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第七十一話 目覚めの時

コミュ症のチートメインヒロインが頑張りました。

A.G.2880 ギネス二六九年

夜の月(十二の月) 神の週の一日(三十七日)

ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン



 眠り続けるユーリウスの側にはエリが居た。

 いや、エリしか居なかった。

 場所もユーリウスが倒れた執務室であり、最低限刺客の死体だけは片付けられていたが、外から破られた窓は大きな板が打ち付けられているだけであったし、最初の魔法による攻撃で壊れた家具はそのままの荒れ果てた状態であり、黒く変色した血の跡はそのままであった。

 魔石を使った暖房用の魔法具もあったし毛織の絨毯が敷かれているとは言え、流石にそのまま寝かせておくわけにもいかず、一応はシーツや毛布等の寝具に包まれて眠っている。

 最初は身体の半分を覆っていただけの結界も今では全身を覆い尽くしており、寝具があろうと無かろうと同じ事ではあるのだが、ユーリウスから離れようとしないエリには必要であったから、その意味では必要な配慮であったと言える。

 室内に居た全員を追い出すとモモを呼び出しユーリウスの状態を診てもらい、命に別状は無い事を聞くまでは半狂乱であったから、エリの言葉には誰も逆らえなかったのだ。

 誰一人近づく事も出来ないのだからどうしようもなかったのである。

 そんな訳で中に入る事を諦めたハルトや側近(ホムンクルス)達は、窓の外と執務室の前にテーブルと椅子を並べて人を配し、籠城したエリが出て来るか、エリから入って来る様に指示があるまで待つ事にした。


「エリナリーゼ様は未だ出てこないのか?」

「はい。エリ様のお話ではそろそろ目覚めるだろうとの事でしたから、食事と清めの湯は準備させております。ヴィーガン卿にはお手数をおかけ致しますが、明日の祝賀会は予定通りに開かれると思いますので対応をお願いいたします」


 エーディットの言葉に深い溜息を漏らしたハルト。


「そうか。一時はどうなる事かと心配していたが、ユーリウス様はやはり不死身なのだな……」


 その言葉にニッコリと微笑むエーディット。

 不死身などという事は無いが、巨大な魔物すら一撃で殺す即効性の毒を受けた者が、僅か二日で目を覚まして歩き回れる様になると言うのだから、そう思うのも無理は無い。

 もちろんエーディットは目を覚ましたユーリウスが本当に即座に動き回れるようになるのかどうかなど知らない。

 ただの願望である。

 だがエーディットにはそれを望むだけの理由があったのだ。

 自分の命よりも大切な相手が苦しんでいるのに何も出来ず、顔を見る事すら許されない。

 死に目にも会えないのではないかと思った時には心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けたのだ。

 だからエーディットはただ信じる事にしたのである。

 ユーリウスは直ぐに出て来る。

 また直ぐに元気な姿を見せてくれると。

 他の側近(ホムンクルス)達がどう思っているのかはわからないが、エーディットがそう言う以上、異議を唱える者は居なかった。

 一方、婚約者として初めての顔合わせをしたばかりだった四人は、あの刺客との戦いの後で半狂乱になって自分達を部屋を追い出したエリの様子に、各々色々と思う所があったらしい。

 それ以前に、エリの力の一端を見せつけられて恐怖していたのだ。

 悲鳴の様な言葉で出て行く様に言われて戸惑った彼女たちを、蒼白になったフィームが怒鳴りつけ、転がる様な勢いで慌てて部屋から飛び出したのである。

 だが、その後にエリの言葉を無視して部屋に入ろうとした男達が片っ端から転んで頭をぶつけて気をしなったり足や手の骨を折ったり、挙げ句に何か言おうとして舌を噛みちぎってしまう様を見せつけられたのだ。

 エリに逆らうのは自殺行為なのだと思い知らされたのである。

 とは言え、その恐怖体験は彼女達の関係を大きく変える切っ掛けとなっていた。

 古代ナヴォーナの女神像の様に整った顔立ちの側近達が人造種のホムンクルスである事を知り、更にはあの紅い瞳をした巨乳少女(エーディット)がユーリウスの愛人であるともなれば、四人で足の引っ張り合いなどしている場合では無いと、否が応でも気付かざるを得なかったのだ。

