昔話 聖女
「魔王が封印されたらしいな」
「ああ、流石は勇者様だ」
「これでまた長く平和な日が続くなぁ」
「おいおい、何を言ってんだおめぇ。平和は永遠だっつの」
「なんでだよ。魔王の封印って二百年だろ?」
「バカだなぁおめぇは。そんときゃまた勇者様がガツンとやってくださるだろ」
「ああ、そうか、お前、賢いな」
「ここが違うぜここがよ」
「はははははは」
「あとは聖女様のお出ましを待つだけだ」
「ああ、勇者様と聖女様に乾杯ー」
◇ ◇
「はははは、聖女はどんな味かな」
「んもぉ、勇者様ったら、聖女様を私達の仲間にするのは良いけど、私達の分が減ったら許さないよ?」
魔法使いのローブを着た少女が、勇者にもたれかかり、捲り上げられたローブからのぞく慎ましやかな胸を勇者に揉まれ、キスを交わしながらを文句を言っている。
「心配すんなって。今まで一度でもお前らを抱かなかった日があるか?」
「無いな。一日最低二度はお前のものを注がれてる」
「魔王城突入の日ですら、ぎりぎりまでしてましたものね」
騎士の制服を脱ぎながらその豊かな胸を惜しげも無く晒す女性と、既に綺麗に畳んだ神官服をベッド脇のサイドテーブルに置いた全裸の女性が勇者の言葉に答えた。
「だろう? 何も心配する必要は無いぜ。ほらばんざーい」
勇者に言われるままに両手をあげ、ローブを素直に脱がされる魔法使いの少女はこれで一糸纏わぬ姿となる。
既に下着はすべて脱がされて向こうに投げられていた。
「でも私達は幸運だったね~ 勇者様に出会えてさぁ」
「そうそう。あんたは危うく田舎の幼馴染みと結婚。あたしも故郷の幼馴染みと」
「そして私は先輩と」
「みんなしょぼい男と結婚する寸前で勇者様のものになれたもんね」
「ああ、こんな素晴らしい男性とな」
「あぶなかったですね。こんな幸せがあるなんて知りませんでしたもの」
勇者は彼女たちの会話を聞きながらニヤニヤと笑っていた。
「だから聖女様もこの幸せを知るべきなのです」
「そうだな」
「聖女様ってどんな人かな。楽しみだね」
◇ ◇
「初めまして、勇者マサキ様」
今、目の前に、長い黒髪の端整な顔立ちをした美少女が立っていた。
完全に俺の好みだ。
これが俺のものになるのか…… 今から夜が待ち遠しいぜ。
いや、もうすぐに屋敷に戻って抱きまくるか?
巫女出身なら処女だよな? 間違いなく。
あーたまんねぇ。
「初めまして、聖女クリスティア。早速だが……」
「はい?」
「俺のものになれ」
パチッ
「…………」
「さあ、クリスティアこっちに来るんだ」
「今、何かしましたか?」
「あ?」
聖女がすうっと目を細め、勇者の後ろに立っている三人の女性を凝視する。
「おい、お前────」
「今のを、後ろの方々にもしたんですか? 中に渦巻いている波動が先程飛ばされたものと同じ…… さしずめ魅了の力というところでしょうか」
「なんだと? お前、まさかこれが効いてないのか?」
「貴方は状態異常にかかるのですか?」
「どういう意味だ」
聖女に対して聞いた質問に返された返答の意図が解らず、勇者は困惑する。
「貴方は状態異常攻撃を受けても平気でしょう? それは女神様の加護によるものですよね」
「それがどうした!」
「私は女神に使える巫女で、その力は聖女の力の覚醒で大幅に強化されているんです」
そしてようやく聖女の言葉の意味を理解する。
「効くはずが無いでしょう」
後ろの三人は勇者と聖女の会話に不穏なものを感じながら、それが何かと考えようとすると頭の中にモヤがかかったように思考力が低下する。
なにを言っているんだろう、勇者様と聖女様は……
ああ、それより早く屋敷に戻って勇者様に抱いて欲しい……
早く抱いて……
「神術、解呪!」
聖女が聖呪を唱えると、光の波動がぱあっと広がった。
「おい!お前! 今、何を!?」
勇者が聖女に詰め寄ろうとした瞬間、後ろから悲鳴にも似た言葉が飛び出してきた。
「いやぁああ、なんで!? 違う! 違うの!! ラスター、違うのぉ!!!」
「ジーク……すまない。あたしはお前になんて酷いことを…… ジーク、ジークっ……」
「ああ、女神様私はなんて…… ハンス様…… ああああ女神様、なぜ私を助けては…… ああ……」
勇者は彼女たちが取り乱し始めた理由を理解する。
「くっ、おのれ。おい、お前達! もう一度俺のものになれ! そして聖女を排除しろっ!」
パチッ
「聖女! これでお前も…… なに!?」
「あああ、いやぁあああああああ、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ」
取り乱し続ける女性達の姿に変化は無い。
「解呪は呪いの防御も兼ねてますから。当然、効果はしばらく続きますよ?」
「ちっ、だったら俺が」
「あなたたち、しっかりしなさい!」
聖女が力を言葉に乗せ活をいれる。
「後悔し嫌悪するなら、まずその元凶を絶ちなさい!」
そして三人の目に力が戻る。
戦いは顔合わせの場で互いに何の武具も持ち込んでいなかったことも幸いし、聖女の守りを受けた三人に勇者が敵う筈もなく、あっけなく勝敗はついた。
戦いの余波に何事かと飛び込んできた巡回中の騎士により、聖女の口添えもあって、勇者は失神したまま封印の魔具をつけられ、二人の騎士に両脇を抱えられて王宮へと引っ立てられていった。
一方、勇者に操られた三人は……確かに勇者を倒す事には成功した。
だが時間は戻らない。
彼女たちが恋人に行った行為は、恋人達を大きく傷つけ人生を狂わせていた。
自らの意思では無くとも無かったことにはならなかった。
彼女たちは自らの行いの記憶に恐れ、後悔し、泣き崩れ、疲弊の一途をたどる。
聖女は、どんな慰めの言葉も届かない、そんな彼女たちの姿にやるせない日々を過ごしていた。
これが勇者召喚?
