第六十八話 祝宴の華
本日二〇時にもう一話予約してあります。
A.G.2880 ギネス二六九年
夜の月(十二の月) 人の週の五日(三十五日)
ナーディス諸侯領 ハウゼミンデン
夜会はまずもって盛況と言って良かった。
領主館の食堂へと続く広間には、ナーディスの諸侯達はもちろん、ヴィーガン卿と親交がある周辺諸国の領主達や豪族に豪商達、更には妖精族にドーグの森の小人族(※1)達の姿まで見える。
全員新年の祝賀会への参加者達であるが、当日参加だけの一般の者達とは違い、新生ブランザ王国の建国に参加する事を望んだ領主や豪族達の代表である。
シュリーファ二世号で到着したばかりの魔の森の聖女、魔王を倒した灰色の霧の眷属という王女エリ=エリナリーゼとの謁見を望む者達でもある。
国力を回復しつつあるラネック王国やザルデン王国からの圧力や、テオデリーヒェン大公による圧政からの開放に期待しているのだ。
もちろんブランザ王国の建国に参加する事を望むとしながら周辺の大国とも関係を結び、二重外交を指向している領主や豪族も含まれているのだが、ここ数ヶ月の各国の動きを見てブランザ寄りになっている者も多い。
例えばその代表格と言えるのがナーディス諸侯領のお隣、マルク辺境伯領のゲオルグ・ヘルムート・フォン・マルク・マルクである。
本来であれば、マルク辺境伯領の領都ヴォルフアレフで行われる祝賀会に周辺の諸侯や豪族達を集める立場であり、精々が名代を送ってくる程度の対応だと思われていた人物であった。
「お初にお目にかかります。マルク辺境伯ゲオルグと申します。どうかお見知り置きくださいますよう」
非常に嫌そうな顔をしたハルト、ハルト・ヴィーガンに伴われて現れ、そう言って片膝をつき臣下の礼をとるゲオルグ。
洗練された動きに均整のとれた巨躯。白いものが混じり始めた栗色の髪と豊かな口髭、時折ひやりとする様な鋭さをみせる青みがかった灰色の瞳。
夜会での挨拶としても少々不躾な台詞を口にしながら完璧な所作で臣下の礼をとるという、慇懃無礼とも挑戦的とも言える、何処か人を試すような気配を感じさせる男であった。
エリは微かな笑みを浮かべ、その全てを見通す様な、あるいは何一つ見ていないかの様な青く輝く紫色の瞳でゲオルグを見つめる。
「――噂は聞いております。マルク辺境伯には一度お会いしたいと思っていましたが、本当に大きな方で驚きました。今宵はどうぞ楽しんでください」
未だ正式な国交も無く、ナーディス諸侯領とは小さな小競り合いを繰り返している謂わば潜在敵国の領主である。エリの台詞は基本的には親しい他国の領主に対する王女殿下としてのものであった。
エリの返事をどう思ったのかはわからないが、そのままもう一度頭を下げて立ち上がると、今度はユーリウスに挨拶し、ハルトには軽く会釈をしてその場を挨拶待ちをしていた諸侯たちに譲って立ち去る。
順番を飛ばされて待たされる事になった諸侯からの挨拶を改めて受けるエリの隣で顔を寄せて囁き合うユーリウスとハルト。
「あれがマルク辺境伯か」
「はい。アレが、ゲオルグ・マルクです」
抑えてはいるが、何処か吐き捨てる様な口調のハルトを面白そうに見やるユーリウス。
「辺境伯と呼ばれるのを嫌うのはあれが原因か?」
「はい。まるで狐の様に狡猾な男です」
なるほど。
と呟き網膜に投影した窓を視線と瞬きで操作して、判明している限りのゲオルグ・ヘルムート・フォン・マルク・マルクの情報を確認する。
ハルト・ヴィーガン同様、元々ブランザ王国に仕える貴族であり、ブランザ王国滅亡後の混乱期に勢力を拡大、ラネック王国、オレスム王国、シュマルカルデン王国、そしてザルデン王国と、実に四カ国の爵位を持つ古強者であった。
普通では考えられない話ではあるのだが、それを強引に成し遂げるだけの武力を保持する軍事大国なのである。
それでいてシュマルカルデン王国の様に名目を実情合わせる事は考えていないらしく、時折各国の要請に応じて軍を提供したり、魔晶の献上を行っているのだ。
「相当の『狸』だな……」
「タヌキ、ですか?」
レッサーパンダや穴熊やあらい熊の様な動物は居るが、ゲルマニアに狸は居ない。
