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0.Prologue

新作同時四作品開始の一つです。

同タイトルのものがありますが、内容は全く違います。

 とある世界にある国家、エイグス王国において、死刑執行は一つのイベントであった。

 残酷ではあるが、王国の法治が正常であることを示し、悪人が正しく裁かれる様を見せることで民衆を安心させ、法を犯そうとする者への警鐘とする意味もある。

 周辺国家に比しても強大であり人口も多いエイグス王国では、当然ながら犯罪も多い。公開処刑されるのはその中でも王都での重罪や貴族の犯罪だけだが、それでも月に一度、十名前後が処されていた。


 そして今も、王城前の広場に設営された処刑台の上で、一人の犯罪者が命によって罪を償わせられようとしている。


「私は、私は……」

 焦点の合っていない瞳をあちらこちらに揺らしながら、うなされているかのように呟いている初老の男性は、他の犯罪者たちとは違い、縛り上げられてはいない。

 だが、その両脇には屈強な騎士が抜き身の剣を持って立っており、少しでも逃げ出そうとすればすぐにでも斬りつける意思を視線に宿していた。


「カール・ハインド!」

 名を呼ばれた男性は、ピクリと肩を震わせた。

 前へ……つまり処刑台へと進み出るように言われたが、変わらず両脇の騎士や周囲で見ている民衆たちを見ているだけで、動こうとはしない。

 彼が立っているのは、絞首刑台の後ろであり、高くなっているせいか民衆たちの視線が良く見える。


 そのどれもが、憎悪もしくは期待の目だ。

 処刑を待つ男性はハインド伯爵家当主。立派な貴族であり、そういった貴族が処刑されるというのはかなり珍しい。

 だが、その分民衆たちは盛り上がる。普段は生まれの違いだけで偉そうにしている貴族が、罪を犯して死んでいくのは胸がすく光景でもあるのだろう。


「あ、ああ……」

 民衆からの急かすような叫びが次第に大きくなってくると、カールは膝の力が抜けたようで、その場で跪き、両脇を騎士達に抱えられる格好になった。

 彼の真正面には、数メートル離れて絞首刑の為に用意された縄と、その隣で一人の貴族が立っているのが見える。


 スラリとしたシルエットに貴族のみが着用されることを許されるマントを付け、腰にはサーベルとやや小ぶりなツルハシが提げられている。

 死刑囚であるカール・ハインドは、その貴族に見覚えがあった。

「ほ、ホーゼンハウファー家の……」

 声をかけられた貴族は、それに応えることは無い。ただ、革手袋をつけた右手を小さく動かし、騎士達に死刑囚を連れてくるように指示する。


「クラウス! ホーゼンハウファー家のクラウスだろう? どうか助けてくれ! 同じ伯爵家当主のよしみで!」

 悲痛な懇願を行うカールを一瞥し、クラウス・ホーゼンハウファーは右手にツルハシを取り、平坦な声で命じる。

「縄をかけろ」


「た、頼む! 何でもする! 金が必要なら……ぐえっ?」

 カールの首に騎士達が縄で作られた輪をかけると、クラウスは縄の先を容赦なく引き絞った。

 やや肥えたカールの首に縄が容赦なく食い込み、声を出すどころか、呼吸すら難しくなる。赤い顔をして目をぎょろりと見開いた彼の様子に、騎士たちは思わず後ずさった。


 ここから先はホーゼンハウファー家の、死刑執行人家系の当主であるクラウスの仕事だ。

「同じ貴族だと言われましたが……」

 クラウスは若いようで老いているようにも見える風貌で、涼しげな瞳と整った口髭が、彼の年齢も感情も覆い隠していた。

「すでに貴方は王国の貴族ではありません。では、魂の通り道を空けます。お覚悟を」


「ぐむむ……つ!」

 クラウスが持つツルハシが、吸いこまれる様にカールの肩へと突き刺さった。

 カールの悲鳴をまるで聞こえていないかのようにクラウスは冷静で、刺さったツルハシをすぐに引き抜く。

 鋭く尖った先端には何故か血が付いておらず、ぽっかりと開いた傷口からも出血は無い。ただ、赤い肉が見えるのみだ。


 それを見て、クラウスは小さく頷く。

 確認作業のようであり、何かを味わっているかのようにゆっくりした動き。ものの数秒の出来事ではあるが、この動きについて知っているものは誰も居ない。

「では、さようなら」

「んむっ!?」


 ツルハシを腰に提げなおしたクラウスは別れの言葉を冷たく言い放つと、カールの身体を蹴り出した。

 そこは絞首刑の縄が固定された柱の真下であり、不安定な一枚の板が細いロープで支えられているだけの場所だ。

 そして、そのロープの先はクラウスが立つ場所へと伸び、床に固定されている。


「んあっ!」

 悶えにも聞こえる叫び声。それがカールの断末魔となった。

 流麗かつ無駄の無い動きでクラウスは腰のサーベルを抜き放ち、足元へと伸びているロープを切断した。

 直後、カールの身体を支えるものは何もなくなり、民衆たちに良く見えるところまで落下する。


 激しい音が響いて縄がはち切れんばかりに引っ張られ、柱に支えられたカールが首だけで中空に吊り下げられた。

 首の骨が折れる音が混じっていたが、それがわかる者は少ないだろう。

 一瞬の沈黙が流れたあと、広場に民衆たちの歓声がうねりのように広がっていく。悪辣な貴族が一人処刑されたのだから、盛り上がりは最高潮だ。


 今回の処刑予定は全て完了した。

 絞首刑及び斬首刑を十三。全てクラウス・ホーゼンハウファーの手によって執行されている。

 全ての作業を終え、カールの死体が揺れている絞首刑台の上、クラウスは王城を見上げた。


「……完了」

 拳を胸に当てる王国式の敬礼を向けると、王城のバルコニーから彼を見下ろしていた王が軽く右手を上げ、すぐに奥へと下がっていった。

 こうして、月に一度だけ行われる公開処刑は幕を下ろし、クラウスの仕事も終わった。

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