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2.王からの依頼

「良く来てくれた。今宵は他に諸侯がいるわけでもない。余の家族と共にゆっくりと食事を楽しんでくれると嬉しい」

「は。この度は格別のお招きにあずかり、恐悦至極。我が家の名誉は今宵を持ちまして……」

「堅苦しい挨拶は不要だ。クラウス・ホーゼンハウファー、余はお前のことを個人的に知っているわけでは無いが、その家系が背負う業とも言うべき役目に関して、常々感謝しておる」


 クラウスが通された場所は王族のためにある食堂の一つであり、多くの場合は王とその家族が毎晩の食事に使われている部屋だった。

 ここへ通されるだけでも異例だが、すでに王が待ち構えているのも異例だ。

 本来ならば家臣が先に到着し、たっぷりと待たせてから王が入室するのが常なのだから。

 この待遇だけでも、クラウスを特別扱いしようという王の意思はハッキリとわかる。そのせいか、使用人たちも心なしか緊張した面持ちでいた。


「さあ、席は用意している。余の家族を紹介するゆえ、まずは座ると良い。食前酒を用意させよう。ワインは飲めるな?」

 白いものが混じり始めた立派な髭をしごきながら、王は軽く右手を振って真正面の席を勧めた。

「は、お気遣いありがとうございます。好物にございます」

「それは良かった。今年は葡萄の出来はあまり良くないと聞いているが、ワインは非常に良い物が仕上がっているようだぞ」


 勧められた席に座ったクラウスの目の前で、高価なワイングラスに濃い赤のワインが注がれる。サーブする使用人が少し震えていた。

 その間に、クラウスはさりげなくテーブルに向かっている人たちの姿を盗み見る。

 真正面には王が鎮座し、その左隣には第一王妃が着席していた。右隣にも皿が用意されているが、誰も座っていない。


 空席には本来第二王妃が座るのだろうが、三年ほど前に亡くなっている。王国において死者のための食事を用意するような習慣は無いが、王がそうさせているのかも知れない。

 あるいは、と左側に着席している若い二人の男性を見遣る。

 第一王子と第二王子。二人とも第二王妃の子で、まだ十代前半の若さだが落ち着いた様子でクラウスを興味深げに見ている。


 そして、彼らと向かい合う場所に一人の少女。しかし、彼女の隣の席にも皿は用意されている。

「……すまぬな。コンスタンスは体調が悪いと言って休んでおる。あ奴の話でお前を呼んだのだが」

 クラウスの視線で察したのか、王は申し訳なさそうに詫びた。

 王が言うコンスタンスは第一王女で、王の長子でもある。十七歳であり、他国の王家に嫁入りすることが決まっているとクラウスは聞いたことがある。


 一人残っている少女は第二王女コートニーだ。

 まだ十代になったばかりである小さな彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべてクラウスへ視線を向けた。

「お姉様は貴方のことをよく思っていらっしゃらないの。今日のお食事も、貴方がいらっしゃると聞いて逃げたのよ」


「これ、コートニー。失礼であろう」

「失礼なのはお姉さまの方ですわ、お父様。王国でも最も古い一族の方がいらしてくださるのに、ご挨拶も無いなんて」

 王妃も口を開いて注意したが、コートニーは悪びれる様子も無い。

「どうか、臣のことはお気になさらず。役職ゆえに忌避されることも理解しております」


 だから、そんな自分を家族の晩餐に呼んだ理由がわからない、という意味で言った言葉だったが、王よりも先に第一王子の方がそれに気づいたらしい。

「コートニーが言う通り、長く王国に仕えている、それも重要な役割を担う伯爵家の当主と僕たちも顔を合わせておく必要があるからだよ、クラウス・ホーゼンハウファー。尤も父上は貴方には他に話したいことがあるようだけれど」


「お話、でございますか」

「その話は後にしよう。そろそろ食事を始めようではないか」

 王が強引に話を止めると、使用人たちが慌ただしく配膳を始めた。

 内陸部にある王都では中々お目にかかれない新鮮な魚を使った前菜が配られ、ワインが減っている者にはワインが、まだ幼い王女のグラスには水が注がれる。


 そうして始まった晩餐会は、しばらく無言の空間が続いた。

 前菜からスープ、サラダと続いたあたりで、口を開いたのは王女コートニーだ。

「クラウスさん、あなたは今のお仕事で楽しいのかしら?」

「王女殿下。どうか私にさん付けはお止めください。陛下の臣たる私に対しては、どうか呼び捨てでお願いいたします」


「じゃあ、クラウス。そう呼ばせてもらうわ。それで、どうなの?」

 失礼とも取れる質問を窘めようとした王妃を、クラウスは視線で止めた。聞かれて嫌な気はしない。無邪気な疑問であり、王女として生まれ、若いながらも血による責務を感じているのかも知れない。

