第05話 魅了
アスベルが火弓を入手するためにダークエルフ部隊と戦う為の準備をしていた頃、リンドンはアスベルが金を引き出した町の冒険者ギルドでアスベルの情報を集めていた。
リンドンにとって運が良い事に、アイテムボックスという超レアアイテムを購入したアスベルの事はギルド職員は勿論、ここを冒険の拠点としている冒険者達の間にも名が広がっていて、情報の収集は容易に行えた。
やはりアスベルはここを経由してエルフの森に向かったな。
リンドンは自分の予想通りだった事に気を良くする。
ただ問題はエルフの森だ。
アスベルは流石に狩人として一流だった。
当時パーティーメンバーの一人として行動していたエルフ族のロレッティアさんが案内してくれたとはいえ、俺は未だに何が起こっていたかわからぬまま、ただアスベルの背だけを必死についていったあのエルフの森を難なく歩いていた。
同じくパーティーメンバーだった俺に剣のイロハを叩き込んでくれたおっさんなんか、最初からエルフの森に立ち入ろうとせず、俺達が戻るまで一人、外で待っていたくらいだ。
俺がアスベルを追って森に立ち入ったところで、ロレッティアさんの家まで辿り着けるとも思えない。
だとすると、おっさんと同じように、あの時入った森への入り口付近で待つべきか。
リンドンはそう判断し、野営のための準備を重点的に行う事にした。
彼がそうして、販売コーナーで消耗品を物色している最中、この冒険者ギルドという場所には似つかわしくない白銀の鎧を着た聖騎士と神官がロビーの中に入ってきた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドにようこそおいで下さいました。本日は聖騎士様と神官様が冒険者ギルドにどのようなご用でしょうか?」
流石に中央神殿所属の聖騎士相手となれば普段と違い、受付嬢も一応は慇懃な態度で応対する。
それに対してライナルトは横柄な態度で答える。
「ああ、パーティーメンバーを探している。魔術師だ。最高の人材が欲しい」
ライナルトはわざわざ、王都から離れたこの町を選んで冒険者ギルドを訪れていた。
それは王都から近い場所でこれから行うような真似は周囲の目もあってできないからである。
「わかりました。それでしたらパーティーメンバーの募集という事で受付致しますが、まずはギルドへの登録をお願い致します。一番の窓口にお願いできますでしょうか」
「いや、私がそのような冒険者登録などという下賎な真似はできぬ。登録者名簿さえ渡してくれればこちらで調べるので、名簿を渡して頂きたい」
そのライナルトの言葉に、受付嬢の目がすっと薄く閉じられる。
同時に周囲の空気も変化した。
「そのような依頼は例え国王様相手であってもお引き受けする事は出来かねます。どうぞ何事も起こらぬうちにお引き取り願えますでしょうか」
冒険者ギルド総合受付案内嬢、流石の肝っ玉である。
まず真っ先に冒険者に対応する窓口である故に、ここに配属される担当者は皆、精鋭揃いであった。
勿論この女性もその嫋やかな見掛けによらず高レベル冒険者とも渡り合える程の実力の持ち主である。
そしてロビーの中に居た冒険者達にもその緊張の空気の波紋が伝わっていく。
彼女を密かに慕う者の中には立ち上がり、剣の柄に手をかけるものまでいる。
まさに一触即発の状況だ。
権力からの独立。
為政者達の圧力にすら屈しない。
それがこの冒険者ギルドの在り方である。
だが、今回は相手が悪かった。
政治権力でも、戦闘力の高さという意味でもなく……
ライナルトは目の前の受付嬢から目を外し、ゆっくりとカウンター奥にいるギルド職員達を見回す。
そして目についたのは奥にいる気弱そうな事務職員風の女性。
「ああ、そこの君。後で私の手助けをしてくれないか?」
パチッ
「いえ、それはお引き受けできません」
声をかけられた彼女は即座にそう答えたものの、表情が少し変化し、目の視点も微妙に合っていない。
だが、カウンターに座る受付嬢は、ライナルトからは見えたそれに気付く事は無かった。
