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第六十九話 婚約者

本日二話目です。

少しづつハーレムっぽくなります。

たぶん?

A.G.2880 ギネス二六九年

夜の月(十二の月) 人の週の五日(三十五日)

ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン



 ヘルタ、ヘルタ・ヴァンデル・マルクは、幼い頃から一風変わった子供として有名であった。

 あらゆる事に興味を持ち、平民の男の子の様な格好で野を駆け山に分け入り、兄達に混じって剣や槍の訓練にまで参加するかと思えば、女達の嗜みとされていた刺繍や音曲なども人並み以上にこなしてみせたのだ。

 周囲の者達からマルクの神童、そう呼ばれる様になるまで然程時を必要とはしなかったし、成長してからも父親であるマルク辺境伯(マルク)に気に入られ、日常的な執務はもちろん、外交や社交の場にも連れ回して貰い、時には戦場にまで赴き兵を率いて戦う事までしてみせた。

 だがマルク辺境伯(マルク)が「お前が嫡子であれば」と時折漏らす通り、ヘルタは女性であり継承権も低い。

 五人の兄と二人の姉を差し置いてどうこう出来る様な立場ではなかったし、ヘルタから見て少々抜けた所の目立った嫡子たる長兄も六〇代の半ばを過ぎて円熟し、周囲の者達もこれならば、と「マルク・マルク」の名を継ぐ事に同意する様になっていたから、父のお気に入りで出来過ぎる妹であり続けたヘルタもそろそろ居心地が悪くなって来ていたのである。

 二人の姉達も五人の妹達もとうの昔に嫁いでいたし、兄達の子供達すら嫁に出る者が居る中で、ヘルタは次第に腐り始めていた。

 と言っても薄い本を一人で作ったりする腐り方ではない。父や兄達の執務を手伝う事もなくなり、自室に篭ってあまり外に出る様な事もなくなってしまったのである。

 といってただ自室に篭ってぼんやりしていられる様な性質(たち)でもなかったから、魔術や魔法に較べてあまり得意とは言えなかった錬金術の研究に没頭する様になっていたのだ。

 決して錆び付いてしまった訳ではないヘルタの頭脳は即座に新しい世界に順応し、広く知られていたありとあらゆる秘薬の類を自らの物とした上に、誰もが望む高価な若返りの秘薬についても自分で作れる様になってしまった。

 となれば錬金術において次に望むのは永遠の命か不死身の身体かと言う話で、必要とされる莫大な量の貴金属に魔晶や魔石に試薬の類をヴォルフアレフの領主館に持ち込む様になる。

 費やされた金穀はマルク辺境伯(マルク)をして鼻白ませるものであったらしい。

 それまでヘルタの作り出した秘薬や試薬に喜んでいたマルク辺境伯(マルク)も、流石にこれ以上は財政が保たないという段になって、嫁に出るか婿をとるまで錬金術の研究を禁止したのである。

 要するに男を引っ掛けて金を出させろという意味だろうと理解したヘルタは、マルク辺境伯(マルク)の言葉に同意し、婿探しと嫁ぎ先探しを始めたのだ。

 幾人もの候補が存在していたが、最終的にヘルタが候補に上げたのは三人。

 一人目がシュマルカルデン王国の第六王子でトルヴァ川の水運に権益を持つゴットヘルト。

 二人目がザルデン王国の第一王子で魔法の研究者としても名高いロドリグ・アイマー。

 最後の三人目が、大陸一の大魔導師とまで言われる様になっていたユーリウスであった。

 マルク辺境伯(マルク)は溜息を吐いて一人目と二人目は諦めろと言い、三人目の大魔導師については、本気で嫁ぐ気でいるなら協力すると告げたのである。

 ヘルタとしても初めから一人目についてはあて馬扱いであったし、二人目についても言ってみただけで、最初から噂の大魔導師以外に興味はなかった。


「お姉様、おわかりいただけるかしら? 私は今とても嬉しいのですわ。噂などあてにならないと知っていましたのに、ここでユーリウス様と初めてお目にかかるまで勝手な噂に惑わされていた事に気付いていなかったのですもの」

