閑話 魔王目覚めの時
これは勇者が召喚される前のある日の朝……
ジリリリリリリリリリリリ────
んあ? 目覚まし?
んー
リリリリリリリリ──
ぱし
リリリリ……
ふあああああぁぁぁぁあっ。
寝起きにあくび一発。
「ああ、よく寝たな」
徹夜明けの睡眠後のように疲れの取れた魔王の目覚めはすっきりさ。
そう、彼は魔王である。
見た目、二十歳そこそこの青年に見えても、魔王である。
最も、魔王にとって外観など大して意味を持たない。
以前は老人だったこともある。
今回は、諸事情によりこの姿である。
「今、何時だよ」
っと、おいおい、もう三百年も経ってるじゃ無いか。
寝坊も大概にしないと婆やに大目玉だぜ。
って、僕に婆やはいないけどな。
「おい、起きたぞ、誰もいないのか?」
しんと静まりかえった何の気配も無い魔王の寝室で、彼は周囲を見回しながら声をかけた。
誰もいない、か。
まあ、魔王の寝室に自由に出入りできるようならそれはそれで問題なんだが。
あいつくらいいてくれてもいいよな。
そう思い、ため息をついた瞬間
「こちらにおりますよ。私の旦那様」
魔王のすぐ耳元で、そっとささやく声がした。
「っっ、おおう! 居たのかっ。相変わらず気配消すの上手いな、お前」
「そういう特性持ちですから」
漆黒の巫女がそこにいた。
「いつからいたんだ? 気配どころか姿も見えなかったんだけどな」
「先程からずっと。進化したのですよ」
目覚めの少し前から魔王の寝顔を眺めて幸せに浸っていたことなど彼女に言えるはずも無く、ただ事実のみが告げられた。
「それはそういうもんなのか? 僕にも出来ない事を平気でやるな、お前は。でも、よしよし、しっかりこっち側に転生してきてたな。嬉しいよ、変わってないな」
「そういうお約束だったでしょう? お陰で余計な苦労はしましたよ?」
「そうみたいだな。ところで、だ……」
魔王は真剣な顔で彼女を見据える。
「はい……」
その、勇者を前にしてすら見せないのでは無いかと思われるほどに威圧感すら感じるその表情に、流石の彼女も緊張を隠せない。
ごごご、という音すら聞こえてくる気がする。
「お前、誰のお手つきにもなってないよな?」
ぱちーん!
「痛ってぇぇぇぇ、いきなり平手打ちは酷いだろ」
「あなたがいきなりイヤらしいことを言うからでしょう」
「くっそぉ、お前くらいだぞ? 魔王に平手打ちを食らわせる奴は」
「妻ですから」
彼女はしれっと言い放つ。
「ならいいじゃないかよぉ、ちょっとくらい」
「親しき仲にも礼儀ありですよ? 旦那様」
「ちっくしょぉ」
「ふふふ」
彼女が微かな笑みを浮かべて笑う。
魔王はこの彼女の顔が大のお気に入りである。
だからあの時、寝落ちしそうなその瞬間ですら必死に彼女を口説いたのだ。
そして彼女もそれを受け入れた。
「ところでどうだ、今回の僕は」
「大変お綺麗な顔だと思いますよ」
「そうじゃなくて、お前の好みかって聞いているんだ」
これが魔王が今回、この姿を取っている理由。
あの時、彼女に婚約の了承を貰ってすぐ、もはや寝落ちるかどうかの瀬戸際に、当時生き残っていた配下の者達に僕が寝ている間に彼女の容姿の好みを充分リサーチしておくように指示を出した。
それは最優先事項。
他にもいくつか指示は与えたが、時間切れの危険性がある以上、最初に与えた指示がこれだった。
故に彼らもその重要性は理解し、真剣にその役目をこなしたのだろう。
僕の深層心理には彼女の復帰が伝えられた数年後より、彼女がほんの僅かにでも何らかの興味を示した男の情報が流しこまれた。
勿論その男達は翌日から何故か姿を消していくわけだけれど、僕は何も指示はしていない。
上司想いの部下を得て僕は幸せだ。
そして、その結果がこれだ。
しっかし、こんなにひょろっとしたスタイルを取ったことはかつて無いんだけどなぁ。
本当に彼女の好みか?
