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第七十二話 建国の勇者たち

やっと王国の建国まで漕ぎ着けました。

無理矢理でしたが予定通りでもあります。

ここからはゲルマニア統一に向けて戦記っぽいお話になるような気がします。

新章です。


予約投稿に失敗してました。

本日二話目の投稿です。

A.G.2881 ギネス二七〇年 アルメル一年

太陽の月(一の月) 地の週の一日(一日)

ノイエ・ブランザ王国 王都ハウゼミンデン



 冴え渡った冬の青空に女神の羽衣(リング)が美しく輝く祝日の朝である。

 この日、新年の祝賀会において灰色の霧の名の下、ゲルマニア全土に向けて新生(ノイエ)ブランザ王国の建国が高らかに宣言された。

 女王エリナリーゼの元に集った旧ブランザ王国系諸侯を中心とした家臣団には、魔の森の奥深くに存在するというアルメルブルク(アルメルの城の意)と灰色の霧(モモ)の神殿についても明らかにされ、大魔導師ユーリウスはアルメルブルクの領主として紹介されていた。

 ノイエ・ブランザやアルメルブルクの名前が公式な記録としてゲルマニアの歴史に登場するのはこれが初めてとなる。

 ハウゼミンデンの領主館、いや、ノイエ・ブランザの王宮前の広場を使って開かれた祝賀会において、混乱が発生しない様にと前日の夜の間にノイエ・ブランザ王国の建国については正式な書簡が各国の使者達にも手渡されていたし、数日前からは街の各所で灰色の霧の眷属で魔王を倒した魔の森聖女の噂と、その聖女がブランザ王国の第三王女であった事や、同じく灰色の霧の眷属で大魔導師ユーリウスがその王女に仕えていた事、王女を密かに支援し続けていたヴィーガン辺境伯(マルク)が遂に決起し、新生(ノイエ)ブランザ王国の建国に向けて動き出した事等が漏れ伝えられていた。

 もちろんその大半はユーリウスのタスクチームとギルド長会議が主導した情報操作の賜物である。

 とは言え、まさかこれほどまで大規模な「政変」が企画されていたとは、中核メンバーとなったナーディスの一部諸侯達にも知らされていなかったのである。

 この場にはゲルマニアの王侯貴族達だけではなく、遥かナヴォーナ王国の貴族やリプリア王国の使節に、西のローレンシア連合王国に、北辺の大国リェスタント王国の使者まで姿を見せていたのだ。

 何より人々を驚かせたのが妖精族(エルフ)の国であるヴェルグニーが参加していると言う、シュマルカルデン王国を中心としたシュマルカルデン同盟の成立と同同盟への加盟の宣言であろうか?

 シュマルカルデン同盟にはシュマルカルデン王国、ヴェルグニー、ノイエ・ブランザ王国、マルク伯領、ローデンステット大公やノヴィエヴァーデン共和国まで参加していると言うのである。

 寝耳に水であったザルツ公の使者やザクセン王国の使者などは顔面を蒼白にしていたし、反ノヴィエヴァーデン共和国の同盟を結ぼうと躍起になっていたオレスム王国の大使などは、顔を真赤にして怒りを堪えていた。

 ゲルマニア全土から集まっていた各国の大使級の使者達には十分過ぎるほどの衝撃を与えた式典となったが、最も大きな衝撃を与えたのは王女、いや、女王エリナリーゼと共に現れた三〇体もの武装した(・・・・)ゴーレム兵の登場であろう。

 各国では一〇年も前から継子扱いであったゴーレム兵を、ナーディス、いやノイエ・ブランザ王国では主力として扱うつもりである事に気付かされたからである。

 考えてみれば当然の話であった。

 ゴーレムを狂わせる魔道具などという物を創りだしたのは世界にただ一人、ノイエ・ブランザ王国の重鎮として紹介のあったユーリウスだけであったし、その魔道具を創りだしたユーリウスであれば、当然その対抗策も持っていて不思議ではない。