「それはどんな噂だったのかな?」

「悪魔の様な方だと」


 楽しげに語るヘルタに、フィームもまた何処か楽しげに答える。


「事実として奴は悪魔の様な技を使うぞ?」

「えぇ、そうなのでしょうね。……わかりますわ。きっと、そう、幼子が面白半分に地虫の巣を壊してみる様に、人の世その物を壊してしまいそうな、そんな危うさを感じます」

「ほう?」

「だから嬉しいのですわ。私でも、いいえ、私がユーリウス様を支えて差し上げる事が出来ますから」


 ヘルタの台詞にフィームが目を細めた。


「ふむ。だが、その言葉はもう少し待った方が良いな。アレの本質は恐らくヘルタ様の思う所には無い」

「……お姉様の忠告、忘れない様にいたしますわ。私、少し興奮し過ぎたのかもしれません」

「なに。私もこれで少し興奮気味なのだ。それに初心な所は見た目通りなのだからな」

「まぁ。やはり可愛らしい方なのですね」

「うん。可愛いぞ。…………可愛いなぁ、可愛いと思うよ。あの巨乳好きな所は縊り殺してやりたいくらいに可愛い」


 そう言ってちらりと視線を外してもう一度ヘルタを見つめる。

 フィームの視線に気付いたヘルタも姿勢を変える風を装い一瞬だけそちらに視線を送った。


「…………巨乳好き、でございますか?」

「そうなのだ。巨乳好きなのだ」

「巨乳好き、だったのですね」

「――母親も乳母も居らず山羊っぽい、あー、なんだ、山羊の乳を布に含ませて与えられていたと聞くからな。その所為だろう」


 なるほど。と、二人の目に妖しい光が宿る。

 二人の視線の先には、ハルト・ヴィーガンが紹介している一人の少女の姿があった。


「……なに、あんなモノ、所詮は飾りだ」

「その通りですわ……ええ、殿方にはわからないのですよ……」


 なにやら不気味な、押し殺す様な笑いを浮かべて視線を逸らすフィームとヘルタである。


「あぁ、いかん、忘れていた。実は旦那(ユーリウス)様は知っての通りの大魔導師だからな。恐らく、というか、確実にこの会場で交わされている会話は細大漏らさず全て把握している。そのつもりでいてくれ」

「――はい? お姉様?」


 一瞬の間を置きヘルタが口元を隠していた扇を一振りし、パチリと閉じて微笑んだ。


「……私、父の言葉を軽く見過ぎていた様ですわ。これが妖精族(エルフ)なのですね?」

「そんな所かもしれないな」

「生まれて初めて、本当に仲良く出来そうな方と出会えた気がします」

「そう言ってくれると嬉しい。試す様な真似をしてすまなかった」

「私、お姉様が気に入りましてよ?」

「奇遇だな。私もヘルタ様が気に入った。仲良くして欲しいと心から思うよ」


 楽しげに、一見とても楽しげに笑い合う二人が恐ろしい。

 が、夜会は未だ始まったばかりだ。

 ユーリウスが外交上絶対に断る事の出来ない、マルク辺境伯(マルク)の息女。ヘルタ・ヴァンデル・マルク、妖精族(エルフ)の名家の娘、ネレアのフィーム、そしてヴィーガン辺境伯(マルク)の養女で親族の娘、ミヒャエラ・クリルド・ヴィーガン。

