第18話 そして復讐へ
やっとだぜ。
村の入り口が見えてきた。
天気に恵まれて順調にここまで帰ってこられたが、村のことを思えば雨が降ってくれた方が良かったんだけどな。
まあ、とにかくもう村に着いた。
いつ雨が降ってくれてもいいぜ?
そう天を仰いで呟いた。
そして、幾分か懐かしさも覚える村の門をくぐり…… なんだこりゃ?
池、というよりでかい。
湖?
村の塀の一部が取り払われ、そこが湖と繋がってて、向こうに川も流れてる。
なんだこれ、いつの間になにが起きた?
更に、村の大通りの道ばたに、井戸と思わしきものがいくつか点々と並んでいるのも見える。
どういう事だよこりゃ?
俺が村を離れている間に何があったってんだ。
湖越しに見える畑にはポツポツと青く芽が吹いているのも微かに見え、その更に向こうには畑仕事をしているらしき村人が小さく見える。
なんだよこりゃ、いつの間にこんなに畑も広がってんだよ。
よくわかんねぇけど、水の心配も食糧の心配も無くなった、って事でいいんだよな、これ。
最高じゃねぇか。
俺とリスティの門出を祝ってくれているようだ。
おっと、第一村人はっけーん。
向こうの畑にも小さく村人が見えてたんだから、正確には第一でもないんだろうが、細かいことは気にすんなってな。
「よお、サディ。すげぇじゃないか、これ。俺がいない間に何があったんだよ」
「あ、アスベル…… お前、帰ってきてたのか……」
「ああ、たった今な。それより、これどうしたんだよ、すげぇな。他の皆は畑か?」
こんだけ畑が広がってる風なら、皆忙しいだろうな。
「あ、いや、その…… ちょっと今、忙しいんだ、また後でな」
「お? おお。また後で……」
なんだ、いきなり走って行きやがって。
忙しいだろう事はわかってるが、変な奴だな。
しっかし、何度見てもすげぇぜ。
こりゃ村をもっとでっかく賑やかにできるぜ?
皆で語っていた夢をどんどん現実にしていけそうだ。
そんで、リスティにも贅沢させてやれる。
ああー、最高だ!
そう思いながら、村をぐるっと見渡す。
……そして、向こうから一組のカップルが歩いてくるのが見えた。
なんだ、誰だ? この熱いのにぴったりとくっついて、熱々じゃねぇか。
あんなになりそうな奴、誰かいたっけか?
……ああ、そうか、ジンダだな?
なんだ、やっとフィーナに告白したのかあいつ。
よっし、あいつも盛大に祝ってやんないと…………な?
あれ?
なんだ?
見間違いか?
あのカップル…… 片方…… リスティ?
どさっ……
俺は背負っていた袋を落としたことにも気付いていなかった。
二人が歩いてくる。
ぴったりと寄り添って。
リスティは隣の男の顔ばかりを見て話していて、俺がここにいることにすら気付いていない。
そして男もリスティの顔を見ていた。
二人ともいかにも楽しそうに笑いながら。
そして近づいてくる。
俺は二人から目が離せなかった。
村人達が心配そうな顔をしながらここに向かって集まって来ていることにも気付かない。
向こうから村長が早足で近づいてきていることも。
俺は、リスティのあんな顔を知らない。
なんだよ。
俺がいない間に何があったんだよ。
そしてほんの十数メートルの距離まで来たところでようやく二人は俺に気がついたらしい。
「アスベル……」
ああ、やっぱりこいつはリスティだった。
見間違いであって欲しかった。
例え俺がリスティを見間違えるはずが無くても。
「リスティ…… これ、どういうことなんだ?」
リスティに問いかけると、俺の後ろに村長が歩み寄ってきた。
「二人が旅立った後でお前にも説明してやろうと思っていたのだがな…… 仕方ない」
「村長? これは一体……」
村長は俺の肩を叩くように手を置くと続きを語り始めた。
「この男性はな、勇者殿なのじゃよ」
「勇者? 勇者って、伝説のあの勇者か!?」
「その通りじゃ」
なんで? そうか、魔王が復活して?
