1話 黒髪の少女
竜は目覚める。
知っている天井、知らない天井。
矛盾する記憶が交差する。
今、かの竜は、一度その生に幕を下ろした古竜であり、
「あ、起きたのねリーリャ。早速だけど水汲み頼める?」
そして齢七歳の少女――リーリャであるのだ。
そして先ほど話しかけてきたのはリーリャの母親――リナ。
もう一人、今ここにはいないが、この家には住人がいる。それがリーリャの父親――サイムだ。
父親と母親、そしてリーリャの三人が暮らすのは、とある国のとある町。町の名前をルイムと呼ぶ。
リーリャ達一家はその町のとある一角でパン屋を営んでいた。
リーリャは自分を取り巻く環境を思い出す。
起こした体、次に自分の手の平を見つめる。その一連の動作だけでリーリャ自身はとても興奮した。遂に、遂に人間になれたのだ!と。
リーリャはベットから起きあがると、ひらりと足をうまく使い一回転する。
「おっとっと」
少し足がもつれてしまっために転びかけるが、何とかベットに捕まることで事なきを得る。
次に、リーリャは自分の声確認する。
「あ、あ、あ、あーあーああー」
とても可愛らしい幼さを持った声だ。
ふとリーリャは部屋の窓に目を向ける。朝露で少しだけ濡れた窓に自分の顔が映り込む。
黒髪の少女がそこには立っていた。平凡な顔立ちだ、というのはリーリャの感想だが、元竜であった彼女の美的感覚が人間と同じ基準であるか、ということはいまのところ置いておこう。
少しだけ吊り上がった目を中心に自分の顔をまじまじと確認する。
試しに両手でほっぺをこねこねとこねてみる。非常に柔らかく、こねるたびに面白いように形を変えるほっぺで遊んでいると、リナから再び声がかかる。
「おーい、リーリャ。また寝ちゃった?」
扉を開けてリナが顔を出す。
いつものようにリーリャは返事をしようとするが。
(あれ?我はどのように返事をしていたのだろうか……)
そう、現在リーリャの記憶に古竜であった記憶が重なったリーリャは自分という存在に混乱していた。
例えるとするならば、リーリャという小説を読んでいる最中に、別の古竜という小説を読み始めてしまったがために、小説の内容がごっちゃになってしまった様なものだ。
(ま、不味い。早く返事を返さなければ怪しまれてしまう。それにしても我は何と返事をしていた?ぐぬぬぬぬぬ…………はっ、いつも通りではなく今の返事をすればよいではないか!我天才!しかし今の我の口調ではだめだろう、確か似た様な口調を町の屈強な男たちの中で一番強そうなものが使っていたはずだ。今の我は女子、鍛え抜かれた男が使うような口調で喋ってしまっては絶対不味い。ならばどうする?誰か参考になるような人間は……はっ!)
「おはよう、お母さん」
「っ?……何、起きてたみたいでよかったわ。えっと、水汲み頼めるかしら」
「わかった、じゃあ着替え終わったら言って来るよ」
「頼んだわ」
リナが扉を閉める。
(ふぅ、何とかなったようだな。しかし、今となってレイナに助けられるとはな……)
レイナ、前世で竜だった時に拾った孤児だ。リーリャはちょうど彼女のことを思い受けべ、その口調をまねることで難を逃れ?たのだ。
平民らしい素朴な服に着替え終わったリーリャは部屋を出て家の裏口の方へ向かう。
「お、おはようリーリャ」
そうリーリャに話しかけたのはリーリャの父親であるサイムだ。
「おはようお父さん」
「グふっ!?」
サイムは吐血した。
「お父さん、どうしたの!?」
「いや、何でもない……心配するな」
「そ、それならいいけど……」
(うむ、変に探られる前に水汲みに行くか……)
「じゃあお母さんに頼まれたから水汲みに行ってくるね」
「あ、ああ、気をつけるんだぞ……」
水を汲みに家の外にあるので、リーリャは足早に外に出た。
(大丈夫……だったのか?まあ、大丈夫だろうそうだろう。それより我には水汲みという使命があるのだ、早急に達成せねば!)
家の裏口の前でそう強く意気込んで井戸へ向かうリーリャであった。
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家のテーブルで頭を抱えているのはリーリャの母であるリナであった。
なぜそんなことをしているのかというと……、
「……リーリャが、リーリャが返事してくれたよぉ………」
絶賛リーリャと親子喧嘩の最中であったサイムがうわ言の様にそんなことを言いながら付くに伏せて泣いていたのだ。
それは一週間ほど前のこと、リーリャから父親としての信頼がサイムが調子に乗って魔導書を買ってやるとリーリャに約束してしまったことが始まりだった。
なぜそのようなことになったかというと、それは原因姉にあった。
リーリャの姉は馬車で一週間ほど離れた場所にある国が運営している魔法学校へと通っていた。ある程度の魔法の才能が見られれば安い学費で入ることができるという平民からの信頼も厚い学校だ。
姉も偶然見た魔導書の魔法を発動で来たところから魔法の才能を認められ、その学校へ入学することができたのだが、その出来事はまだ竜の記憶に目覚めていなかったリーリャにとっては大きな出来事だった。
わずか数年の時しか生きていない少女にとって、身近な人が自分の行動範囲からいなくなるのは、それほど大きい出来事なのは言わずともわかるだろう。
そして、両親の必死の慰めのかいもあってリーリャは調子を取り戻したのだが、次にリーリャは魔法について興味を持った。
もちろんだがリーリャはあまり親に欲しい物をせがむことのない世間一般的ないい子ではあったのだが、しかしここで発動してしまったのがサイムの親心であった。
一人になったしまった娘が寂しがっていたところを見ているとどうしても甘やかしたくなってしまったのだ。そして、父親のとしてリーリャの話を聞いていたところリーリャは魔法に興味があるということを知って話すにつれて調子に乗って魔導書を買ってやる!、と約束をしてしまったのだ。
しかし、魔導書が簡単に買えるはずもなく、あえなくサイムは撃沈したのだ。
そして、約束したのに!とリーリャは子供心ながらに激怒、結果一週間ほど愛娘に無視され続けるサイムであったが、今日なぜか満面の笑みでおはようと言ってくれた娘の姿に思わず吐血するほどの感動を覚えているのだ。
「はいはい、嬉しいのはわかったから早く開店の準備をしてくださいね」
リナはサイムの背中をいつものようにバシバシと叩きながら仕事をしろと訴える。
(しかし、数日前まで私のことをママって呼んでたはずなんだけどねぇ、目を離すといつの間にかってやつかしら……)
リナはもうすでにこの家から出て自分の道を歩んでいるもう一人の娘のことを頭に思い浮かべた。
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