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8.期待する者される者

「……なるほど、な」

 王との謁見は、前回と異なり和やかな夕食会ということにはならず、また謁見の形も取られなかった。

 王の執務室で秘密裏に話し合うという形式が取られ、登城したクラウスとエクムントを出迎えた騎士は、待機室などへ向かわずまっすぐに執務室へと案内した。


 一言も口を挟むことなく、クラウスの報告を聞き終えた王は、しばらくの間目を閉じたまま沈黙を続けていた。着座している目の前には、黒檀の盆に載せて二つの手紙が置かれている。

 イシュガメイの商店に向けたものと、ハトルストーン侯爵家当主に向けたもの。

 王は侯爵家宛ての手紙をためらうことなく開き、中身を確認したが、誰にも内容を告げていない。


 しかし、王の背後に立つ男には内容が見えていただろう。

 クラウスはじっと王の言葉を待ちながら、先日は姿を見せていなかった人物が王の後ろに控えているのが気になっていた。初老の男性ではあるが、肩幅が広く、貴族たちの多くが着ているようなジャケットが窮屈そうに見える見事な体躯だ。

 傷跡が目立つ顔で、片目は刃による傷で白く濁っている。


「ナサニエル、どう思う?」

「は。現状ではなんとも……ただ、ハトルストーン侯爵家は王家の血も入った名門貴族。正面から探りを入れることは難しいでしょう。如何な理由があろうと傘下にいる貴族たちに動揺が起きるかと」

「で、あろうな。では裏から探るとしよう」

「御意……」


 王からナサニエルと呼ばれた男性は短く答え、王に一礼して歩き出した。そして扉へと向かう途中、クラウスの脇を通り様、彼にだけ聞こえる声で囁く。

「あまり裏のことを知らぬ方が良い。表舞台の執行人よ」

 クラウスはちらりと視線を向けただけで答えなかった。

 相手が表舞台とわざわざつけた以上、彼は王直属の暗部であり、裏部隊の死刑執行人なのだろう。


「あまり気にするな、クラウス。あれは自分たちのテリトリーで事件を起こされて腹を立てておるのだ」

「は……では、ハトルストーン侯爵の件は、彼に任せるということで……」

「そうは行くまい」

 ナサニエルが去ったのを見計らい、王はクラウスたちに向けて近くで聞くように命じた。


「あ奴の部隊は優秀ではあるが、万能では無い。現にこうして、イシュガメイ関連の密偵と思しき女が野放しになっていた。それに、イシュガメイの王子が来ることはまだ一部の者しか知らぬ。しかし、余があの者にその話をしてからすぐ、密偵の女は殺された」

「では、彼の部下に情報を漏えいしている者がいる、とお疑いなので?」

「あるいは、あ奴本人が問題かも知れぬ」


 王は目の前に置かれた手紙のうち、ハトルストーン侯爵家に宛てたものを掴み、向きを変えてクラウスたちへ見せた。

「これは……」

「侯爵家の者へ『真珠のイヤリング』を発注し終えたと連絡する内容の手紙だな。……イシュガメイへ送った手紙の内容と合わせてみれば、繋がりは明白であるな」


「伯爵閣下、つまりハトルストーン侯爵家はイシュガメイと繋がっていて、殺されたカーラを連絡役に使っていた、と?」

 エクムントが確認するように尋ねると、クラウスは顎に手を当てて首を傾げた。

「侯爵家の人間が接触するには……」

 町の娼婦が直接侯爵家を訪問するのも不自然であるし、手紙を送るのも違和感がある。場合によっては差出人の内容を見て使用人が捨ててしまう可能性だってあった。


「高級貴族に対して子供を認知するように求めたり、顔を繋いで商品を売りつけたりすることを狙う者は多い。侯爵家ほどの規模になると日常茶飯事だろう。紹介でも無ければ会うことすら難しいはずだ」