「楽しいか否かで申しますと、どちらでもありません。私の役割は王国を蝕む悪を排除することであり、必要なことであるとは自負しておりますが、その必要が無くなるのであれば、それは王国にとって最上のことでしょう」


「仕事を辞めたいってこと?」

「そうじゃないよ、コートニー」

 クラウスの代わりに、第二王子が口を開いた。

「彼が仕事をしないで済むってことは、王国に悪人がいなくなるってことだから、そういう世の中になることが一番って意味だよ」

「ふぅん……」


 理解しているかどうかはわからないが、納得はしたらしい。

 にこりと笑ってクラウスに向かって頷いた第二王子は、賛同するようにクラウスが頷いて返すと、嬉しそうにサラダを口に入れた。

「私は」

 と、第一王子がクラウスに向けて真剣な目を向ける。

「貴方のように重要な役割を担う貴族家が、侯爵や辺境伯などではなく、領地すら持たない王都住みの伯爵でいることが不思議だけれど」


 メインディッシュだろう仔牛肉の煮込みが運ばれてきたが、クラウスは手を付けずに第一王子へと目を向けて答える。

「何代も前、王国成立の際に初代のホーゼンハウファー家当主が、初代国王陛下と約束を交わした、と聞いております。民を裁き、貴族をも裁く立場にある者が大きな権力まで得ることは腐敗の原因になりかねない、と」


 伯爵家に代々伝えられている逸話であり、王家にも記録が残っているとされているものだが、王子たちは初耳であったらしい。

「故に、罪あって降格されることはあっても、功あろうと昇爵することはないのです。私も、それで良いと思っております」

「なるほど。でもそれは、公明正大であろうとする王の立場としてはどうかと思う」


 第一王子の言い様は、現王である父への疑問でもある。

「お前がその地位に立ったなら、その時に考えると良い。まだ知らぬことも多い。結論を急ぐものではない」

 王はホーゼンハウファー家についてそのように言い添えると、クラウスに向けてにやりと笑った。


「余自身は、お前に個人的に報いたいと思っている。何かあれば遠慮なく言うと良い。そうだな、確かお前はまだ独身であったはずだ。ならば相手を探してやるのも悪くないな」

「陛下、お戯れを……」

「おや? 誰か想い人でもいるのかね?」

「参りましたな、なんとも」


 照れくさそうに頭を掻いたクラウスを見て、王は笑い、つられて家族たちも笑う。

 和やかな雰囲気が戻った食卓は、いくつかの料理を経てデザートへと移り、王子たちや王女、そして王妃とそれぞれの部屋へと帰って行った。

 残された王はゆっくりと紅茶を傾けていたが、家族が皆退室したのを認めると、クラウスをサロンへと招いた。


 高価な蒸留酒を王に手ずから注がれたクラウスは、どんな無理難題を言われるか気が気では無かった。

 警備も入れない王族のためのサロンに招かれるなど、家族同然の扱いを受けているに等しい。それだけ重大で秘密裏にしておきたい話題だということだ。

「まあ、気楽にしてくれ」


 無理を言うな、と言いたいのをぐっとこらえて、クラウスは王と向かい合ってソファに腰を下ろす。

 勧められるままに酒を口にすると、豊かな香りのウイスキーが鼻腔をくすぐり、一口飲むと熱さが喉を通った直後、爽やかな香りだけが口の中に広がる。

「美味い酒だろう。なかなかに良いものだが、妻も息子たちも、この味をわかってくれなくてな。共に味わえるのは大変嬉しいことだ」


「本当に、美味い酒です。綺麗な言葉ではありませんが、心から美味いと思える酒です」

「ふ……良かった。これで余も話がしやすくなるというものだ」

 酔ってしまう前に話をしよう、と王は本題を切り出した。

「今日は姿を見せなかったが……コンスタンスのことだ」

 第一王女コンスタンス。女性にしては背が高く、すらりとしたスレンダーで美しい女性であると有名で、舞踏会などでは見事なダンスを披露する姿が有名だった。


 とはいえ、社交界から離れているクラウスにしてみれば見たこともない女性だ。普段は王族の生活エリアに居る王妃や王女たちの顔は、王城に出仕しているクラウスもほとんど見る機会が無い。

