第八十三話 冬季攻勢
A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年
雪の月(十一の月) 地の週の五日(五日)
ノイエ・ブランザ王国 ハウゼミンデン
戦争の行方は雪が降る頃になっても不透明な状態が続いていた。
ダラダラと散発的に続く散兵戦に、時折思い出した様に行われる会戦、そして熾烈なゲリラ戦がゲルマニア全土を疲弊させていたのだ。
テオデリーヒェン大公国を滅ぼした事で、比較的安全な後方地域と言える領土を得たノイエ・ブランザ王国は兎も角、複数の敵に囲まれていたシュマルカルデン王国などは特に疲弊の色が濃かったし、シュマルカルデン同盟諸国以上に疲弊していたザルデン王国、オレスム王国、デラニス王国、そしてラネック王国は、反シュマルカルデン同盟諸国、通称霜月同盟を正式な攻守同盟に切り替える事で対抗していたのだが、流石に限界が近付いて来ていた。
「……それでリプリアとナヴォーナか……」
アルメルブルクの代官で騎士のボニファンが呟いた。
そう、霜月同盟の依頼でリプリア王国とナヴォーナ王国が休戦の仲介を申し出て来たのである。
ユーリウスとしてはもう少し疲弊させてやるつもりであったのだが、シュマルカルデン王国とヴェルグニー、それから既に国家として体をなしていないノヴィエヴァーデン共和国の諸都市が悲鳴を上げていたのだ。
確かにゲルマニア全土を襲った例年にはない強烈な寒波の影響もあって、戦争そのものは自然と終息に向かっていたから良い機会なのは確かであった。
だが休戦の条件が悪すぎた。
「戦争開始以前の国境まで全ての国が後退する事」
ブルーディット諸侯国とテオデリーヒェン大公国を併呑し、フェストゥン砦を奪ってザルツ公領南西部の支配権をもぎ取ったノイエ・ブランザ王国としては、こんな条件を認める訳にはいかなかったのである。
休戦仲介の報が届いた後、ハウゼミンデンの王宮では緊急の重臣会議が開かれていた。各地の戦場から高速飛行船を使って集まって来ていたノイエ・ブランザ王国の重臣達、大領主達が一同に会している。
他国には決して真似の出来ない早業であった。
「シュマルカルデン同盟諸国の離間策で間違いなかろう」
ゲオルグ・ヘルムート・フォン・マルク・マルク、マルク辺境伯が手にしていた紙の資料を円卓の上に放り出し、吐き捨てる様に言う。
既にザルツ公領北部を占領し、バルヒフェット伯領のほぼ全土を支配下に置いて、フリレを攻囲中のマルク辺境伯にしても、とても認める訳にはいかない。
「マルク・マルクに同意する。だがどうする? このままではノヴィエヴァーデンが離反するぞ? シュマルカルデン王もこれ以上は戦えまい?」
ザルデン王国から離反したエレンの領主バイラー男爵テオバルト――テオバルト・ギース・バイラー、ノイエ・ブランザ王国から認められたバイラー男爵。旧テオデリーヒェン大公国では、アイブリンガー子爵。ディッタースドルフ大公国のバイラー男爵位は剥奪されている――が不愉快そうに言って腕を組んだ。
「同盟など破棄してしまえ。シュマルカルデンもヴェルグニーも必要あるまい? 違うかな大魔導師?」
一番過激な意見を口にしたのはオバルフェット男爵ギュンターである。
ギュンターは小領主ながらも数十年に渡ってザクセン王国の進入を阻み続けている、旧ナーディス諸侯領の英雄であるが、勝つためには手段を選ばない様な所があるため、ザクセン王国やラネック王国からは蛇蝎の如く嫌われている男であった。
「いえ。シュマルカルデン王国もヴェルグニーも必要です。今後ゲルマニア全土を併呑した時に」
さらりと口にされた台詞に諸侯の視線がユーリウスに集中した。
「併呑するのになぜ必要になるのだ?」
「シュマルカルデン王はオレスム王の血筋でエスター王国の重臣の甥です。それから妖精族の国は獣人族の国との同盟に、獣人族の国は妖精族の国との同盟に、更に妖精族の国と妖精族の国との同盟は神竜との同盟に必要なのですよ、オバルフェット卿」