 だからこの二日間、フィームが見聞きしたユーリウスとエリの関係や、エーディットの立場やユーリウスの態度、それから各自がそれぞれの伝手で得たユーリウスに関する情報を共有し、ユーリウス攻略の為の話し合いが幾度と無く行われていた。

 と言っても結論については大して変わらなかったのだが……。


「つまり私達の最大の敵はやはりエリナリーゼ様という事になりますね」

「はい。エリナリーゼ様がユーリウス様を深く愛してらっしゃる事は間違いございません。しかもユーリウス様もエリナリーゼ様を深く愛してらっしゃいます。あの時もユーリウス様が守ろうとしたのはエリナリーゼ様だけでした」


 ヘルタの言葉に疲れきった様子のミヒャエラが答える。


「ですがその愛は本当に男女のものだと言えますか?」

「少なくともエリ様の愛は男女のものだろう。エーディットとの関係を見れば間違いはないはずだ。ただ……」


 ソフィーの疑問にフィームが答えて口篭るのを見て、ヘルタが続けた。


「エリナリーゼ様自身がそれに気付いているとは思えいない、そう言うことですね?」

「その通りだ」

「……厄介ですわね。ユーリウス様もエリナリーゼ様の気持ちには気付いていらっしゃらないのでしょう?」


 独り言の様にそう言ったミヒャエラの右手が口元に動き、親指の爪を噛む寸前で止まると腕組みする。強調されたその胸を見て忌々しげに足を組んで義足を叩いたフィームが投げやりな口調で言う。