 ノイエ・ブランザの軍勢であれば、真正面からゴーレム兵を突撃させる事が出来るだろう。

 そして自分達にはそれに抗う術が無い事に、今更ながらに気付かされたのだ。

 お話にならないどころではない。

 まともに戦っても真正面から叩き潰されて終わりなのだ。

 ナーディスの一領主が名前を付け替えただけの小国と侮っていた者達は、ユーリウスがなぜ大魔導師と呼ばれる様になったのかを改めて思い出していたのである。


 ユーリウスが演出した祝賀会の式典において、同様に大きな衝撃を受けながらも歓喜の声を上げている者達もまた多かった。

 ブランザ王国の滅亡より、不遇の時代を生き延びて来た旧ブランザ王国系の貴族達やその家臣、そして豪族達である。

 ノイエ・ブランザ王国の建国に関する書状を受け取ってはいたものの、荒唐無稽と一蹴していた諸侯達は、目の前で展開されたゴーレム軍団の力強さに圧倒されていた。

 ナーディス諸侯領や旧ブランザ王国の名士達による言葉が終わって、その最後の最後に現れた「女王エリナリーゼ」は、遠くから見るだけでもその美しさと芳しさに心を奪われそうになる程であったから、近くで拝謁する事が叶った者達には、目の毒を通り越して全身が麻痺して心臓が止まってしまうのではないかと思う程の強烈な美というものの底力に心を震わせていた、少なくともそう思い込んだ。


 事実、その身長を超える程の長さの錫杖を手に淡い水色のマントを翻し、誰一人見たことも無い仕立ての白を基調とした豪奢で可憐なドレスを纏い、真紅のサッシュに真紅の剣帯と白銀に輝く聖剣を腰に佩いたその日のエリは、何時にも増して美しかったのだ。

 ただしそのエリが「……重すぎます……」と涙目になっていたのは王国の最高機密である。


 冬の日差しに輝くすみれ色の瞳に、夏の朝露に濡れた赤い薔薇の花弁の様な唇、金糸銀糸に彩られた組紐が編み込まれた、微かに癖のある金色に輝く赤毛は、その背で六芒星に乗った灰色の霧を表す二重の渦巻きと中心で交差する六本の矢という意匠の大きな金銀細工で一つに纏められ、頭上に燦然と輝く大粒の宝玉と魔晶に彩られた王冠を支えていた。

 それは多くの参列者が視線が合った瞬間に、心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた、と、後々までそう語る事になる鮮烈なデヴューとなったのだ。

 まぁエリを知る者達にしてみれば、本当に心臓が止まらなくて良かったね、としか言い様が無かったし、ユーリウスが仕掛けた吊り橋効果とやらに引っかかっていただけなのだが、それはそれ、別のお話である。

 兎も角、初めて民衆の前に姿を表したエリは王宮の前に設えられた胸壁の上に立ち、ざわめきが静まるまで周囲を睥睨する様にして立ち続けたあと、右手の錫杖を床に敷かれた金属板に打ち付けると、その音は静まり返った広場に澄み切った鐘の様に響き渡って蒼穹に消えた。

 そうして一言。


「ブランザの民に灰色の霧の加護がりますように」


 たった一言である。

 それだけであったが、数呼吸程の静寂の後、そこに集っていた貴族や豪族とその兵士達に数倍する民衆の歓喜の叫びを呼び起こした。

 後に、その凄まじいまでの歓喜の叫び声こそが、ゲルマニアに到来した新しい時代の幕開けを、ラネック王国やザルデン王国といった、外国勢力に支配され続けた時代の終わりを告げるヘイムダルの角笛(ギャラルホルン)であったのだと記される事になる。

 その歓喜の叫びは女王エリナリーゼが王宮に戻って行った後も延々と続き、ハウゼミンデンの各所で振舞われた大量の酒の効果もあってか、夜半まで途切れる事なく続いたのであった。


 時にノイエ・ブランザ歴一年、通称アルメル歴一年の元日であった。



「ユーリウス、本当に一言だけで良かったのですか?」

「おっけーおっけー、本当は一言も喋らずに片手を上げるだけで済まそうかとも思ってたくらいだし」

「おっけ? 一言も喋らずに?」


 意味が解らず不思議そうな顔をするエリであったが、ユーリウスは本気で言っているらしい。


「目的はエリが何を話すかじゃないんだよ。諸侯達の周りで市民達が歓声を上げる事だからね?」

「…………わかりません」

「アレはね、ノイエ・ブランザ王国が貴族や豪族達の為の国ではなく、エリと民衆の為に産まれた国だって事を直感的に理解させるための演出だからね。ぶっちゃけるとそこを理解できない馬鹿貴族や豪族達にはさっさと潰れてもらうつもりだから覚悟しとけ、っていう脅し?」


