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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
16/41

第15話 籠絡

「説法会ですか?」


 早朝、僧侶君と一緒に朝食を頂いていたら、お食事中失礼しますと村長が話しかけてきた。

 それが僧侶君への説法会の依頼だった。


「私が…… ですか?」

「ええ、中央の神官様のお話を聞ける機会はそうはありませんでの。ましてこの村から出たことの無い者からすれば尚更ですじゃ。何日でも無理の無い範囲で結構ですので是非にお願いしたく」

「私はその、まだ若輩者ですのでそのような説法会というものを行った事が無いのです。ご期待に添えますかどうか。それに私には勇者様のお世話という役目もありますし、あまり時間は」


 僧侶君は村長の願いに対し、腰が退け気味だ。

 確かに僧侶君は若い。

 中央でもまだ駆け出しと言える年齢ではあるだろし、そういう経験も無ければ尻込みしてしまうのもわからなくもない。


 だが、ここまでの旅の中、彼の知識は相当に高いと実感している。

 食事を担当する部署に所属というのも、案外とエリートではないかと踏んでいる。

 食事は大事。

 王家に疎まれているとは言え、仮にも勇者な俺に宛がわれた人員だ。

 変な人材を寄越しはしないだろう。


 であれば、説法というから敷居が高く感じるのだ。

 ただ単に彼と話をする会としてしまえば、彼の知識の高さ、幅広さは村人もきっと楽しめることだろう。

 それに中央の将来のエリートと面識を強く持つ事が出来れば、村の為にもなる筈。


「やってみればいいじゃないか。説法と言わず、おしゃべり会程度のつもりでさ。気楽に構えて話せば良いよ」

「それで良いのでしょうか?」

「君ならそれで充分大丈夫だと俺が保証するよ」


 そう言うと僧侶君は少し俯き考えると、良い顔を上げた。


「では、お願いできますか」

「そうですか、有り難いことです。では勇者殿の提案もありますし、神官殿を囲む会という事でいかがでしょうか?」

「私だけですか?」

「はい。皆の仕事も終えた夜間に会をお願いしたいのですが、勇者殿は井戸の作業でお疲れでしょうから早めにお休みになって頂いた方がよろしいかと思いましてですな。勿論、勇者殿が宜しければ、ご参加頂ければ幸いにございます」


 村長がそう言って頭を下げる。

 そうだな…… 井戸掘りも、思っていたより気力も体力も使う。

 まだ調子を掴めていない初めての作業ということもあるだろうが、昨夜も食事を取り、横になってすぐに眠りに落ちていた程だ。

 向こうでの日々の畑作業でもここまではならなかった。

 できれば休みを取りたいのは本音である。


「そうですね。そう言うことでしたら、お言葉に甘えて休みを取りたいですね。それに俺がさっさと寝てしまえば、俺の世話役も必要ないですし」

「そうですか…… 私だけで……」


 僧侶君は少し悩む素振りを見せていたものの、すぐに表情を戻し力強く


「わかりました。では私一人ではありますが、皆様に愉しんで頂けるよう精一杯努めさせて頂きます」


 気持ち良い声量でこう言った。


「ありがとうございますじゃ。では皆のものに声をかけに行きますので、これで失礼致します」

「はい」


 そして背を向けた村長の怪しい笑みは俺達に見えることはなかった。


 ………………


「リスティや、ちょっといいかの」

「何でしょうか、村長」

「ちょっとお前に頼みがあるのじゃが、今日よりしばらくの間、夜間に神官殿を囲む会が開かれるのは知っておるか?」

「はい、村の方々から聞きました。夜に行われるそうですね。私も参加したかったですが、とても残念です」


 リスティとしても、女神教の知識は師匠でもある元神官の母より教わったものだけ。

 中央の現役である神官さまの話を聞きたいという希望は、ひょっとするまでもなく村人以上のものである。

 日中は神官さまは勇者さまの側に控えている為、そういう機会を得られず悶々としていたところにこの話だ。

 私のお勤めの時間と重ねるなんて、村長は意地悪です。

 と少し拗ねてみたりする。


「拗ねるな拗ねるな、リスティ。お前にも大事なお役目を頼みたくて言葉をかけたのじゃ」

「大事なお役目?」

「そうじゃ。神官殿がこの会で勇者殿の側を離れているこの時間、お世話役が居らぬようになるでの。それをお前に頼みたいのじゃ」

「え? それを何故私に? 私がそれでお勤めを空けられるようなら、神官さまのお話を聞きに行けますよ。他の方でもよろしいのでは?」


 何を矛盾した提案を持ちかけてくるんだろう?

