117話 君の弔いを私は望む、だからこそ花を添えさせてくれ
学園を襲った事件から一週間。
その波紋は収まりを見せていた。
しかしながら、戦いの傷跡は多く、現状では平時のように授業を続けることができる状態ではなくなってしまった。
そのため、学園は今年の終わりには卒業をする六年生を除き、全生徒が一度、家に戻されることとなった。
もう既に半分以上の生徒が家への帰路に付いた中、ハジメは王都からくる迎えを待って学園に残っていた。
「外も散々だったみたいだな」
中庭であっただろう戦場後にぽつんと置かれたベンチにて、独り言をつぶやきながらハジメは暇をつぶしていた。
遠くに見える景色からは、復興の前準備として崩れかけた建物の補強をしている六年の生徒たちの姿が見える。
それをぼーっと見ていたハジメに声をかける者がいた。
「お、ハジメか」
王族であるハジメに気安く話しかけるのは、ハジメと同じ五組のメンバーと、なんだかんだと接点の多い六組の生徒だけだ。
そして、声をかけてきた存在は後者に該当する。リーリャだ。
「どうした、リーリャ。お前はまだ帰らないのか?」
「ああ、母さんが張り切ってな、教師たちに差し入れってパン売ってる。もうしばらくはかかるだろうな」
「なるほど」
リーリャは「稼ぎ時よ!」と声高らかに宣言し、パンを売るために学園に滞在する母親の商売根性に呆れを通り越してある種の尊敬を覚えたのを思い出す。
楽しそうであり、誰かに迷惑がかかることもしていないためにリーリャとしても文句を言うわけではないので、放置コースだ。
そんなリーリャだが、ベンチに座るハジメの右腕に視線が食いついた。
「お主、その右腕」
「ああ、前の戦いで斬られたんだよ」
ハジメの右腕は、肩から下が無くなっていた。
それは、ルティスに切り落とされた傷。しかし、リーリャは少しばかり疑問を持った。
「おぬしほどの魔法使いなら、腕の一本や二本生やすことぐらいは簡単ではないか?」
「簡単に言うな。俺だって苦手なことぐらいある。それに、元々体質的に回復魔法が利きづらいってのもあるな」
リーリャの言う通り、この世界には欠損した部位を再生する魔法はある。
しかし、ハジメはその体質故に、その効果を受けることができなかったのだ。
そこまで話したところで、逆にハジメはリーリャの腕について問うた。
「お前こそ、両腕包帯でがんじがらめになってるが、大丈夫なのか?」
「ああ、これか」
そう言ったリーリャは、徐に左腕を動かす。すると、包帯に巻かれた腕とが取れた。
取れた左腕は首に掛けられた布によって地面に落ちることなく固定されているが、それでも肩から肘よりも少し上の部分だけを残して腕が取れたというのはとても心臓に悪い話だ。
「なっ……」
「相手の魔法でな。何人か同じ魔法を受けた奴が出てる」
「あ、ああ。うわさの生き殺しか」
生き殺し。それは、リーリャの受けたハンドグンドの力の被害者の中でも特にひどい影響を受けたものを指して呼ばれた言葉が、そのままこの状態の患者に適応されたものだ。
その患者は、自分の頭を抱えて帰郷したのだが、中には治療のためにレットリア管轄の病院に入院しているものもいる。
比較的症状の軽いリーリャは、入院する程でもないとリーリャ自身も判断してか、こうして自由に過ごしている。
その話を聞いた後、ハジメはリーリャの右腕を見た。視線に気づいたリーリャは、左腕とは事情の違う右腕の話もする。
「こっちは魔法の反動だな。無理矢理治すよりも自然治癒を待った方がいいとか。まあ、流石に骨とか皮とかがぐちゃぐちゃになってたら何が起こるかわからんしな」
「そんなにひどい傷なのかよ……」
「薬液がいっぱいに入った瓶に腕突っ込んで自然治癒促すレベルには、な。今も瓶の上から包帯やら何やらで固定した状態だ」
「なんか太いと思ったら、そういうことか。死人こそ出なかったらしいが、よっぽどな奴もいるってことか」
「それだけ、今回の被害はすごかったということだな」
右腕の傷をしみじみとした視線でリーリャが語ったところで、少しばかり間が生まれる。
そこで、リーリャはいま己がやろうとしていたことをふと思い出し、行動に移った。
「何やってるんだ?」
ベンチを通り過ぎ、草むらに歩いていったリーリャにハジメが問いかける。
「探し物だ。花を探してる。……丁度いい、お主も手伝ってくれ」
「あぁ。ま、暇だったからいいか。それで、どんなの探してるんだ?」
「綺麗なのだ。供えられるなら、見栄えがいい奴の方がいいだろう」
「供える? まあいいが……」
少しばかり首を傾げながら、ハジメも草むらへと音を立てて入っていった。
数分して、小さな花が見つかる。
八つの花弁がひらひらと風に揺れる、紫色の花だ。
「これでいいか?」
そういいながら、ハジメが花に手を伸ばしたところで、リーリャが待ったをかけた。
