第03話 世界
「帰れるかもしれない……って、どういうことだよ。世界が滅ぶんじゃなかったのか?」
「私がするとそうなる。仮に向こうの世界の管理者に頼んでも同じ」
「だったら──」
期待させといて落とすのだけはやめてくれ。
そう続けようとしたとき、女神が俺の言葉に被せて言った。
「今回は聖女がいるの」
「せいじょ……ってあれか? 聖なる女っていう」
「そう、その聖女」
「当たり前だろ、俺がいるんだから聖女だって」
俺が勇者なら、聖女はワンセット。
いて当たり前。
ゲームなんかでもそういう存在だ。
「違うのよ。それはこの世界の成り立ちにも関係する話なの。帰れるかどうかにも関わるから君にも教えてあげるわ。本来なら極秘事項よ? 向こうで話さないでね」
「あ、ああ」
そして女神は話し始めた。
この世界の成り立ちを。
「この世界をはじめとして、沢山の世界…… 君の居た世界もそうね。そういった世界が存在している空間は、元々は何もない空間だったの」
「何もない?」
「そうね。正確にはエネルギーだけがある空間。そこに、何もないのは寂しいからと神様── 私達の上司っていうのかな? そういう存在がエネルギーを固めていくつかの世界を作ったの。それも全部同じじゃ面白くないからって、魔法文明を主体に進化や、科学文明を主体に進化とか、パターンを変えながらね。それがそれぞれの世界の始まり」
パターン研究とかじゃなくて、面白い面白くないが基準かよ。
適当だな、おい。
「でもね、世界を沢山作った際に最後、微妙に力が余っちゃったんだ。固めるエネルギー量をきっちり測りながら作ったわけじゃなかったしね。でも、一杯世界作って満足してた神様ってば、それを放置しちゃったの」
おいおい、神様大ざっぱだな。
「でね、その放置されたエネルギーがどこに行ったかって言うと……」
「……まさか」
「そう。私の管理してる世界に入り込んじゃったの。しかも入ってすぐにこの世界の人間に取り憑いて実体化。それが魔王ね」
「入る前にわからなかったのかよ」
「世界の外は管理外で認知できないんだ。ごめん」
それでわかったのは入ってからか。
「この世界のものに結びついちゃったから迂闊に手は出せない。とは言ってもこのまま放置しちゃうと、世界のバランスが崩れて崩壊する。だったら神様にお願いすればってのも、神様なんて私以上に力あるじゃない?」
「一発でアウトか?」
「そう。この一帯の世界を全て巻き込むレベルで」
つい、俺はこめかみを押さえた。
頭痛ぇ……
「そこで考えたのが、この世界の人間自身に対処させようってこと。そこで生まれたのが聖女」
「勇者じゃないのか?」
「そうね、聖女が先。何故かって言うと、聖女はこの世界自体の力…… この世界に生きる者の神様への信仰が一定レベル以上集まった時、それを利用して生まれるシステムだから。でも残念ながら聖女の力だけでは魔王の力を抑える事しか出来なかった」
聖女はこの世界の力?
だったら勇者は?
この世界に呼ばれるんだから、この世界の力じゃないのか?
