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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
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第12話 選択

 村長たちの言ってた話が気にかかる。

 問題があっては聖女も村を離れる決断をすることが難しくなるだろうし。

 大事でなければいいが……


「勇者様、では早速神殿へ参りましょう」

「ん? あ、ああ」

「勇者様、何か?」

「なんでもない。行こうか」

「はい、ではこちらへ」


 村長たちのことが気にかかるが、まずは聖女だ。

 彼女を説得出来なければ、その後のことは全て考えるだけ無駄なんだ。

 ただでさえ彼女には恋人がいるらしい訳で、説得が難しいのは既にわかっていること。

 ここは女神も言っていたように友人関係を強固に築いていくのが一番なのか?

 急がば回れ、帰れないよりはマシ、帰れないよりは……


 僧侶君の後をついて歩き、神殿についた。

「立派な神殿だな」

「そうですね。こんな田舎にこれほどの神殿があるなんて知りませんでした。それにまだ新しいです」


 僧侶君が知らないとは、よっぽどだな。

 彼が言うように、この神殿はまだ見るからに新しい。


「新しい神殿を作る場合、本部の審査があります。これだけ大きいなら尚更、神殿の社格に相応しい神官を遣わす必要がありますから。この神殿でしたら私たちの間でも話題になるはずなんですが……」

「何かあるってことか?」

「わかりませんけれど……」


 その辺りも聖女説得への鍵になるかもしれない。注意しておくか。


「勇者様、神官様、巫女の準備ができましたのでどうぞこちらへ」


 僧侶君と神殿の謎を話しているうちにいい時間になったらしい。

 年配の女性が神殿の扉を開いて出てくると、神殿の前に立っていた俺たちに声をかけてくれた。


「わかりました。ではご挨拶をさせていただきます」


 僧侶君がそう答え神殿へと入っていき、俺が後に続く。

 中に入ると、聖女、今は巫女というべきか、その彼女が衣装を変えて巫女として平伏していた。

 服装は、元の世界でいうところの巫女とは違い、大学の卒業式などでみかけるはいからさんスタイルというものに近い。

 その藤色の矢絣に紺袴は彼女によく似合っていると思った。


「よくおいで下さいました。女神さまの使途である勇者様、および神官様。この村の巫女としてお務めを果たさせていただきます」

「よろしくお願いします。巫女様」

「では」


 そう言うと、彼女はすっと立ち上がり、祝詞をあげながら舞を踊り始める。

 なんというか彼女の美しさと相まって、これは…… 神々しい。

 ひるがえる袖の端まで計算されているかのように彼女の舞を引き立てる。

 そして、見る者を圧倒する力も同時に感じる事ができる。

 それは俺だけではなく、隣に座る僧侶君もそのようだ。

 右に左に舞う彼女を追いかける目の端に入った僧侶君、口が半開きだぞ。


 彼女はそのまま舞を続け終えると、再度また俺たちの前に平伏し、神事を終えた。


「……すばらしいです。これほどの勇者に捧げる舞は中央でも見られません」

「ああ。もう言葉もない。ただただ感動したよ」

「ありがとうございます」


 この神殿に相応しい神官? 必要ないだろ。

 仮に聖女でなくても、彼女が一番ふさわしいに決まってる。


 俺はこれほどの巫女を村から引きはがさないといけないのか?

 田舎育ちの人間として、村からあるだろう抵抗を思うと心が痛い。

 この舞は、俺に事の難しさをますます突き付けてくれた。

 相当の見返りは必要だろうな。

 俺に何ができる?


「ありがとうございます。良い舞を見せてもらいました」


 そういって俺が右手を差し出すと、彼女は少し首を傾げた。

 あ、そうか、この世界には握手の習慣はなかったんだ。

 あまりの素晴らしさについ忘れて。


「ああ、すみません。俺にいた世界ではこうして右手を握り合うことで、感謝を送る意と、それを受け取った意を示すんです。この世界では違うんだということをつい忘れてすみません」


 すると、俺が申し訳なく謝る姿に同情してくれたのか彼女も右手を差し出してくれた。


「いえ、そういうことでしたら是非。女神さまの使いの方とこのように手を合わせられるのも光栄ですし」

「ああ、すみません」


 そうして右手を合わせた瞬間。

 何かが身体の中を走った。

 そのショックに、互いに思わず手を放してしまう。

 なんだ今のは? つい右手を見つめる。

 それは彼女も同様らしく、やはり右手を見つめている。


 静電気?