神竜だと?! などと座がざわめくが、イエルス、ロートシート、ジョブロを支配するヴィーガン侯爵ハルト――戦功とハウゼミンデンの対価として与えられた領地と地位で、ノイエ・ブランザ王国最大の領地を与えられた重臣中の重臣――の笑い声で静まる。
「いや、失礼しました。神竜族との同盟でございますか。既に我らの思惑など遥かに通り越した先の先まで見据えておいでという事ですな。そういう事であればシュマルカルデン同盟の維持には反対いたしませんが……」
「わかっている。ノヴィエヴァーデンの半分はザルデン王国に奪われるだろうし、ザルツ公領東部はザルデン王に併呑されるだろう」
やはりそうなるか、とマルク辺境伯ゲオルグが溜息を吐いた。
「それでだ。霜月同盟に圧力をかけてやろうと思っているのだが……資料を」
と、部屋の隅に控えていた数人の中間種達が全員に資料を配布する。
標準用紙(凡そA4サイズ)でほんの数枚であったが、幾つか非常に重要な情報が書かれていた。
「――ザクセン王国も遂に年貢の納め時か……」
感慨深げにそう言ったのはクロイツの領主で妖精族の血を引くというクロイツ男爵ローレンツであった。
資料にあったのはザクセン王エルンストが延命病、要するに癌である事と、現状に不安を持ったザクセン王国の諸侯達の一部が密かに恭順を申し出ている事等が書かれていたのである。
しかもその中心となっているのはハップロート将軍だと言う。
ハップロート将軍というのは先のナーディス(ノイエ・ブランザを認めないとしていた為)侵攻軍の司令官だった男で、ゲープハルト・レーリヒというザクセン王国の子爵である。
身代金を惜しんだ親族達に見捨てられた上に、自身が忠誠を誓っていたエルンストが長く無い――だからこそ大功あるハップロート将軍を見捨てる様な真似が出来るのだが――事を知って、ザクセン王国には既に自身の居場所など無くなっていた事に気付いたのだ。
ザクセン王エルンストの下で鉄の団結を誇ってきた諸侯達の間に、巨大な亀裂が生じていたのである。
ザクセン王国自体がザクセン王エルンストが一代で築いた国であったから、王が死ねばそうなるだろう事も予想はされていた。
が、いくら不治の病だとは言え、まだ存命の内から内乱の危機にまで発展するとは、長年ザクセン王国と戦い続けて来たオバルフェット男爵ギュンターもクロイツ男爵ローレンツも思ってもいなかったのだろう、大きな溜息を吐いていた。
「まだ調整中ではあるが、ザルデン王は第二王子エドウィン以下の捕虜たちの返還を条件に、ザルツ公領とノヴィエヴァーデン共和国の分割案に賛成すると思われる。よって、軍としてはザクセン王国併呑と同時に水上輸送路を確保し、シュマルカルデン王国に援軍を派遣、ランディフト諸侯領を滅ぼし新たな国境線を認めさせる作戦を提案する。作戦期間は二ヶ月だ。ナヴォーナ王国の全権大使がカルスに到着する二ヶ月後までに全て終わらせる。一ヶ月でザクセン王国を併呑し、次の一ヶ月でランディフトの諸侯を降す」
ユーリウスの言葉に幾人かが視線を交わし合い、幾人かは目を閉じて何やら考え込んでいる。
「作戦と参加兵力及び兵站については既に板状携帯端末に詳細が送ってある。先ずはそちらを確認して欲しい」
ユーリウスの言葉に面食らった様子の者もいれば、そう言えば、となにやら思い出した風の者もいるが、少なくとも頭から反対している様子の者はいない。
エーディットに目配せをして、各自が板状携帯端末を見ている間にお茶とお茶菓子の用意をさせるユーリウス。
お茶菓子は糖蜜をかけた輪揚げだ。
会議には輪揚げだろうという偏見の下にユーリウスが決めたのだが、余り物を食べられる侍女達以外にはあまり評判は良くない。
見た目は若くても皆老人ばかりなのだ。
気にせず食べるのはマルク辺境伯ゲオルグと、新し物好きで有名らしいバイラー男爵テオバルトくらいである。
因みにバイラー男爵テオバルトとは実のところ最も付き合いが長い。