「勇者は?って顔ね。そうねぇ、聖女システムでは魔王を倒せないって事で考えたのが勇者システム。私が考えたのよ? この功績で管理者に昇格したのよね」
「おい、やっぱりお前が原因かよ」
「待って、待って、話を続けさせて」
くっそ。
本当に帰れなかったら只じゃおかないからな。
「えっと、勇者。そう勇者システムね。これはこの世界の力を少し使って他の世界から人材を引っ張るの」
「それがなんで打倒魔王に繋がるんだ? 凄い奴を連れてくるってわけでも無いのに」
引っ張ってくるのが軍人とか、格闘家とかそれなりの能力を持っているなら兎も角、俺はなんの戦闘力も無い農家の一般民。
だとしたら誰でもいいって事だ。
「他の世界から引っ張ってくる。それ自体が重要なのよ」
「余所から連れてくること自体が重要?」
「他の世界から引っ張る際に、ここを経由させる。ここでなら世界に直接干渉するより悪影響を及ぼさずに特殊能力を付与できるの」
「ああ。なるほど」
「だから、戦闘力とかよりも適応力の方が重視される。召還の魔方陣にもそういう指定が入ってるわよ」
なるほど。
強さは後付けでどうとでもなるから、向こうの世界で生きていける人材重視って事か。
永住することが前提の……
それだけは回避させて貰うけどな。
「でも、世界を崩壊させないレベルの特殊能力付与だけでは魔王を倒すことは出来なくて、封印までしか出来なかったのね」
「そんなに強いのか?」
「僅かとは言っても世界を作ったエネルギーの欠片だからね。だから放置も出来ないわけだし」
「だったら駄目じゃないか」
「ううん。ここで重要なのは、封印の感覚からして、外部から力を与えられる勇者と内部で力を貯められる聖女…… この二つのシステムが合わされば何とか倒せるだろうってわかった事」
「そうなのか? だとしたら今までに何度も機会があっただろ?」
何度も封印ってな風に言ってたよな?
なんで出来なかったんだ?
「今までは、勇者の活躍に連動して神への信仰が高まって、封印したときに最高潮。そして聖女が登場ってパターンだったのね。結果として聖女の役割は勇者の魔王封印を後付けで強化する事だったの」
「そうなのか」
「でも今回は違う。前の聖女ちゃんがとっても優秀だったのよね! お陰でいつもなら200年の封印が300年保って…… そして聖女の誕生が間に合った! さっき調べた時、もう新しい聖女ちゃんが居たからびっくりしたわ」
女神はガッツポーズを取っていた。
「ということで、今回はいけるわ。そこで重要なのは倒せるだけじゃ駄目で、君が元の世界に帰れる事なんだけど」
「そうだよ。そこだ」
最も重要なことだ。
それが可能ならなんだってしてやる。
「重要なのは如何に今ある力を残して魔王を倒すかね」
「如何にして?」
「そう。魔王を倒したらそこで解放された世界エネルギーの欠片が帰還エネルギーに転用できそうなの」
「そこで出来る限り魔王に力を使わせずに倒して欲しいのよね。下手に手間取ると帰還分のエネルギーが足りなくなっちゃう。つまり魔王復活で100に戻ったエネルギーを出来る限り100のまま倒して欲しいのよね」
「それは鎧袖一触レベルで倒せって事か?」
「その通り」
「無理だろ! 勇者と聖女が一緒でなんとか倒せるとお前自身がさっき言ったことだよな」
「可能性があるのよ」
可能性? どんな。
疑いの目を向ける俺に女神が少し怯みつつも、言葉を続けた。
「聖女との結びつきから生まれる、ミラクルパワー」
「おい!」
ふざけてんじゃないぞ。
何がミラクルだ。
「待って、冗談じゃないから。本気だから」
「どういうことだよ」
「聖女の力って祈りによる力の上乗せみたいな面もあるの。聖女の力が増せば増すほど影響力が増える。今までは影響力を及ぼせる相方がいなかったけど……」
「今回は勇者がいる……と」
「そう。その為に必要なのは聖女の勇者を信じる心。要は仲良くなって心の結びつきを強化しましょうって事ね」
「恋人になれと? この世界の人間と? 俺は帰るのに?」
それは流石にどうかと思うぞ。
「別に友達でもいいわよ? 友達ならまだ元気でやれよって別れやすいでしょ? 要は結びつきが強まれば良いんだから」