 暫く頭を抱えて考え込んでいたエリがなにやら納得出来たような出来ないような顔をした後微笑んだ。


「ではアレで本当に良かったのですね?」

「もちろん。ヴィーガン卿まで青くなってたからね。貴族達ガン無視して「民に祝福を」だもの」


 そう言って楽しそうに笑うユーリウス。

 楽しそうなユーリウスを見て小さな溜息を一つ吐くと微笑んだ。


「ユーリウスが成功だと言うのであれば良いのです。折角覚えたヴィーガン卿やたすくちーむの方々が用意してくれた草稿を、全部無駄にしてしまってよかったのかと心配だっただけですから」

「うん。完璧だったよ」

「それでそれは成功したのですよね?」


 改めて問われる様な事だとは思っていなかったユーリウスであったが、ニンマリと笑って口を開いた。


「だって、聞こえるでしょ?」


 もちろん昼を過ぎても王宮の外に響く「ハイル」と「ジーク」の大歓声である。

 「ノイエ・ブランザ万歳」「アルメル陛下万歳」「王国万歳」それから「ノイエ・ブランザに勝利を」「ブランザに勝利を」「アルメルに勝利を」「王国に勝利を」の大合唱である。

 もちろん最初に仕込みは入れてはあったが、既に全員が撤収済みである。


「ね? このまま道さえ間違わなければノイエ・ブランザはいずれ『国民国家』へと変わる。貴族の私兵と騎士団に頼った時代の終わりだ。まぁ内緒だけど」

「……わかりました。いえ、本当にわかったかどうかはわかりませんが、私はユーリウスを信じます。どうか私とブランザの民を導いてください」

「違うよエリ、一緒にブランザの民を導いていくんだから」


 ユーリウスの言葉に目を閉じ沈黙し、外の喧騒に耳を傾けるエリだったが、暫くしてユーリウスを見つめて立ち上がり、一瞬だけ窓の外に視線を送って微笑んだ。


「そうですね」

「ま、気楽にね?」

「そうするわユウ。だから迷わずしっかり着いて来るのよ?」

「わかってるよ、お姉ちゃん?」


 二人だけの時間はこれで終わりだった。

 これから謁見の間で、事前の協議があったノイエ・ブランザ王国に忠誠を捧げる諸侯達からの言葉を聞いて所領の安堵を言い渡したり、その場で新たに忠誠を誓約してくるであろう諸侯の言葉を聞かなくてはならないのだ。

 それが終われば諸外国からの使節や使者との謁見があり、それらが終わるまでは休息すら難しかったし、終わったら終ったで夜会が予定されている。

 しかもこれが五日間も続くのだ。

 明日は豪族達や近隣の貴族達、明後日以降は各地の騎士団領や騎士達と、ギルド長会議の代表者達や貴族に準じる扱いを受ける様な豪商達と魔導士達や錬金術士達である。


「では共に参りましょう我が大魔導師。ヴィーガン卿らをあまり待たせてはいけません」

「はっ、直ちに。――我が女王陛下」


 因みにユーリウスの許嫁となった四人も忙しく働かされる羽目になっていた。

 ノイエ・ブランザには使える人材を遊ばせておく余裕など欠片もないのである。

 フィームはその剣と魔法の腕から護衛として、玉座に座るエリの背後に控えるユーリウスと共に延々と続く退屈な謁見に付き合わされ、ヘルタはその外交力を買われ、ハルトと共に各国の大使や使者との面談に追いまくられた。

 そうした外交や行政の場とは関わらずに済むだろうと思っていたミヒャエラについても例外ではなかった。

 ミヒャエラはヘルタやフィームの侍女達まで動員した、一部の貴族達や豪族達が連れてきた奥方への接待係を押し付けられた挙句、手回しの良い、ある意味抜け目の無い豪族や諸侯達にギルド長会議の面々や、各地の豪商達が連れてきた女達の接待まで押し付けられ、四人の中ではもっとも忙しく働かされていた。

 またソフィーについてはユーリウスのタスクチームと共に、ギルド長会議が主催するハウゼミンデンの活性化会議の場に呼ばれて、ノイエ・ブランザの利益を代表する立場に据えられる事になっている。