 互いに緊張感のある鋭い視線を交わし合う三人に気付いて、若干引き気味の三人を引き合わせるユーリウス。

 既にフィームとヘルタの会話ログは確認していたから、ユーリウスの胃はボロボロである。


「あー、フィーム、ヘルタ、こちらがヴィーガン卿の養女でミヒャエラだ。ミヒャエラ、フィームとヘルタだ。一緒に暮らす事になるから、その、仲良くしてもらえると嬉しい」


 ユーリウスの言葉にニコリと頷くヘルタ。

 ユーリウスの言葉に微笑みを浮かべるフィーム。

 ユーリウスの言葉に笑みを崩さず軽く腰を落として挨拶するミヒャエラ。

 どうやら先ずは紹介された順番がそのまま序列となるらしい。

 不調を訴える胃からの苦情を笑顔を崩さず握り潰し、一言二言他愛も無い言葉を交わすとその場を離れるユーリウス。

 ヴィーガン派の諸侯や豪族達との挨拶を終えれば、ハウゼミンデンのギルド会議の者達や豪商達との挨拶が待っているのだ。


「ユーリウス様。今宵はこれほど目出度く晴れがましい場にお招き頂き――」


 などと回りくどい挨拶の後、更に回りくどい言い回しで是非とも自家からも誰か側に置かせて欲しいと言い出す者が多い。

 それら全てを笑いながら回りくどい言い回しで断り続けるユーリウス。

 流石にこれ以上は無理である。

 だが最後までじっと動かず待ち続けていたエジードとの会話に漕ぎ着けたユーリウスは、その背後に美しく着飾った少女が居るのを見て顔を引き攣らせる。


「――エジード老、その……」

「誰しも考える事は同じと言う訳でしてな。ヴェッツエルとしても後がありませんで、ここは一つ、どうかお納め頂きたいと思うのですがの?」


 言いながら封蝋が押されて丸められた数枚の羊皮紙らしき物を差し出すエジード。

 金細工の装飾が付いた美しく細い帯が巻かれている。


「どうかお改め頂きたい」


 間違いなく持参金の目録である。

 受け取ってしまえば嫁確定の許嫁がまた一人増え、受け取らなければ、恐らくゲルマニアの商人達の多くから切り捨てられて、二度と信用されないだろう。


「……お受け取りいたしましょう」


 マルク辺境伯(マルク)が差し出してきた三倍はありそうな目録である。

 中身を見るのが怖い。


「感謝致します。ソフィー、こちらへおいで」


 エジードに呼ばれ、緊張した面持ちでやって来る少女。

 だがそこで何故かユーリウスの視界の一部が赤く瞬いた。レーダーが反応したのである。

 不思議そうな顔でユーリウスを見つめてくる少女は美しかった。

 見た目の年齢は一〇代の後半だろうか?

 刈入れ時の麦穂の様な明るい金色の髪に、掘り出したばかりの原石の翡翠の様な瞳。

 だが確かにこの少女にレーダーが反応している。


「止まれ」


 ユーリウスの鋭い声が飛ぶ。わけも分からず緊張した面持ちで立ち竦む少女。


「動くな」


 そう言った時には既に周囲に複数の(ウィンドウ)を展開しているユーリウス。

 その(ウィンドウ)そのものは不可視ではないが、内容はユーリウスにしか見えない様にされており、見ていた者には突然ユーリウスの周囲に無数の魔法陣が展開してなにやら四角い半透明の板が浮かび上がった様に見える。

 ユーリウスのレーダーが探知したのは未確認の魔法である。

 まるで聖霊の様なマナの塊とも言える何かが、エジードの連れてきた少女の肩の上に浮かんでいたのである。


「ちぃっ! 逃さぬ!」


 どうやらユーリウスが展開した魔法で存在がバレた事に気付いたのだろう。

 その場でどちらに進むか戸惑う様に一回転した後小さな風を巻き起こし、驚く程の素早さで人々の合間を縫って出入口に向う。

 が、それを許す様なユーリウスではない。

 タン、と音を立てて片足を踏み出すと、周囲のマナを一瞬で取り込み支配して、一本の細い糸のような形に練り直して投じると、必死で逃げ回るマナの塊を絡めとってしまう。

 幼い頃から慣れ親しんだ魔法の技である。

 ユーリウスが使える魔法は精霊魔法だけではないのだ。

 と言うより、元々精霊魔法以外のマナやオドや魔石を使う魔術の方が得意であり、だからこそ(ウィンドウ)の様な精霊魔法を行使する為の魔法を作ったのである。


 ほんの一呼吸ほどの出来事であり、見ていた者達にも一体何があったのかさっぱりわからないが、魔法を使う者達には、どうやらユーリウスがマナを放って何かを捕らえたらしい事は理解できた。

 即座にハルトが声をあげて出入口に立っていた兵士達に警戒態勢をとらせる。


「ユーリウス様?!」

「エーミー!?」


 ハルトやエジード他幾人かが咄嗟の出来事に驚き声を上げたが、ユーリウスが捕らえたマナの塊に駆け寄って声をかけ、その場に跪いたソフィーが慌てた様子で謝罪しているのを見て一様に困惑し、どうやら孫娘が何かをしたらしいと気付いて蒼白になるエジード。


