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第八十話 冬

A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年

霜の月(十の月) 火の週の三日(十五日)

ノイエ・ブランザ王国 王都ハウゼミンデン



 ゲルマニアの夏が過ぎて秋が来て、もうじきに霜が降りるという頃、ブルーディット諸侯国とテオデリーヒェン大公国を滅ぼしたノイエ・ブランザ王国は、周辺の諸侯を次々に降伏させ、一挙にその版図を拡大していた。

 テオデリーヒェン大公国が滅亡した後、最初にガーバンカッセル大公がノイエ・ブランザ王国に全ての迷宮を差し出して臣従を申し出てきたのである。その後は雪崩を打つ様にして周辺諸侯達がノイエ・ブランザの女王に忠誠を誓う事になった。

 未だブランザ王国の最盛期には及ばないものの、当時の凡そ三分の二程度の版図を誇っている。

 もちろん全てが順調なわけではない。

 ノイエ・ブランザ王国の急拡大に脅威を覚えたラネック、デラニス、オレスム、ザルデンの四王国を筆頭に、対シュマルカルデン同盟が成立してしまったのだ。

 ブルーディット諸侯国が滅んでも尚、彼らの言う「懲罰戦争」は形を変えて継続していたのである。

 ただし未だ直接対決は無い。

 ラネック王国はザクセン王国を支援し、デラニス王国はミアーク公爵領を支援し、ザルデン王国はザルツ公領を支援して、オレスム王国はランディフトの諸侯をシュマルカルデン王国と奪い合う事で、その全てが膠着状態に陥っているのだ。

 シュマルカルデン同盟諸国は即時通信(アンシブル)機と情報力を駆使して内線作戦を展開し、戦力を縦横無尽に移動させて各地で散発的に発生する衝突に対応していた。

 ノイエ・ブランザ王国にとって最大の問題は、レーベン川の水運がザクセン王国の北部で止められてしまっている事だろうか?

 だが所詮は場当たり的な対処療法でしかなく、謂わば「後方地域」を得たノイエ・ブランザと元から大国であるヴェルグニーを除くと、シュマルカルデン同盟諸国には疲弊の色が見えてきていた。


「そんな訳でもらってくれ」

「お断りします」

「お前に言ってねぇよ大魔導師!」

「お断りします」

「陛下、それは外交的には悪手だと思うが? うちの息子達は意外と優秀だぜ?」

「「お断りします」」


 エリとユーリウス、そしてシュマルカルデン王ヴィルフリートの三人しかいないお茶会の席であったからこれで済んでいるが、他人の目があれば即開戦するレベルの侮辱ととられてもおかしくはない。

 場所はハウゼミンデンの王宮の一室である。

 暖炉が置かれて大きなポリカーボネート製の二重窓が一面を覆っている応接室である。


「……一つ聞きたい。大魔導師はエリナリーゼ陛下の王配か愛人なのか?」

「弟です」

「弟です」


 エリとユーリウスが同時に答えるのを見て頭を抱えるヴィルフリート。


「お二人さん、王族の義務って奴は理解してるか?」

「理解しておりますわ」

「理解している」

 

 二人が答えて一瞬視線を交わしあった後でユーリウスが口を開いた。


「エリを、エリナリーゼ陛下を政略の道具にするくらいなら戦争を選択します。ゲルマニア全土を焼き尽くしてでも守り抜くつもりです。よってお断りしてもなんの問題もありません」


 ユーリウスの台詞に再び頭を抱えるヴィルフリート。


「正気か?」


 ユーリウスの答えは無い。


「……仕方ない。大魔導師、お前に娘をやる。断ったらシュマルカルデン同盟は破棄だ。全軍で攻め込んでやる」

「断りませんよ。最初からそのつもりだった癖に、回りくどいんですよ陛下は」

「不敬だぞ?」

「親子の語らいに不敬は無いでしょう、お父様」

「……もういい。娘はこっちで選んで送るから、精々盛大に式をあげてやってくれ」

「大切にします」

「それは信用している。それで交渉だ。持参金にゴーレム船と迷宮珠を幾つか持たせる。それで迷宮資材を支援してくれ。あと鉄だ。鉄が全く足りない。全部お前の所為だぞ大魔導師? 二五〇〇イルジほどなんとかしてくれ」


