第七十四話 会敵
A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年
獣の月(六の月) 火の週の二日(十四日)
ノイエ・ブランザ王国 王都ハウゼミンデン
払暁である。
ハウゼミンデンの王宮前にはナグルファー号が停泊していた。
ユーリウスが出陣する為だ。
ノイエ・ブランザ存亡の危機と判断したユーリウスは、秘密兵器である空中戦艦二隻の全面使用に踏み切ったのである。
結局エリクが指揮する事になった弐号艦エイル号は、テオデリーヒェン大公国内でハルト・ヴィーガンの要請に基づき行動し、ユーリウスの指揮する初号艦ナグルファー号はザクセン・ブルーディット連合軍五〇〇〇にラネック義勇兵一〇〇〇の合計六〇〇〇の敵との戦いに赴くのである。
既にノイエ・ブランザ軍の主力はノイエ・ブランザとブルーディットの国境地帯に向けて移動した後であり、現在は各地の諸侯達の集結を待っているはずであった。
ただしこの戦いにノイエ・ブランザ北部の雄、オバルフェットのギュンター・シュッツェ男爵は参加しない。
オバルフェットでザクセン王国の別働隊を警戒する事になっているのだ。
その為ノイエ・ブランザ軍主力は諸侯軍の集結が終わった後でも四〇〇〇程でしかない。
本来なら一二〇〇〇近い兵力の動員が可能なノイエ・ブランザも、テオデリーヒェン大公国攻略に六〇〇〇近い兵力を送り込んでいる上にハウゼミンデンの守備に二〇〇〇の兵を割いている。
これ以上の派遣は無理だったのである。
そしてシュマルカルデン同盟諸国からの援軍は期待できなかった。
オレスム王国がザルデン王国と同盟を結んで分裂していたランディフト諸侯領へと侵攻し、それに呼応してローデンステット大公国が挙兵したため、シュマルカルデン王国とノヴィエヴァーデン共和国は身動きがとれなくなったのである。
ザルデン王は兵を動かしていないが、何時動いてもおかしくない情勢だったのだ。
またザルツ公領とローデンステット大公国に挟まれているマルク辺境伯も迂闊に動けない状態になっており、援軍を出す事など不可能である。
状況を確認したユーリウスは軍議の席で呟いていた。
「よろしい。本懐である」
短期間で決着をつける必要があるだけで、やる事は変わらないと判断したのだ。
一〇体のゴーレム兵と三〇〇〇の歩兵達で小規模な部隊を蹂躙しつつ一気に北上し、両軍の拠点となっているブライテを潰してレーブルシェービを攻囲する。
そして残りの騎兵達と機動歩兵及びナグルファー号で機動戦を展開し、主力がレーブルシェービを包囲するまでの時間稼ぎをするのだ。
「ノイエ・ブランザを甘く見たこと、精々後悔させてやろうじゃないか……」
ナグルファー号の艦長席で狩猟型の言付けの小鳥を作れないかと苦心しながら呟くユーリウス。
仮にそれが難しくても、以前調べた際に言付けの小鳥が目標や現在位置の確認に電磁波を使っているらしい事は確認済みであったから、場合によってはECM等の電波妨害装置で混乱させる事が出来るだろうとは思っている。
主砲に使われている迷宮珠を利用すればかなりの広範囲に電波妨害がかけられるはずであった。
「艦長、作戦室へお越しください。先鋒のボニファン様が敵と接触します」
「わかった」
副長のカタリーナに声をかけられると即座に立ち上がり、後を任せて作戦室へと向かう。
因みに作戦室は元々兵員を輸送する際の兵員室の一つとして使われる予定の部屋であったから、現在のナグルファー号は空挺用の兵員は乗せていない。
今その部屋にあるのは中央に据えられた、薄い鉄板が貼られた五メートル四方はある巨大なテーブルと、その上に広げられた等高線入りのゲルマニアの地図である。その地図は淡い水彩絵具の様な半透明の画材を用いて森林を表す緑に川や池を表す青、草原の黄緑に荒地の茶色等に塗り分けれており、その上には彩色されて磁石が付いた無数の駒が並んでいる。