勇者は彼女たちの他にも、市街の一般女性達をやはり手込めにしていたことが判明する。
その数、実に数百人。
独身、恋人、婚約者、既婚者、その被害は全てに及んだ。
だが、一般の女性達は、聖女の願いむなしく、勇者が変装していた事で事件の真相が公になる前に王家にもみ消されてしまった。
こうして王家は勇者の影武者を立て、本物の勇者は封印の魔具を複数つけ、られ無力化された後、ひっそりと僻地の流刑地で一生を過ごすことになった。
この事をきっかけに、聖女は勇者召喚に疑問を抱くようになる。
そして過去の召喚を調べ始める。
「聖女様お話が──」
「そう彼女が……」
魔法使いの子が恋人の後を追い、自ら命を絶ったらしい。
騎士の彼女は既に家を離れ、遠い地で一人ひっそりと暮らしている。
そして、神官の娘は神殿を離れ、世界を歩き続けて一生を終えるつもりなのだと聞いた。
市街の被害女性達もその多くは人生を狂わせた。
そこに彼女達の意思は無かったのに。
ただ勇者の目にとまっただけの被害者なのに。
私はなんて無力なんだろう……
勇者召喚……
召喚された数は、わかる範囲で過去十八回。
それはたしかに魔王封印の切り札として生み出された秘術。
だが、それが正しく機能していたのは七回前の召喚まで。
以降は王家のプロパガンダとしか思えない状況であった。
魔王が復活すれば世界は混乱するものの、勇者さえ召喚すれば確実に魔王が封印される定期的なイベント。
それを利用しない手はないと考えついたのだろう。
更に調べると、今回のような事件はずっと前から何度もあったのではないかと窺わせる言い伝えも見つかった。
王家が隠しているから大っぴらにはなっていないけれども……
今回とて、聖女たる私が知ったことでようやく処分は下されたものの、一般には知られていない。
替え玉をしっかり用意され、噂が広がる前にもみ消されてしまったから。
そして私も、できたことといえば慈善活動として子供たちに聞かせる夢物語のお話に、そっと魅了の力の解き方を潜ませたことくらい。
それ以上のことは王家に監視される中、表立った行動はできないでいる。
こんな……
こんな勇者召喚なんて……
そんな勇者を利用する王家も
そんな王家に支配されるこの国も
なくなってしまえばいい。
そして私は魔王封印の間へと歩を進めた。
王家の目をごまかせる、この機会を利用する。
魔王の封印とは魔王の力を削ぐ事で強制的に眠りにつかせる行為。
少しずつ力を取り戻してその身に魔力がいっぱいまで溜まれば目を覚ます。
なら、例えばその許容範囲が広がったらどうだろう?
もっと魔力を溜め込んで強力になったりしないだろうか?
発想の発端はそこから。
私はその可能性を調べ続けていた。
聖女は魔王の身体に力を及ぼせる。
それが、魔王が回復するための力の吸収力を落とす神術の付与を可能にしている。
だったら魔王に対して強化の施術も可能ではないのか。
私は魔族の呪文を調べ続けた。
調べて調べて調べ続けて……
そして今、私はここにいる。
問題は効果が一定時間と言うことだけれど、聖女である私なら、命を賭して施術すれば三百年以上効果を続かせられる見込みがある。
強化された分、必要な魔力は増えてしまって目覚めるのは遅くなるけれど、きっとその魔王が、勇者を倒し、王家を倒してくれる。
王家と勇者を消せば、召喚の儀の秘宝は失われる。
もう勇者による被害を出さないように。
私はこの命を賭ける。




