(白亜紀の巨大ワニ)をベースにした竜種をイメージしています

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