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寝取り勇者と寝取られ狩人  作者: 山口みかん
第一章 はじまり
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第11話 地竜退治

地竜はデイノスクス(白亜紀の巨大ワニ)をベースにした竜種をイメージしています

「アスベルーっ」


 翌朝、地竜退治の仕切り直しで出発しようと宿を出た瞬間、通りの向こうにいたハーミーが、手と、ついでに尻尾をブンブンと振りながら駆け寄ってきた。


「ハーミー、まさかお前、ずっと待ってた?」


 昨日、別れた際になにも約束なんかしていないし、当然出発時間も教えてなんかいない。


「うん。日が昇ってすぐから居たよ。出発の時間は知らないし。早く出てきてくれて助かったよ」


 あっけらかんと当然のように言いやがった、こいつ。


「悪かったな」

「ううん。あたしが好きで待ってただけだし。アスベルのせいじゃないよ」

「その通りだけどな」

「がーん」


 全然ショックを受けてない顔で、しかも言葉に出してがーんなんて言うなよ。


「で、見送りに来てくれたのか?」

「えっと、そうなんだけど……」

「なんだよ」

「着いて行っちゃ駄目?」

「駄目に決まってんだろ、タコ」


 勇気示す試練なのに、他人に手伝って貰ってどうすんだよ。

 てか、昨日、俺が何しにきたか話したよな。


「そうだよね……」


 そういうと、尻尾がだらんと垂れ下がった。

 感情丸わかりだな、こいつ。

 獣人族ってみんなそうなのか?


 アスベルは他に獣人族を知らないため、獣人族の評価がハーミー基準になってしまうが、獣人族の名誉の為に言えば、彼女が分かり易すぎるだけである。


「…………」

「おい」

「…………」

「…………」


 くそっ、なんだよその尻尾はよっ!

 そんなあからさまにしょんぼり垂れ下がってたら見てらんねぇだろうがよ。


「遠くから見てるだけだからな」

「え?」

「着いてきていいから、遠くから見てるだけにしろよ」


 ハーミーの目が大きく開き、尻尾がブンブンと振られた。

 満面の笑顔だった。


「うんっ!」


 くそっ!


 ………………


 昨日と同じルートを昨日よりも速いペースで登っていく。

 ハーミーは俺が見えるぎりぎりの距離を保って着いてきているようだ。

 岩場に視界を奪われてもきっちりと距離を保つ辺り、感知能力に自信を持っているという言葉に嘘も虚栄もなく、大したもんだと感心する。


 そう思えば、あの連中の馬鹿さ加減がよくわかる。

 こいつとしっかりパーティをこなして信頼を勝ち得て友誼を結んでいれば、冒険者仲間として頼りになる存在になってくれただろうに。


 ともあれ、ハーミーに関しては不安要素は皆無と判断出来たので、ひとまず俺の意識から彼女の存在を外す。

 地竜探索に集中しないとな。

 油断して複数の地竜に囲まれるような最悪の事態は避けないと。


 確率の低い遭遇ポイントにはやはり地竜の姿は無く、どんどんと目的ポイントへと近づいていく。

 気配は感じられないが、それでも俺の感に響くものがある。

 必ずいる。


 弓を背中からおろして、左手に持つ。

 背中に背負っている矢筒は太いのと細いの合わせて二つ。

 太い矢筒には普通の矢を、そして細い矢筒には……

 勿論、分けているからにはこちらはただの矢ではない。

 特殊な素材に、更に貫通力を高めるための呪文を矢尻に刻んだ特別製だ。

 今は亡き親父から教わって、俺が唯一作れる特殊矢。

 数作れなくて今ある分は十本しかないから、通常矢で牽制しつつ、ここぞというところで使うつもりだ。

 当然、先攻を取った場合の初弾にはこいつを使う。


 一歩、また一歩と大岩の陰に近づいてゆき…… ここだろ!


 大岩に向かって全力で走る。

 そしてその勢いを利用して大岩を斜めに駆け上がり…… 跳ぶっ!!


 ビンゴぉ!


 眼下に巨大な地竜がいた。

 ってか、なんつぅでかさだよ。

 聞いてねぇぞ、こんなサイズ。


 町で情報収集して聞いていた地竜とは桁が違う。


 だが、まだ奴は気付いている様子が無い。

 よしっ。

 俺は空中で貫通の矢を筒から抜き取ると、一撃必殺。

 奴の脳天を狙う。


 矢をつがえ弓を限界まで引き絞り……

 いけっ!