どうした、と疑問符を浮かべるハジメをよそに、リーリャが魔法を唱える。
「『クレイ』、それに『フライ』」
まず、最初に発動した『クレイ』にて花の周辺の土をどかす。そうして、花の根が含まれる土だけが残ったところで、次に『フライ』の魔法にて花を含めた土の塊を宙に浮かせた。
「要望でな。茎からちぎるのはかわいそうだと」
「そうか。まあ、いいのが見つかってよかったな」
「ああ、ありがとな」
そうして、目的となる花を見つけたリーリャは、とある場所へと向かった。
その後ろ姿をハジメは見送った。
「次に会う時は何処になるだろうな。まあ、そう遠くないうちに会いそうだが」
ハジメの勘が言っていた。これにて、リーリャと学園で会うのは最後になる。しかし、それでも近いうちにまたどこかで会うことになると。
「まあ、俺の勘が当たったことなんて数えるほどしかないんだけどな」
そう言葉を濁して、ハジメはベンチを立った。
その横には、音もたてずに一人の女性が立っていた。
「クティ」
「クティアナです、殿下」
「迎えの準備ができたってことでいいんだよな」
「はい。それともう一つ。王からの伝言です。『検討はするが、難しいってことだけは忘れるな』とのことです」
「わかっている。それでも、ここのことは気に入ってたんだ」
「……はい。ともかく今は、おかえりください」
「ああ、部屋の荷物はもう積み込んであるんだろう? それじゃあ、さっさと行くか」
「はい。馬車はこちらです」
クティアナと呼ばれた女性は、ハジメの従者の一人。その後ろには、ハジメの護衛であろう騎士が数名立っていた。
本来ならば、王族という立場上こういった護衛が必要なハジメだが、父親である王に無理言って護衛なしでの学園生活を送っていたのだ。
「まったく、むさ苦しいのは好きじゃないんだが」
「そう言わないで下せぇ殿下。それに、姦しいのもあまり好みじゃないのでしょう?」
ハジメの訴えに、護衛の中でも老練と言える気配を発する騎士が答える。
彼はもともと剣の技術をハジメに教えた教師でもあるため、軽口を言い合える中でもあるのだ。
そう言った冗談をかわしつつ、クティアナの先導にて馬車の元へとハジメたちはたどり着いた。
乗り込んだハジメに続き、隊長である先ほどからハジメと会話をする騎士も乗り込んだ。
クティアナは馬車の御者として馬の手綱を握る。その横に、別々の馬に乗った騎士が配置され、馬車は出発した。
「聞きましたよ、殿下。相変わらず、無茶なことしますね」
「その結果がこれだ。王家の剣も一緒に封印したしな」
「全く、王女方々が聞いたら何と言うか」
「まあ、俺にあれ渡した親父は大声で笑うだろうが」
「違いませんな!」
馬車の外まで、騎士の快活な声は響く。
「まあ、これからも苦労を掛けることになるな、カイド」
「心配しないでくだせぇ。何時だって、私は殿下の味方ですよ」
こうして、ハジメは王都へと向かう。
ただ、ハジメは一週間前に起った学園を襲った事件を、このまま終わらせるつもりはない。
「まってろよ、魔竜」
ただで終わらせる気など、微塵もない。
――――――――――
「お主が望んでるかはわからぬが、ほれ、花だ」
一輪の花を、リーリャはゆっくりと地面に下ろす。
その先には、一つの石があった。意味合いは墓。石の下に死体があるわけではないが、気持ちとしてかの者が死んだその近くに、リーリャはひっそりと墓を作ったのだ。
「さて、と。もうすぐ我はここを離れることになる。次にここに来るのは……半年後になるな」
墓に語り掛けるように、リーリャは言葉を繋げる。
半年。それは、この学園の復旧にかかる目途として提示された期間だ。
リーリャ達生徒は、いったん家に帰宅し、半年後に再び学園に戻ってくる。そう言ったことを数日前に言い渡されたのだ。
なお、その言葉を言い渡したソフィアは、涙目になりながらも、担任は変わらないと必死になって宣言していたのはクラスメイト達にとってはいい思い出となった。
そして、真っ先にこの学園から比較的遠い街や、他国行きの馬車が出発した。
その馬車に乗って、一般的に獣国とよばれる国に住んでいたフーゴルとテレサの二人が真っ先にこの学園から去っていった。
そして、比較的遠い町に住んでいたというポーロやバルカン、リフィルなどの面子も各々のタイミングで馬車を使い帰郷していった。
聞いてみれば、リーリャのすんでいたルイムの町から、近い町に住んでいるという生徒もおり、機会があったら会おうなどと約束をして別れた。
そして今、この学園に残る一年六組の生徒はリーリャだけになった。
「リーリャーっ」
そんなリーリャを呼ぶ声がする。
姉であるリラだ。
リーリャがこの学園に残っている理由は彼女にもあった。
先にハジメに説明した様に母親が張り切って稼いでいるというのもあるが、一番の要因は、生徒会の副会長であるリラの仕事が片付くのを待っていたからであった。
