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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
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第02話 勇者

 王は四方にかがり火が置かれた巨大な魔方陣の前に立っていた。


「召喚の定義は済ませてあるな?」


 準備は出来ているとの報告はあったが、王はそれでも念のために訪ねる。

 万が一にも誤りがあってはいけない。

 誤った使い方をすれば、滅びの切っ掛けとなるからだ。


「はい。五人でそれぞれ三回確認致しております。全て問題はないと見解が一致。大丈夫であります」

「よろしい。歓待の準備は?」


 召喚の儀とは言ってしまえば他の世界からの人身拉致だ。

 如何にこちらの世界の事情があれど、人権を著しく害しての行いである故に、できうる限りその事情から目を逸らすべく勇者の希望は叶える必要がある。

 だが、やり過ぎも勇者自身が世界を危機に陥れかねないことは過去の事例より学んでいた。


 さて、此度の勇者が求めるは、金か、名誉か、女か。

 どれだけ与え、どれだけ拒むか。

 王の采配に世界の未来がかかる。


 召喚が終われば再度過去の伝えを読み返さねばな。

 王は召喚自体が失敗することは考えていない。

 気になるのはその後のこと。


 上手くすれば、これが最後の召喚になるかもしれないのだ。

 万が一にも勇者の運用を間違えることは許されない。


 王はより一層気を引き締めると、召喚の言葉を紡ぎ始めた。

 これから丸一日、夜を徹して行われる儀式の始まりだ。


      ◇      ◇


「爺ちゃん、車回したよ。出掛ける準備はできたか?」

「あ、和人、もう少し待っとくれよ。ちょいトイレに行ってくるから」


 廊下の向こうから杖をついて不自然な歩き方の老年の男性、和人の祖父が和人の呼び掛けに答えて顔を出した。


「は? ちょっと待って肩貸すから、慌てなくていいって。待ってろ」

「すまんの」

「いいっていいって、足痛いだろ」

「ああ、ありがとう」


 トイレの中に祖父を連れて入ると、和人は外に出て時計を見ながら祖父の呼び掛けを待つ。


「あと一時間、ぎりぎりかな。まあ少しくらい遅れても先生は怒らないけどな」


 祖父の友人でもある病院の先生の顔を思い浮かべながら、和人は今日の段取りを再確認する。


 爺ちゃんを病院に連れて行って、待ち時間に婆ちゃんから頼まれた買い物と、新しい客との最終打合せ……と。


 野菜の契約栽培が軌道に乗り始めて5年。

 今回の新規顧客との契約は特に重要だ。


「随分と惚れ込んで貰えたもんな」


 高額契約のお礼にする為に車に積み込んでいるサンプルの野菜もきっと喜んで貰えるだろう。

 この契約が決まれば祖父母に、もっと良い生活をして貰える。


 そう思うとつい心が弾んだ。


 もうそろそろかな?

 祖父がトイレを済ませる頃だ。


 その時……


 ミツケタ


 不意に聞いたことの無い声が聞こえた。


「なんだ? 今の」


 周囲を見回しても誰も居ない。


 ココニクルンダ


「なんだぁ? これ」


 自分の足下に何かの漫画で見たような魔方陣が輝きながらぐるぐると回っている。


 ココダ


「なんなんだよ、いったい!」


 その瞬間、すとんと身体が落ちた。


「なっ!」


 何も見えない真っ暗な中、落下する感覚だけが身体に感じ取れる。

 ちょっと待てよ。

 なんだよこれ。

 どこに落ちるんだよ。


 誰も答えず、何も聞こえず、ただ落ちる恐怖。

 死ぬ?

 そんな考えが頭をよぎる。


 死ねるかよ。

 駄目だ。


「爺ちゃん婆ちゃん残していけるかよ!」


 そう叫んだ瞬間、暗闇がぱっと取り払われ、眩しい光の部屋に落ちた。


 ……ここは?

 辺りを見回すとそこには一人の女性がいた。


「はぁい、こんにちは。君が今回の勇者君かな? なんかすっごい波動が来たよー 思わず呼び止めちゃった」

「誰?」


 なんだか光を纏っているようにも見えるこの女性。

 これが普通じゃ無い事だけはわかる。


「私? 私はねぇ、ある世界の管理者。君の世界で言うなら……そうねぇ、女神?」

「ふざけんな」


 今の状況も、この自称女神とやらの軽い物言いも気に入らない。


「ふざけてないわよぉ。君がここに居るのはねぇ、私が管理してる世界の人間が、私の伝えた術で勇者召喚を行ったからだね。それで呼ばれたのが君。おめでとう、君は選ばれた勇者だ。がんばってね。特殊能力いる? いるよね? そういう力なかったら向こうで大変だもんね。なにがいる? 世界が歪むような無茶な力じゃ無ければ大丈夫だよ?」


 選ばれた? 勇者? 頑張って?