直接会ったのは随分昔に一度きりであったが、シュリーファ商会は何かと目をかけられていたし便宜も図ってくれていたから、新年の贈り物などはかなり気合を入れた物が贈られていたはずである。
「……大魔導師殿、此度は是非とも我らも出兵させていただけまいか?」
ユーリウスに声をかけてきたのはそのバイラー男爵テオバルトである。
どうやら功績を稼ぎたいらしい。
自ら恭順を申し出て来た事とこれまでの付き合いもあった事から、一応は重臣の一人として迎えられていたバイラー男爵テオバルトだが、ヴィーガン侯爵ハルトによる調略から漏れていた為出遅れてしまい、一番功績を稼ぎ易かったであろうテオデリーヒェン大公国の攻略戦には参加できなかったのである。
「ヴィーガン侯爵の指示に従ってもらう事になるがよろしいか?」
ユーリウスの問いかけに立ち上がって頭を下げるバイラー男爵テオバルト。
「是非とも」
周囲を見渡しどうやら異論は無いらしいと判断して立ち上がる。
「ではバイラー男爵にもザクセン王国攻略に参加してもらおう。詳細は板状携帯端末で見ていただいた通りであるが、何か意見があれば聞こう。今は無くても思いついた事があれば作戦計画の頁に文字でも音声でも貼り付けてくれれば良い。よろしく頼む」
そう言って頭を下げるユーリウス。
実のところ、この中で一番身分が低いのがユーリウスなのである。
強いて言えば「大魔導師」や「ノイエ・ブランザ軍総司令官」という地位にあると言えなくもないのだが、軍における正規の階級は未だ無かったし、自分は女王陛下の従者だと言い張り平民のままなのだ。
無位無官で王族とタメ張る最強の俺カッコイイ、という中二病患者特有の症状である。
それが可能なのも灰色の霧の眷属という、宗教的な権威があるからなのだが、宗教観が壊滅的なユーリウスには理解できない。
「では次の議題だ」
そう言って席に付き、板状携帯端末を手にするユーリウス。
「今後のノイエ・ブランザ王国の方針についてだ。旧ブランザ王国の全領土を回復する。これは女王陛下の勅令であり決定事項である。つまりガーバンカッセル大公国の併呑だ。ガーバンカッセル大公国については未だ何も決まっていない。今日は情報共有だけだ。作戦案が纏まり次第改めて重臣会議を行う」
皆が板状携帯端末を操作し、ガーバンカッセル大公国の基本情報に目を通すのを確認し、再び口を開く。
「さらに魔の森の開発を行う事になっている。基本的にはエレンハルツ川沿いに都市を幾つか築く予定だが、これは全てアルメルブルクで行う。もしも一口乗りたいと言うのであればその旨を書き込んでくれ。運が良ければ一〇年以内に元がとれる、かもしれない」
ユーリウスの言葉に苦笑した一同を見て、この日最大の議題に臨む。
「ノイエ・ブランザ王国はかねてより進めていた国営線路網の建設にとりかかる」
一応話は通してあったが、本当にそんな物が作れるのか半信半疑の様子である。
「大魔導師、一つ聞きたい。線路は良いが本当に可能なのか? 鉄を使うと聞いているが?」
ライナの領主でハンス・エドアード・シェルベ、シェルベ子爵ハンスであった。
「可能だ。それに鉄は使わない。迷宮外壁材を使う事になる。最初の五カ年計画ではアルメルブルク、ハウゼミンデン、そしてブランに専門の迷宮を用意する事になる」
「ま、まってくれ大魔導師、専用の迷宮とはなんだ? 迷宮を支配出来るとは聞いていたが、それは真なのか?」
エレンホルの領主であるマクシミリアン・プレゲスバウアー、プレゲスバウアー男爵マクシミリアンである。
「本当だ。と言っても灰色の霧のお力を借りる事になるから、そう簡単にはいかないがな?」
そう言えば秘密にしてたっけ、などと今更な事を思うユーリウス。
「何か質問はあるか?」
「この図を見る限り、我が領には関係無い様だが?」
確かにオバルフェットには線路が描かれていない。にも関わらずかなりの費用負担になっている。
