第10話 村到着
「それは王クラスの精霊ではないですか!? そのクラスの精霊が契約されたなど記録にもございませんが、流石は勇者様です!」
いや、契約はしてない…… 多分。
精霊を自らの魔力を餌に餌付けした形となった俺は、何か情報は無いかと翌朝、村に向けて出発後、僧侶君に昨日の話をしてみたところ、こんな反応が返ってきた。
「王クラス? なんだそれ? 凄い……んだろうな、王だし」
これっぽっちも王だと思わせる何かを感じなかったのだが、本当か?
「勿論です。精霊はそれぞれが司る属性において強力な力を持っておりますが、特に王クラスと目される精霊は神の如き力を奮えるとされています」
くっ…… 瓶の中から、すっごいドヤ顔な感覚が伝わってくるってのは何だ。
視覚に訴えかけられているわけでもないのに、感じるドヤ顔。
これが王クラスの力か?
「そ、そりゃ凄い……が、何を根拠に王クラスと判断したんだ?」
「勿論見た目です。実体を作れる精霊は総じて強力ですが、中でも特定の形を取れるものは確実に王クラスとされておりまして、水の精霊でしたら女性体です。少女と言われておりましたから、そのクラスでは生まれたばかり……といいましても、精霊の時間での話ですが、下位クラスではありましょう。ですが、それでも他の形を取る水の精霊の比ではありません」
「なるほどな」
「それで、お名前は何と?」
「名前?」
「精霊は、他者と契約した際には真名が変化して、主専用として名付けられた名を名乗るようになると聞いております。よろしければどのような名を?」
「あー、うん、名前、ね……」
「はい」
聞いてないよ。
そもそも契約してないし。
って、こら、お前も、瓶の中から”そうなのか”と感心するような感覚を流してくるんじゃない。
「いや、そ、それは秘密でな」
「ああ……そうですね。王クラスの精霊の名前など私如き若輩が簡単に呼んではいけませんね」
ううっ、罪悪感。
それでも彼は気にしていませんとすぐに話題を変え、村への道を急いだのだった。
すまん。
◇ ◇
それから二日後、ついに村への入り口が見えた。
「勇者様、あれです。あれが聖女の住まう村への入り口でございます」
「やっとついたか……」
周囲を丸太を隙間無く縦に並べた塀で囲い、この道が続く境にある門構えも今は開かれているが、中々に重量感のある立派な扉に見える。
「村と言うには思ったより守りがしっかりしてるんだな」
「この辺りでは獣は勿論ですが、魔獣も少なからず生存しておりますのであのような作りになっているのでしょう。恐らくですが村の住民自体に優秀な大工がいるのだと思います」
「魔獣か。その名前は以前から聞くけれど、それって前魔王復活時の生き残り?」
「魔とつきますが、魔王とは直接の関係はありません。それらは魔力に何らかの反応を示すのが特徴でそう呼ばれます。ですからそこまで長命な魔獣は殆どいませんね。神獣に連なる系譜で神獣落ちした魔獣が長命種として僅かばかり確認されている程度でしょうか。一方で魔王に関係する魔族と呼ばれる長命な種族には生き残りがそれなりに確認されていましたが、その殆どは既に討伐されていますね。大半を占めるのはやはり、新たに産まれた者達です」
なるほどな。
「なあ、僧侶君、話は変わるんだけど、ちょっと頼まれてくれないかな」
◇ ◇
「村長!向こうから四頭立ての馬車がやってきますっ!」
血相を変えて村長の家に飛び込んできた男は、挨拶も忘れ伝達事項のみを伝えてきた。
その内容に、村長は無礼を咎める事も無くその異常性を認識した。
「四頭立て……じゃと?」
「はい。まだ詳しくは確認出来ておりませんが、四頭立てということですぐに村長に知らせろとサシム様が」
「わかった。儂も行こう。そのような馬車に乗ってくる者が、普通の者である筈も無かろうしの」
税の徴収官ですら二頭立てである。
四頭立てとなればどのような人物か想像も付かない。
「こんな小さな村に……のう」
大人物を迎えられるような大きな誉れがあるような村ではない。
さすれば……
何もかもがギリギリのこの村に、どんな厄介ごとがやってきたのか。
最悪の覚悟も固めた村長はゆっくりと村の入り口へと向かっていく。
その道の途中で、話を聞いたのだろうそれぞれの家の男達が一人、また一人と村長の後についていく。
皆、覚悟を決めた顔で。
女子供達は、そんな男達を心配そうに家の中から窺っている。
誰もが村に危機が迫っていると感じているのだ。
ゆっくりと、だが確実に近づいてくる馬車に緊張が高まっていく。
「ありゃ、国軍の馬車じゃないか?」
村人の中で特に目の良い狩人の男が馬車の姿を認識して言った。
「国軍?」
「国軍がこんな村に何の用だってんだ」
「四頭立てだって事は偉いさんだろう? それが一台で来るのか?」
何もかもがおかしい。
予想のしようが無い。
これはもう到着を待つほかはない。
対応は出たとこ勝負だ。
そして馬車が入り口手前で止まった。
馬車から一人の若い神官が降りてきた。
神官?
