表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/131

第七十九話 旧王都奪還

A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年

海の月(七の月) 水の週の四日(十日)

テオデリーヒェン大公国 ブラン



 早朝から始まった総攻撃は、テオデリーヒェン大公、いや、エアハルト子爵の巧みな指揮と戦力配置によって防がれ続けていた。

 市街の各所に設けられた陣地と、魔導士達による近接火力支援が効いたのである。

 無数の小部隊を展開させて一区間毎を奪い合う中、あちらこちらの窓から、屋上から放たれる魔法によって、かなりの負傷者が出ていた。

 何度目かの強襲の際にはナグルファー号による砲撃が行われ、かなりの数の防衛拠点が叩き潰され魔導士達の多くを死傷させていたが、それも今はエレン湖の上空へと退避していた。

 魔力を使い果たした、そう思われている。

 そうして午後になって始まったのが、リープ方面から到着していた援軍による強襲である。

 前後して再開されたノイエ・ブランザ軍の主力による攻撃も苛烈を極めた。

 エアハルト子爵はここを踏ん張りどきと見たのか最後の予備兵力を投入し、今ではシュプレー川を越えて戦闘開始線付近にまで押し返していた。

 ノイエ・ブランザ軍による総攻撃は失敗した。

 誰もがそう思った事であろう。

 ノイエ・ブランザ軍の将兵達もそう思っていたのだ。


 魔力を使い果たして退避したと思われていたナグルファー号とエイル号の二隻が戻って来るまでは、一隻がシュプレー川の橋を破壊し始めるまでは、もう一隻がブランの城門の全てを破壊してしまうまでは……。


「謀られたか……!」


 報告を受けて城壁の上に出たエアハルト子爵が見たのは、全ての城門が完膚無きまでに破壊されたブランの城壁、なにやらミシュルハイム橋の上空で停止している空飛ぶ船、そして、北西で上がった黒煙ともう一隻の船である。

 ざっと見た瞬間には理解出来た。

 ミシュルハイム橋以外の全ての橋が落とされたのだ。

 そしてミシュルハイム橋はノイエ・ブランザ軍が確保しており、エアハルトが把握している限り、ブラン防衛の主力と予備兵力の全てはシュプレー側の対岸である。

 残ったのは僅かばかりの護衛兵達に、リープからの援軍と正面からぶつかり合っている一〇〇〇を少し超える程度、いや、既に一〇〇〇を切っているであろう押さえの騎士団に傭兵団の合同部隊だけである。


 ……後退すべき城門も破られており騎士団と傭兵達だけでは、一五〇〇を超えるはずのリープからの援軍――大半がナーディス正規兵達――による攻撃には堪え切れないだろう。

 そうして見る間に一部の兵士達、恐らくは傭兵達が戦場を離脱しようとしていた。

 既に見る価値もなかった。


 幾筋か立ち昇っている黒煙の中を、下半分を鈍色に輝かせた空飛ぶ船が悠々と進んでいた。


「しかし、流石はヴィーガン卿か。上手く誘い出された。いや、大魔導師か?」


 口元に浮かんだ笑みを消して振り返り、手勢を集める様に指示するエアハルト子爵。

 

「何をしている! 未だ負けたわけではないぞ! 北門に兵を集めろ! 主力が戻ってくれば形勢は逆転出来る! 家を壊して防塁を作れ!」


 慌てて動き始めた兵士達の顔色が戻るのを見て自嘲の笑みを浮かべた。

 主力が戻って来る事は無いと知っていたのだ。

 反乱が起きるのを防ぐ為に兵を動かしただけなのである。

 もっとも、と再び自嘲の笑みを浮かべる。

 北西で上がった黒煙は火事だったのだ、それも複数ヶ所である。そして両軍共にそんな攻撃は許可していない。

 ならば火を放ったのは住民達であろう。

 都市の防衛戦における住民蜂起だ。

 エレン湖から上陸した敵に同調したのだと見て間違いはなかった。

 エアハルト自身随分長く生きたし死ぬのは怖くなかったが、少しだけ残念であった。

 自分を倒した敵が、あの大魔導師がどれほどの事を成し遂げるのか気になっていたのである。

 ゴーレム船に蒸気機関に即時通信(アンシブル)機、挙句の果てに飛行船である。神話でもあるまいし、空を飛ぶ船を作り出し、それを戦に利用する時代が来るとは、と、そう考えて苦笑する。