 一瞬ユーリウスが口篭った。

 二五〇〇イルジと言えば五〇トンにもなる。


「……迷宮資材は必要なだけ送ります。ですが鉄は厳しい。一イルジ二五〇壁貨(ヴァンツ)で」


 それでも送らない、ではなく、送る代わりに金を払えと返すユーリウス。


「――そこは一イルジ二〇〇壁貨(ヴァンツ)ってところだろう?」

「二四〇」

「二二〇だ」

「……わかりました。二二〇壁貨(ヴァンツ)で。来月、雪月の風の週には第一陣を送りましょう。二五〇イルジづつ一〇回で。受け渡しはレマゲンでお願いします」

「助かる」


 そこでほっと一息吐くヴィルフリート。ユーリウスは即座に板状携帯端末(タブレット)を操作して指示を出している。


「……その、板状携帯端末(タブレット)の作り方は教えてもらえないのか?」

「秘密です」

「幾ら払えばいい?」

「『吉野家の牛丼一年分』と引き換えなら喜んで教えます」

「一体なんだそれは?」

「どうしても手に入らなくて諦めている、幸福を齎す全人類にとっての至宝の一つです」


 どうやら諦めたらしい。


「……お前にも手に入らない物があるんだな?」

「大魔導師だなんて呼ばれていますが、本当に欲しい物なんてまだ何一つ手に入れてません」


 暫くユーリウスを見つめ、それが冗談ではないと理解して溜息を吐いたヴィルフリート。


「なるほどな。お前も人間なんだな大魔導師」


 その言葉を聞いたユーリウスの微笑みは、どこか少し寂しげであった。




 その日、エーディットはハウゼミンデンからアルメルブルクへと向かう小型――と言っても全長五〇メートル、全幅四〇メートル、全高二〇メートル(垂直尾翼を除けば全高五メートルほど)はある――の十人乗り(乗員四名:船長、副長、客室員二名。乗客は六名)高速飛行船スライプナー号の船橋にいた。

 初めて乗るエーディットの為に、巡航高度に達した所で船長が船橋に招待してくれたのである。

 ナグルファー号やエイル号と違って船体下部ではなく船首部分に設けられた船橋は狭く、船長席と副長席の二つが並んで置かれているだけである。

 副長席には副長のアレクシアが座って微笑んでいた。


「これは素晴らしい景色ですね……それにとても速い。もうエレン湖が横に見えているのですね」


 思わず口から零れたその台詞に、船長のビアンカが嬉しそうに答える。


「はい。最高で時速六〇クルト(約二四〇キロメートル)も出るんです。その代わり滑走路が必要ですし空中静止(ホバリング)は出来ませんけど」

「――時速とは?」


 不思議そうに尋ねるエーディット。


「あ、時速というのは一日を二四分割した単位での速度です。最高速度で飛べば一日で一四四〇クルト、大陸の端まで飛べますね。実際には巡航速度というのがありまして、時速三〇クルト(約一二〇キロメートル)程度なんですけど」


 そう言って微笑むビアンカ。

 アルメルブルクの第三世代の中間種(ホムンクルス)で、ユーリウスが一から生み出した最初の世代のホムンクルスである。

 時速一二〇キロメートルというと、魔力で強化された駿馬が何も無い平地で出せる最高速度に等しい。

 駿馬の最高速度は良くて数分程度しか続かないが、スライプナー号の場合、その速度で数日間は平気で飛び続ける事が出来る。

 もちろん水や食料、衛生環境等の問題がある為、十人乗ったら四日に一度は補給と清掃点検が必要になるのだが、今のところハウゼミンデンとアルメルブルクを往復するだけである為余裕をもって運行出来ている。


「一泊二日でハウゼミンデンからアルメルブルク、ですか。本当に素晴らしい船ですね船長」

「ありがとうございます」


 高度は二〇〇〇メートル程であろうか?

