124話 秘密通信
ブルタリアス家の邸宅。
リーリャたちが花畑で年相応の女子らしく楽しんでいるころ、クリウスたちはとある魔道具の前で、呆れと驚愕を交えた顔で、ハジメへと語りかけた。
「まさか、こんなものが開発されてるなんてな」
『レーコツのおかげだ。俺も、陸王亀の甲羅とロロリドスの詩糸から電話ができるなんて思いもしなかった』
それは、遠距離通信を可能とする魔道具。ありとあらゆる振動を吸収する甲羅を持った陸王亀の甲羅と、動物の声に似た音を発し獲物をおびき寄せる糸を生成するロロリドスの糸を組み合わせて作られた電話だった。
ただ、この魔道具には多くの問題がある。
『まず、生産コストに大きな問題がある。一つ作るのに一か月はかかったからな。それに、一対一のみしか通信ができず、中継所も設置不可。これだけの揃えてやっと会話ができるっていう事実にメリットがある方が少ないから、普通なら魔法通信を使うんだけどな』
魔法通信とは、各街に設置されている筆記情報を他の町へと伝える魔道具だ。
様々なギルドがこの魔法通信を利用して連絡を取るために、国を飛び出して世界中に普及しており、なおかつ上記の陸王亀やらロロリドスやらといった魔物から素材を採取する必要もない低コストで出来上がる魔道具のため、利便性を考えるなら魔法通信を選択するべきだ。
「んじゃ、これのメリットってなんだよ」
『一つは盗聴されないこと。まだ新技術だから、横から会話を掬われることもないだろう』
そのハジメの言葉は、暗にこれから行われる会話が、盗聴されるとまずいものだと言っていた。
『二つ目にできるだけコンパクトに、手短に済ませておきたいからだな。俺だって忙しい』
二つ目として挙げられたのは、素早く通信ができるということを選んだ理由だった。確かに、魔法通信では、相手の文字を読んでから、返信を伝えるために内容を筆記するという手間が発生する。
だが、この魔道具は言葉を発するだけで、タイムラグはあるものの会話が可能なために、必要とされる手間が少ない。
故に、ハジメはこの手法にてクリウスとサリアスに連絡を取っていた。
「それで、そんな忙しい王子様が短い時間を使って俺に聞きたいことってなんだよ」
『いや、俺としては魔物討伐のスペシャリストとしてのお前の家系に質問をしたくて、この電話をつないだんだ』
そういうハジメにたいして、後ろにいたサリアスがクリウスの代わりに現当主である彼らの父親の言葉を教える。
「父さんは次期当主としてクリウスを薦めてる。だから、当主候補として今この場にクリウスを立たせています、ハジメさん」
『なるほど。了解した。まあ、学園でのお前達の活躍を見れば、その実力は疑う必要はないだろう』
「で、要件ってなんだ」
『それじゃあ、単刀直入に言おう。前回のクラマキナ学園襲撃についてだ』
その言葉が出てきてから、クリウスたちは身構えた。自分たちではなく、魔物討伐のスペシャリストとしてブルタリアス家に立った白羽の矢。
その、わざわざ盗聴対策をしてまで連絡したかったことと、自分たちの家系を考えてみれば、身構えるのも自然と言えた。
「つまり、俺たちの力を貸してほしいのか?」
『それは、まだ先の話だ。お前たちはあの事件での重要参考人の拘束に貢献してくれたから、まだ休んでてくれてかまわない』
「それならいい。まだ、前の戦いで自分の未熟さを知ったばかりだから、少し過敏になっていた」
それもそのはず。あの襲撃の際、彼ら蒼の二つ名を持つ二人は学園の中でもっともと苛烈な戦場に立たされていたのだから。
自分たちだけに押し付けられる死の危険性。剣の猛攻をただ一人で受けていたクリウスにとって、いまだただならぬ思いがあの戦いにはあるのだ。
『まあ、話を聞いてくれ。とりあえず俺たちが戦ったあの不死身に関しての話じゃない』
「じゃあ、なんのはなしだよ」
『俺たちが戦っていた場所とは別の場所で大量発生していた異形の魔物についてだ』
それは、クリウスも一度だけ見る機会があった程度にしか触れたことのない話だ。
確か、と思い出すクリウスの横から、サリアスが補助をするように数枚の紙を差し出した。