 死を覚悟して思う事が、見た事も無い大魔導師の事だったからだ。

 萎えそうになる心を奮い立たせて思う。

 もう勝ち目は無いが、最後まで足掻けばザルデン王国に残してきた息子の立場はさらに強化されるだろう。

 自身はこれ以上功績を立てても周囲の反発が強くて出世は出来ないだろうと思っていたから、ある意味これはいい機会だ、と。


「ゲーアノート! お前は兵を率いて大公殿下の守りにつけ。殿下の首を手土産に寝返ろうとするバカが出かねない。なんとしても守り通せ。良いな?」


 長く仕えてくれた腹心の一人を呼んで命令する。


「それは閣下のお役……閣下? 閣下は如何なされるおつもりですか?」

「――バカどもの私兵を連れて北から上陸してきた連中を叩きに行ってくる」

「それは……!」

「気にするな。幸い俺の息子の出来は悪く無いからな」


 言外に滲ませた「ザルデン王とは違って」という言葉に気付いて苦笑するゲーアノート。


「閣下、これまでの御恩、決して忘れませぬ」

「うむ。ゲーアノートにも随分助けられたな……」


 万感の思いを込めた右手がゲーアノートの肩に置かれた。


「卿の忠義、決して忘れぬ」


 佩剣を抜き取りゲーアノートに渡す。


「閣下!」

「行け。殿下を頼む」

「ははっ!!」



 ……こうしてユーリウスとハルトの作戦は見事に成功した。

 そもそもエアハルトが一撃で城門だの橋だのを破壊する様な「魔法」を連発可能な、空飛ぶ船などという非常識極まりない存在を前に尚持ち堪えてみせたのは、ユーリウスが街を破壊したくない、降伏させた上で無傷のブランを手に入れたいと思っている事を、エアハルトが正確に見ぬいていたからに過ぎない。

 だからこそ今日の戦いもなるべく市街に損害を出さない様に戦っていたし、間違っても放火などさせなかった。市街戦での損害が大きくなれば、ユーリウスが方針転換をする可能性が高くなる、そう思っていたのである。

 事実上ブランの街と市民を人質にしていた様なものなのだが、結局その裏を掻かれたわけだ。

 ブランの北西部で展開された市街戦は――古くからの旧ブランザ系市民が多い地区であった事が災いしたのだろう――市民達を巻き込んで拡大し、エアハルト以下三〇〇名程の守備隊と、大公エドウィンの取り巻き貴族の私兵達は、上陸してきた傭兵達と蜂起した市民達とに包囲されて壊滅した。

 生き残った兵士達もいたが、彼らは降伏すら許されず、いや降伏したのをこれ幸いと嬲り殺しにされた。

 傭兵達もこれを黙認し、その日の内にテオデリーヒェン大公エドウィンは捕らえられ、ブランの大公軍及びザルデン系の騎士団は降伏し武装解除された。


 テオデリーヒェン大公国は滅んだのである。



 その夜、全ての戦闘が終息したブランの宮殿前に集った市民達を前に、ユーリウスが叫んだ。


「再びブランザの理想を掲げる為に! 誓約の成就のために! ブランの民よ! 私は帰ってきた!」


 因みにユーリウスがブランに来るのは初めてである。

 単に『言ってみたかった』だけという、中二病まる出しの台詞であったが誰も疑問には思わなかったし、ブランの、少なくとも旧ブランザ系の市民達はそれに歓喜の声で応えた。

 永きに渡った他国の支配から、旧ブランザ王国の王都ブランがついに解放されたのである。

 時にギネス二七〇年、アルメル一年の海の月(七の月)水の週の四日(十日)の事であった。



 同じ頃、新たに建造されたゴーレム船の船室で、ザルデン王ヴェルビングは激怒していた。

 ザルツ公からフェストゥン砦が破壊され、テオデリーヒェン大公救援の為の支援が不可能になったという報告が届いたからである。

 出陣したザルデン軍は総勢一二〇〇〇の大軍である。

 先鋒の三〇〇〇と中軍の五〇〇〇はハルツ川を使って奇襲上陸する予定であり、残りの殿軍四〇〇〇はザルツ山地を越えて陸路で進軍していた。

 その先鋒三〇〇〇は既にハルツ川を下って、ロートシート近郊の上陸地点まであと一歩の所にまで迫っているはずであったが、彼らの船は精々が筏に毛が生えた程度の物であり、はいそうですか、と引き返せる様な物ではないのである。

 ザルツ公の支援が無ければ、上陸させたところで先が無かった。


「ええいっ! なにが空飛ぶ船だ! ふざけたこと申すな!」


 が、叫んでみた所で始まらない。

 重臣たちを前に激怒しては見せたものの、その心は冷静であった。


 空飛ぶ船。


 その言葉に全てが繋がった様な気がしたのである。

 否定はしたが先ず確実に実在するであろう空飛ぶ船。

 メンディス・ディッタースドルフ両水軍と水軍基地を攻撃したのはそれではなかったのか?

