閑話 女神の危惧
「さってと、勇者君はどうなってるかな。うまく聖女ちゃんの心を掴んだかなーっと。ん~と……」
女神は世界の記録に目を通す。
「おおっ!? 凄いじゃない。凄い凄い。勇者君ったら聖女ちゃんをしっかりがっちりモノにしちゃってるよ。こんな短期間でこんなに心を掴んじゃうなんてちょっと凄いよ? これは魔王討伐いけるね!! いいよ、いいよ~!」
今の女神にとって最大の関心事は魔王の討伐、そして力の解放。
それができなければ遠からずこの世界は崩壊するのだ。
魔王の討伐=力の解放には勇者しか扱えない神剣が必要で、その神剣の力を充分に発揮させるには勇者とより強く心を通わせた聖女が必要。
これは絶対条件。
つまり、それさえクリアしてくれるなら後の事は些細な事でしかない。
此度は何千年と叶わなかった魔王討伐の遂に訪れたチャンスである。
世界のバランスがどんどんと崩れてゆき、残された時間も少ない中でこの機会を逃すなど許されはしない。
それ故、女神にとってアスベルの身に降りかかった不幸などほんの些末な出来事ですらない。
勇者が聖女を得る課程において、勇者の記録の中にあったアスベルの記録には目を留める事もなく流し読み、関心事は次に移っていく。
「あれ? 勇者君の周りに何か変わった力がある…… って、うわ、水の大精霊ちゃんも一緒にいるの!? 凄いね、よく契約できたなぁ…… って、あれ? 契約してない? あれ? なにこれ…………」
それは女神にとって全く予想外の手法。
「ぶはっ、なにこれなにこれ、あっはっはっはっ、そっかぁ、餌付けしちゃったのかぁ~ よく警戒されなかったねぇ。滝で精神修練? いいねぇ、ほんとにいいねぇ~ 今回の勇者君は面白い」
愉快な記録にすっかり満足した女神は、記録の閲覧をいったん中止する。
そして、今度は世界の現状へと目を移した。
「魔王の今はっと…… う~ん、今回は相変わらず見えないなぁ、どういうこと? 百年余計に寝てた影響がどれくらい出てるか見ておきたいのに。魔王は記録にも残らないってのになぁ…… 誰か見てきてくれないかな~」
ちらっと、別の部屋で仕事をしている天女達を”見る”。
そのあからさまな気配にそれを察した天女達は皆、さっと顔を逸らした。
駄目か。
ま、この子ら、なんの特殊能力も無いし、不死でもないしね。
迂闊に出向くと死んじゃうってわかってる魔王のいる場所に行きたくも無いよね。
世界に遣わせられるのって彼女達くらいなんだけど、仕方ないか。
そう送れるものでも無いしね。
いざというときの為に取っておかないと。
でも、なんで魔王の存在も行動も世界の記録に残らないんだろう…… 変だなぁ。
「ま、いいか。いつか見られる筈! 次っ」
駄目なものは仕方が無いと意識をさっと切り替える。
さて、肝心の勇者君と聖女ちゃんの現状はっと……
「うんうん、とっても仲良くしてるねぇ。これなら心配する事は何もないかな~」
まさか勇者も、聖女と睦み合っている真っ最中を女神にデバガメされているとは思いもしていないだろう。
「何の心配も無いかな、って…… あっはっは、大精霊ちゃんの力をそー使うかぁ~ そうだね、まだこの世界にはそういうのないもんね。うんうん、魔王退治までは避妊は大事にしてね」
仲良しの二人に満足した女神は、再度、世界の記録の閲覧に戻る。
「今回は本当にいつもと違うね。今回の神殿の子は……ふーん、あの子の子孫かぁ。そっか、あれから生きてたんだね」
あの時は魔王も封印されて、既に関心を失っていたから特にその後を追いかけはしなかったけれど。
「へー、あれを神殿の子にやらせるつもりなんだ。まあ、確かに戦力にはなりそうだけどね」
あれは今まで彼らが勝手に勇者に施していたもの。
ちょっと危険だったけど、そこまで強いものじゃなかったし、結果的に魔王封印の一助にはなっていたから特に警告する必要性は感じなかった。
けれど、今回は聖女ちゃんがいる。
どう見ても今度の勇者君にあれは必要は無く、むしろ危険の方が際立ってしまう。
もし勇者君に使おうとするなら警告するつもりで監視していたけれども、そっちなら不要品の再利用ということで目をつぶりますか。
流石に、魔王討伐後にも使おうってのなら警告するけどね。
って、あれ? この子、前に魔族と接触してる記録があるなぁ。
その時にあったいざこざに巻き込まれた女性が聖女の母親?
この子が原因?
うわ、やばいねこの子。
勇者君が対応してくれて窮地は脱してるけど、ちょっとこれは警告送っておいた方が良いかもしれない。
少し観察が必要ね。
これは勇者君関連で確認しておく範囲をもう少し広げる必要があるかなぁ?
そしてさらに調べる範囲を広げていく。
そして目にとまった記録……
「あれ? この子、さっき勇者君の記録にも出てた……」
それはアスベルの記録。
「うーん、聖女ちゃんが居た村の責任者を殺してるね」
更に、獣人族の子と一緒に居た時に一度魔族の勧誘を受けているようだ。
その時は勧誘をはね除けているみたいだけれど。
今の状況は少し危ういかもしれない。
もし、このまま勇者と聖女の邪魔になっていくなら…… こっちも警告を送った方がいいのかも。
「私が直接手を下せたらいいんだけどなぁ……」
女神は記録を閉じ、世界の実情に目を向けた。
その視線は冷たくアスベルの姿を捉えていた。
第二章書き溜め期間に入りますので、明日の土曜日から以降、当面、毎週土曜日の週1回投稿になります。
お待たせしますが、今後ともよろしくお願いします。