そこには、正確なタッチで描かれたあの時の魔物の死体の模写が乗っていた。
「これ、あの時咄嗟に書いておいた資料だよ」
「助かる。――それで、その魔物がどうしたんだ」
魔道具に向かって話しかけながら、クリウスは模写を一瞥した。
確かに、異形というにはふさわしい形をした魔物だ。
もともと、魔物にだって存在する生態系。クマやウサギ、ネコやカメなど簡単な分類から種別分けすることができるモノが基本だ。例外と言っても、スライムのような魔力自体が形を持った魔法生物や魔法自体が生き物のようにふるまう精霊。
だが、この魔物はそのどれにも該当しない。
『手元に資料があるみたいだから簡単に言うが……分析班の分析の結果、それぞれの部位で類似する部位を持った魔物が見つかったそうだ』
「……まさか、この異形ども全部が、作り出された魔物だっていうのか?」
『そのまさかだよ。もう、その事実は断言できるところまで来ている』
ハジメのその宣言に、クリウスたちは息をのんだ。
『とりあえず、今回の件でお前らに聞きたいことは二つだ』
ごくりとつばを飲み込み、クリウスはサリアスと目を見合わせながら、ハジメの言葉を待った。
『まず一つ。魔物の物理的縫合による接合はできるのか』
一つ目の問いは、件の魔物の状態にある。パーツごとに別種の魔物。その原因の一つに考えられたのが、生物でパッチワークを作るがごとくつぎはぎに体の部位をつなぎ合わされた可能性だ。
「……本来なら、不可能だ」
その問いに対する答えは、否定だった。
クリウスのその否定に、サリアスが追従する。
「過去の実験――っていうと聞こえが悪いんだけど、治療記録からあった話の一つ。他人の腕を回復魔法を使って接合する話がありました。ただ、結果は激しい拒絶反応を起こして被験者は死亡。ただ、この話には成功例もああります。失敗例の方が何倍にも多いですけどね。もし、魔物同士をつなぎ合わせるにしても、人間という同種同士だとしても難しいことを、別種の魔物との間でできるとは到底思えない。それが、僕たちの常識です」
腕や足を失った人間を回復させる方法は、はるか昔から研究されていた。高位の魔法使いでも治せないような失ったものを得る方法。神々に選ばれた人間にしか扱えない奇跡。
その昔、そのアプローチに選ばれた移植というやり方は、拒絶反応が発生する原因を識別できないために不十分な技術として記録されたものだ。
それをサリアスは人間ですら成功率の低い方法を、魔物とはいえ別種同士のものを接合できるとは考えられないと言った。
その説明を聞きながらクリウスが一瞥した模写には、確かに海洋生物を思わせる触腕と陸上の獣であるオオカミの足に、鱗を纏った奇妙な生物が描かれていた。
明らかに別種。それも、血や系譜では説明できないほどにかけ離れた生物同士の組み合わせだ。
『わかった。じゃあ、二つ目だ。もし、こいつらを作り出すとして、何に使う?』
その問いに、クリウスは言葉を止めた。
思考へとクリウスの意思は潜り込む。
(なにに、か)
異形となるほどの生物の部位の混合。わざわざ作り出したのなら、これは何のために組み合わせた生物なのだろうか。
「襲撃に使ったんだから、誰かを襲うためだろう」
『いや、これは明らかに失敗作だ。何しろ、攻撃すらする必要もなく無力化した個体もいたからな』
この生物は失敗作。ハジメがそう考えたのは、学園の生徒からの聞き込みにより判明した、襲われている最中に、勝手に何もしていないにもかかわらず死んだ個体がいたという事実だ。
作り出したにもかかわらず、その何らかの役割を果たすことなく死ぬ。それは、作られた道具として見て、不十分というしかない程に失敗作でしかない。
『本来の用途があるはずだ。これらの魔物が作られるきっかけになる用途が』
それが、ハジメがブルタリアス家に聞きたかった問いだ。
失敗作なら、それは失敗作なのだろう。だが、失敗作が存在するならば、本来目指しうる成功品があるはずだ。それが完成しているか否かにかかわらず、あの襲撃の犯人を導き出すためには、あの生物を作り出した目的を知る必要がある。
