閑話 村の巫女
「お母さん、もっと綺麗な服着てよ。もうすぐ来るんだよ?」
「これが一番上等なのよ」
「もう! なんでもっと服を用意してないの?」
「今までずっと寝てばかりだったから外着なんて必要なかったでしょ? そんな二、三日ですぐなんて用意できないわよ」
「そうだけど、そうだけど~」
今日は娘が紹介したい人が来るという。
誰かは敢えて聞かなかったけれども、聞く必要も無かった。
村で話題になっている勇者カズト様、その人だろうから。
むしろ、あれほど話題になっていてそうで無ければ、その方がびっくりする。
それに…… 娘にとって勇者様以上に望ましい相手はいないのだから。
いつ本人から話してくれることかと首を長くして楽しみに待っていた程に。
◇ ◇
私の家はこの村に代々続く巫女の家系。
村を支える要として、この家には様々な決まり事がある。
例えば、必ず娘をもうけること。
私の場合、初めての子が娘だったので助かった。
娘を産んですぐに夫を亡くしてしまった為、子供が男の子しかいなかったら急いで再婚することを求められたことだろう。
そして、その後しばらくして呪いに身体を冒されて子供を作ることすら叶わない状況になっていなければ、万が一のことを考え、落ち着いた頃には次の相手を用意されていたであろう事も想像に難くない。
あれから、一人娘のあの子にはとても苦労させた。
呪いを理由に神殿を追われて王都から離れてこの小さな村に戻り、神術を使う事も叶わなくなった母に代わり、年頃の相手も殆どいない中で村の期待を一身に背負わせてしまった。
巫女の家系は村の要。
とすれば、そこに入れる血は優秀な血が求められる。
私が無理をしてこの村を離れて人の多い王都の神殿で神官として務めていたのは、せめて娘に相応しい相手を多くの中から選びたかったからだ。
私は村の中だけで相手を決められたから。
せめて娘には選択肢を多くしてあげたかった。
ごめんなさい、リスティ……
それでも幸いにしてこの村にはアスベルという一歳離れた優秀な男の子がいた。
彼は口では娘を妹のようなものと言っていたけれど、娘を異性として意識していたのはあからさまで可笑しいほどだった。
巫女としてしっかり教育してきた娘が、優秀な彼に惹かれるのは当然。
ここで期せずして得られた優秀な相手が、せめて娘を好きでいてくれる相手であって本当に良かった……
それがただ一つ、この家で生きる親としての想いだった。
それから数年。
もう私の命も長くはない。
娘が毎晩、私の為に祈りの儀式を行い頑張ってくれてはいるけれど、自分の身体だ。
それは自分が一番よくわかる。
アスベル君が娘を嫁に迎える為、難関の成年の儀を果たすと宣言して旅立ったという。
ぎりぎり間に合った。
私の体調故に、アスベル君とはあまり話もできなかったけれど、悪い子では無い。
優秀でいて、娘を好いてくれている。
本当の意味で相手を選べない、そのように教えはしなかったけれど、そのように育ててしまった娘にとってこれ以上の相手は望むべくもないだろう。
そう思っていたのだけれども……
実際にこの家に連れてくることになったのは勇者様だった。
なぜ勇者?
そもそもなぜ勇者様がうちの娘を選んだ?
もう相手が決まっていた状況を覆してまで……
そして考えられる可能性は……
パーティーメンバーとして考えるなら、同じ神術系で比較すれば余程の理由が無ければ神官が選ばれる。
こと戦闘に際しては、殆どの面で神官の方が加護が高く優秀だから。
けれど、一つだけ巫女の方が選ばれる可能性が高いものがある。
それが聖女覚醒。
かつて魔王封印前に聖女が現れた例は無いけれど……
恐らくこの考えは間違ってはいない。
それなら娘が幼い頃から巫女として、異常という他ないほどに極めて優秀な資質を示していたことも容易に説明がつく。
それこそがうちの娘が選ばれた理由では無いだろうか?
そしてまた、うちの娘も勇者に選ばれる資格があるのなら……
勇者の方がいい。
そう思うのは当然のこと。
そうね。
あなたは正しい選択をしたのよ、リスティ。
それは村を守る巫女としての誉れ。
村の次代を守る強い子を産む義務。
そう、この村の次代を守る巫女となる娘を産む。
それが女神様の使徒たる勇者様との子ならそれ以上は無い。
だから私はあなたを誇りに思ってあげられる。
誰が何と言おうとも、私達は村を守る巫女なのだから。
◇ ◇
それでも、それでも敢えて私は確認せずにはいられなかった。
巫女の責任に縛られて、娘自身が気付かないままに内心、後悔の思いを抱えてはいないかと。
もしそうなら私は……
だから紹介される前だけれど、今しか聞くことは出来ない事を……
「でも、本当に良かったの?」
「なにが?」
「今日ここに来るのは、アスベル君じゃ無いでしょう? 彼はまだ村に戻ってきたとは聞いていないし」
「…………うん」
リスティは私から少し目を逸らしながら、力なく答えた。
「勇者様よね? 今日ここに来るのは」
「うん」
そして今度は私の目を見てはっきりと答える。
「本当に、良かったのよね?」
「……うんっ!」
そう言うと、リスティは少し顔を曇らせたが、すぐににっこりと笑ってしっかりと首を縦に振った。
その僅かな曇りが気になった私は、更に聞いてみる。
「でも決めてたんでしょう? 彼に」
「そうだった……けど」
「けど?」
リスティはどう話そうか少し悩んだ後、母親に隠し立てすることも無いと思い、思った事をそのまま口にすることにした。
「アスベルのことは、この人にしなきゃいけないって思ってたの」
アスティはその言葉の意味を正しく理解する。
そう。
そうね。
それが村を守る巫女としての正しい矜持。
「でも、カズトのことは…… この人って思ったの。ごめんなさい、よくわからないよね」
「この人の方が、じゃなくて?」
「なにそれ。この人はこの人だよ?」
そう…… そうなのね。
「ふふっ、ふふふふふ」
「なに? お母さん、どうしたの?」
アスティはリスティをそっと抱き締めた。
「なにどうしたの?」
「幸せになりなさい、リスティ」
「え? あ…… うん…… ありがとう、お母さん」
女神様…… どうかこの子に幸せを。
そして玄関の扉が開く音がした。