国軍の馬車に?
村長を初め、村人は更に混乱する。
そして更にもう一人……
小綺麗な格好ではあるが、それでもせいぜい大きな街の町人にしか見えない……
だが、一本の剣を腰に下げた背の高い細身の男が降りてきて、混乱は更に深まったのだ。
神官が前を歩き、その男がその後ろを歩く。
神官が男を気にしている様子からして、偉いのは男の方だとわかる。
わかるが……
神官は特にどうということはない。
人の良さそうな、まだまだ修行中の新米神官であろう。
だが、その理知的な眼差しと顔立ちは将来有望な人物であろうと想像は付く。
一方で、軍人にも貴族にも見えないこの男は誰だ。
村長は慎重に見極めようと、この男を頭から足の先までじっくりと見る。
細身ではあるが筋肉質で力はありそうだ。
背の高さは、村一番のアスベルよりも更に拳二つ分は上であろう。
そして、さほど長くはない、腕のある理容師の手によるであろう整えられた黒髪がこの男の印象を強くする。
それでも見た目の割に、感じる雰囲気は決して悪くはないのは不思議であるのだが……
とは言え、油断なく右に左に視線だけで村を観察している様子に、こちら側としても油断は禁物であると気を引き締めた。
「よくおいでになられました神官殿。私、当村の村長をしておりますジルベールにございます。して、本日はどのようなご用件でこちらにお越しなられたのでございましょうか?」
俺たちが入り口に進むと村の代表者と思われる年かさのいったご老人が口を開いた。
村長か。
警戒心が窺えるが、明らかにこの国の紋章をつけた馬車から降りた僧侶に対して警戒するか?
実のところ、警戒されているのは自分だという自覚のない勇者である。
「お迎えありがとうございます。用件の前にまず紹介をさせて頂きます。実はこちらの方は此度魔王封印にこの世界に降臨されました勇者様でございます」
僧侶君がそう言った途端、警戒心を漂わせていた村長から、警戒の色が消えた。
おおっと、胡散臭がられていたのは俺か!?
女神の加護の力はどうした?
やっと気付いた勇者である。
警戒されていたのは勇者の仕草によるもので、加護の好印象はそこまでカバー出来る程強くはないとまでは気付いていない。
「おお、その方が伝説の勇者殿なのですか」
「はい。此度の勇者、カズトと言います。よろしく」
村長が目を輝かせて喜んでいた。
この世界では、いくつになっても勇者というものは憧れの存在なんだろうな。
ふと思いついて試しに右手を差し出すと、がっしりと両手で握手を返された。
そうか、こちらにも握手の風習があったのか。
でも、今まではそんな素振りを示す人は居なかったし、ここだけに通じる風習か?
「勇者殿が剣を握る手を握らせて貰えますとはなんと光栄な。これは末代までの誉れになりますのぉ」
「ははは、そう言われると照れますね。ありがとうございます」
どうやら、握ってみたかっただけらしい。
握手の風習はないようだ。
「よろしいでしょうか?」
僧侶君が話を続けたいと言ってきたので、無言で頷く。
「では続けます。それで、こちらに来ましたのは、勇者様に魔王封印の旅の前にこの世界の事を知っていただいた方がよろしいだろうということになりまして、国内をご案内する旅を続けている途中なのです。そこで、丁度この村が目に留まりましてね。折角ですのでご案内しようと立ち寄った次第です」
そう、表向きの目的は旅行にした。
ちなみに、これは勿論俺が僧侶君にお願いしたこと。
普段、普通に村の住人として生活している筈の娘を、いきなり聖女だからさらって行きますとは言えないしな。
連れて行くならどんな形であれ、聖女自身の意志と、村の祝福は欲しいところだ。
その為にもまずは情報集めが必要だ。
「それで、大勢の方がこの場に出てらっしゃるようですが、これで全員ですか?」
「いえ、まだ幾人かの男衆と、他に女子供がおりますですじゃ。ほれ、皆の者を呼んでこんか。勇者殿のご来訪ぞ」
「はっ、はい」
俺を見ながら呆けていた男衆が村長の言葉に気を取り直し、そのうちの数名が村の中へと散らばっていった。
しばらく後、村中から人が出てきて俺たちの前に集まってきた。
小さな村というから寂しい所を想像していたが、思ったより人数が居る。
「沢山人が居ますね。壮観だ」
「ははは。昔はもっと大勢の者が居たのですがの、一人また一人と村を離れていき、今は半分も居りませぬですわ」
そこらはこちらの世界でも同じなのか。
世界観からして、もっと村に定着しているのを想像していたんだが。