そんな姉が、いまリーリャのことを呼んでいる。おそらく、仕事が終わったのだろう。
そんな予想をしながら、リーリャはその場からゆっくりと立ち去った。
「それではな、ハンドグンド」
もしかしたら、友人になれたかもしれない竜へと、言葉を残して。
――――――――――
小さな墓。
手のひらに収まりはしないが、腕で抱えるほどではないぐらいの石が立てられたそこに、リーリャ以外に立ち寄る影かあった。
「ハンドグンド。直接会ったことはなかったな」
「それが、君の言う古竜の墓か」
訪れたのは人間は二人。
片方は今に生きる古竜の一人、エステラ。そして、その監視役を任せられたアーディベルトだ。
「死体はないがな。あの少女が作ったものだ」
「リーリャちゃん、だったかな。六組の、元気な子だね。それに、前の森で気にかけていた……」
「ああ、彼女は、少しばかり異質だ」
少しばかりの会話が、エステラの放った言葉で途切れた。
冷え切った間の中、二人の視線は作られた小さな墓へと向けられる。
その中で説明するようにエステラが口を開いた。
「ハンドグンド。名を、弔竜ハンドグンド。この世で殺しを最も憎んでいる竜だった」
その言葉の中で、アーディベルトが少しばかり気になったことを発した。
「なあ、その、弔竜ってなに? 他にも、義竜とか、魔竜とか……そういう君も確か、『教竜』だったっけ?」
今現在、エステラが語る情報の中で、古竜たちの数少ない共通点の一つ。それが、その名前の前につく何某竜の言葉だった。
現在アーディベルトが知るのは、魔竜を筆頭に教竜、義竜、そして弔竜の四つだ。
アーディベルトとしては、最初は竜国と呼ばれる国に所属するものの称号か何かかと思っていた。特に、二つ名と呼ばれる自分にもつけられたあだ名の様なものには、そう言った者も含まれるからだ。
だが、エステラの話を聞く限り、その考えが間違いであることが明らかになっていく。
では、その竜と着く称号は何か? その答えをちらつかせるようにエステラは言葉を選んだ。
「力、だ。その竜が背負う、業のようなモノ」
「力であり、業?」
「これ以上は、あんまり言いたくないな。終わった話なら、いくらでもできるんだが」
「そう。まあ、これからもこちらの情報源となってくれればいいか。それで、どうしてここに来た?」
その言葉を遮るように、エステラは墓の前へと歩いた。
そして、墓の前で手を合わせ、目を瞑る。
「かつての同胞だ。供養位はするさ」
そうして、懐からリーリャの持ってきた花と似たような花を取り出した。
それは、エステラが知る、彼の好きだった花だ。
その花を墓の前に、リーリャの置いた花と重なる様に置き、静かに立ち上がる。
「さ、私の用事はすんだ。それで、次は王都だったか?」
「ああ、この国の王が君を呼んでいる。馬車はもう用意されているから、さっさと行こうか」
そうして、学園に居座っていた竜も移動を開始する。
運命は再び枝分かれ、一つの結果を求めて歩き出した。
――まあ、可能性なんてどうなるかわからないんだけどね。
そして、もう一人。どこにでも存在して、どこにも存在しない竜はかつての同胞たちを見送った。
何処にでも存在するのだから、見送るというのも変な言い方ではあるが、それでも彼は見送ったのだ。
何故なら、彼には警戒すべき人間がいたから。
――さて、彼女は何をしているのかな?
そうして向けられた目の先にいたのは、一人の少女だった。
その少女は、昼間だというのにベンチの上で眠りこける。誰にも干渉されず、誰にも干渉しようとしない。
だが、そこに存在し、その場にいる。
――前と、同じことにならなきゃいいけど。
願いではなく、憂い。
かの竜にとっては、どんな可能性に転んだところで、それは可能性のただ一つにしか過ぎないのだから。
だが、それでも竜は思う。
――頑張ってね、愚竜リーリャ。どうか、自分の力に呑まれぬように。
それは、心配の意をもってして。
はい、と言うわけで三章終了です!
思ったよりも話数的にも文字数的にも長くなってしまいました今章。ここまで読んでくれた方に感謝を!というわけで、次の章がいつになるかはわかりませんがブックマークを残しておいてくれると幸いです。よければ、感想や評価、レビューをしていただければ(強欲)
一応、四章作成に当たって設定の見直しと、一章である『少女の日常』の見直しと書き直しをする予定なので、また時間がかかりそうです。また、リアルの方も……うごごご……。
ともかく、またも数か月ほど期間が空くと思いますが、のんびりと思い出した時に更新されてるーっ、程度に待っていただければと。
それまでは、何度か番外編でもだしてだましだまし繋いでいこうそうしよう。
それでは、また( ・ω・)ノシ
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