「大きすぎる。その、問題だ。全く厄介な問題だ。だが私はユーリウスがエリの気持ちに気付いてしまった後の反応の方が恐ろしい」

「……本当のご姉妹でいらっしゃればよかったのに」


 それは全員に共通する思いであったから、ソフィーの言葉で三つの大きな溜息が漏れた。


「そのユーリウス様はまだ目を覚まさないのですか?」

「さてな? 覚ましていた所で久しぶりの姉弟水入らずだからな? 一緒の寝床で乳繰り合ってても驚かんよ」 

「フィーム様! もう少し真面目にお考え下さいませ!」


 ソフィーの言葉にフィームが答え、ミヒャエラが激昂する。

 考えたくない現実だった。


「――そうだな。乳繰り合う事は無いだろうが、目が覚めたらそのまま暫くじゃれあって遊ぶのだろうとは思っている」

「そういうご関係でらっしゃるのですね?」

「そういうご関係でらっしゃるのだ」

「お姉様、それは余計に質が悪いですわ」

「なんとしても姉離れをしていただかなくては! このままではあの紅眼がいる以上私達の出番などありません!」


 気付いてはいても、到底口には出せなかった事をミヒャエラが言い放った。

 フィームの情報が間違いでなければ――全員が事実であろうと思ってはいたが――あの大魔導師ユーリウスは本当に十六歳の少年なのだ。

 余程の才能があっても男女の機微を感じて上手に複数の女達を扱うなど不可能だ。

 そしてユーリウスにその手の才能は無い。


「しかしなぁ、本当に姉離れ出来るのか? 何十年かかるかわからんぞ?」

「だからそれを今考えているのではありませんか!」

「何かあればエリナリーゼ様の所で頭を撫でてもらい、人肌が恋しくなればその時の気分でよりどりみどりのホムンクルス――」


 ヘルタが手にしていた扇を苛立たしげにパチリパチリと開いたり閉じたりしながら言葉を続ける。


「――これではお姉様の言う通り、何十年かかるかわかりませんわ」

「なんだか腹が立ってきたな?」

「現状を変える気になると思う方が間違っておりますわね」

「あぁ、もう! こんなはずではありませんでしたのに……!」


 それも全員が思っている事である。


「……お茶が冷めてしまいましたわ。人を呼んで変えさせましょう」

「そうだな。休憩しよう」


 侍女の誰かを呼ぼうとソフィーが立ち上がると入口近くに据えられた呼び鈴を鳴らし、フィームの溜息混じりに漏らした言葉でヘルタが小さく吹き出した。


「何が悲しくて……そもそも御茶会の休憩なんて聞いた事もございませんわ……」

「そうですわね。私達、こんな所で一体何をしているのかしら?」


 再び絶句しそうになる台詞をミヒャエラが口にして、小さく微笑んだソフィーが思い出した様に言う。


「私、聞いた事がございますわ。こうした話し合いを戦略会議、そう言うのだそうです。お祖父様がユーリウス様から教わった言葉ですけれど」

「……ソフィー様! 素晴らしいですわ! 戦略会議! 良いではございませんか! 今後は戦略会議呼びましょう!」

「私はよろしくてよ? お姉様は?」

「良いのではないか?」

「決まりですわね! 私、なんだか闘志がわいてきましたわ! えぇ、負けるのものですか! みなさん頑張りましょう!」


 どうやら戦略会議は今後も継続されるらしい。


 一方その頃ユーリウスの執務室では、エリが徐々に解けつつある結界を見ながら楽しげに鼻歌で子守唄を歌っていた。

 目覚めるのを待つのに子守唄? などと言う疑問はこの際忘れてもらいたい。

 エリが知っている歌など子守唄くらいしかないのだから。

 あと少しでユーリウスが目覚める。そうしたら、どれほど心配したのかたっぷりと話してあげよう、そんな事を考えていた。

 それはエリにはとても幸せな一時で、未だ目も開かなかった頃のユーリウスを思い出しては、その頃と同じ様にそっとその頬をつついてみたり、今はなんの反応も返さないが、息を吹きかけて眠ったままいやいやをする様子に声を押し殺して笑ってみたりした事を思い出していた。

 ユーリウスが生きているだけでこれ程幸せなのだから、目を覚ましたらどれほど幸せなのかと思うとじっとしている事が出来ず、何をする訳でもなく寝床の周りでゴロゴロしているのだ。