「狐の様に狡猾な穴熊だ」
「……なるほど。喰いつたら噛みちぎるまで離さない所は穴熊ですな」
内心、アナグマってそんな動物なの? と驚いたユーリウスだが、そもそも狸と穴熊は全く別の動物であったし、ゲルマニアの「穴熊」といえば日本の穴熊とは全く別の有袋類で、どちらかと言うとタスマニアデビルに近い動物である。
ユーリウスは魔物だけでなく普通の動物についてももう少し学んだ方が良い。
「タヌキ、いい名前ですな。タヌキ辺境伯、タヌキ・マルクいや、マルク・タヌキとでも呼びましょう」
「――あー、それで、アレは一体どういうつもりだったんだと思う?」
「あれ……? あぁ、臣下の礼をとった事ですか。形だけ従うだけだという意思表示でしょう。隙を見せれば即座に襲いかかってきます」
「確かヴォルフアレフには常備軍が居るんだったな?」
「はい。ヴォルフアレフの迷宮は巨大ですからな。常備軍だけで一〇〇〇を超えるはずです」
それはユーリウスが集めさせた情報にもあった通りだった。
ヴォルフアレフという都市一つだけで一〇〇〇の常備軍を組織して、戦時には三〇〇〇近い動員能力がある。
周辺の農村まで含めた後先考えない全力出動であれば、一〇〇〇〇近い兵力を動員出来るのではないだろうか?
「軍事大国というのは本当だな」
「奴の狡猾さと常備軍の練度は侮れません」
そんな男を相手に一度も負け無し(引き分けは多い)というハルトも凄まじい。
一方が居なければ、ゲルマニア中部の覇権を握れたであろう二人なのだ。互いに嫌いあうのも仕方のない話である。
「取り込めるか? 同格にはなるがヴィーガン卿の方が先任になるぞ?」
ユーリウスの台詞にニヤリと笑うハルト。
「――迷宮は没収、所領は安堵、という事でよろしいですかな?」
「任せる」
「はっ」
そうして挨拶が終われば晩餐である。
夜会と言われたユーリウスが想像していた舞踏会的な会は存在しないらしい。
会場の前で挨拶を行い、全員が揃った所で食堂に入場。晩餐を供してある程度酒が回った所で無礼講となるのだ。
吟遊詩人が歌い楽士たちが曲を奏でて踊り子達が踊る。
もちろん自信があれば各自中央に出て、自ら歌ったり楽器を奏でるのも自由であったし、得意な魔法や剣舞を見せる者も多い。
ただし武装を解く事は無い為、時折刃傷沙汰が発生するらしい。
夜会の席での刃傷沙汰で開戦というのも普通であった。
ついでに言えば、テーブルマナーだのコース料理だのといったものは無い為、幾つも並んだ長テーブルに大量の料理を並べ、ナイフ片手に手掴みの食事だ。ユーリウスも流石に慣れた、というか諦めたが昆虫食も盛んで、何かの幼虫や巨大な蟹や海老のむき身の様な物がふんだんに使われているのも特徴である。
一般的に出される酒は酸っぱいワインに香草や香辛料や果汁をぶち込んだアルコール度数の低い物が大半であったから、ラネック王国で良く呑まれているパンくずから造る火酒や、アルメルブルク産の甘い口当たりの麦酒などは評判が良い様子であった。
「これならビールもいけるかな? ホップがあるのかどうか知らんけど」
「それはなんですか?」
「苦味のある喉越しの良いお酒」
「苦いのですか?」
「そう。慣れると病み付きになるんだけど、何処かで造ってないのかな?」
「さぁ? お酒の事はわかりませんが、迷宮の根を使った苦いお酒があるのは聞いた事があります」
「そうなんだ?」
「はい。お薬になるようです」
「そう言えば薬酒ってのがあったなぁ……メディナなら詳しそうだけど」
「ああ、そう言えばメディナは幾つも持っていましたね」
後でアルメルブルクの名産に出来そうな物があるか確認してみよう、などと考えながら、とりとめのない会話を続けつつ、ひな壇の様な席にエリやハルトの家族達と並んで座り、笑顔を崩さず食事をしているユーリウスである。
この後は食事が終わり次第無礼講になるため、吟遊詩人が出てきて何曲か歌を歌ったらエリは退場する事になっている。
ユーリウスは暫く付き合ってから退場してエリに合流する予定だった。
……何事も無ければ。
何事か?