「ユーリウス様! ユーリウス様! どうかお許しを! エーミーは、その子は悪しき者ではございません! どうかユーリウス様!」


 てっきり何者かの暗殺か或いはスパイ魔法か何かだとばかり思っていたユーリウスは、改めて捕らえたマナの塊を観察してみる。

 既に姿を隠す魔法は使っていないらしい。

 どうやら周りの者達にも見えているらしく、静かなざわめきが広がっていた。

 それは小人、それも非常に小さな、身長三〇センチメートル程の小人、いや、小さな四枚の羽根が生えている妖精(フェアリー)であったのだ。


妖精(これ)はエーミー?」


 ユーリウスが放ったマナの糸に絡め取られて藻掻いている妖精(フェアリー)のエーミーである。 


「は、はい、ユーリウス様」


 何か病気かと思ってしまう程に震えているソフィーを見て、漸く理解が追いついた。


「もしかしてこの妖精(フェアリー)は君が連れてきたの?」

「――はい。重ね重ね大変もうしわけありません。全ては私の責任です。この子の事は祖父も父も知らないのです」


 それを聞いたユーリウスは、その場でマナの支配を解いて糸を散らす。

 自由になったエーミーは慌てた様子でソフィーの胸元に飛び込んだ。


「びっくりした。――いや、びっくりさせてすまなかった。見えなかったからてっきりこちらを狙った誰かの魔法だと思ったんだ。まさか妖精(フェアリー)だったとは……多分怪我は無いと思うけど、大丈夫か?」

「あの、はい。……大丈夫です」


 と、跪いているソフィーの胸元に飛び込んだ妖精(エーミー)を見つめる。


「怖がらせてごめん。ソフィーももう良いから立って」


 とその手をとって立ち上がらせる。


「次からは誰かに一言伝えておいて。それともずっと一緒に居るのかな? それならそのつもりで対応するけど?」

「はい、あの、エーミーとはずっと一緒におります」


 その言葉が聞こえた者達から驚きの声があがった。ユーリウスも内心驚いている。要するにソフィーには妖精(フェアリー)の加護があるのだ。

 お伽話になら妖精(フェアリー)に気に入られて加護を受けたり契約者となって活躍する騎士や魔法使いの物語があるが、実際にフェアリー加護を受けたり契約したりしている者の話など聞いた事がないのである。

 もちろんそれは妖精(フェアリー)が他の者に知られる事を嫌がるからなのだが、その意を汲めない者が妖精(フェアリー)の加護を受けたり契約者となる事は無い。


「なるほど。エジード?」

「は、はい。ユーリウス様」


 蒼白になったままのエジードが震える声で答える。エジードもソフィーに妖精(フェアリー)の加護がある事を知らなかったのだが、そんな事が言い訳になるはずもなかった。

 場合によっては手討ちにされても文句は言えない状況でもあり、珍しくもエジードは混乱していたのだ。


「どうする?」

「は、あの、どうするとは?」

「ソフィーはヴェッツエルに置いておきたいのではないかと聞いている」


 ユーリウスの言葉にどよめく一同。

 まさかここで差し戻しを提案するとは思わなかったのである。


「は、はい、いえ、ソフィーは、孫娘をどうかユーリウス様の元に置いていただきたく……」


 が、ここに至ってはどうしようもなかった。

 いくらヴェッツエルの財力が巨大なものだとしても、妖精(フェアリー)の加護がある平民の娘など他の貴族達が放っておく訳がない。

 であれば、最初から誰か力のある者の元に送り込んでしまった方が良いに決まっている。


「わかった。ソフィー。どうする?」

「は、はい。あの、私も、私を、ユーリウス様のお側に置いていただきたく思います」

「……わかった」


 静まり返った広間にユーリウスの声が響いた。


「楽師ども! 手が止まっているぞ! 一同、大変お騒がせした。未だ肉も酒もたっぷりある。俺はここで席を外させてもらうが楽しんでくれ」


 そう言ってまた一人増えて四人になった許嫁達を招いてその場を離れる。

 楽師達の曲に沈黙していた招待者達の声が混じったのは、ユーリウス達が去って暫く後の事だった。

 





誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。

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