「どっちにしても一朝一夕にはいきそうにない手間がかかるな。こうしてる間も元の世界の時間、進んでるんだよな?」
「そうだけど、それが考えられる一番の方法なの」
そう言うと、女神は両手を合わせてお願いのポーズを取った。
「お願い。魔王を倒してくれたら、きっと神様も神様自身の後始末の不手際の解決だから、その功績を評価してくれる。そしたら今回の損失以上の特典をあげるのに目くじら立てられない。向こうの管理者に最大級の加護もお願いできる。だからお願いっ、今回はチャンスなんだ。特殊能力も世界が壊れないぎりぎりで全部あげる。だからお願いっ」
必死な女神の姿に、昂ぶった感情が収まってくる。
そうして考えてみれば、理性はこの話に乗ることが一番の道だと伝えてくる。
「……どうせやらなきゃ帰れないんだろ?」
「え。う、うん。そうだけど……」
「だったらやるさ。こっちに1分、1秒も長居したくない」
「あ、ありがとー」
女神は俺の両手を握りしめ、ブンブンと手を振った。
ちょっと涙目で。
ちっ……
美人の涙にほだされたわけじゃないぞ。
「まだ許したわけじゃないんだからな。帰るときの特典、山ほど用意しとけよ」
そう言うと、女神はぱあっと笑顔を輝かせて
「うん。まかせてっ!」
元気に俺の願いを受け取った。
可愛いなんて思ってないからな。
ただの契約成立だ。
…………
「魅了の力?」
「ああ。そういうのがあれば速効で好印象だろ」
「うーん。その手の精神系なものは危険だから作ってないんだよね」
「すぐ作れないのか?」
「どんなものでも一つ加護を作るのに、10年以上はかかる」
「げっ」
駄目か。
女神に聞いてみて、案外常識的な加護しか用意されていなくて正直驚いた。
だいたい、こう、加護とかチートって言や、無茶ぶり上等と相場が決まってるだろうに。
正直、割と凄いと思ったのは殆ど絶対防御レベルの魔法防御系”女神の加護”位で、後の攻撃系は魔法、腕力ともに、この世界の歴代人類最強と同レベル。
まぁ、それを併せ持ってるって時点で凄いっちゃ凄いんだろうけど。
それに、実際これだけで魔王と対峙するわけでもないだろうし。
対魔王と言ったらお約束があるよな。
「女神の加護の中に、初対面で悪印象を持たれない程度の能力はついてるけどね」
「ああ、あれにそういうのがあるのか」
「女神の名を冠してる加護だしさ。いきなり嫌われる女神って可哀想じゃない? 君にはいきなり嫌われたけど……」
それは事情が事情だったし、それが無ければ見た目も雰囲気も嫌いじゃ……
ってそれはどうでもいい。
「とっかかりで苦労しないだけマシかな。なら、それでいい」
「うん。それじゃ最後ね。これが一応最大の目玉で神剣~」
きたな、って神剣?
「お約束がやっときたけど、聖剣じゃないんだな」
「神様が用意してくれてて強力なんだけど、その分、使いこなせる人が居なくて。現実的には聖女の加護があって初めて使える代物なんだ。だから君が聖女と絆を作れるまでは能力を発揮できない」
「その間はどうすんだよ」
「一般的な魔力を帯びた剣レベルでは使えるよ。その状態だと聖剣の方がいいんだけど、どっちかしか持てないんだよね。聖剣にする?」
「いや、神剣でいい。能力に差があるんだろ?」
「君にわかりやすく言うなら、銘付き日本刀とペーパーナイフくらい違うね」
論外だ。
「聖女を味方に付ければ良いだけだろ」
「そういうこと」
「神剣の保護はどうすれば良い?」
「保護?」
「盗まれたりとか」
強力な剣を盗まれて大ピンチも物語のお約束の一つだよな。
「大丈夫。1m以上離れたら3秒で君の手に戻ってくるよ」
「なんだその仕様。1mって、常に身につけてろってレベルじゃないか」
「道中は色々危険だしね。魔族も人も」
「人も?」
「うん。信用できる人ばかりじゃ無いって事だね」
「勇者相手でもか」
「勇者だから、だね」
なるほど。
力ある人間は、力を持ってる人間にとって目の上のたんこぶになりやすいってことか。
「覚えとくよ」
「そうだね。それじゃそろそろいいかな?」
「ああ。また会おう」
「そうだね。待ってるよ」
そして俺は輝きに包まれた。