 だからいつの間にか目を覚ましたユーリウスが不思議そうな顔でエリを見つめているのに気付いた時、エリは全てを忘れてユーリウスに飛び付いていた。

 何を言おうと思ったのかは忘れていた。

 ただただ嬉しくて楽しくて、ユーリウスにしがみつき、その頬に口付けして頬ずりをして、その鼻をつまんで変な声をださせてから隣に寝転びその頭を抱きしめた。


「――エリ? えっと? なにをしてるの?」

「それは私の言葉です」


 暫くなにやら考え込んでいたユーリウスであったが、どうやらアニィから状況の説明を受けたらしい。


「なるほど。エリがずっと看病してくれてたんだ?」

「そんな事はどうでも良いのです。私は怒っていますよ?」


 再びユーリウスが沈黙する。


「えっと。ごめんなさい」

「ダメです。きちんとした反省の言葉が必要です」


 再び沈黙。


「一人で大丈夫だと思ってました。自分の力を過信していました。ごめんなさい」

「それだけですか?」

「…………エリを守りたかったんだよ」


 散々迷った挙げ句に拗ねたように言うと今度はエリが沈黙した。


「本当ですか?」

「本当です」


 抱いていたユーリウスの頭にそっと口付けして囁くエリ。


「許してあげます。でも今回だけですよ?」

「はい」

「反省してくださいね?」

「はい」


 ……完全にダメ男に引っかかるダメ女のパターンである。


「それにしても、なにこれ? どうしてこんな事になってるの?」


 周囲の惨状を見渡し溜息混じりに言葉を紡ぐユーリウス。


「結界が張られていたはわかったのですが、どんな種類の結界なのかわからなかったので、なるべく動かさない方が良いと判断したのです」


 あぁ、と、ユーリウスも気付いた。

 結界にはその場所に展開するものと、なんらかの物を中心に展開するものがあり、その両者は見かけでは区別がつかないのである。


「そうだね。アニィに説明するように言っておけば良かった」

「そうですね。私は直接言っておいて欲しかったと思いますけど」

「わかった。次はなるべくエリに直接言う様にする」

「嫌です」

「え?」

「二度と結界が必要になるような怪我はしないでください」

「――わかりました」


 その言葉にもう一度ユーリウスの頭に口付けするエリ。


「私がどれほど心配したか、とても一晩では語りきれません。それは覚えておいてください」

「はい」

「それじゃ、交代です」

「え?」

「私が寝るので守っていて下さい。私が起きるまで誰も入れないでください」

「……わかった。寝て良いよ。ずっとここに居るから」

「私、他にも色々言いたかったのにわすれちゃいました」

「う、うん。それは残念だなぁ」


 と、抱えていたユーリウスの顔を無理矢理自分の方に向けてユーリウスの目を見つめる。


「嘘ですね」

「首が痛いです」


 ユーリウスの言葉にずりずりと体勢を変えてユーリウスと向き合う。


「でももういいですよ。安心したらどうでもよくなりました」

「うーん……そうだ、エリ? 子守唄、歌ってた? よね?」

「――聞こえていたの?」

「なんとなく? 寝てたけど、懐かしいなぁって思ってた」


 もう一度ユーリウスを抱きしめ、その額に口付けするエリ。


「私も懐かしかった……ユーリウスも覚えていてくれたんだ」

「――鼻歌なら大丈夫だけど、寝るなら歌おうか?」

「歌うの? ユーリウスが?」

「歌うよ――って、なんだろ? なんかこんな会話をした事があるような?」

「――ユーリウスは他の誰かに子守唄を歌ってもらったことがあるのですか?」


 子守唄を歌ってもらった事は無いが、同じ様な会話をした相手が誰かは思い出したユーリウスである。

 あぁ、エーディットとこんな会話をしたっけ、などと思った所でエリが手を離して背を向けた。


「無い。エリ以外に子守唄を歌っても貰った事は無い。前世は別だけど覚えてない」


 エリの背中が少し動いてユーリウスにくっついて来たのを見て思わず噴き出す。ユーリウス以外にこんな甘え方をしたら、その時点で相手の心臓を止めるか脳の血管を破って殺してしまいかねないのだから、思う所はあるにしろ、自分だけに見せてくれるその無防備な姿が嬉しかったのである。

 ぎこちないながらも甘え方というものを覚えてきたらしい。

 エリも日々成長しているのだ。

 それもここ数週間で。


「ね? 歌ってあげようか?」

「心配ですね。本当に歌えるのですか?」


 背中を向けてくっついていたエリが不満気に言う。


「鼻歌なら余裕だって」


 その場でエリが振り向いた。

 疑わしげにユーリウスを見つめるエリ。


「なら歌って、私が起きるまでここにいて誰も部屋に入れないでください。それから……」

「――それから?」

「それから子守唄を他の誰かに歌ってもらったりしないでください」


 ユーリウスは一瞬、ほんの一瞬だけ言葉に詰まってはいたが、にっこりと笑って頷いた。


「わかりました」


 となれば後は約束を果たすだけである。

 ユーリウスは眠れずぐずる子供をあやすように、優しくエリを抱いて鼻歌で子守唄を歌った。

 エリは背中をトントンと優しく叩きながら節をとる、懐かしい温もりと調べに包まれて眠りに落ちるのであった。


 ……その夜、エリは久しぶりにイルメラの夢を見た。

 夢の中で子守唄を歌ってくれたイルメラは、最後にエリの額に口付けすると微笑みを浮かべて、驚く事にユーリウスの姿に代わったのだ。

 部屋に結界を張って寝ていたユーリウスが身動ぎした事で目が覚めた時、エリは自分がまた泣いていた事に気付いたが、それは以前の様な無力感と悲しみと悔恨の涙ではなかった。

 ……それは、エリが生まれて初めて流した喜びの涙だったのである。






四人の女達が鎬を削るユーリウス争奪戦!

のはずが、四人のデッキが乗ったテーブルごとひっくり返されてずっとエリのターン!

誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。

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