「オバルフェット卿、それは最初の敷設計画、敷設五カ年計画だけだ。次の、いや、次の次の五カ年計画ではオバルフェットも含まている。もちろん実費負担で最初の敷設五カ年計画に組み込む事は可能だが、どうだろう?」
「……承知した。なるほど。最初に大都市を結んだ後に細分化するのか。失礼した。流石は大魔導師だ」
「実費負担の場合は私線と呼ぶが、必要が無ければ王国で買い取りを保障する。もちろん保持してもらっても構わないが、輸送計画には協力してもらう事になる」
「検討しよう」
どうやら乗り気になっているらしい。
完成すればハウゼミンデンからの援軍が半日程で到着する事になるのだから当然であった。
中世的な距離感が完全に崩壊している。
「では本題に戻ろう。線路等の資材は大半を三箇所の迷宮で生産する事になるが、図を見てもらえばわかる通り、大量の砕石が必要になる。砕石は道路整備計画でも必要になるから非常に重要だ。道路整備計画と線路網計画で必要になる量を見て貰えばわかる通り、今後一〇〇年は継続して利益が出るだろう。これを諸君らに用意して欲しい。そこにあるのは諸君らの領地の規模に応じた基本的な設計であるが、予算の都合が付くのであればより大規模な工場を建設してもらって構わない。技術と動力についてはこちらで提供する用意がある。技術料や動力の使用料は徴集するが、自前のゴーレムを使う場合についてはそれも免除する」
幾つか呻き声が漏れたが気にしない。
中世的経営を行っている領地では負担が難しいだろうが、領地を持つ以上この程度は負担をしてもらう。
それにタダでやれという話ではないのだ。図表に示された通り、必ず儲けが出る様になっている。
なにより線路の敷設工事に必要となる費用については、自動貨物車の実車及び技術提供と引き換えに、その三割以上を各地のギルド長会議から徴集する事になっているのだ。
この程度の負担で文句を言う様なら潰して直轄領に組み込むつもりでいる。
もちろんそれはこの場にいる全員が理解している。
だからこそ積極的にハウゼミンデンの経営手法を取り入れ軍政改革をしていたし、ユーリウスもそうした領主達への協力は惜しまなかったから、呻き声をあげた幾人かも既に数字とにらめっこを始めているのだ。
この場では特に、ユーリウスが提供する予定の自動貨物車の存在が大きく目を引いているらしい。
これまでアルメルブルクで一台一台手作りしていた自動貨物車であったが、来年の春にはハウゼミンデンに専門の工場が建設される予定となっており、月産一〇〇台を目指しているのだ。
それを数年間に渡って砕石工場の規模に応じて毎年数台づつ提供してくれるというのである。
砕石の輸送にも使えるし交易にも使える、軍用にすれば兵の移動・展開速度が騎兵並みかそれ以上になる。
一度その有効性を目にしたら、それこそ喉から手が出る程欲しいに決まっているのだ。
どうやらこれも反対は無いらしいと、内心安堵するユーリウス。
線路網の敷設が始まるのは五年後からだったが、幹線道路の拡張・整備を含めた道路網建設は既に始まっている。
線路網建設に向けた工事用道路の建設も進むだろう。
技術提供を受けた民間の工房でも、二輪や三輪、四輪の自動車製造が始まりつつあったし、シュマルカルデン王国では既に馬車鉄道が運用されており、蒸気機関車の開発が進んでいる。
ゲルマニア全土で莫大な金額が投資され、循環し、整備されたインフラを使って経済が活性化し、それが呼び水となってさらなる金と人がゲルマニアに流入する。
ゲルマニアは大陸随一の経済圏となるはずであった。
もちろん労働力が圧倒的に足りなくなるが、ハウゼミンデンやアルメルブルクでは婚姻支度金や出産補助金の支給、結婚資金貸付制度等が始まっており、既にベビーブームの気配が漂っているし、霜月同盟諸国では相次ぐ徴税に重税が重なり多くの流民・難民が発生しており、その多くが迷宮堕ちではなく国外脱出を選択し、大半がシュマルカルデン同盟諸国に、特にノイエ・ブランザ王国を目指して移動していたから、中・長期的には解決する見込みであった。