テーブル上の駒は四人のオペレーターによってリアルタイムで位置や大きさが修正され、一目でゲルマニア全土の戦場の様子が解るようになっていた。
そしてその周囲には、部屋を囲む様に巨大な画面接触式光学透過型画面が並べられ、二〇人のオペレーターがアニィの収集した各地の戦況を確認し、確定情報を表示してはテーブル上の駒を操作するオペレーターに伝えている。
そしてそれを見ている王立幼年軍学校の生徒が男女六人。
全員ぽかーん、の言葉以外に名付けようが無い顔で、入り口近くに設置された椅子に座ってみている。
「艦長、始まります」
その、何処か華やかさを感じる若い女性の声が飛び交う作戦室に入ると、直ぐにナグルファー号唯一の男性型、いや、雄型? ホムンクルス乗員で、作戦参謀兼情報参謀に任命されたコンラートが声をかけてきた。
この男、実はノイエ・ブランザのスパイマスターでもある。
コンラートが見ているのは画面接触式光学透過型画面からなる板状携帯端末で、どうやら即時通信機で交わされていた会話のログを読んでいたらしい。
直ぐに画面を消して自身の席から立ち上がり、大地図を見せながら状況の説明を開始する。
各陣営分用意した兵科毎の駒が三〇人を最小の単位として一〇〇〇人を最大の単位に、ゲルマニア全土に数百個が散らばっており、ノイエ・ブランザ周辺の状況については凄まじく細かい三〇人以下の単位を表す駒がびっしりと並んでいた。
青がノイエ・ブランザ、赤がテオデリーヒェン、オレンジがブルーディット、ザクセンが黄、ラネック義勇兵が茶色の駒だ。
「やはりこの方がわかりやすいな」
「はい。操作は画面接触式のモニターを使う方が便利なのですが、駒を使う方が戦況を直感的に理解できます。どちらも一長一短というところですね」
そうなのだ。
実は以前は地図(物理)の上に駒(物理)ではなく、画面接触式のモニターが置かれていて、アニィが収集した情報の全てを表示出来る様にしてあったのだ。もちろん拡大・縮小や詳細の表示等も可能で非常に便利になっていたのだが、紆余曲折の末、現在の状態に落ち着いている。
大地図はこの場で指揮をとる全ての者が共通の認識として頭に入れておく情報であり、各地・各部隊の詳細その他は周囲に並んでいる巨大な画面接触式光学透過型画面を見るか、コンラートの様に板状携帯端末を見れば良いのである。
「駒を自動で動かせる様にしたいから、立体表示が可能になったら電子表示に戻すかもしれないけどね? いや『偵察衛星』が先か?」
偵察衛星? と初めて耳にする言葉に首をかしげた所で気付いた。
「――艦長。戦闘が開始されました」
その言葉に大テーブルの周りに幾つか置いてある板状携帯端末を手にしたユーリウスが音声で指示を出す。
「アニィ、現地の通信が聞きたい」
と、途端に現地に存在する即時通信機が拾った全ての音が聞こえてくる。板状携帯端末の一部を振動させて音を出しているのだ。
板状携帯端末の表面に映し出されたゲルマニア全土の地図を片手で操作して拡大し、画面の範囲から外れた音が消えて少しづつ明瞭になっていく。
「ガルフは右だ! 左翼のゴーレムを突っ込ませろ! ヘルゲ、準備は良いな……ふん、生き残ってから言え! 左翼のゴーレムの更に左から回り込んで突入しろ、その後は任せる! よーし! 本隊は味方の騎兵が突入するまで敵を拘束するぞ! 圧迫して逃がすな!」
ボニファンの声であった。
板状携帯端末の地図上では五つの駒が動いている。
どうやら敵はボニファン達の半数ほどであるらしいが、音声を切って再び画面を縮小すると、周辺の敵部隊が先鋒のボニファンを目指して移動しているらしい事がわかる。
「どうやら優勢だな」
「はい。上手く動いてます。多分あと二戦か三戦するだけでブライテに到達出来るでしょう。それよりユーリウス様、この板状携帯端末を現地指揮官に支給して下さい。紙の地図は奪われて再利用されてしまう可能性がありますが、これならその危険は防げます」