「誰に声をかけたところでお答えは変わりません。お引き取りください」
「残念だがそのようだな。では諦めて失礼するとしよう」
「はい。では次の機会がございましたら、冒険者としてこちらを訪れて頂ける事を心よりお待ちしております」
そして慇懃に礼をする受付嬢。
最後まで一歩も引く気も見せない彼女に少し苦笑いを浮かべながら、ライナルトはギルドの建物を後にした。
出口を抜けるときニヤリと笑みを浮かべた事を、その場に居た者は誰も知る事は無い。
そして、奥で気弱そうな事務職員が頬を赤らめつつ魔術師のデータを検索している事にも。
「んじゃ、これだけ頼むわ」
そして、その緊迫した空気がまだ色濃く残る中、リンドンは長期滞在に備え、大量の食料、消耗品を販売カウンターに持ってきた。
「…………」
「おい…… おい。あんた」
販売嬢は不安げな表情のまま入り口の方を見ていて、リンドンに気付かない。
「おいっ!」
「あ、は、はいっ」
「どうしたってんだ。なんか皆、妙に殺気立ってるみたいだが…… 喧嘩でもあったのか?」
リンドンは、ギルドのフロアで剣に手をかけている男達を見ながら言う。
「い、いえ、そういうわけでも無いんですけど…… すみません、お会計ですね」
「あ、ああ」
なんだか露骨に会話を切り上げられたが…… 俺が奥にいる間、何があったんだ?
リンドンはそれが何か気にはなったものの、もう終わったらしい事に首を突っ込んでも仕方ないと意識を切り替えた。
そして支払いを済ませ、ギルドの外に出る。
「んじゃ、行くか」
リンドンはかつてエルフの森に入った場所を目指して歩き始めた。
◇ ◇
冒険者ギルド自体は二十四時間営業。
だが、勿論、職員は三交代制であり、夜間から早朝は男性職員のみで運営される。
特に夜間は、情報交換を目的として併設されている酒場が夜の空気にハメの外れた荒くれ共の時間となる為、屈強な男性職員のみの時間である。
勿論、あの受付嬢は彼らとも渡り合える実力を誇っているが、そこに例外はない。
ということで、受付嬢を初めとして、女性は夕方には全員が帰宅準備に入る。
そして交代の男性職員に業務を引き継ぐと彼女たちは私服に着替えてギルド建物を後にした。
もちろん気弱そうな事務職員の女性も同様である。
ただ一つの違いは、その抱えたバッグの中に数枚のメモが入っていること……
ライナルトは職員交代の時間に合わせて、今度は一人、ギルドが見える通りの片隅に来ていた。
そしてあの女性が建物から出てくるのを待ち構えていた。
女性は建物から出て、きょろきょろと辺りを見回している。
ライナルトは右手を高く上げ、彼女に向けて笑顔を浮かべた。
女性はそれを見て笑顔を浮かべ、ライナルトの元に駈け寄ってくる。
「聖騎士様、お待たせしたでしょうか?」
「いや、私も今来たところだ。それで私が望んだものは?」
「これですね?」
そういって彼女はメモをカバンから取り出し、ライナルトに見せた。
うむ、伝わっていたようだな。
ライナルトがその紙を受け取ろうとすると、女性はその紙をサッと引っ込める。
「なんだ?」
「もう…… おわかりになりませんか? これをお渡しするご褒美に……」
「なんだそういう事か。わかっているとも。ならば早速ついてくるといい」
「ああ、聖騎士様……」
「ライナルトだ」
ライナルトは自ら名を名乗り、そして女性職員に名を名乗るよう即した。
これに対してギルドにはできる限り自分の名を外部に明かさないようにという内規がある。
明かすなら余程の信用があってのこと。
それは職員の身の安全を図り、ギルドの運用にも支障をきたさないようにという理由が有っての事である。
しかし、今日、ギルドであのような騒ぎを起こしたライナルトに対してほぼ初見にも関わらず女性職員はあっさりと名を明かす。
「はい。私はキャンティと言います」
彼女が名乗った事でライナルトは満足の笑みを浮かべた。
「わかった。キャンティ、ついてこい」
「はい、ライナルト様」