 もっともまだ数日はそうした仕事は始まらない為、ミヒャエラの補佐について接待周りをしていた。


「ミヒャエラ様、少しお休み下さい。後は豪族とは言え平民の奥方ばかりですから、私だけでも問題は無いかと思います」


 そう言ってお茶の飲み過ぎでお腹がタプタプ鳴りそうになりながらも、休みもとらずに部屋から部屋へと移動しながら接待を続けるソフィー。

 平民とは言え祝賀会の初日に王宮へと招待された者達である。

 その権勢は下手な貴族達よりも強大であったし、豪族が豪族足りうる条件とは則ち軍事力であったから、たかが平民などと捨て置ける者達ではなかった。


 考えてみれば随分な話だと溜息を吐きたくなるソフィーであった。

 祖父のエジードからは先ずは挨拶だけ、上手くいっても持参金の目録を渡した後は一緒に帰る予定であったのだ。

 それがあのマルク辺境伯(マルク)の所為でこの有様である。

 

「……本当なら今頃お父様達とのんびり過ごしていたはずなのに……」

「ソフィーは逃げ出したい? 逃げる?」

「ダメよエーミー。そういう訳にはいかないの。一応私も納得して望んだ事でもあるし。ただ……」

「――ただ、なに?」

「ただ、なんでこんな目にあっているんだろうって、ちょっとだけ納得がいかないだけ」


 全てはユーリウスの所為である。

 明け方、未だ暗い内に叩き起こされ正装させられ、連行される様にして赴いた食堂で、立ったまま『さんどいっち』や『がれっと』という物を食べる様に言われ、四人、いや、フィームは既にユーリウスと楽しそうに会話しながら一口サイズのそれをパクついていたから、ヘルタやミヒャエラとソフィーの三人は、目を白黒させながらも、エールを呑む時の様なゴブレット状の器に淹れられたお茶で流し込み、一息ついた所で命じられたのだ。


「折角なので仕事をしてもらう」


 と。

 エリとお揃いの白銀に輝く鞘に納められた魔剣ヒュメルフリューグを腰に佩き、彼女達が初めて目にする金銀細工が散りばめられた、変わった仕立て――銀河英雄伝説のファンからは確実にパクリ認定されるであろう――の漆黒の衣装は、純白のサッシュに白銀の帯飾りと金糸のモールと剣帯に彩られ、磨き上げられた漆黒の金属の様に艶めく短靴と純白の手袋をしたユーリウスは凛々しく、一瞬だけ、ほんの一瞬だけソフィーの心をときめかせたものだが、直後に思考が停止した。

 何を言っているのかわからなかったのである。


「なに、大丈夫。君たちになら出来る。そう信じている。詳しい話しはエーディットから聞いてくれ。エーディット、後を頼む」


 と。

 言葉は理解出来る。本当に信じて信頼してくれているのかは疑問であったが、出来る、信じていると未来の旦那様から言われてしまえばなんとなくその気になって来る。

 出来ない事は無いが、少ない社交経験とヴェッツェル仕込みの交渉能力のその限界まで試される様な仕事をいきなり、その日の当日の朝になって振られるとは思いもしなかった。

 浅はかだった、とソフィーは思う。

 見た目だけは天使の様に可愛らしい青年であるのに、退路を立った上でしてくる要求(むちゃぶり)は伝説の神々の試練にも匹敵する様に思われ、ミヒャエラが紅眼の悪魔と呼ぶエーディットが用意した、目が眩む程の膨大な資料の束は「全てを読む必要は無い」と言われた通り、饗応しなければならない相手について、下手をすれば夜の私生活についてまで微に入り細に入り書き連ねてあり、もしや自分達の事も、と思った時には思わず吐き気を覚えるほどの恐怖を感じた程の代物であった。

 恐らく存在するのであろう自分達についての資料の有無、その疑問を口にする勇気はソフィーにはなかった。

 視線を交わして小さく溜息を吐き、ミヒャエラと共に呟くだけであったのだ。


「こんなはずでは……」


 と。

 一体私は何処で道を間違ってしまったのだろう? そう思うと泣きたくなってしまうソフィーである。

 わかっている、もちろんただの愚痴に過ぎないのはわかっているのだが、朝から胃が痛くなるような相手ばかり、ほんの数日まえならソフィーの事など歯牙にもかけなかったであろう高位の貴族の奥方だのご令嬢ばかり数十人を相手に、笑顔と友情の大安売りを続けているのだ。