それが、ハジメの考えであった。
それから、しばらくの沈黙が流れる。
それぞれが思考の海へと埋没していく中、サリアスがとある一言をつぶやいた。
「――スローターボア」
その言葉に、ハジメは食いついた。
『……確か、スローターボアはリーリャの話では誰かに作られた魔物だったか』
「情報の裏はつかめてはいないが、ほぼ間違いはなさそうだな。それで、サリアス。お前が言いたいことはなんとなくわかる。ただ、認識のすり合わせのためにお前の口から言ってくれ」
「……はい。やっぱり、人に作られたって点で考えれば、あの遠足の時と襲撃の時。この二つの実行犯は同じと考えてもいいんのではないでしょうか。それと、もう一つ」
そうして、サリアスがクリウスの持つ魔物の模写に指を這わせながら、自分自身が気づいたその事実を一つ一つ明らかにしていく。
「この溶岩で固められた鱗はマグマモグラの鱗。触手はリープオクトパスのもで、頭部と脚部の形はレッドウルフのものだと思われます……」
異形の死体に接合された魔物の部位。自分の持つ知識とかけ合わせて得ることのできた解は、今あげ連ねた魔物たちの共通性を見抜いた。
「今あげた魔物たちはすべて、探知能力に優れています」
黒曜石に似た性質のうろこを持つマグマモグラは、火山地帯に生息する。その目は熱源探知に優れており、その力を使って間違ってマグマなどに近づかないようにしている。
リープオクトパスは海面上を飛び跳ねることで有名なたこだが、着目すべきはそれが彼らの狩猟風景であることだ。それは、彼らの目が海の上の渡り鳥などを補足しているという驚くべき事実に繋がる。
最後に赤い体毛が特徴的なレッドウルフは、嗅覚だけではなく聴覚、視覚も優れた砂漠のハンターなのは有名な話だ。
他の模写からも得られた魔物のものと思わしき情報、そのすべては、獲物や危険を探知する能力にたけた魔物たちばかりだった。
『何かを、探している?』
「そうとらえてもいいと思います。特に、スローターボアが動き出す前は、森は荒れていたましたが、何かを探すように荒らしていたと捉えることもできるはず」
確かに、とハジメは感嘆の息を吐く。いつぞやの遠足の際、スローターボアが行った大規模な攻撃活動は、自分たちを狙ったものではなかった。
少なくとも、クラマキナ学園内での行事である遠足の日程を学園外部の者が知ることはできない。特に、あのスローターボアの活動痕は数週間にわたって行われたもの。ハジメたちが遠足を行って森に踏み込んだたった数日のうちに付けられた傷ではないのだ。
そうなると、犯人は何かを探していて、その目的を達成できる魔物を作り出そうとしている。
そう、考えることができた。
『有益な情報だった。少なくとも、今後のアプローチに対して進展があったのは間違いない、感謝する』
「まあ、同級のよしみだ。それに、王子様に催促されちゃ、否なんて言えねぇだろ」
王族を中心とした貴族階級が形だけになって久しいあのクラスで、こんなことを気にする者はいない。
それが、クリウスの照れ隠しだと気づくころには、ハジメは次の仕事に取り掛からなくてはいけない時間になっていた。
『それじゃあ、連絡を切る。今後も何かあったらこれを使ってくれれば、俺か代理の執事が出る。何分、お前の所にいる女はトラブルが多いみたいだからな』
そういわれてクリウスたちの頭に浮かんだ黒髪の少女は、確かにトラブルメーカーと言えるほどに様々な何かの中心のいる。
「それは、協力してくれるってことでいいんだよな?」
『まあ、話を聞くぐらいならできるだろう』
「あはは、まああの人だって好きで巻き込まれてるわけじゃ――……自信を持って言えないなぁこれ」
『それもあいつの面白いところだ。それじゃあ、俺は席を立つ』
「これからもよろしく頼むよ、ハジメ」
「僕からもよろしくお願いします。ハジメ様」
『ああ、俺からも頼ることが多々あるだろうが、よろしくな』
こうして、次代の貴族たちの会合はひっそりと幕を閉じた。
得体のしれない、霧のように不確かな不穏な影の存在を感じながら。




