第14話 人身御供
質素ながら、それなりには盛り上がった宴席を終え、宛がわれた部屋に戻る。
さて水を求めて井戸を掘るわけだが……
「適当に掘ればどこでも水が出てくる……ってわけでもないのかな?」
井戸を掘っているのを見たことはあっても、その知識は皆無。
村で勝手に水が上がってくる井戸が掘られた事もあったが、あれはどうしたら出来るんだ?
自噴井戸とか言ってた、あれはこの村にとっては理想だよな。
上手くすれば小川のような使い方もできるだろうし。
それはさておき、どういう形であれ、まず水を確保しないと。
理想語りはその後だ。
どこを掘れば水が出てくるのか調べる方法って……
井戸掘り職人を呼んで貰うとなると日数がなぁ。
……まてよ? 水だよ。
水のことならうってつけの奴がいるじゃないか。
そこでふと思いつき、精霊を呼んでみることにする。
「おい、精霊、水精霊」
返事がない、ただの精霊のようだ。
って、お約束してる場合じゃない。
「おい、精霊、精霊ってば」
瓶をポンポン叩きながら呼びかける。
『あれ? わたし?』
「そうだよ。お前だよ。他に誰がいるんだ」
『いっぱいいるよー あっちにもこっちにも』
「そうなんだろうけど、そうじゃなくてな──」
『だったら名前つけてよー この前言ってたの、名前ほしー そしたらそれがわたしだしー 名前ー』
「名前?」
『そー 名前ー』
ああ、そうだな。
確かに名前で呼んだほうが一発でわかるよな。
うん。
でもな、俺は名付けのセンスが無いんだ。
犬といえば、ぽちだし、猫といえばタマだし。
せめて水に関連する方が失敗がないか?
「みずこ……」
『みずこー?』
「いや、待て違う」
まだ子供も居ないのに縁起でも無い。
子供は健やかな成長を願って……ってそうじゃない。
今考えてるのは精霊の名前だ。
水だよ水。
そう、水と言ったら……
連想したのはスポーツドリンクや、金色の鎧を着た女神の戦士……
発想が乏しいのは仕方が無い。
取り敢えずその線で…… とは言え、直接使うのはあれだしな。
確か、この手の名前を、友人が格好つけた言い方をしてた記憶が──
そうだ。
「アクアリス」
『あくありす?』
「そう、お前の名前。俺の世界だと沢山ある神様のお話の中で、たった十二個選ばれた中の水に関係する名前だ」
『わかったー アクアリスねー』
無事、決まって良かった。
それじゃあ本題だ。
「アクアリス、この村の地下に水が流れている場所はあるか? 常に水が供給されているような場所」
『あるよー? 呼ぶ?』
さすが水の大精霊だ、即答。
だが、呼ぶって何だ?
『わたしがいたところの山から水~ ここの下に一杯流れてる。私が居たところと元はおんなじ。だから友達呼べるよ』
向こうの山から? 水源は同じって事か。
そうかあの山の水はこっちにも流れては来てるのか。
地下だけど。
だったら水は出るな。
それなら……
「別に友達は呼ばなくていい。ここの住民で水を汲めたらそれでいいから。それでだ、掘ったら勝手に水が噴き出してきそうな所はわかるか?」
『噴き出す? わかんない』
さすがにそこまでは無理か。
ともかく、それに当たればラッキーって事で、とにかく掘ろう。
掘るのに適した場所はアクアリスに聞けばわかるし。
「それじゃ明日はアクアリスにも手伝って貰うからな」
『はーい』
そして翌朝。
「勇者さま、この村に井戸を掘っていただけると聞いたのですが」
早速井戸掘りだ、と思っていたら彼女から声をかけてきてくれた。
「ああ、耳に入りましたか。昨日の宴席の場でこの村が大変な思いをしていると聞きまして」
「はい、みんなが大変な思いをしています。それでもみんな気持ちを一つにしてこの村のため頑張っているんです」
「ははは。それはリスティさんの力にも因るところが大きそうですね」
「あ、あの、私の名前……」
「ああ、昨日聞いてまして。よくなかったですね、巫女様の立場もあるのに」
「いえ、光栄です。是非名前でお呼びください。その方が勇者さまに親しみも持てますし」
よし。好印象加護のお陰か? 案外すんなりいけた。
「なら俺のこともカズトでいいですよ」
「カズトさまですか?」
さま、かぁ。
できれば、さん、くらいにして欲しいが、今はそこで妥協すべきかな。
「そう言えば、昨日は宴席にリスティさんは来てなかったですが、裏方でしたか?」
裏方も後から参加してたから多分違うとは思うが、一応聞いてみる。
「いえ、私は夜も祈りの行がありまして、丁度その時間だったんです」
「そうなんですか? だったら村長も時間をずらしてくれれば良いのに。リスティさんにも是非参加して欲しかったなぁ」
「いえ、この行は時間がかかりますから、私に合わせてしまうと夜遅くなってしまって他の皆さんが困ってしまいます。ですから村長には私からお願いしているんです」
「そうですか。残念だなぁ、是非ああいう場でもお話ししたかったですよ」
彼女とは魔王討伐のためにも仲良くならないといけないんだけど、時間が取りにくそうだな。
困った。
「申し訳ありません」
彼女は表情からも申し訳なさを感じさせながら、深々と頭を下げた。
「いえいえ、大事なお務めとあれば仕方がありません。ではまだこの村には滞在することになると思いますので、またの機会に」
「はい。是非に」
彼女の表情が笑顔に変わる。
うん。
彼女はこの笑顔がよく似合う。
そんな俺達を村長がじっと見て居たことには気づかないまま、俺は彼女の笑顔に見惚れていた。
さてと、それはともかく井戸掘りだ。
ここで印象を良くして村の住民にも気持ち良く彼女を送り出して貰わないとな。
気合いを入れる。
「アクアリス」
『うん?』
「ここでいいか?」
『いいよー』
よし。それじゃまず試してみるか。
使う魔力は小さめに…… 爆裂。
ボンッ!