 リスティは村長に困惑の顔を向けた。


「いやいや、これはお前にしか出来ぬ事じゃ」

「何故です?」

「何故に勇者殿の世話役に神官殿がついて居ると思う」

「え? 何故って……」

「勇者殿は女神の使途。当然、お世話役は女神様に使えるものである者が務めるべきであろう。この村ではお前しか居らぬ」

「そう言えば」


 村長の言葉に納得する姿を見せるリスティに、村長は気を良くする。

 実際に僧侶君が夜にまで勇者の世話役をこなしているわけではなく、ただ隣の部屋に居るだけなのだが、そんな事をリスティが知るよしもない。


「なーに、神官殿のお話は、お前の母に聞いて貰えれば良いであろう。最近は調子が良さそうに見えるが、どうだ?」

「そうですね。そう言われると、勇者さまがこられて以来、母の調子が持ち直していますね」


 最近では歩くこともままならなかった母親が、今は何とかでも歩ける状態だ。


「であろう? 勇者殿にお仕えすることはお前が母の為に行っている夜の行にも劣らぬ勤めとなるのではないかな」

「……確かにそうですね。勇者さまは女神の使い。勇者さまのお世話をすることで母にも恵みが……」

「きっとある筈じゃ。お前の母とてかつては女神に使えていた者。勇者殿の側に居ればきっと女神様の目も再び届こうぞ」


 村長が断言すると、リスティは表情を明るくする。


「わかりました。勇者さまのお世話役、是非、私にお任せ下さい」

「頼むぞ、リスティ」

「はい」


 役目をしっかり勤め、女神様のお力を分けて頂こう。

 リスティは気持ちを新たに気を引き締めた。



 カズトは今日も一日、井戸を掘り、部屋に戻るとアクアリスに頼んで床の上に四角い水の塊を作り出して貰った。

 囲いも何もない、傍から見れば巨大なゼリーの塊が置いてあるようにも見えるが水である。

 その水の塊に小さな火球を撃ち込む。

 そう、簡易的な風呂だ。

 淵は堅く、少々押したくらいではびくともしないまるっきり浴槽状態である。

 アクアリスが仲間になって、最初に感謝したのがこれだ。

 周囲を全く濡らさない、どこでも風呂ができる。

 しかも中に入るだけで汚れが落ちるのだ。

 高さは普通に座ったときに肩が少し出るくらいに調整して貰っている。

 少し腰を落とせば完全に肩まで浸かる、その光景たるや、傍から見れば勇者ゼリーだ。


「あー、極楽~」


 お約束だ。

 お湯に心ゆくまで浸かり、汗を流してさっぱりしたらご飯を頂く。

 食材の不安が解消されると、日本人の自分にも然程違和感のない美味しいご飯が出るようになった。

 以前にも感じた事ではあるが、向こうの世界と共通したものをここにも感じ取ることが出来た。

 お陰で井戸掘りの意欲は倍増だ。

 水塊の淵に背を預け、うーんと背伸びをする。


 そうしてのんびりしていると、部屋の外から声がかけられた。


「カズトさま。お食事をお持ちしました」


 リスティである。


「え? あの? え? ちょっと待っ……」


 思ってもいなかった人物の登場に慌てふためく。

 その声が許可したように聞こえたらしく、扉がガラッと開かれて……


「失礼しま──」


 全裸のカズトを目の当たりにして、リスティが固まった。



「すっ、済みません、お見苦しいものを……」

「いっ、いえ…… 私こそ、よく確認しないで入ってしまって」


 一分後、再起動して部屋を飛び出したリスティと謝罪大会を開いていた。


「そっ、それにしてもどうしたんですか? リスティさんがこの時間に俺の部屋に来るなんて。お務めの時間ではないですか?」

「えーとですね、その、村長がお世話をするようにって、神官さまの代わりにと、勇者さまをと。お務めは大丈夫なんです、お母さんがカズトさまのお世話で元気に」


 意味がわからない。


「とにかく大丈夫なんですね?」

「はっ、はいっ」


 よくわからないが、俺のお世話役としてここにきた……らしい。

 何はともあれ、親交を深める機会ができるなら歓迎するべきだな。


「ありがとうございます。一人で食事も結構寂しいので、お話相手が居てくれるのは嬉しいですよ」

「そうですか、良かったです」


 今日の膳からは、何やら見慣れたものが増えている。

 徳利だ。

 おちょこが二つ。


 お酒か?