違ってたらあいつら全員お仕置きだ。
「悪くないと思います」
彼女はそう言いながらすっと顔を伏せたが、伏せてカーテン状になっている前髪の隙間から僅かに覗き見える顔は真っ赤に染まっていた。
魔王はよしっ!と満足そうな表情を浮かべる。
「楽しみにしてろ? 今日の夜は、僕のこれでお前の膜をぶちぬいてやるからなっ!」
ぱちーん!
「痛ってぇぇぇぇ」
………………
「くっそぉ……今回の僕はお前だけなんだぞ? 妻なんて存在初めてだぞ? わかってんのか? 魔王独り占めだぞ? そんなのかつて無いぞ?」
部屋の隅でいじける魔王がそこにいた。
繰り返す。
魔王である。
「もちろんわかっていますよ。末永く感謝いたしますよ? 旦那様」
彼女が後ろからふわっと魔王を包む込むように抱き締める。
「くっそぉ…… 僕がお前の顔に弱いのを知ってて……」
「せっかくあるものは、有効活用しないわけにはいきません」
「そうだよ、お前はそういうやつだよ」
「そのお陰で旦那様を独り占めできると思えば罪悪感はありませんね。仕方が無いでしょう」
「だからってなぁ」
「私は、前の時を含めても旦那様だけですよ? 二つ心などありませんよ? 当たり前でしょう?」
「っ…… くぅ……」
魔王の負けである。
「それで報告です」
「なんだ?」
すっと、魔王の表情が変わる。
同時に空気も。
直属の部下ですら、瞬時に背筋を正すほどの魔王の貫禄である。
だが彼女はその空気をさらりと流し、変わらぬ口調で報告を続ける。
「計画していた実験結果がいくつか来ていますよ。それぞれ効果が充分にでているみたいですね」
「そうか! それはいい話だ。やっぱりお前が現場に復帰すると違うな。頼りになる」
「恐れ入ります。ですが元々私の発案ですから」
「いや、全部オープンにしてくれているのに計画を進めきれなかったのは我らの力が足りぬと言うことだ」
「ですけど、皆を怒らないであげてくださいね? 私がいない間も一生懸命頑張ってくれていて私も助かっておりますので」
「……ああ。わかっている」
「はい」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そしてその瞬間、部屋の空気が柔らかく変化する。
「しかし、これでお前の望みが叶う日も近づいたな」
「そうですね、旦那様……」
んん? その割にあまり嬉しそうじゃないな。
「申し訳ありません、旦那様」
「何を謝ってるの? 僕にはお前に謝られるような覚えはないんだけどなぁ」
「私は、私の私利私欲の為に旦那様を利用しています」
彼女は申し訳なさそうに顔を曇らせた。
「ああ~ それかぁ。いいのいいの。それは僕の目的を果たすのにも役に立つし、お前のお陰でどうやら今回はチャンスっぽいからね。それに」
「それに?」
「お前の存在だけで釣りがくる」
「…………旦那様」
彼女の透き通るほどに白い肌が真っ赤に染まった。
そして彼女は魔王をぎゅっと抱き締める。
意を決し、彼女は頬を染めたまま魔王の背から身を乗り出すようにしながら唇を少しずつ魔王の頬に近づけてゆき……
「でもさ」
「……はい」
「お前って胸ないのな! ケツはでかいのにさっ! でもそこがい──」
ごちーん!
「おおおおおお……」
魔王は頭を抱えてのたうち回っている。
もう一度くり返す。
魔王である。
すべてが初めての子がせっかく勇気を出したのに、デリカシーの足りない魔王様