それでここに来たってのか?
何の為に!?
「そしてな、このリスティこそが、聖女だったんじゃよ」
「聖……女、だっ、て? リスティが?」
「勇者が現れ、聖女も現れる。伝説の通りよの。リスティが勇者殿と出会ったのは、もはや運命という他は無かろう」
「運命? 運命だって?」
勇者と出会うことがリスティの運命?
俺とこの村で一緒にいたことは運命じゃないってのかよ。
「そうじゃ。ましてや勇者殿は正に立派なお方。世界では無い、この村一つとってもお助けして下さったのじゃ。見てみぃ、村のこの状況を。これは全て勇者殿のお陰なんじゃ。どうじゃ? リスティが勇者殿に心牽かれるのも仕方なかろう?」
「仕方がない……だと?」
本当か? 村と引き替えにお前らがリスティを売っただけじゃないのか?
「儂もお前のことは気にかかっておったがの。じゃが、お前も見たじゃろう? リスティの幸せそうな顔を。あの顔を見て何が言えようぞ。まこと人の心とはままならぬものでの。これはもうあの子が自分で選んだ事じゃ」
選んだ?
本当にリスティが選んだことか?
「お前も辛いであろうがお前が本当にリスティを大事に思うなら、幸せを願って祝福してやるのも愛ぞ。なに、お前にも良い話が沢山きておっての、お前が好みそうなおなごが引く手あまたで──っと、おい、アスベル!?」
何だよその理屈は。
納得できるかよ。
俺じゃリスティを幸せにできないってのかよ。
納得出来るはずも無く、力が抜けそうになりながら気合いでよろよろとリスティの元に歩み寄っていく。
そしてリスティは勇者を庇うかのように前に出て来た。
なんでだよ。
なんで勇者を庇うように動くんだよ、リスティ。
「なぁ、リスティ? 今の話、嘘だろう? 村長の勘違いだよな?」
俺はリスティの両肩を掴み、彼女を正面から見据える。
そして覗き込んだリスティの目に浮かぶ影……それは
俺への怯え?
違う! 違う違う違う!
そんなはず無いだろ?
リスティが俺にそんな目を向けるはずが無いだろ?
「おい、リスティを離せ。彼女が怯えているのがわからないのか?」
勇者が俺に迫ってくる。
違う。
こいつがリスティに何かしたんだ。
そう。
こいつは勇者……って事は、俺が調べた話の中にあった、勇者伝とは記されていない英雄の闇の物語。
その中で語られる人の心を操る力…… それに違いない。
あれは確か……
そうだ、リスティの目を覚ましてやる。
そして俺はリスティの唇に俺の唇を押し当てた。
それはいつか読んだ、操られた王女が本当に好きな男のキスで目を覚ます姫物語。
目を覚ませ、リスティ!
アスベルがリスティに口づけた、その瞬間、リスティは大きく目を見開いた。
そして彼女の目の色が変わる。
アスベルは確信する。
これでリスティが戻ってくると。
しかし、そこにあったのは更なる恐怖。
「いやぁああああああああああああ!」
バシィッ!!!