 飲めと。

 二つと言うことはリスティさんも?


「リスティさん」

「はい」

「リスティさんもお酒は飲めるの?」

「少しだけですけど」


 飲めるのか。

 若いように見えるんだが。


「何歳だっけ?」

「年ですか?」

「うん」

「十五の年を数えます」


 ……十四歳?

 いいのか?

 ああ、向こうでも国によって違うか。

 似通ってる部分があるから勘違いするが、ましてここは異世界。

 習慣が違ってて当たり前だ。


 しかし、結婚を控えていると言っていたけど、結婚可能な年齢も違うんだな。

 ま、日本でも昔は早婚だったし、そんなもんか。


「まあ、飲めるなら少しだけつきあって」

「はい」


 お酒が入れば気分も上がって少し気安くもなる。

 料理も昨日以上に美味しく、気分は上々だ。

 友人関係でもビジネスでも、お酒は上手く使えば有効なコミュニケーション手段だ。


 目論見通り、お酒も入って踏み込んだ話も出来るようになってくる。

 そこで気になっていたのが、さっきしどろもどろの中で出ていたお母さんの言葉だ。


「そういえば、リスティさんのお母さんってどういう人なの? さっき少し言葉に出てたけど」

「あ、えーと。ちょっと身体が悪くて……」

「身体が?」

「はい。昔は中央神殿で神官として勤めていたらしいのですが、そこで身体を壊してしまって…… 夜の勤めはその母の体調の悪化をなんとか緩やかにするためのものなんです」


 結構深刻な話だった。


「相当悪いの?」

「はい。最近は余り起きてもいられなくて。でも、カズトさまがここに来られてからは歩けるようになってるんです」

「俺?」

「はい。ですからカズトさまのお世話役をすれば母の体調ももっと良くなるかと…… すみません、私事でお世話のお役目を……」

「いやいや、俺が役に立つなら是非」

「ありがとうございます」


 その後は、彼女も意図して話題を変え、明るい話題に終始する。

 そして頃合いの時間になったので、ご苦労様、楽しかったよと声をかける。


「はい。私も楽しい時間を過ごさせて頂きました。また明日からもよろしくお願いします」

「明日?」

「はい。村長が当面私にお世話しなさいと」


 村長が?

 そりゃ、毎日彼女の顔を拝めて食事できて、友好も深められるならそれに越したことなんかないが。

 いきなりどうしたんだ? 昨日まで夜の食事にお世話役なんていなかったのに。


 意図を測りかねながらも明日もよろしくと返事をし、布団をというリスティに、それは自分でするからと固辞して彼女が退室するのを見送った。


 まあいいや。

 どういう意図があるにしろ、お陰で気分も良くなったし、明日はもっと頑張れそうだ。

 そうか、それが狙いか。

 と解決したところで、寝るか。


 そう思い、寝衣を棚から取り出そうとして違和感。

 二つある。

 大きいのは今まであった、俺用のサイズ。

 なら、この小さいのは?


 どういうことだと考え、まさかと押し入れを開ける。

 布団も二組ある。


 おいおい。

 何を考えてる。


 リスティはこれを知ってるのか?