 客室は船体の上部にあるため窓から見えるのは空と雲だけであったが、船橋は入り口から鋭い流線型の先端部分まで、細い床と枠組み部分を除いて全面が透明なポリカーボネート製である。

 眼下に広がるエルリープの森の向こうに小さくエレン湖が見えており、西の方は白く霞んでよく見えないが、東には微かにザルツ山地の峰々が見えている。

 もう少し時期が良ければ西の海や、万年雪を戴くヴァイサーベール山脈まで見えたはずであった。

 離陸と着陸の時には少々恐ろしい思いをする事もあるのだが、離陸速度は精々時速三〇キロメートルほどであったし、着陸時には殆ど停止寸前まで速度を落とすので問題は無かった。

 全ては超軽量で驚くほど強靭な迷宮素材のお陰である。

 エイの様な形の機体は計算しつくされたリフティング・ボディを持ち、両翼の中ほどで回る大口径のプロペラは無段変速のゴーレム駆動。機体上部には二列並んだ客室の膨らみがあり、そのまま大きめの垂直尾翼へと繋がる。

 一体形成された翼と胴体のフレーム内部には、水素が充填された気嚢が詰められ、非常用緊急展開結界発生装置が各所に設置されていた。

 

「エーディット様」


 船橋から戻ったエーディットに、客室前部のラウンジから声をかけてきたのはヴェッツエル商会の元会頭、エジードである。

 どうやら備え付けのミニバーで飲んでいたらしい。

 今では独自にエジード商会という小さな商会を立ち上げているのだが、エジード商会のエジードというより元ヴェッツエルのエジード老、という方が通りが良い。


「なんでしょうかエジード老?」

「魔の森には竜が棲むと聞きますが、襲われたりはしないのでしょうか?」


 エーディットは考えた事も無かった。

 確かに海辺に暮らす竜が数頭居たはずであったが、森の主様との契約によってユーリウスの作った船は襲われない事になっているのである。

 とは言え、森の主様についてはノイエ・ブランザの機密事項である。


「問題ありませんわ。このスレイプナー号にも武装はありますから」


 竜など恐るるに足らないとでも言いたげな自信たっぷりの様子で答えるエーディット。

 実際には船首下部に可動式の電磁加速砲(リニアガン)が一門あるだけで、竜に襲われたら一巻の終わりだったりする。


「おお、それは素晴らしい」


 どうやら六人の乗客は竜に襲われたらどうなるのかなどという話で盛り上がっていたらしい。

 エーディットが乗っているのはこの六人の乗客、エジードにハウゼミンデンの倉庫ギルド長であるガルバン、それから商業ギルドのクレーメンス、そしてブランの商業ギルド長のマルティン、最後はシュマルカルデン王の腹心で男爵のライナルト・ベールマーをアルメルブルクに案内する為である。


 アルメルブルクは魔の森の奥深くにある、辺境と言うのもおこがましい、人跡未踏の秘境ともいえる都市ではあったが、現在は五〇〇〇近い人口を誇る工業都市となっている。

 魔王の迷宮に挑んでいる妖精族(エルフ)の居住者を除いて、ほぼ全員がシュリーファ商会の従業員であり、且つ灰色の霧(モモ)の眷属という特殊な宗教都市でもある。

 実際、ハウゼミンデンで生産している様々な商品に使われる精密部品のほぼ全てを、独占的に生産しているのがアルメルブルクなのだ。


 エジードやガルバン、クレーメンスと言った激務にある筈の男達が、こうして片道一泊二日、現地での滞在も含めて二週間(十二日間)もの間ハウゼミンデンを離れる事を可能にした、即時通信(アンシブル)機とそれを利用しているという板状携帯端末(タブレット)などという、恐ろしく高度な情報機器を生産しているのもアルメルブルクであった。

 エジード達が興味を持つのは当然であるし、興味を持たない様な者が大規模商会の会頭になったり商業ギルドだの倉庫ギルドだのの長になることなど不可能であっただろう。

 全員がそれぞれ無数の思惑を腹に抱えてこの空の旅に挑んでいる。


 ユーリウスが実権を握って以降、初めてハウゼミンデンを訪れたライナルトなどは、これ以上何かを見せられたら気が狂うのではないかと内心頭を抱えていたが、そんな事はもちろんおくびにも出さない。