「そうだな。そうしよう。情報部はどうする? 現地工作員にもあった方が良くないか?」
「そうですね……いえ、現地の工作員には持たせない方が良いでしょう。板状携帯端末で身バレします」
「なるほど。ならばいっそ民間に普及させてしまうか……?」
「……それは、それならば是非お願いします。ただ、できれば中間種の増員もお願いします。分析官の数が全く足りていません」
「わかった。これは儲かりそうだしな」
そう言ってその場で窓を展開し、オートマタに板状携帯端末の増産指示と、中間種の増員の指示を出すユーリウス。
板状携帯端末なら確かに売れるだろう。
機能を限定して税計算等の各種計算機能や在庫整理や販売管理等の、表計算ソフトと辞書機能等を売りに、先ずはハウゼミンデンの商人達へ売る。
まさかアニィが盗聴しているとは夢にも思わないだろうから、情報部の諜報活動にも役立つだろう。
一時的に生産計画が遅れる可能性はあるにせよ、オートマタと協力し、手足となるオートマタを増産して対応すれば良いのだ。
古代神殿は既にそういう所になっているのだから。
「ノイエ・ブランザ戦線には、現状では特に大きな問題は発生していないな」
「はい。レーブルシェービを落とせば北部の敵は誘引、拘束出来ます」
「問題はテオデリーヒェン大公国か。ザルツ公が分派した兵が邪魔だな……」
「はい。マルク辺境伯も対応に苦慮している様子ですね」
そう言って大地図に目をやるコンラート。
場合によってはバルヒフェット伯爵まで動く可能性があったのだ。既にバルヒフェット伯爵領では騎士団への招集がかかっているらしく、それが自衛目的の警戒部隊であれば良いのだが現状では判断がつかないのだ。
「アイツは敵を作り過ぎなんだよなぁ。まぁ人の事は言えないけど」
そう言って大地図上の駒を睨みつけるユーリウス。
コンラートはユーリウスの言葉に苦笑しながら再び板状携帯端末を操作する。
実はコンラート、板状携帯端末が大好きなのである。
一応どんな概念で生み出された魔道具、いや、魔導具なのかは理解しているが、端末その物には小さなクズ魔晶と魔石が一つづつしか入っていない事に、何度触れても驚かされていたのだ。
タッチキーボードというのにも驚いたし、予測変換という前後の文章から自動的に表示される文字列にも驚いたが、この端末を維持管理しているのがたった一人の精霊である事に何よりも驚いた。
ユーリウスによれば、小さな魔晶でも数が増えるとそれだけ計算力に余裕が出来るから大したことはないという。
コンラートはツリー形式で表示された即時通信機の会話ログを呼び出し、各地の工作員達の報告を読んでいく。
因みにこうした情報にアクセス可能なのはユーリウスを除けば中間種達だけである。
他の者は、即時通信機の会話が記録されている事も、板状携帯端末がたった一人の精霊によって作動している事も知らないのだ。
だから一部に限定販売された即時通信機が密かにザルデン王の手の者に渡り、ルツの王宮でその機能が研究されている事も知っていたし、研究者達がどんな会話をしているのかも知っていた。
もちろん即時通信機を敵国に売り渡した商人についても監視が付けられ、監視員達の報告についても知っている。
それをどう利用してどんな利益を出すか、どんな不利益を与えるか、そういった事を他の幹部達と相談するのも板状携帯端末を通じて行っているのである。
スパイ・マスターとしては何かあっても自身の潔白を即座に証明出来る素晴らしい魔導具であると思っているのだ。
コンラートは所謂第一世代と呼ばれる最初から古代神殿の地下で眠っていた中間種の一人であったから、古代の常識とも現代の常識とも全く違う、ユーリウスが生み出すあらゆる物が面白くて仕方なかった。
特に中間種という存在に対する常識が違い過ぎて、最初は頭がおかしくなるのではないかと思ったくらいだった。
自分達が植え付けられていた記憶と常識を真っ向から否定するユーリウス。