 激怒して怒鳴り散らして重臣たちを下がらせて、尚も怒鳴り散らしながら背筋を凍りつかせるヴェルビング。

 直ぐにも兵を引く必要があった。

 空飛ぶ船に関する情報を集め対抗策を練らねばならない。

 最悪テオデリーヒェン大公国は切り捨てる、一瞬でそこまで考えたヴェルビングであったが、すぐさま打開策を見出そうと思考を切り替える。

 元々テオデリーヒェン大公国の命脈は、魔の森をすっぽりと包み込む巨大国家が成立するまでの僅かな期間でしかないと思っていた。どうなった所で最終的には一つの国家に統一されるのだと思っていたからこそ第二王子に任せたのだ。

 無難に統治すればそれでも良いし、不満が高まれば、再び王国の一部となった時にはその不満の分だけ王国への支持が高まるはずだったのである。

 だが、あの大魔導師とやらが現れてから、何もかも全てが悪い方へと進んでいく様に思われた。

 クラメス教をザルデン王国の国教に制定してロカマドールで莫大な布施を行い、ようやく手に入れた加護の力、そしてクラメス教団の協力と支持。それすらも本当にそれが正解だったのかわからなくなっていた。

 近習を呼びつけ状況が判明するまで停船する様に命じると共に、先鋒の軍に言付けの小鳥(アヴィークラ)を飛ばして、一旦ザルツ公領側に上陸する様にと命じる。

 間に合うだろうか? 不安はあった。が、何れにせよ、糧食その他の物資を運ぶ必要が出てきたのは確かであったから、殿軍四〇〇〇はこのまま撤退。中軍の五〇〇〇も撤退だが、上陸させた上で陸路で帰還させる。

 中軍の兵を陸に上げたら船団を再編し、物資を積み込んいる船はそのまま先鋒への補給任務につかせ、先鋒についてはフェストゥン砦の再建に当たらせる。

 最悪テオデリーヒェン大公国は切り捨てるが、少なくともブランとイエルスにはそう簡単には落ちないだけの戦力を置いていたし、倍の兵力で囲まれたところで半年は耐えてくれるだろう。

 ナーディスは今ザクセン・ブルーディットの両軍から侵攻されており、テオデリーヒェン大公国へ出兵可能な兵力は大して多くは無いはずであった。

 二ヶ月でフェストゥンの機能を回復させてロートシートを落とす。

 そこまで行けばエアハルトとルノーであれば確実に反撃に出てくれるはずであった。

 二人には苦労をかけるがその分恩賞はたっぷりと与えて報いれば良い。

 そう凡その方針を決めた所で、近習を呼んで酒肴の用意をさせる。

 流石に疲れたのだ。

 だが考える事はまだまだある。

 空飛ぶ船、わけがわからなかった。それがどんな物かはわからないが、気球と呼ばれる物については聞いていたし絵図も見た。

 簡単な火の魔法で浮かぶが移動は風任せで、二人乗りの小さな籠があるだけだというが、シュマルカルデン同盟諸国が手に入れ野戦や攻城戦の指揮に威力を発揮している。

 おそらく空飛ぶ船というのも似たような物なのだろう。

 どうやって移動するのかはわからないが、風を操る魔法使いを乗せればなんとかなるかもしれない。

 大きな物を作って何人もの魔導士を乗せればなんとかなるのではないか?

 対ゴーレム用のバリスタやカタパルトを乗せれば攻撃も出来るだろうし、空から油を撒いて火を付ければ小さな砦などひとたまりもないだろう。


「……大魔導師と呼ばれるだけの事はある、か……」


 研究については命じていたが、本格的に開発をする必要があるだろう。そう思うヴェルビングだったが、それがどれほど重大な問題になるのかはまだ気づいていなかった。

 なにより、ヴェルビングは自身が二〇年の歳月をかけて進めてきた計画の全てが、完膚無きまでに破綻していた事に気付いていなかった。

 その事に気付くには、まだもう数日間の時が必要だったのである。







誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