 全員がいかにも楽しげでどこまでも社交的に笑顔を振舞っている。

 商人どもになど負けてなるものか、と、スレイプナー号のタラップを踏む瞬間に腹を据えたライナルトだったが、ひっくり返るのではないかと恐怖を覚える様な角度でぐいぐいと上昇し、瞬く間に地上の景色が見えなくなった後で船内が水平状態に戻り、安全帯(シートベルト)を解除する許可が出た時には茫然自失の状態になっていた。

 柔らかい触感の練色をした壁面材に覆われた客室で、そこだけ異質な正面の壁に掲げられていた四角い板に明かりが灯り、船首下部に取り付けられた高密度撮影装置(カメラ)でみた景色というのが映し出されていたからである。

 幸いだったのは、茫然自失の状態になっていたのがライナルトだけではなかった事だろう。

 乗客達は全員、二人の美しい客室員(フライトアテンダント)という接客係が飲み物を配って回るまで只々映し出される景色に見入っていたのだ。

 アルメルブルク産の強烈な火酒やワインにエール等が配られ、一息吐いた所で我に返ったライナルトは、面識のあったブランの商業ギルド長のマルティンと視線を交わし、ラウンジとなっている前部に移動して、板型受像機(パネルモニター)を熱心に調べているエジードの所へ向かったのである。


 全員が互いを一瞬たりとも気を許す事の出来ない男達であると知ってはいたが、初っ端から出鼻を挫いてくる大魔導師のやり口は良く心得ていたから、出された酒を味わい、エーディットがその場を離れた隙に、共にあの大魔導師のペースに引き込まれない様にと、目線と仕草だけで共闘を誓い合っていた。


 招待されるまで高速船は高速船でもエレンハルツ川を船で移動するものとばかり思っていた所で、ノイエ・ブランザ王国の最高機密の塊であるはずの空飛ぶ船に乗せられ、一泊二日でアルメルブルクに到着するなどと聞かされたのだ。既に一方的にポイントを稼がれている様な状態であったから、全員が互いの言いたい事を一瞬で理解し合えたのである。

 

「つまりこれは一種の軍船なのですな?」


 ライナルトがエーディットに問う。


「残念ですが違います。我が国ではこの程度の武装では軍船などとは呼ばれません。これはあくまでも民間の客船に過ぎないのです。何れは貴国とも航路を結べたらと考えております。ハウゼミンデンからカルスまででしたら、恐らく朝出発して夕方には到着出来る様になると思います。それから仮に航路が結ばれた暁には、シュマルカルデン王に一隻献上する用意があります。是非ご検討頂きたいと、我が主からの伝言でございます」

「――こ、これを王に……?」

「はい、もちろん武装はご提供できませんが」


 一瞬頭が真っ白になった。

 それはつまり、ノイエ・ブランザ王国は朝に決めて夕方にはカルスを攻撃出来るという事だと気付いたのだ。

 しかも一隻渡しても良いと言うからには、これを迎撃可能な手段を持っているという事であろう。

 何がなんでも航路を結んで手に入れなければならない。

 早馬を飛ばして……と考えた所で即時通信(アンシブル)機と板状携帯端末(タブレット)の事を思い出して笑いがこぼれた。

 一体なんという時代に生まれてしまったのだろう? そう思うと益々笑いを堪えるのが難しくなった。

 そのまま自身の思考を誤魔化し満面の笑みを浮かべてエーディットに答える。


「素晴らしいご提案に感謝すると、大魔導師にお伝え下さい。きっと王も賛成なさると思います」

「ありがとうございます男爵閣下。それからギルド長会議でも提案される事になっているのですが、もし需要があるようでしたら三年後からは一般にも販売いたしますので、何時でもお声をおかけください。板状携帯端末(タブレット)からも仕様を確認できますし、その場でご注文を承る事も可能です」