 にしては何か違うこの感覚。

 なんだこれは。


「すみません。なんだか……」

「いえ、私こそ。なんでしょうか? 今のは。なにかピリッと、それで心のうちに触れるような……」


 そう、それだ。


「わかりません。でも、そうですね。確かになんだか温かいような」


 そういうと彼女は少し怪訝そうな顔をする。

 そして


「私は何か心強いというか、力を感じました」


 なんだ? 互いに感じたものが違う?

 そして思い当たることが一つだけ。

 女神の言っていた、勇者と聖女のつながり?

 俺が彼女の優しさに触れ、彼女は俺の力に触れたってことか。

 おおよそ互いの存在に一致する感覚だ。

 この推測は間違ってはいないだろう。


 そして彼女はピリッとしたという感覚を言っていた。

 俺も静電気のような感覚を受けていた。

 これはつまり、生体電気を通して感覚が伝わるって事だろうか。


 だとしたら…… これは使えるかもしれない。

 とはいえ、反則すれすれというか、思いついたのは、ほぼ反則の手段。

 実行すればもう後戻りはできない。


 時間をかければ八方丸く収めて元の世界に帰れる手段もある状況ですることか?


 やっぱり魅了の力が無いのは痛い。

 これさえあれば、協力してくれの一言で即、心の友としてがっつり協力してもらえてさっさと魔王退治に迎えただろうに。


 愚痴ったところで無いものは無い。

 そして俺は両極端な手段の選択を迫られる羽目になってしまった。


 こうして俺はひそかに悩みつつ、村のものが祝宴の準備ができたと呼びに来るまで、巫女と、ついでに僧侶君と無難な会話を続けたのだった。



「勇者殿がこの村に訪れていただいた存外の誉に際し、今宵、勇者殿と神官殿を歓迎する宴を開くことと相成った。皆の者、今宵は日常を忘れ勇者殿と心ゆく迄、歓談を楽しませて頂こうぞ」


 村長の言葉を皮切りに、宴会が始まった。

 それはいい、それはいいのだが……


 村の者たちの前にある膳は余りにも貧相すぎる。

 薄い粥に具に木の芽と思わしきものが僅かに入った汁、そして木の芽と木の実の焚き物が僅かばかり。

 俺たち二人の膳がこの村なりに贅を尽くしたものであるにしろ、これでは祝いの膳とはとてもではないけれど思えない。

 肉など俺たちと、隣に座っている村長と村のまとめ役と思われる男の膳の上にしかない。

 仮に俺たちの膳を確保したうえでの残りだとして、それだけしか確保できない状況はなんだ?


「村長。なぜ、村人の膳があれ程までに乏しいのだ? 正直に答えて貰えないだろうか」

「やはりお気付きですか」

「いや、これは気付かないほうがどうかしているだろ」

「実はですな──」


 村長が語る内容は余りにも悲惨な村の今の状況だった。

 この一年ほど殆ど雨が降らず作物が殆ど育てられず、貯水も底をついた今では種付けもままならない状況であると。

 食料の備蓄も残りわずかで、税分は確保していたものの、生きるか死ぬかの状況でこのままではその税も払えるかどうか危うい。


「そんなにか。というか何故、そんな切羽詰まった状況でこんな宴を開く」

「勇者殿は女神様の使途。勇者殿につくせば、あわよくば女神様のお情けを頂けるかと思いましてな」


 切羽詰まってのイチかバチかか。


「どこかしらかに川はないのか?」

「山を越えた向こうにある川以外は……」


 あれか。


「井戸を掘るのは?」

「井戸堀りの職人が言いますには、相当深く掘る必要があると。しかもこの地は大岩がごろごろと埋まっておりましてな。掘り始めると間違いなくぶつかりますのじゃ」


 苦労して岩をどけても水はさらに下。

 さらに掘ればまた岩か。


「掘れば水は出るのか?」

「地形を見て間違いないと言っておりましたので、おそらくは」


 とにかく掘れば水は出る可能性は高い……

 よし。


「俺が一本、井戸を掘ってみよう」

「なんですと?」

「それで水が出るようなら、もう何本か掘ってもいい」

「それは、その…… 本当に?」

「ああ。折角の縁だ。これも女神様の意思に違いない」

「おおおお。ありがたい。ありがたいことですじゃ」


 村長は涙を流し、村民たちは顔を見合わせ希望を前にその顔を輝かせていく。

 よし、掴みはオーケーだ。

 俺の選択は、八方笑っていられる遠回り。

 それでいい。

 しばらく待たせるけど、必ず帰るからな。

 そう、俺は祖父母に語りかけた。

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