 もちろん安いからと言い値で買ってくれる様な相手では決してありえない。

 ソフィーはもちろんミヒャエラの一挙手一投足を詳細に観察し、ほんの小さな瑕疵でも決して見逃してはくれずに回りくどくも上品な言葉で、更なる値下げを迫ってくるのだ。

 幾度目かに対応した最強最悪の四人のご婦人方の部屋から退出した後、それまで堪えに堪えていた全ての感情が爆発し、全身が震えて立っている事すら難しくなって膝が砕けた。

 涙がこぼれそうになるのを堪えるだけで精一杯になっていた。

 もしもこれが一人であったら、ミヒャエラが一緒でなければ、その場で何もかも全てを投げ捨てて逃げ出していただろう。

 だがソフィーはその後も震える心と身体を叱咤して働き続けた。

 なぜならミヒャエラが、同じ様に打ちのめされて震えていたはずの、男爵令嬢とは名ばかりの貧乏豪族の娘であったミヒャエラが、両手で自身の頬を叩いて気合を入れると歯を食いしばって立ち上がり、ソフィーを見て微笑み手を貸して、胸をはって言い放ったのだ。


「さぁ、次に参りますわよソフィー。私が成り上がりなのも幸運なだけの小娘なのも私自身が一番良く解っております。それがなんだというのです? 私達は負けません。戦いは最後に立っていた者が勝者なのです!」


 ソフィーは魔導士としても商人としても人並み以上の評価を受けていたし、ソフィー自身も妖精のエーミーが感心するだけの力がある事に自信を持っていたから、それだけにユーリウスが刺客に襲われた時にも我が身を守って戦いを補佐出来る体勢を即座に整えた自分に対し、何一つ出来ずに狼狽えるばかりであったミヒャエラを、心の何処かで見下していたのだ。

 そんなソフィーの惨めで矮小な嫌らしさを、ミヒャエラは一瞬で吹き飛ばした。その清々しいまでの心意気には全面降伏するしかなかったのである。

 ソフィーがどれほど有能だろうと、どれほど有力な魔導士だろうと、恐らくミヒャエラは気にも留めないだろう。

 そう思ったのである。

 その時ソフィーの脳裏を過ぎっていたのは、どう見ても取るに足らないどこにでも居そうな職人と親しげに言葉を交わしていた、未だヴェッツェルであった頃の祖父エジードの後ろ姿であった。

 その時もソフィーは、なぜ自分の工房すら持っていない職人一人に、態々貴重な時間を割いて親しくしているのか、どうしても理解出来ずに聞いてみた覚えがあった。

 エジードはソフィーの言葉に楽しそうに笑って、それが理解できたら明日にでもお前をヴェッツェルにしてやろう、そう言ったのである。

 また自分を煙に巻いて楽しんでる、そう思い、ソフィーはミヒャエラの言葉を聞くまですっかり忘れていたのだが、その時エジードが楽しげに語り合っていた職人の姿と、胸をはって微笑んでみせたミヒャエラの姿が何処かで重なっていた。

 もちろんエジードの答えとは全然別のものなのかもしれない。だが構うものかとソフィーはそれまでの自分を笑い飛ばした。

 ミヒャエラはソフィーが心から尊敬出来る人物だった。それだけで十分だったのだ。

 きっとミヒャエラとは長い長い付き合いになるだろう。

 そして、この愛らしくも尊敬すべき人物と良い関係が築けるとしたら、きっとそれはとても幸運な事なのではないかと、そう思ったのだ。

 そしてそれは、この半日ほどの間で幾度と無く繰り返し実感する事が出来た。

 男達の戦が野で剣を振るう事であるなら、女達の戦場とは茶会の席こそがそれである。

 共に剣を振るう仲間を戦友と呼ぶなら、ソフィーにとっての戦友とはミヒャエラであった。

 どうしてこんな事になったのか、そんな事はもうどうでも良くなっていた。

 ソフィーは立ち続けるだろう。

 その比類なき勇者(とも)と共に……。

 


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)





実はミヒャエラが一番好きです。


誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願

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