 エーディットが商人達に向かって放った言葉に再び頭がおかしくなりそうなライナルトであった。

 これは軍事機密ではないのか? と。 

 エーディットが興味をもったらしいマルティンと話し込んだ所で板状携帯端末(タブレット)を操作して商品案内を見る。

 三年後からの販売だと言うのに、既に受注が入っていた。

 価格は九八〇〇金貨(ロアン)(凡そ五億円)。

 板状携帯端末(タブレット)を見た男達の口から呻き声が漏れた。

 ありえない! と絶叫せずに済んだ事が奇跡の様であった。

 大型の軍用ゴーレム船と然程変わらない価格だったのだ。


 保守点検(メンテナンス)は全てノイエ・ブランザの……「航空ギルド」という新しいギルドが請け負い、その費用は一年で凡そ五〇〇〇金貨(ロアン)、航路の無い空を飛ぶ場合は墜落しても保障対象外、勝手に他国の領域を飛んだ場合に撃墜されても保障対象外、航空ギルドが戦域指定した空を飛んだ場合も保障対象外、領主が自領の上空を飛ぶ場合以外は航空ギルドを通じて航路契約を結ばなくてはならない、操縦者は二名で航空ギルドの免状が必要、無免状者が操縦した場合も保障対象外、免状は航空ギルドが発行し、試験を行う、保障対象外となる行為が判明した場合はギルドから除名か……なるほど。

 それでどうなる? と、額に汗してライナルトは考える。


 受注が一つ増えて納品までの予定が五年後に切り替わった。


 顔を上げるとガルバンとクレーメンスが板状携帯端末(タブレット)を見ながら話込んでいる。どうやらハウゼミンデンの商業ギルドと倉庫ギルドが共同で一隻購入したらしい。

 このまま行けば何処の領主であっても何時でも他国の王宮を直接攻撃出来る様になるのは間違いない。

 それを防ぐ手段を持っているのは世界に唯一大魔導師だけ。

 簡単だ。

 今後、大魔導師、いや、ノイエ・ブランザ王国以外は他国に戦争を仕掛ける事は不可能になる。

 ふとシュマルカルデン王ヴィルフリートが言った言葉を思い出した。


「便利だからとこんなもの(タブレット)に頼り切るなよ?」

「はっ。――その、出来れば理由をお聞かせ願えませんか?」

「……多分な、コイツは一種の間諜だ」

「は?」

「この先もしシュマルカルデンとノイエ・ブランザが対立したら、即時通信(アンシブル)機も板状携帯端末(タブレット)も同時に使えなくなるだろう、いや、そんな真似はしないか。要所要所で偽の命令や報告が交じる様になるんだろうな……そして、もしもシュマルカルデンとノイエ・ブランザが対立する時には、もう俺もお前も便利過ぎてこいつ(タブレット)を手放せなせなくなってるだろうよ。ま、既に勝ち目は無いんだがな?」


 冗談だ、と最後に笑ったが、ヴィルフリートの目は本気であった。

 恐らく陛下(ヴィルフリート)の言う通りなのだろう、とライナルトは思う。

 そして高速飛行船(コレ)も同じなのだろう。

 敵対する国の王族が乗った高速飛行船(コレ)が何処かで落ちたとして、それが事故なのか何処かの誰かに落とされたのか、大魔導師以外の者にはわからないだろう。

 にも関わらず、大陸中の国々が高速飛行船(コレ)を使わざるを得ない様になるだろう。

 即時通信(アンシブル)機や板状携帯端末(タブレット)と同じである。

 もちろん時間をかければ、そう、途方もなく長い時をかければ、シュマルカルデン王国とて何時かは似たような物を作り出せる様になるだろう。

 だがあの大魔導師は、その時にはもっと別の、更に手の届かない何かを生み出しているのだろう。


 ――いや、三年後、だったか。と、ライナルトは小さな笑みを浮かべた。

 きっと三年後には高速飛行船(コレ)が玩具の様に見える様な物がゲルマニアの空を飛んでいるのに違いなかった。

 とてもついていけない、と、微かな溜息が零れた。

 興奮し、熱く語り合う商人達の声を聞きながら、窓の外を流れ去る雲と遥か彼方に霞む白いヴァイサーベール山脈を見つめる。

 冬が来たのだな、とライナルトは思った。

 

 






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