「コンスタンス様ですか。確か、他国に嫁がれると聞いておりますが」

「その通り。イシュガメイ王国の第一王子と婚約している。数か月後には向こうに移り、式を挙げる予定だ。その前に、こちらに夫の方が迎えに来る予定になっている」


「おめでとうございます。と言ってよろしいので?」

「結婚自体は良いことだ。夫となる王子は二度ほど会ったが良い人物のようだし、娘も彼を好いている」

 クラウスは不思議に思っていた。

 イシュガメイは国を一つ挟んだ先にある国で、遠交近攻の原則を考えれば隣国へのけん制目的として悪くない話だった。


 その上、お互いに好きあっているとなれば上々の結果ではないだろうか。政略結婚已む無しの立場ではあるが、それでも好ましい相手と結ばれるのであれば幸せだとクラウスは思う。

 自分のように嫌われている相手に無理やり嫁入りさせられるような貴族令嬢だっている世の中だから。


 ふとクラウスは思った。

 母は父と結婚して幸せだったのだろうか、と。

 記憶にある彼女は、いつも笑っていたのだけれど、その胸の内は今では確認することもできない。


「クラウス。一見すれば幸せな結婚だが、国同士の話となると、なかなかうまくは行かぬのだよ」

 王が眉間にしわを寄せて語った内容は、クラウスに頭痛をもたらすものだった。

 イシュガメイの国内にエイグス王家との婚姻を望まない勢力があり、他にも隣国で妨害の動きが出始めているのを王国の諜報員が掴んだという。


「お言葉ですが、そのお話に関することで私にお役に立てることがあるとは思えませんが……」

「そうでもない。お前に頼みたいことは二つあるのだ……と言っても、一つは通達に過ぎないが。来月は公開処刑を中止する。イシュガメイから娘の夫となる男がやってきて、披露宴と祝賀会を行うのでな」


 目出度い席を作るために、前後の近い期日に人が死ぬような行事を挟みたくない、と王は続けた。

 それはクラウスにも充分理解できたし、過去に例が無いことでも無い。

「中止については承知いたしました。それで、二つ目は何でしょう?」

 肩透かしをくらったような気分になったクラウスだったが、思ったよりも何でもない理由だったので少し気が楽になっていた。


 だが、その気楽さも王の言葉を聞くまでの短い間だけだったのだが。

「死刑執行が無い分、手が空くだろう? 王子の世話役をやってもらいたい。そしてさりげなく彼を護衛してやって欲しいのだ。万が一にも、王国にいる間に王子が害されるなどという状況はあってはならない」

「た、大役に過ぎて私には荷が勝ちすぎるかと……」


「そうは思えぬ」

 王は酒で赤くなった顔を横に振る。

「処刑の際に発生する不意の事態に備えるため、代々武芸を磨いている家系であり、しかも王国の法に定められた特命を担っているのだ。クラウス。お前以外に任せられる者を余は知らぬ」


「陛下。その特命について言及なされるということは……」

「そうだ」

 王は居住まいを正し、クラウスを真っすぐに見つめた。

「ホーゼンハウファー家にのみ許された、『王国の敵と見做した者を即時処刑する権利』を行使することを認める。どのような攻撃があるかわからぬが、どうか引き受けて貰いたい。頼む」


 クラウスはゆっくりと頭を振り、グラスの酒をたっぷりと味わうように口に含み、広がった香りごと贅沢に飲み込んだ。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、王の前で跪く。

「頼む、などと言わないでください。陛下、この身は王国の臣。そして王国を守るために在るホーゼンハウファー家の当主。何を憚ることがございましょうか。どうか、ご命令を」


 目を見開いた王は、目頭を押さえて小さな頷きを繰り返した。

「ホーゼンハウファー家は穢れた家などと言われ、長く不遇の扱いを受けている。そう父からも聞いてきたが……その献身にどう応えて良いかわからぬ。だが、必ずや報いると約束しよう」

 涙を誤魔化す様にわざとらしく咳払いをした王は、改めて威厳を込めた声音で命じる。


 王国の敵を見つけ、そして殺せ、と。

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