 村長の意図を測りかねるが、ひとまず置いておく。

 迂闊に手を出すわけにもいかないしな。


 そして少し悶々とした夜を過ごしたのだった。


 翌日。


 村長が俺に声をかけてきた。


「おはようございます、勇者殿。昨日はご機嫌如何でしたかな」

「……ああ、とても楽しい一時を過ごさせて貰ったよ。お陰で今日も頑張れそうだ」

「おお、それはようございました。リスティは良い娘でございましょう?」

「そうだな。母親思いの良い子のようだ」

「ええ、ええ。料理も母親仕込みで大変上手でございまして、お気づきでございますかの? 昨夜からのお食事はリスティが用意してございますのじゃ」

「ああ、美味かった。そうかリスティか。そう聞くと益々美味しく感じたよ」


 村長め……

 思惑が見えてきたぞ。


「本日もまたリスティが参りますので、何卒よろしくお願いしますですじゃ」

「ああ、楽しみにしている」


 村長が立ち去っていくのと、入れ替わりのようにリスティがやってきた。


「おはようございます、カズトさま」

「おはよう。昨日は有り難う」

「いえ、私こそ楽しかったです。今日もこれから井戸掘りですか?」

「ああ。畑を潤すにはもっとあちこちに井戸を掘っておかないとね」

「ありがとうございます。今日はこれを用意しましたのでお持ちください」


 そう言ってリスティは包みを手渡してくる。


「これは?」

「お水はご自分で用意されていますので、簡単につまめる補給食をと思いまして」


 包みを開けると、どうやら甘く煮た芋のようである。

 見た目通り、大学芋と言うべきか。


「ありがとう、助かる」

「いえ、私にはこれくらいしかできませんので。それでは頑張って下さい」

「ああ。頑張るよ」


 いいよな、リスティ。


 井戸掘りは順調。

 少し慣れてきた。

 自噴井戸とはならず、残念。


 さて、今日はどうだ?


 昨日の反省を踏まえ、さっさと風呂に入って上がる。

 そして確かめる。


 やっぱり寝衣が二つ。

 しかもどちらも洗い立て。

 昨日から両方入れ替えられている。


 となれば、当然……

 布団もそうだ。


 これはリスティが準備したものではない。

 今日は一日、彼女は俺の側に居た。


 村長は別のところに居た。

 協力者が他にいる。

 まさか、村ぐるみか?


 そう思えば、今日一日、村人達が俺とリスティをなるべく二人きりにしようとしていた気がする。

 僧侶君が俺の方に来ようとするたび、村人が僧侶君に話しかけていた。

 その時は、彼もこの村に馴染んできたなと思っていたが、今思い返せばどうにも違う。

 あからさますぎた。


 なんてことだよ。

 折角俺が穏便に決意を固めて、みんなの為にと思っていたのに、そのみんなはこれか。


 つまりは、彼女を差し出すことで俺をこの村につなぎ止めようって算段だろう。

 ろくでもないな。


 だが、利用させて貰うことにする。

 アスベル君とやらのことも含め、村として責任をとる覚悟は出来ているようだからな。

 すまないな、会ったことも無いがアスベル君。

 そしてリスティ。

 貰えるなら、君を貰うよ。

 悪いが、もう遠慮する心の余裕は無い。



 それからすぐ、今日もリスティがやってきた。

 俺がそんな事を考えているとは知るよしもないだろう笑顔に心が痛むが、行動する。


 俺が採る方法は……


 昔から宗教儀式なんかでも酒や薬、音楽を利用して精神を解放し、そこに性を取り込むことでより効率的なマインドコントロールを行ってきた歴史がある。

 それは現代でも一部のカルト宗教を初め一般的にも大なり小なり利用される古典的手法だが、それだけに有効性は確かだとも言える。

 今回はそれを能力で代用できるところは代用して、俺なりに模倣する。


 今日もリスティにお酒を勧める。

 ただし、昨日より少し多めに。


 彼女がほんのりと酔ったところで、少しずつ二人の間の隙間を縮め身体の接触を増やしていく。

 そして、これが今回、能力で代用する肝だ。

 身体の接触の際、微かに、ごく微かに勇者の力を流し込んでいく。

 勇者の力が、彼女の精神に多少なり刺激を与えることは前回の接触の時にわかっている。

 これで酒と相まって、彼女の気分をより強く高揚させる。

 恐らく薬と同様な効果が見込めるだろう。

 彼女の昂ぶりを見極めろ。

 潰しては駄目だ、今日の記憶を深層に残すよう緻密なコントロールが必要だ。

 ここで間違えるわけにはいかない。


 彼女が俺から身体を離さなくなってきたところで少々強引だが彼女の唇を奪い、無理矢理舌を差し込み彼女の舌を絡め取る。

 そして粘膜を通して勇者の力をより効率的に伝えつつ、更に強い勇者の力を混ぜこんだ唾液を彼女の口内へと流し込んでいく。

 舌を絡め合わせ続け彼女に唾液を飲ませ、それと共に彼女のスカートの中にも手を差し込んで手の平で力を加えながらそこからも勇者の力を送り込んでいくと、彼女は時折ピクリと身体を震わせつつ、俺を押しのけようとする抵抗が徐々に弱いものになっていく。

 そして彼女の目から力が抜けてゆき、徐々に蕩けた熱いものへと変わっていった。


 一方で、それに応じるかのように彼女の中では聖女としての力が徐々に増していることを感じ取ることができた。

 なるほど、彼女の精神が緩むことで勇者の力に呼応した聖女の力が前面に出てきているのか。


 いいぞ。


 だが、まだ足りない。

 これでは只の聖女でしかない。

 俺が求める繋がりのより深い聖女になって貰うにはもう一押し必要だ。

 その為にもまずは身体から俺のものになって貰う。

 魅了があればこんな事をしなくても容易く精神を繋げられたのだろうが、無いものは仕方が無い。

 怨むなら女神を怨んでくれよ?