道具であるはずの人造種を、「人と人の間に産まれた種族」であると宣言して中間種と名付けたのもユーリウスであった。
中間種である。
馬じゃあるまいし、と、最初は馬鹿にしているのかとも思ってみたが、そんな様子は全く見られないし、エーディットへの対応を見ても仕事上の上下関係はあるにせよ、身分として、種族として下に見ている様子は欠片もないのだ。明らかに異常な存在だと思った。
その後エーディットから、ユーリウスが事実異常な存在である事を教えられたが、驚きは全く無く、単に異世界の常識に従っていただけだと知って、ただただ可笑しかった。
きっと異世界という所は、クラメス信者の言う天国の様な所なのだろう、いや、天国の様な所を目指して発展していた国なのだろうと思ったのである。
天国を目指して地獄を生み出す異世界の思考と技術も面白かった。
クラスター爆弾や燃料気化爆弾などと言う悪魔のような兵器がゴロゴロしていたと言う異世界。
ユーリウスの様な男が「ただの人」だという異世界。
板状携帯端末や即時通信機の様な技術を使った道具を、国民のほぼ全ての人が使いこなし、街を往くそこらの若者が気ままにありとあらゆる種類の歌や物語を作り、全世界の人々と分かち合うという異世界。
見れるものなら実際にこの目で見てみたいものだと思っていた所へ、ユーリウスは言い放ったのだ。
「神々にも不可能で絶対に無理だと言われたが、現時点は絶対無理だというだけだ。一度は出来たんだから、もう一度同じ事が出来ない訳がない。力が足りないと言うならより大きな力を手に入れるか、より少ない力で成す方法を探せばいい。無数にある異世界のどれかもわからないと言うなら、無数の人が無数の手段で調べたら良い。直ぐに見つかるさ。その為に必要なのは大きな力を持った精霊や個人じゃない。だからゲルマニアを統一する。コンラート、お前も見てみたいんだろ? 異世界を? だったら手伝えよ。全力で手伝え」
可笑しかった。
面白かった。
だから手伝う事にしたのだ。
全力で。
……新しい情報が入って来た。
どうやらヴェルグニーも大規模に兵を動かしているが、その大半はシュマルカルデン王国とノヴィエヴァーデン共和国に直接送り込まれているらしい。
輸送にはシュマルカルデン王国の水軍が全面的に協力しているからかなり素早い対応が出来ている。
これなら大丈夫だろう。
何処にも破綻の兆候は見られない。
ユーリウスと視線を交わして頷いた。
「ブルーディットを降伏させて北方の押さえとし、ザクセン王国とは講和する。いいな?」
問題は無いだろう。
ザクセン王国を降伏させる事も可能だろうが、先ずはテオデリーヒェン大公国だ。
ザクセン王国と講和した後に、ブルーディットの諸侯のそれぞれから人質をとって南下、テオデリーヒェン大公国に雪崩れ込む。
兵站能力はゲルマニア全土の水運を押さえているシュマルカルデン同盟が圧倒的であり、シュマルカルデン同盟は攻囲したまま何ヶ月でも戦えるが、他の国々は占領して迷宮を奪わない限り三ヶ月と保たない為、都市の城壁とゴーレムを上手く使えば負ける事は無いはずであった。
「この戦争もクリスマスまでには終わるな」
「クリスマス、ですか?」
「冬至だよ」
「そうですな。十分でしょう」
この時ユーリウスは既に戦後の事を考えていた。
この戦いがどうなろうとも、マルク辺境伯領は完全に併呑するつもりであったから、バルヒフェット伯爵には是非挙兵してマルク辺境伯領に雪崩れ込んで欲しい、そう思っているのだ。
折角マルク辺境伯に恩を売って併呑出来る機会なのである。
無駄にするつもりはなかった。
……因みに「クリスマスまでに終わると言って終わった戦争は無い」事くらい、ユーリウスも知っている。
それは戦争の長期化フラグなのである。
だがユーリウスは政治家でも軍事指導者でも無い。
そう、ユーリウスは中二病患者なのだ。
誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。