 クラウスの意見に王も頷く。

「貴族向けの高級娼婦というわけでもなければ、近づくことも難しかろうな」


「恐らくは、間にもう一人以上誰かが介在しているのではないかと思われます」

 出入りの商人などが考えられるが、今の時点では何とも言えない。

「……ひょっとして、いや、まさか、な」

 一人、貴族で町の娼館を使っていそうな友人を思い出したクラウスだったが、王には話さず、自分だけで確認しておくことにする。


「では、クラウス。お前にもハトルストーン侯爵家の件も含めて調査を続けてもらいたい。イシュガメイの商人については、国境の監視と同時に密偵を送ることにしよう」

 送る、と王は行ったが、実際はすでに潜り込ませてあるだろうとクラウスは考えていた。国同士、表向き友好的でも実際は何をやっているのか、調査をしておく必要がある。

 表向きは大使が滞在し、裏向きは密偵が市井から情報を集める。それはどの国も行っていることで、問題があればナサニエルのような男が密かに“処理”する。


 自分が厄介な世界と繋がってしまったことに内心嘆息しつつも、クラウスは王に礼を言って辞去した。

「そうであった。クラウス、これを持って行け」

「陛下、これは……」

「調査には何かと費用が必要であろう。貴族家の金が動くと余計な連中が嗅ぎつけてくるやも知れぬ。取っておくと良い」


 重要な証拠としての手紙と共に、クラウスに手渡されたのはずっしりと金貨が詰まった袋だった。

「このような大金を頂くわけには……」

「報酬の前金分とでも考えておいてくれたら良い。お前の働きには期待している」

「はっ、イシュガメイの王子来訪までに必ずや王都の掃除を完了いたします」


「そうであった。もう一つ」

 思い出した、と王は先ほどまで見せていた気難しい表情から一転、微笑みに変わった。

「エーメリー侯爵から頼まれておる。余がクラウスを気に入っているという話をしたことがあってな、その時に言われたのだ。侯爵家で主催するパーティーに、是非クラウスを招待したい、と」


「はあ、ですがエーメリー侯爵とは面識が……ああ、なるほど……」

「心当たりはあるようだな。では確かに伝えたぞ?」

「承知いたしました」

「騎士エクムント・アードラー」

「は、はい!」


 突然水を向けられたエクムントは、少しばかり肩を落としているクラウスを見ていたところで、思わず大声で返事をしてしまった。

 すぐに執務室の外から護衛の騎士達が飛び込んでくるが、すぐに王が問題無い、と再び外で控えさせた。

「元気があるのは良いことだ。クラウスを良く支えてくれ」


 そうして、王は手ずから幾ばくかの金貨をエクムントの手に握らせた。

「騎士爵家当主が得られる年金が如何程か、余は知っておる。負担をかけて申し訳ないが、期待している」

「陛下……」

 涙をこらえながら金貨を押し頂く格好で受け取ったエクムントは、クラウスに促されて静かに退室していく。


 一人残された王は、じっと目を閉じていたが、しばらくして口を開いた。

「さて、予定通りに手配はできているな?」

「はっ、国境の検問には手の者を配しております。万が一にも、イシュガメイからの諜報員は通しませぬ」

 王の言葉に応えたのは、その背後から壁をすり抜けるようにして現れたナサニエルだった。


 王の執務室には、わずかな親衛隊騎士と暗部の者、そして王家の人間だけが知る抜け穴がある。

 ふと見ただけでは単なる壁と柱だが、蔭になるように扉が作られているのだ。

 普段はここに護衛を待機させておくのだが、今はナサニエルが密かに戻り、潜んでいた。

「あのクラウスという男には、あまり期待せぬ方が良いかと……」

「そのような意見は聞いておらぬ」


 ナサニエルの言葉を、王はぴしゃりと止めた。

「かのホーゼンハウファー伯爵家は、長い間王国に尽くしてきてくれた。穢れた血筋と後ろ指をさされようとも、代々の当主は決して職務を放棄する事無く、さらに高い地位を求める事も無く、ただただ役割を全うして来たのだ」

 それを信用せずして、エイグス王家の王族は勤まらぬ、とまで王は断言する。


「失礼ながら、何ゆえそこまで……」

「お前の疑問も分かる。余も直接話すまでは、多少なり疑念が残っておった。だが、今は違う。あのクラウスという男を余は信用しておる」

 だからこそ、高級貴族たちにクラウスという人物について話し、噂や為人を聞くのも今の趣味となっている。


「わからぬなら、直接話を聞いてくると良い。そうであった、丁度良い物がある」

 王が引き出しから一つの手紙を取り出し、畳まれた便箋を開いた。

「エーメリー侯爵のパーティーに余も招待を受けておる。貴族たちの交流に余がみだりに顔を出して緊張させるのは控えるべきだが、クラウスの様子も見ておきたいし、たまには良かろう。これに護衛として付いて参れ。そこで直接彼のことを確かめると良い」


「……お心づかい、感謝いたします」

「そうか。では感謝ついでに、これをエーメリー侯爵へ渡してくれぬか。おそらくはまだ城内に居るだろう」

 参加の旨をしたため、サインを入れた王は書簡をナサニエルに手渡した。

「御意」


 再び隠し通路へと姿を消したナサニエル。

 こうして完全に一人になった王は、再び目を閉じた。


 それから二十分ほど後、クラウスはエクムントを連れて馬車で帰宅したのだが、すでにパーティーの誘いが来ており、しかもすでに参加の返答を送っていると知って脱力してしまった。

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