「リ、スティ?」
リスティの右手が俺の頬を思い切り張り、振り抜いた。
そして瞳に涙を浮かべながら袖で唇をゴシゴシと擦ると、そのまま勇者の胸へと飛び込んでいった。
「そん……な」
リスティは勇者の腕の中で涙をこぼし続ける。
そんなリスティを勇者は慰めていた。
「大丈夫だリスティ。わかってる。今のはリスティの意志じゃ無い。わかってる。わかってるから、大丈夫だ」
それでも泣きながら勇者を見つめるリスティ。
そして……
勇者はリスティに口づけた。
アスベルのように唇を押し当てるだけでは無い、リスティがそのまま勇者の首に腕を絡め、勇者は片手でリスティの腰を抱き、もう片方の手はリスティの頭をしっかりと抱く。
そして舌を絡めながら互いの舌を吸いあっていた。
アスベルの目の前には悪夢の光景が広がっていた。
なんだ、なんだよこれは。
永遠にも思えた絶望の光景。
だが、その絶望には続きがあった。
リスティの涙が止まるまでキスを続け終えた二人は、力が抜け、その場に座り込んでいた俺の前に立つ。
そしてリスティは俺に呪いの言葉を言い放つ。
「今はっきりわかったよ。私はあなたのことを愛してなんかいなかった。好きですら無かった。全部錯覚だった。私の運命の人は間違いなくこの人だったの。あんなことをする人なんかもう見るのも嫌っ! 幼馴染みでも知り合いでも無いよ。二度と私の前に姿を見せないでっ!」
「その辺にしとけリスティ」
「でもっ、でもっ!」
「いいから」
「……うわーん」
俺に憎悪の言葉を浴びせかけた次の瞬間、勇者にすがりつくリスティに俺の目から涙がこぼれ落ちる。
「アスベル君、だったかな。もう決まったんだ。リスティの気持ちはわかっただろう? 悪いがこれはこうするしか出来なかった運命だ、諦めろ。俺はもう君に彼女を渡せない。勇者としても男としても、な。リスティは俺と共に行く。もう二度と君と会う事も無いだろう。君も君にとっての運命の相手を見つけるといい。それじゃさよならだ」
そして勇者は踵を返し、リスティの側に立つ。
「行くぞ、リスティ」
「はい、カズト」
リスティが勇者に寄り添うと、次の瞬間、勇者とともに姿が消えた。
二人の姿が消えた後も、俺はその場に座っていた。
今、起きたことがただ信じられなくて、その場にただ座り続ける。
そんな馬鹿な。あり得ない。リスティは俺のだ。
もう駄目だ諦めろ。
二つの感情がせめぎ合う。
そこに、後ろから声をかけられた。
村長の声だ。
「アスベル」
「村長、俺、どうしたら──」
「お前は何てことをしてくれたんだ」
「え?」
村長が、いつだって優しかった村長が、今、怒りの顔を俺に向けていた。
「済まんが、アスベル、お前、この村を出て行ってくれんか?」
「え? なん……で」
「お前がいたら、二人はこの村に帰ってこんかもしれん。村の今後のため頼む。出て行ってくれ」
村の他の皆も遠巻きに俺を見ている。
そう、見ているだけ。
誰も手を差し伸べてなんてくれない。
親友だと誓い合ったサディも、ジンダも、リンドンもみんな。
なんだよ。
なんだよ、それ。
村長だって親代わりだって言ってくれてたじゃないか。
なんでだよ、なんでなんだよ。
俺か?
俺が悪いのか?
俺が何をしたって言うんだよ。
リスティが好きで、この村の為に頑張って、この村を支えていこうと……
それが悪かったのかよ。
だったら俺を好きな態度なんか取るなよ。
だったら村の将来を任せたなんて言うなよ。
皆で一緒に村を大きくしようぜなんて言うなよ。
俺か?
俺が悪いのか?
俺に勇者のような力が無かったからか?
ああ、わかったよ。
力を付けてやるさ。
そして潰す。
みんなぶっ潰す。
勇者も。
その勇者に尻尾振ってついていったリスティも。
この村も。
勇者なんかをこの世界に呼びやがったこの国もだ。
邪魔するやつは許さねぇ。
力をつけて、お前らを絶望の中で羽虫のように潰してやる。
その時になって後悔しても遅い。
潰してやるよ。
みんなみんなぶっ潰してやらぁ!!!!
だが、その前に……お前だ。
そしてその夜、アスベルはこの村から姿を消した。
全身血まみれで首をはねられた村長の死体を残して。
アスベルの復讐行為詳細はCMの後、すぐ(一時間後にアップされます)