地面が小さく爆発し、僅かに表面がえぐれる。
よしいける。
それを見ていた村長を初め村の住民が感嘆の声をあげた。
「何、今の? 勇者様が見てた場所が爆発した」
「今の爆発、呪文だったの? なにも言わなかったよね勇者様」
「勇者は無詠唱。伝説の通りだ」
「すげぇ、初めて見たー」
「本当に勇者でしたな」
「うむ」
ああ、本来、嘘はつかない筈と思われている神官の言葉として一応受け入れてはくれていたようだけど、俺が本当に勇者か心配してたのか。
いいけどな。
じゃ、いくか…… 飛翔。
俺の周囲にふわっと風が巻き、身体が浮き上がる。
おお、初めて使ったけど気持ちいいな、これ。
そのまま更に上に上昇する。
下では村の住人、特に子供達が大はしゃぎしている。
見てろよー 君たちの心にずっと残る光景を今見せてやるからな。
まず下準備で竜巻にも見える気流を発生させる。
これから起こる周囲への爆発の余波、熱の伝播を抑えるためだ。
そして準備完了。
いくぞ!
ドドドドドドドド!!!!!
小爆裂の連打。
土だろうが岩だろうがお構いなしに突き進む。
魔法力に限界の無い俺だから可能な無茶ぶりだ。
小爆裂にしたのは爆裂で巨大なクレーターを作るわけにもいかないから。
小さな爆発を重ねて縦に細く深い穴を掘る。
掘削機で穴を開けていくようなイメージか。
そして…… 火球。
たまに火の玉を撃ち込む。
これで掘った表面を崩れないように焼き固める。
続けること二時間。
十メートルは掘ったよな。
堅い岩の多さに案外進まない。
大岩は完全に砕いてしまってはそこから土が緩んで崩れかねないので、穴を穿つように爆裂を撃ち込んでいる為、余計に時間がかかっている。
ちなみに、まだ水は出ない。
「アクアリス、もっとか?」
『もう半分~』
あと五メートルってことか?
ちょい一休み。
魔力は平気でも、集中しているのと、天気が良く日差しも強いので、精神力と体力は削られる。
ちょくちょく休んでは水分補給。
これはアクアリス提供によるもので冷たくて気持ちが良い。
ついでに見学している村人にも提供する。
「美味しい~」「お兄ちゃん、もっとちょーだい」
子供達が俺の周りで大はしゃぎしている。
やっぱり暑い日に冷たい水は美味しいよな。
どんどん飲めよ。
「これからはこれを自分達で汲めるんですね」
リスティもコップの水を見つめながら感極まった表情をしている。
「そうですね。地下水だから暑い日は特に最高でしょう」
「本当にありがとうございます」
「お礼は水が出てからですよ」
「はい」
さて、美少女の感謝は何よりの栄養剤。
続き行くか。
そして一時間後、水が湧き出した。
バケツに長いロープを結んでもらって水を汲みあげた。
そしてその一杯目を村長に渡す。
村長がそのバケツを高々と掲げあげると、村人の歓声が沸き上がった。
そして、それぞれがコップに少しづつ水を入れ全員で乾杯する。
大喜びする者、踊り始める者、感涙の涙を流す者、俺の前に平伏する者、皆それぞれが自由に喜びを表現する。
良かった。
本当にやって良かった。
明日もまた井戸を掘ろう。
俺は疲労が心地よいものに変わっていくのを感じながら、明日への決意を新たにしていた。
その夜。
村長と村の代表格の面々が集会所に集まっていた。
「村長、大事な話って何だ? これから皆で祝宴を開こうって時に」
「そうそう。これで種付けの目処も立つ。そうすれば食糧の問題も解消出来る。今日の祝宴は勇者様にも満足して貰えるぞ」
皆が祝宴の準備に心奪われる中、村長は静かに言い放った。
「皆の者、よく聞け。実はの、勇者殿がこの村を訪れられたのは、見識を深めるための旅ではないと思っておる」
「なんだって? 神官様が嘘をつかれたって事か?」
皆、それぞれ顔を見合わせながら村長に疑問を投げる。
「嘘ではあるまい。表向きの理由というものじゃろう。じゃがもう一つの理由があると儂はみておる」
「それはなんだい?」
「儂は勇者殿がリスティを勇者のパーティーの仲間にする為に、この村に訪れられたのではないかと考えておるのだ」
「リスティが? 勇者の仲間に?」
「それは確かなので? 何を根拠にそう思われたのです」
彼らは思わぬ村長の言葉に驚き、色めき立つ。
「確証はない。じゃが、勇者殿がリスティを殊更に気にかけている様子はお前達もわかるであろう?」
「ああ、何となくだがな」