もちろん全てはこの戦争が勝利に終われば……の話である。
会議の後、ユーリウスは軍務省を訪れていた。
フェストゥン砦の攻防戦で戦功があったとして昇進したカイに会う為だ。
帰還した翌日に血を吐いて倒れて軍病院に担ぎ込まれていた事から、病気療養という事で軍務省勤務になっていたのである。
もっとも、第二機動歩兵大隊自体が再編中である為訓練くらいしかする事は無かったはずで、機動歩兵が駐屯地として使っているハウゼミンデン北部のグラナダ(ユーリウス命名)区で再編の監督をしていた方が楽だったかもしれない。
もちろん本人は何も言わないが……。
「よう、大分顔色が良くなったなカイ」
「ユーリウス様! いえ、総司令官閣下。何か御用ですか?」
因みにカイがしているのは第二機動歩兵大隊に補充される兵士の選抜である。
この頃になると流石に全員を士官で固める事は出来そうになかった為、下士官も選抜の対象となっていた事からそのリストは膨大なものになっていたのだ。
既に勤務時間の終わった軍務省は人影も少なく、カイも休憩所でお茶を飲みながら板状携帯端末を使って候補者の確認をしている所であった。
「カイに会いに来た」
その言葉に頭を抱えるカイ。
「――何度も言いましたが……」
「いや、今日は結婚して欲しいとか軍を辞めて欲しいとか言う話じゃない」
そう言って黙りこむ。
「総司令官閣下?」
「ノイエ・ブランザ王国は攻勢に出る」
「攻勢に……!」
周囲に人影は無かったが自然と小さな声になった。
「そうだ。ほぼ全面的な攻勢だと思っていい」
「……和平の噂が流れておりましたが、あれは?」
「それは事実だ。まぁ和平と言うよりも休戦だが。今回の攻勢はその休戦交渉を有利に進める為の攻勢だ。大規模な戦いになるだろう。もちろん第二機動歩兵大隊にも出てもらう。一ヶ月ほどしかないが間に合うか?」
「――はっ! お任せ下さい!」
「不完全な状態で戦場には出て欲しくないのだが?」
「問題はありません。第二機動歩兵大隊は何時でも戦えます」
そう言う事を言ってる訳じゃないんだがなぁ、などと頭を掻くユーリウスであったが、小さな溜息を一つ吐いて呟く様に言う。
「信じてるよカイ。必ず生きて帰ってくれ。もう君の居ない人生など考えられないんだ。頼む。生きて帰ってくれ」
「……ユーリウス様……私は、私は必ず帰ってきます……!」
一瞬何か言いたげな表情を見せたユーリウスであったが、邪魔してすまなかった、と言い置いてそのまま立ち去る。
何を言ってもフラグになりそうで怖かったのだ。
無表情のままで内心泣きそうになりながら王宮への道を歩き出すと、軍務省の正面で待たせていた護衛達とエーディットがそれに続いた。
「女心は難しいな。教えてくれよエーディット。俺とカイって両想いだよな?」
「……それを私に聞きますか……ユーリウス様はもう一度死んだほう良いと思います」
「エーディットの事も愛してる。一番はエーディットだし」
「――嘘でも嬉しいと思ってしまうのが悔しいですね、私でなければ背中を刺してる所です」
「それも良いな。一緒に死んでくれるんだろ?」
「私はホムンクルスですから自殺は出来ません。死ぬのはユーリウス様だけですね」
エーディットの言葉にヒクッと奇妙な詰まった様な笑い声を上げて溜息を吐く。
「つれないなぁ……って、あ、そうか。エーディットには俺は造物主じゃないのか……」
「そうですよ。その気になったら何時でも殺せるんです」
「怖いなぁ、エーディットは」
「ええ。ですからもっと優しくして下さい」
「――善処します」
軍務省から出て王宮前の広場を突っ切り正面の入り口から王宮に帰る。
冬の凍てついた夜空は澄み切って、王宮の屋根には転がり落ちてきそうな角度で引っかかった二つの月、その隣には満天の星空を漆黒に切り裂き鈍く輝く、ダマスカス鋼の刃のようなリングが揺らめいていた。
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