彼女はライナルトの胸に飛び込み、鎧の上からライナルトを抱擁する。
そしてライナルトはその彼女の肩に手を回し、この為に予め確保していた宿に向かう。
キャンティも勿論ライナルトに促されるままについていく。
この世界では聖騎士とて女性を買う事はままある事。
特に王都から離れた場所ではその辺りのタガが外れる者も少なくは無い。
その宿はそういった用途に使われる事の多い連れ込み宿の一つである。
もちろんこの宿の主人も慣れたもの。
今度も、この上級そうな聖騎士の連れている女性は見目からも高級娼婦であると判断した。
それ程までにキャンティの表情からは気弱そうな影が一切消え、妖艶な気配を漂わせていたのである。
そしていつも通り言葉の一つもかけず、関心を持たない風を装い、ただカウンターに座って静かに見送ったのであった。
そしてライナルトは、一晩かけて今回の情報の礼と、これからの情報の供給を依頼する為の報酬を彼女のその身体にたっぷりと支払ったのは言うまでも無い。
勿論、新たな情報を提供してくれれば追加の報酬を約束して。
そして、翌朝、ライナルトは魔術師の情報が書かれたメモを手にしていた。
ギルド内部に情報源を得た事にも気を良くしながら……
その日のうちに神殿の持つ秘宝の一つ、帰還の魔方陣が刻印された聖印を使ってリットを王都に戻し、王国で管理している国民台帳とメモの情報を照らし合わせながら魔術師の更なる情報を集めさせる事にした。
そして自らは、未だこの町に残っている。
ギルド職員のキャンティから得る情報の件もあるが、エルフの森に隣接する森とアスベルの居た村の側の森に挟まれたこの町は、近隣にかつて魔王軍に滅ぼされたという旧国家が残した遺跡や、その際に魔王が引き起こしたとされる地殻変動で生まれた天然のダンジョンなどにも恵まれ、案外と冒険者の出入りが多い。
この分であれば、直接ここで優秀な魔術師に出会える可能性もあると見込んでの事である。
優秀な者を見つけたらすぐにでもスカウトする。
その心づもりで居たライナルトに、それは意外な形で訪れた。
流石にこの町への滞在日数も増えた事で、今のライナルトは普段なら着る事もないラフな服装で町のオープンカフェに座っていた。
午前中はここでモーニングをとり、更にコーヒーを数杯頼みながら、人の流れを眺めて魔術師を探す。
これが最近のライナルトの優雅で暇な日課である。
通知の魔道具にも連絡は無い。
リットの方の調査もまだ思うようには進んでいないらしい。
中々、対魔王として求める優秀な魔術師はいないものだ…… そう思いながら、今日も通りを眺めていた。
すると背後から元気な声をかけられた。
「こんにちわー」
なに?
気を抜いていたとは言え、私の背後をこうもあっさりととる?
気を取り直し、背後に振り向くと、そこにはとんがり帽子に魔術師のローブという如何にもレトロな魔術師姿……
いや、ぶかぶかの魔術師のローブがなんとも非常に緩い気配に似合っている少女が立っていた。
なんだこのゆるゆるの空気は。
ライナルトはかつて経験した事のない緩い空気に戸惑う。
それでもライナルトは再度気を取り直すと、すっと立ち上がり聖騎士の礼をとりつつ答えた。
「これは可愛らしいお嬢さん。どうしました? 私に何かご用でしょうか」
その姿を見た少女はぽーっと頬を赤らめ一瞬固まった後……
「すっごーい、かっこいー お兄さん、今、噂の聖騎士さまですよねっ。すごいすごーい」
……なんだこの娘は。
「あっ、わたしフロルって言います、はじめましてぇ。それでっ、聖騎士さまが魔術師を探してるって町で噂話を聞いてわたしはどうかなってきましたっ。おねがいしまーすっ」
そこまで元気に言い切ると、少女はぺこりと頭を下げた。
ライナルトとしても名乗られて返さないわけにもいかない。
「あ、ああ。私は神聖王国神殿騎士団に所属する聖騎士ライナルトという。それでお嬢さんは魔術師なのか?」
「フロルって呼んでくださいよぉ。そうです、魔術師ですよっ」