村人達がそれぞれ俺に対する印象を口にする。
「勇者様だー」
「すっげー、初めて見た」
「絵本の勇者様とちがうー」
「おっきー」
大きな声で話す子供達。
そして……
「(あれが勇者様か)」
「(案外普通だな)」
「(強いのかな?)」
「(背は高いけど細っちいぞ)」
「(筋肉はある。強いんじゃないか?)」
ひそひそと話す大人達。
聞こえてるけどな。
「あと、ここには今おりませぬが、成年の儀の為に村を出ておりますアスベルというものが居りますですじゃ」
「成年の儀?」
疑問を口にすると例によって僧侶君が教えてくれる。
説明役ご苦労様。
「それはですね。この世界では男は十六の年に大人として扱われます。その際に、成年の儀という勇気を示すために試練の旅に出る風習を残している地域があるのです。ここはその風習を残した地域ということですね」
「十六の年?」
「はい。ああ、それも説明しておいた方がよろしいですね。この世界では生まれた年を生まれ年と称する以外は、八月を境に年を重ねていくのです。例えば生まれ年の翌年は、八月までを一歳を数える年、八月になれば一歳の年と呼びます。八月を基準にするのは、おおよそ皆が余り忙しくはない時期だからです」
なるほど、誕生日は意識しないんだな。
忙しくない時期に合わせるというのは、その分、祝い事に力を入れられるってところか。
「アスベルはこの村一番の狩人でしてな。この成年の儀を無事終わらせましたら、晴れてあそこにおりますリスティという者と婚姻を行う予定なのですじゃ」
村長、嬉しそうだな。
次代を担う若者が村に残って結婚するというのはそりゃ嬉しいだろう。
元の世界の俺の居た田舎でも若者の流出は深刻だしな。
俺も、早く嫁を貰って祖父母を喜ばせなきゃ行けないんだが…… 出会いがなぁ。
向こうに戻れたら、まず嫁探しでも頑張るとするか。
業績が上向いて商談も増えてるから、出会いも自然と上向くだろうし。
しかし、あんな美少女を嫁に貰えるアスベル君は幸せ者だな。
そんな事を考えているうちに、僧侶君はどんどんと話を進めていた。
「それで、村長殿。この村には立派な神殿がございますね。神官殿か巫女様がおられると思うのですが、どなた様でございましょうか? 私、神官として、後程ご挨拶をさせて頂きたいのですが」
僧侶君ナイスだ。
打合せ通りスムーズな言い回しだぞ。
「ああ、巫女がおりますですじゃ。 それでしたら、あのリスティでございます。よく出来た子でございましての――」
……なに!?
村長はつらつらとその娘の自慢話を続けていたが、俺はそれを聞いているどころではなかった。
あの娘が巫女? つまり、聖女なのか?
意識を集中させ、巫女を見つめる。
そしてそこに、微かに魔力に隠れた神力を感じとる。
こいつは……本物だ。
これが女神の言っていた聖女の隠遁力ってやつか?
本気で観ないとわからなかった。
危なかった。
遅れてたらアスベル君とやらに持っていかれるところだったぞ。
ぎりぎりで間に合った安堵感に俺は大きく息をついた。
「どうしましたか? 勇者様」
「いや、大層立派な神殿だなと思ってね。ため息が出そうっていうか、出たんだけどな」
「ははは、そうでしたか。でしたら勇者様も神殿にご一緒されませんか? 巫女様もそちらで正式にご挨拶をされたいそうです」
「ああ、お願いできるかな。女神様を祈りに神殿には行きたかったんだ。ついでに巫女に挨拶をさせて貰おう」
「かしこまりました」
よし。
いいぞ、僧侶君。
「でしたら、勇者殿の歓待の準備を致しますので、先に神殿に行かれましてはいかがですじゃ?」
「いや、歓待など、お構いなく」
「いえいえ、勇者殿にお越し頂いて何のお構いも出来ないでは末代までの恥。是非ともお願いしますですじゃ」
「そうですか、それなら……」
申し訳ないな、と思いつつ、ちょっと楽しみなのも事実。
歓待という以上、日常食とは行かないだろうけど村が出す食事というものに興味はある。
「よろしくお願いします」
「お任せ下さいですじゃ」
そして村長は、歓待の準備を行うのであろう比較的大きな建物に向かっていった。
その時、村長に走り寄る壮年の男性。
「村長、よろしいのですか? 村には」
「致し方あるまい。出来る限りの準備をしなさい」
「しかし……」
「良いのじゃ。もし、これで――」
村長は、そこで俺が見ていることに気付き話を切り上げ、無言で建物に向かっていった。
なんだ? 今の会話は。
俺は村長が建物の中に消えるまで、ずっと見送っていた。