何故か一緒について来た困惑顔のフィームは置いておくとして、要するにユーリウスは嫁候補を紹介されたのである。
一応魔法の才能というのはある程度遺伝する確率が高いと知られている事もあり、才能のある魔導士を取り込もうと貴族達が自身の娘や親戚の娘を宛がう事があるから、こうした事態も想定されてはいた。
だがマルク辺境伯は想定外だった。無礼講となり、エリが退出した途端にマルク辺境伯が一人の少女とその侍女らしい女性を連れてやって来て、軽くユーリウスに紹介したあと颯爽と歩み去ったのだ。
「末永く可愛がってやってくれ」
そう言い残して。
一緒に残った侍女に地味なローブをその場で脱がされて残されたのは、どう見てもゲルマニアの婚礼衣装に包まれた少女である。
ユーリウスが、いや、視界に入っている全ての者たちが唖然としている。いや、ハルトだけは顔を真っ赤にして必死で怒りを押し殺している様に見える。
「やってくれるじゃないかマルク・マルク……!」
「こちらが持参金の目録になります」
侍女がクルクルと巻かれて封をされた羊皮紙らしき物を差し出してくるが、流石に受け取る訳にはいかないだろう。
さてどうするか? と必死で対応策を考えていると、隣にたってそっとユーリウスの腕をとる者がいる。
「……で、フィームは一体なんの用だ?」
「うむ。実は長老会議の決定らしくてな?」
「意味がわからない。なぜ腕を組む?」
「我が氏族も生き残りに必死でな。それにな、ついつい忘れてしまう事が多いが私は不具者だからな。それに婚約者を守れずみすみす死なせてしまった上に一人で生き残った不吉な女だ。こう見えて苦労しているのだ。まぁ片端の余り物で少々申し訳ない気がしないでもないのだが、既に私には行くところが無い。いっそ護衛代わりとでも思って側に置いて貰えると嬉しいな。あぁ、一応人とは一度も経験が無いしな。生娘という事になっている」
と、一気に最後まで言い切って、思い出したかのように淋しげに見える笑いを漏らして視線を逸らす。
フィームに着いて来たらしい妖精族の女官だか侍女に加えて、マルク辺境伯の娘とその侍女だかもそっと袖口で涙を拭っている。
「……珍しくドレスなんて着てると思えば、いきなり話が重いんだけど……?」
「だろう? 同情しただろう? 貰ってくれ」
「つーか人とはってなんだ人とはって?!」
「細かい事を気にするな。ユーリウスの言う公式発表ってやつだ」
「公式発表って……!」
そう言ってユーリウスの腕をとったまま胸を逸らして笑い、じっと見つめてくる侍女の手から目録を受け取りユーリウスに押し付けるフィーム。
「言っておくが妖精族は公式に私を生娘だと保障しているからな。違うと言う話になれば犯人はお前だ」
「ふざけるなっての!」
と、思わず声を荒げそうになったユーリウスの目に、フィームの真剣な眼差しが飛び込んで来た。
冗談めかしてはいるが本気らしい。
見た目やその仕草はドレスを纏った良家の子女であったが、中身は何時も通りのフィームなのである。
「フィーム、フィーム。その……ちょっと待て。落ち着け、後でゆっくり話しあおうじゃないか?」
「いい考えだな。ベッドを温めておくからゆっくり話しあおう。久しぶりだから上手くできるか心配だが、まぁなんとかなるだろう」
「おい、生娘設定はどうした?!」
「おっと、いけない。後ろに長老会議のお目付け役がいるのを忘れていた」
フィームの台詞に妖精族の侍女共々頭を抱えていると、マルク辺境伯の八女、ヘルタ・ヴァンデル・マルクが侍女に涙を――どうやらフィームの境遇に涙していたらしい――拭ってもらい、ニコリと笑って口を開いた。
「私も帰れません。ですがご迷惑はおかけしません。既に市街に小さな終の棲家が用意されておりますゆえ、ユーリウス様に気に入って頂けなければ死ぬまで一人で押し込められて暮らすだけにございます。ですがそれは余りにも惨めでございます。端女としてでも構いませんのでお側においてくださいませ」
ヘルタの背後に立つ侍女の目が、多分、いや間違いなく「まさかうちのお嬢様をそんな目に合わせたりはしませんでしょうね?」と言っている。
「――ヴィーガン卿の言った意味がなんとなくわかったわ……」
「うむ。私もこんな手で先を越されるとは思っていなかった。まさか婚礼衣装で紹介するとはな。まぁ嫁など一人貰えば二人も三人も同じだ。なぁユーリウス。いや、旦那様よ。まさかこの哀れな小娘二人を放り出す様な真似はしないだろう?」
「小娘って、あんた幾つだよ?」
「妖精族としては十分小娘だぞ? 公式には生娘だしな?」
もう頭を抱えるしかないユーリウスだった。
流石にもうコレ以上は無いだろうと、頭を抱えた指の隙間からこっそり周囲を伺えば、三人の会話が終わるのを今か今かと待っているらしい娘連れの諸侯が数名。
(ヴィーガン卿っ! ・お・ま・え・も・か・っ・!)