「勇者のパーティーに入るとなれば、村の誇りとなりますな」
「だな」
もしかすれば伝説に残る村となるかもしれない。
その可能性に彼らは夢を馳せる。
「けどさ、リスティみたいな別嬪なら、仲間云々関係無く勇者様でなくとも気にかけるんじゃないか?」
「ま、それもそうだ」
「リスティの器量よしは三国一じゃしの」
「まったくだ」
彼らの意見が違った方向性に向かったとき、村長はこの流れに笑みを零した。
「その通りじゃ。儂が思っているのはむしろそちらよ」
「どういうことだい」
「切っ掛けはパーティーの仲間としてであれ、リスティのあの器量じゃ。これを利用して勇者殿にこの村の一員となってもらえぬかと思うておる」
「なんですと? 勇者様を?」
「どういう意味だ、村長」
身を乗り出してくる彼らに、村長はまあ聞けと前置きし、話を続ける。
「勇者といえば、その武勇伝とともに語られるのはその恋物語よ。そして勇者殿が選ばれる伴侶の多くはその仲間から選ばれておる」
「ということはリスティが選ばれる可能性があると?」
彼の言葉に、村長は大きく頷く。
「そうじゃ。リスティの器量であれば、他に誰が候補としてパーティーに居ろうと勝算は高いと儂は踏んでおる」
確かにリスティの顔良し、心良し、身体良しと三拍子揃った器量に、更に家事も万能とくればそうなる可能性は高いだろうと彼ら一同頷いた。
「じゃが、ここで先に勝負をつけてしまえばより確実じゃ」
「先に勝負?」
村長の言葉の意味を掴みかね、先を即す。
「そうじゃ。そこで儂は、リスティを勇者殿の世話役として傍に仕えさせようと思うておる。あわよくばここで勇者殿の寵を頂き、魔王封印の後には夫婦としてこの地に居を構えてもらえるやもしれぬ」
村長の言う意味を完全に理解した彼らは、慌ててその考えを否定する方向に話を始める。
「村長、それはいくらなんでもリスティの意志をないがしろにしすぎでは? それに、アスベルの事はどうするのです」
当然出てくる意見である。
「なに、儂はお膳立てをするだけじゃ。リスティに強要するわけではない。そしてアスベルのことじゃが……」
村長は緊張の面持ちを浮かべる彼らを見渡し一呼吸入れ、話を続けた。
「その際には、アスベルにはこの村の為、犠牲になって貰う」
斯くと言い切った。
「村長!」
「それはいくらなんでもアスベルが哀れです」
彼らは皆いきり立ち、立ち上がって村長に詰め寄った。
だが村長は表情一つ変えず、彼らに問いかける。
「ではあるのか? これから村が発展していく妙案が」
「いやそれは……」
「……うーむ」
「水が供給されたのです。少なくとも最低限の食糧の供給は可能です。そこで生まれた余裕からまた何かを探せば良いのでは」
「じゃから、それは何じゃ?」
「いや……その……」
彼らは村長の問に答える事が出来なかった。
「今日のこと一つとっても、勇者殿の力は強大じゃ。何かを為そうとした時、明らかに違うものが見えてこよう」
「確かにそうですが……」
「アスベルもこの村のために成すべきを知らねばならん。なに、アスベルが宣言通り地竜を倒しておれば縁談に困ることはない。アスベルの好みに合うような有力氏族の娘でも迎えればアスベルの為にも、村の為にもなる一石二鳥じゃろう」
「それは確かに」
村長の言葉に、彼らの一人が同意の意見をあげる。
「二人が結ばれてもそれだけで終わり。だがリスティが勇者殿を、アスベルが有力氏族との契りを結ぶことができれば…… うん。確かに有効活用しない手は無いな」
「ですが、アスベルは素直に聞きますかね? アスベルはリスティ一筋でしたからなぁ」
「それは懸念するところではあるがの。じゃが地竜の山からアスベルが戻るまで、順調にいって後ひと月はかかろう。その間に全て終わらせて、勇者殿にアスベルが戻る前にリスティを連れて行って貰ってしまえば何とかなる」
「なるほど」
「リスティが自らの意思で村から出て行ったとなれば、アスベルとて納得する他はなかろうて」
「確かにそれが一番ですかな」
「うむ。いずれ落ち着けばアスベルもこの村のためには仕方がなかったと理解できよう」
「ですな」
「では、今より、具体的な方法を話し合うとするかの」
こうして村長の最低な提案は、代表者達の賛同を得てしまう。
当人達の誰もあずかり知らぬ所で身勝手な計画が立てられていった。