 俺と深く共にあってもらうには、これは必要な一手なのだから。

 最終的に身も心も俺のものになって貰う。

 すまないなアスベル君。

 彼女は貰う。


 全く抵抗をなくした彼女から、彼女を守る最後の領域を全て剥ぎ取っていく。

 さあ、俺の全てを受け入れろ。

 彼女の小さな花は、今、俺のものになる。


 それから数時間後……

 俺の最も強い力を身体の奥深くに何度も注ぎこまれた彼女は、力尽きて深い眠りについていた。

 そこに遠慮はなかった。

 遠慮するならやらない方がマシ。

 やるなら躊躇うな。

 俺は万能の神じゃ無い。

 俺にとってやれることをやるだけだ。


 そうだ。

 やれることをやった……だけ。

 これで世界は救われ、俺は元の世界に帰れる…… いいことずくめだろう?


 なのに、なんだこの後味の悪さは。


 この()の初めてはもっと────

 

 くそっ、考えるな!


 俺と彼女自身の様々な体液で汚れた彼女の身体を拭き清め、用意されていた小さい方の寝衣を着せてやる。

 当然、ぴったりだよな。


 ははっ、村長め……


 そこに思うところはある。

 だが、それをわかって乗ったのもまた事実だ。

 利用させて貰うさ。

 それが村長、お前の選択であり、村としての選択のようだからな。

 そうさ。

 これはこの村の選択でもあるんだ。


 俺は彼女のあどけない寝顔をずっと見ながら、言い訳を探し続けた。



 翌朝、リスティは目を覚まし、ここが自分の部屋ではないことを知り、慌てて飛び起きた。


「ここ、は?」


 目に入る光景は、見慣れた場所。

 神殿の奥。

 普段は使われない特別な客を泊める為の部屋。

 明かり取りから入ってくる光は、既にかなり日が高いことを伝えてくる。


「私……」


 着ているものは自分のものではないけれど、身体にぴったりの寝巻き。

 身体はさっぱりとしていて不快感は無い。

 昨日のことは夢…… ではないよね。

 この自分のものではない寝巻き、そして…… 身体の奥に残る痛みがそれを現実だと容赦なく伝えていた。


「私、なんて……」


 目に涙がにじむ。

 心に決めたはず以外の人に身体を許してしまった。

 しかも、よりによってその相手は勇者であるカズトさま。

 起きてしまった現実と、これからの事を思い、たまらず涙がこぼれる。

 どうしてこんなことに……

 信じてたのに……


 カズトのことを、それと自分自身を。 



「リスティ、起きたか」


 そこに扉を開けて勇者が入ってきた。

 手にはお盆を持っている。


「カズト……さま」

「昨日の今日だ。君が起きられないことは皆わかっている」


 その言葉でようやく祈りの行を行えなかったことを思いだしたのと同時に、それがそういう意味ではないこともまた理解出来てしまった。

 こうなったことを村の人は恐らくわかっているのだ。

 何故? どうして?

 みんな私達のことを祝福してくれていたのではないの?

 何故、みんな納得しているの?