「ざけんなっ!」

「ひあっ!?」


 俺の突然の剣幕に女神が怯えた表情をしているが、知ったことか。


「呼んだと言ったな? お前の伝えた術だと言ったな? 今すぐ帰せ。 俺はじいちゃんを病院に連れて行かなきゃいけないし、婆ちゃんに頼まれた買い物もあるんだ。これからの生活も俺にかかってる。勇者だとかそんな訳わからんもんにつき合ってる暇は無い。今すぐ帰せ」


 そこまでまくし立てると、女神とやらは不思議そうな顔をする。


「お爺さん? お婆さん? そんな、居る筈無い」

「お前が決めるな。爺ちゃんも婆ちゃんも健在だ」

「だって、召還の儀は血縁者がいない人間が対象なんだよ」


 血縁者? ああそうか。


「確かに血縁者はいないさ。父さん母さんは事故で揃って死んだ。俺は母さんの連れ子で、爺ちゃん、婆ちゃんは父さんの親だ。血は繋がってない。けどな? 俺に家族愛ってもんが存在するってのを教えてくれたのは今の家族だ。糞実父がこの世から居なくなってるらしいことだけは朗報として受け取ってやるけど、爺ちゃんと婆ちゃんを殺すな今すぐ帰せ」

「え? あ? でも…… え? あの……ごめん。無理……」


 無理。

 そう言われた瞬間キレた。


「なんでだよ。お前の術だろ? なんで帰せないんだよ。爺ちゃんは足悪くて歩くの辛いけど、俺に野菜作り教えてくれたんだ。美味い野菜をな!俺がそれで生活できるようにって、痛い足を我慢してさ。婆ちゃんは自分だって腰が痛いのにみんなの心配してくれて、俺にいつだって美味いもん食わせてくれて、美味いって言ったらすっげぇ喜んでくれて、俺の家族なんだよ!二人が俺を育ててくれたんだよ。まだ恩返しできてねぇんだよ! 帰せよ、ふざけんなよ!」


 激昂して悔し涙を流しながら女神に詰め寄って、それでも……


「ごめん……なさい。私の力を下手に使うと世界そのものが滅びちゃう。ここから君の世界に戻すってことは君の世界に巨大な力が流れ込んで…… だから……」


 女神の胸ぐらを掴んだまま、ただ涙を流す。

 どれだけの時間泣いただろうか。

 爺ちゃんはトイレから出て俺がいないことに心配してるんじゃ無いか?

 婆ちゃんと二人で俺を探してるんじゃ無いか?

 日が暮れたって、日が変わっても俺を探すだろう。

 足痛いよな、腰痛いよな。

 いつまで探す?

 ずっと探すよな、きっと。


 力が抜けてぼーっと座っていると、女神が声をかけてきた。


「あの…… もう行かないと……」

「勝手すぎるだろ」

「ごめんなさい……」


 女神もどうしてよいかわからない風に落ち込んでいる。

 くそっ…… 俺が悪いように見えるだろ。


「向こう、どうなってるかな……」


 女神はそう呟くと、両手の平を向かい合わせに近付けて、その隙間に光り輝く球体を作り出した。


「えーと世界の歪みは…… あれ? もしかして…… こっち…… いた。あれ? だったらひょっとしていける?」


 光を睨みながら、なにやらぶつぶつ言い始めた。


「帰るにはこれだけ必要だから、これ倒して、その時これだけ減る筈だけど彼女がいればこれくらいはカバーされて…… そうしたら……」


 そうして更に何やら考え込んだ後、両手で俺の肩を掴み正面から見つめてきた。

 いくら怒りの対象の相手とは言え美人に真っ正面から見つめられると流石に照れる。

 それがバレないよう、少しドキッとしながらも虚勢を張って言い返す。


「な、なんだよ」


 少し噛んだ。くそ。

 だが、女神はそんな事お構いなしに勢い込んで言い放った。


「帰れるかもしれないよ!」

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