 放たれた矢は風をまとう。

 ただし、これは加速の風じゃない。


 消音の風。

 不意打ちを狙う、矢の風斬り音を消すことができる初手の射。

 加速は無いが、貫通の矢なら。


 矢は狙いどおり竜の硬い皮膚をものともせず、奴の頭に深々と突き刺さった。


 だが


 地竜は素早く頭を動かし、矢の着弾点を急所から外していた。

 あれじゃ頬に刺さった針でしか無い。

 こいつ、見えてて悠然と構えていただけかよ。

 考えてみればでかいトカゲだ。

 視野範囲は広いに決まってる。

 ちっ。


 俺はそのまま跳んだ大岩の反対側にある岩肌に着地し、そこから更に地面に向かって跳ぶ。

 その瞬間、地竜の尻尾が俺をかすめるように岩肌に叩きつけられ、その硬い岩があっさりと砕かれた。


 あっぶねぇー


 こりゃ、迂闊に跳べないな。

 そこで倒せなければ身動きの取れない空中で叩き落とされるのがオチだ。


 とは言え、これだけでかいとまともに致命傷を狙えるのは頭上からの一撃くらいしか無さそうだ。

 狙えるか?


 その為にも隙を作るしかない。

 片時も止まること無く走り続けるしかねぇな、こりゃ。


 でかい分、移動速度自体はさほどでもない。

 だが、首を動かす、尻尾を動かすスピードはかなりのもの。

 致命傷を与える決定的場面を作り出す事が出来ない。


 奴の胴を短剣で切りつけ、即、尻尾が襲いかかってくるので一撃離脱。

 ミスリルの短剣ならこれで傷くらいは付けられる。

 致命の一撃には至らなくても、なんとか焦れてくれないかと加えている攻撃だ。

 そして、牽制に奴の目を狙い加速の弓を撃つ。

 通常矢を何度か撃ち、通用しないと思わせてかわし方が緩慢になるところに貫通の矢を撃ち込むつもりだったが、初手に喰らった矢の記憶か、いくら通常矢を撃ち込んでもきっちり急所を外してくる。


 そろそろ新たな展開に繋げないとな……


      ◇      ◇


「ほぉ、なかなか面白い奴がおるのぉ」


 アスベルが地竜と戦っている上空に、黒いドレスを着た女が浮かんでいた。


「この山の主が戦っておる気配に惹かれて来てみれば、こんな面白い状況とはの。どれ一つ、もっと面白くしてやろうかのぉ」


 その女は戦いが視認できるぎりぎりの範囲にある高台に降り立ち、中が怪しく光る宝石があしらわれたペンダントを胸の谷間から取り出すと呪文を唱え始めた。

 それと同時に、宝石の中の輝きが増す。

 

「さて、どうなるかのぉ」


 女は楽しそうに笑った。


 ………………


 ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!


 今まで無言で戦っていた地竜が吠えた。


「っうぅぅ、耳が痛ぇぇ」


 状態異常攻撃では無い。

 単に声のでかさが鼓膜に響いただけだ。


 しかし


「気配が……変わった?」


 ぶんっ!


「あぶねっ」


 慌ててしゃがんだその上を尻尾が通り過ぎ……


 ばしゅぅ!


 岩を……切り裂いた、だと?


 今まで地竜はその身体全体を使って尻尾を強力に振っていた。

 そして岩を砕いていたのだ。


 だが、今のは……


「なにげなく軽く振っただけだろ? なんだ今の速度は。なんで岩を切り裂ける」


 今までと何かが違う。

 なんだ、何が起こった。


 そして地竜が口を開けた瞬間。

 そこから真っ赤な炎が吹き出した。


 アスベルが立っていた所に爆煙が上がる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 なんだってんだ今のは。

 何もかもおかしいだろ。


 咄嗟に駆けた。

 考える前に身体が動いた。


 だから間に合った。

 岩陰に入ることができた。

 それで爆風から身を守れた。


 聞いていたファイアブレスと違う。


 口を開けて、喉奥が赤く光って後、一呼吸置く程度の間隔を開けてブレスを吹く。

 地竜を知るというベテラン冒険者の誰もがそう言っていた。


 だからまず期待出来ない選択肢であったとしても、もし口を開ける事があるなら狙うつもりだった。

 貫通の矢を加速の弓で撃ち込み口内から頭部を射貫く。

 あの瞬間、そのつもりだった。


 だが直感は逃げることを選んだ。

 俺は生きている。

 やれる。

 まだ終わってない。


 ………………


「ほっほー、彼奴やるのぉ」


 女の目には、魔力で強化した地竜の攻撃をぎりぎりでかわし続けるアスベルの姿が映っていた。


「おお、あそこから反撃を狙うかよ。大したもんよのぉ、我の配下に欲しいくらいじゃ。魔王様もお喜びになろうぞ」


 予想以上のアスベルの健闘に夢中になる女。

 だから気付くのが遅れた。

 低い体勢で魔女の懐に一瞬で飛び込んでくる閃光の如き少女に。


 きんっ!


「あんた、魔族よね!? こんなとこで何してんのさっ!」


 宝石が真っ二つに割れていた。


 ………………


 ふしゃぁああああああ!!!


 尻尾で体勢を崩されたところに、地竜は口を開いた。

 万事休すか!