「カズトさま、私……」

「まぁ、もうお昼前だ。まずはこれでも食べてそれから話をしよう。お腹が空いていては考えも暗くなる。良い考えも浮かばないよ」


 そう言って、勇者は彼女の前に盆を置く。

 リスティは気落ちした表情のままその盆を眺め、その上に見慣れないものがある事に目をまばたかせた。


「これ、は?」

「台所を借りて俺が作ったんだが、君の口に合うかどうかはわからない」


 カズトさまが作ったご飯。

 盆の上にはご飯とお味噌汁に焼き魚。

 それに……

 白くて四角いもの。

 つい興味を惹かれ、お箸でつついてみると弾力があって柔らかい感じがする。

 なんだろうこれ。


「豆腐というんだ。お醤油があればもっと良かったんだけど、食べやすいサイズに箸で切って塩を少しつけて食べてみて」

「とーふ?」


 言われるままにとーふに箸を押しつけてみると、簡単に押し切れてしまった。

 そこに塩を少し……

 そして口に運ぶ。


「……美味しい」


 それにこの味は……


「気付いたみたいだね。大豆から作ってるんだよ、それ」

「大豆から? これを?」

「そう。今度作り方は教えてあげる」

「ほんとですか?」

「勿論。だからまずは食べて。焼き魚も冷めないうちにね」


 そう、焼き魚。

 どう見ても干物では無い、生のお魚を焼いたもの。

 この辺りでお魚は捕れない。


「これはどこから……」

「川で捕ってきた」

「川?」


 確かに川はある。

 ただし、山の向こう…… すごく遠く離れた場所に。


「捕ってきたんですか? いつ?」

「朝だね。この村に来る途中に川を見ていて場所は知っていたから、ちょっと行ってきた」

「ちょっとの距離じゃないです」


 カズトは食事の中に驚きを差し入れて彼女の気持ちに活を入れることに成功したことに気を良くしていた。

 彼女自身が今の状況に混乱しているだけにしろ、取り乱さないでいてくれたのは助かった。

 しっかり者の一面が、こういう風に出てくるとは嬉しい誤算である。

 とにかく、まず、話をできる状態にしないといけない。

 その第一段階を思いもよらずあっさりとクリアできたのは助かる。

 僅かばかりの好印象をもたらしてくれる女神の加護の力があるとはいえ、成功するかどうか心配していたが、まずは成功したと言えるだろう。


「瞬間移動…… ですか?」

「そう。覚えている場所に限るし、例えばここから王都の距離だと一回では飛べないけれどね」


 それでもすごい。

 そのすごい力で実行したことが、私の為に魚を捕ってきてくれたという事がまた何とも言えず……


 私に酷いことをしたカズトさま。

 私の為に何かをしてくれるカズトさま。


 昨夜以外は優しさだけが見えていたのに。

 その印象が間違っていたなんて思わないのに。

 どちらが本物なんだろうか。


「どうしてこんなことをしたんですか?」


 だから思わず口に出た。

 そして、一度口に出したら止まらない。


「なんでですか? 私が結婚を控えた身だと知っていましたよね? 私にこんなことをするために優しくしてくれていたんですか? なんで…… なんでなんですか……」


 涙が溢れ出す。

 布団に顔を埋め、嗚咽し続ける。


 リスティの訴えを、目を閉じ、天を仰いで聞いていたカズトが、少し俯き首を左右に振った後、口を開いた。


「運命の相手……だと思ったからかな。リスティが」


 運命の相手?

 違う。

 私の運命の相手はアスベルだ。


「君も感じただろう。俺と触れあったとき。キスを交わしたとき、身体を重ね合ったとき。感じなかったか?」


 ……感じた……けど、あれ、が?


「あれをアスベル君だったっけ? 彼との間に感じたか?」


 その言葉にリスティは目を伏せる。


 感じてなかった……


「リスティ」


 そう言いながらカズトはリスティの顎を手の平を寄せ、ついっと上を向かせる。

 なにを? とリスティが思った瞬間、カズトの唇がリスティに重なった。


 とくん。


 これ……


 唇を重ねられたまま、リスティはぴくっと身体を震わせる。

 この感覚だ。

 カズトさまだと感じるこの感覚。

 まさか、運命って…… 本当に?


 そしてカズトがゆっくりとリスティから唇を離す。


「どうだった? リスティも感じたんじゃないか? 俺達の間にある運命を。諦めるつもりだったんだよ? これでも」

「え?」

「でもどうしても諦められなかった。運命の相手だとわかっていて諦められなかった」

「でも、私は……」

「すぐに答えをくれとは言わない。だが知っていて欲しい。俺は君の運命の相手で、俺は君を愛してる。一緒に居た時間なんか関係無くね」


 そして、カズトはまた、リスティに口づけをして部屋を出て行く。

 その扉を閉めようとしたとき、リスティが声を上げた。


「カズトさま、私は……」

「大丈夫、リスティがよく考えて決めたことなら従うよ」


 そして扉が閉じられた。

 一人部屋に残されたリスティは、そっと自分の身体を抱き締める。

 この身体に感じるあの感覚は……

 心が震えるような感覚は……


 そういえば、カズトさまは私のことをリスティと呼び捨てにしていた。

 それが不快ではないと感じている今の私自身に戸惑いを隠せない。


 アスベル、私……どうしたらいいの?


 この場に居ないアスベルに問いかけ、返事が返ってくるはずもない今、ただ泣くことしか出来なかった。

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