「いや、私が求めている魔術師はとても高い能力が必要でね。お嬢さんのような子ではちょっと難しいのだよ」
子供に諭すように言うライナルト。
それにフロルが反論する。
「えー? ひょっとしてわたし子供だと思われてますぅ? もう十七ですよぉ?」
なに!? 全然そうは見えないのだが……
と、彼女を見直したところで、この緩い空気に妙な感覚が混じっている事にようやく気付く。
まて…… この空気に惑わされては駄目だな。
そして改めて気を引き締め、ライナルトは彼女を"観た"
これは……
すごいぞ、この娘。
溢れるほどの魔力を緩い気配に包んでわかりにくく偽装している。
余程真剣に観察しないとこれは見落としてしまうだろう。
ライナルトも彼女の自己申告に意識を変えることができなかったら、恐らくは気付かないままだった。
「なるほど、申し訳ない。これは君を見誤っていたようだ。その態度も偽装か?」
「えー? 態度を偽装って何ですかぁ?」
「いや、あまりに見事な魔力の隠し方をしているものだからな」
「あー これですかぁ。前に、ばーって出してたら変な人に一杯声かけられて怖かったからがんばって隠せるようにしたんですよぉ」
「なるほど、そういうことか。嫌な思い出を思い出させて申し訳ない」
どうやらこの性格は素らしい。
だがその欠点を補ってあまるほどの魔力量。
「もうだいじょうぶですよ。それでどうですかぁ? ごーかくですか?」
「ああ、合格だ。是非とも私のものになってもらいたい」
そして、天然行動は私の力で抑えられる。
パチッ
その瞬間に、彼女が表情を変えた。
その姿にライナルトはほくそ笑む。
だが……
「あれ? 聖騎士さま、わたしになにかしましたかぁ? うわー、すごいですね、これ。どんどん聖騎士さまをすきだーって気持ちが膨らんできますよ? すごい」
なんだと? この娘、魅了に気付いた!?
「わわわ、これ気持ちいいですね。これにわたしを任せたらすっごくきもちいいだろうなー。いいかな、このまま…… あとはおねがいしてもいいですかぁ? 聖騎士さまっ」
「あ、ああ。勿論、任せて貰っていい。それから私の事はライナルトと呼ぶといい」
「はーい、ライナルトさま。それじゃあとはおねがいしますねぇ…… んー、んんっ……、あ、んっ、んふっ…… きもち、いい……」
そのままフロルはライナルトにすがりつき、そして妖艶な笑みを浮かべていく。
潤んだ瞳で求めるかのようにライナルトを見つめる瞳。
ライナルトは思わず吸い寄せられるようにフロルに口づけた。
フロルはそのままライナルトに自分の舌を絡めてくる。
ライナルトは勿論それを心ゆくまで楽しんだ。
「んふっ…… きもちいいいです、ライナルトさま……」
「ああ、お前は私のものだぞ。わかったな?」
「はーい」
そしてライナルトは思った以上に優秀な魔術師を得た事に満足する。
これは色々と楽しめそうだ。
「さあフロル、ついてこい」
「はあい、ライナルトさまっ」
先程すがりつかれた感触では細い身体ではあったが、これはこれで楽しめる。
それにこの腰から尻、太ももにかけてのラインは特に…… いいな。
可愛がってやろう。
さぁ、これで優秀な魔術師は得た。
魔王と対峙するには、更に次の戦力を求めていかねば、な。
後、戦力として欲しいのは弓手ともう一人の前衛。
すぐに使えそうな弓手に心当たりはないが、後衛としては魔術師がいるから後回しにしてもいい。
こちらはキャンティにでも調べさせておこう。
であれば、こちらは先に探すのが容易な前衛を探すとするか。
パーティーの戦力として考えるなら、自分とは違うパワータイプが望ましいが……
まあ、この町で見つからなければ獣人族でもいい。
下賎なやつらではあるが、あのパワーとスピードのバランスを考えればパーティーの品位が下がる事に目を瞑ってやってもいい。
獣人族なら女でも充分なパワーもあるから選択肢も増えよう。
それに女の獣人であれば人族相手にはできぬ別な楽しみ方も可能であろうしな。
そしてライナルトの目は次の獲物を求めて妖しく輝いていた。