 そう思ったとき、地竜が僅かに固まった。

 喉奥が赤く光って……


 その一瞬のチャンス。

 考えるより先にアスベルの身体が動いた。

 その瞬間、彼は弓に貫通の矢をつがえ、地竜の口内へと加速の弓を撃ち込んだ。


 どしゅうぅ!!!


 そして、地竜の頭部が中から爆発した。


 ………………


 向こうで竜の断末魔とも言える爆発音が響いた。

 どうやら決着が付いたらしい。


 決着を見逃してしまったではないか。


 故に腹立たしい。


「この犬ころ風情がぁ!」


 両手に短剣を構えたハーミーがそこにいた。


 ハーミーは、その圧倒的視力でこの女がどこからか飛んできたのを見た。

 その女が地上に降り立ち、何かした途端地竜の気配が変わった。

 ということは、この女がなにか余計な手出しをしたに違いない。


 咄嗟にそう判断したハーミーは全速力で(・・・・)駆けた。

 アスベルと地竜の一対一の闘いには何があろうと手を出すつもりは無かった。

 それが彼のプライドだから。

 だけど、第三者であるこの女の横やりにまで黙っている事はできなかった。

 許せない。

 だから獣人のプライドを捨てて獣の如く手足を四つ足として全速力で駆けた。

 そして間に合った。


 そうして、この女が手にしていたペンダント、その怪しく光る宝石を斬ったのだ。


「余計な手出しはさせないんだから!」


 ハーミーの左手にあるダガーから炎が吹き上がる。


「ほう、魔剣持ちか。ならば右のは? なるほどなるほど、ミスリルとはのぉ。ただの犬ではないという訳か」


 そして右手のナイフが揺らめき始めた。


「おうおう、闘気を剣に伝わせる事もできるとは、たいしたもんじゃ。すまんの、そなたを過小評価しておったようじゃ。今の発言は取り消そう。どうじゃ、我が配下に入らんか?」

「お断りよっ!」

「即答かよ。若いのぉ。そして愚かじゃ」


 女が怪しく笑みを浮かべる。

 その瞬間、周囲の空気が震える。

 それに反応してハーミーは腰をぐっと落としいつでも飛び込める体勢をとった。


「ほほー、面白い奴じゃ。じゃが、後悔する羽目になるぞ?」


 女の足下に魔方陣の輝きが生まれた。

 と、その時


「ハーミー、無事か!?」


 アスベルがその場に駆け込んできた。


「アスベル!」

「加勢する」

「魔族よ、こいつ」

「らしいな。さっき横やりを入れてきたのはこいつか?」

「そう」

「それじゃお礼はたっぷりとしないとな」


 アスベルはハーミーの動きに合わせて動けるよう弓を構え、ハーミーはアスベルの援護を信じ更に腰を落として攻撃特化の動きを選択する。


「ほう、お主らなかなかに良い合わせをするのぉ。まったく、二人まとめて欲しくなるではないか。じゃが、この説得は流石に我も無傷では済みそうに無いのぉ」


 二人の動きを見てそう判断した女は、即時、別の魔方陣を展開した。


「まあ、良い成果も確認できたことであるし、今は降参しておいてやろうかの。ではまた会おうぞ」


 そして女はその場から消え失せた。


「……ふぅ」「はぁ……」


 緊張の解けた二人は同時に息をつく。


「勝てたかな?」

「勝つんだろ」

「そだね」


 二人は笑い合った。


      ◇      ◇


「それじゃ、お別れだね」

「ああ」


 アスベルが地竜から討伐証明として鱗を一枚剥ぎ取り、残りは冒険者ギルドに回収代行を依頼することにして町に戻り、二人で祝杯をあげた翌日……

 宿の前でハーミーが待っていた。


「助かった」

「助けられたのはあたしだよ」

「なら、これで貸し借り無しか?」

「…………ちょっと渡したい物があるんだけど、しゃがんでくれる?」

「ん? なんだ? もう貸し借りは──」

「いいから」


 ハーミーにぐいっとひっぱられ、思いのほか力のある引っ張りに少しよろめきながらも身体を低くすると……


 ちゅっ


 ハーミーの唇が頬にふれた。


「なっ……」

「返しきれないよ、アスベルからの恩は。だから困ったことがあったらいつでも呼んでね。これはその証」


 頬を染め、尻尾を大きく揺らしながら告げられた言葉はアスベルを困らせた。


「いや、俺は……」

「大丈夫、それはわかってる。これはあたしの誓い。アスベルが気にすることは無いよ」

「ハーミー」

「じゃ、気をつけて帰ってね。ばいばい。またねー」


 そうして手を振り、すっと踵を返すとハーミーは走り去っていった。


「ばーか、そういうのは目に涙を溜めて言うもんじゃねーよ」


 そして、アスベルは故郷に向かって歩き出した。

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