ハルトも顔合わせの準備は整えていたらしい。
当然と言えば当然であった。
ここまで来れば、ハルトが珍しく強引に――新年の祝賀会前というのに拘って――この夜会の開催を決めた理由が理解できるというものである。
実際のところ、ユーリウスには既に拒否権など無いのだ。
少なくとも一人はハルトが用意した娘を側に置く必要があるし、マルク辺境伯の娘も公の場で婚礼衣装姿まで披露してしまった以上、ユーリウスが断れば出戻り扱いな上にマルク辺境伯の顔に泥を塗る事になる。それも下手に出て実の娘まで差し出して友好関係を築こうとした相手に対して、だ。下手をすればマルク辺境伯との全面戦争である。負けるとは思わないが、周辺諸国の心象は完全にマルク辺境伯寄りとなるだろう。
(……まさかこんな事になるとは……)
ユーリウスが頭を抱えている間にフィームとヘルタが会話を続けている。
「あの、妖精族の方、よろしいでしょうか?」
「はい。私はネレアのフィーム。フィームとお呼び下さい。それで、なんでしょうかヘルタ様、あぁ、ヘルタ様とお呼びしてもよろしいですか?」
不安そうに声をかけたヘルタに、いたずらっぽく笑ったフィームが答えた。
「はい、是非。……あの、フィーム様と私は競争者という事になるのでしょうか?」
フィームの口元が更に大きな笑いの形に歪んだ。
「いいえ。私は旦那様の側に置いていただければそれ以上は望みません。もちろん一度くらいは手を付けてもらわないと面目が立ちませんから、そこだけは配慮頂けるとありがたいとはおもっていますけど」
フィームの言葉を聞いて嬉しそうに、それはもう本当に嬉しそうに笑うと言葉を続けるヘルタ。
「安心致しました。フィーム様には色々と教えて頂ければと思っておりましたので、仲良くさせてくださいませ」
その言葉に、フィームが再び楽しげに変化した。
「あぁ、そうですね。これでも旦那様が四歳の頃からの付き合いですから、色々とお教えできる事もあると思いますよ?」
「まぁ! ではフィーム様はユーリウス様の幼馴染なのですね?!」
「その様な言葉を使われると少々照れてしまいますね」
「まてまてまて! なんだその幼馴染ってのは?! そこは否定するべきだろう!?」
思わず突っ込んでしまったユーリウスに、心底不思議そうな様子のフィームが答える。
「なぜだ?」
「なぜって、その、確かに俺が四歳の頃からの付き合いかもしれないが」
「かもしれないとはなんだ? 事実だろう?」
「だって俺から見たらフィームは――アレ? そういえばフィームって幾つなんだっけ?」
「秘密だ。公式にはユーリウスと同い年という事にしたいと思っている」
「公式って、おい?」
「……まぁ、それでは私の方がお姉様になってしまいまいますわね?」
「え? なにそれ?」
「そう言えば勝手に決めるわけにもいかないのだったな。妖精族より年上の妻と言うのも外聞が悪いだろう。私はヘルタ様よりも少し年上という事にしようか?」
「あれ? そう言う話だっけ?」
「そうですね、あぁ、その前に幾つ違いに致しましょうか?」
「まって? ねぇ? その会話、なんかちょっと可怪しくね?」
「五歳くらいでいいのではないか?」
「素敵ですわね。そういたしましょう。では私がユーリウス様と同い年と言う事でよろしいですか?」
「ねぇちょっと?」
「もちろんだとも」
「嬉しいですわ。フィーム様をお姉様と呼ばせてくださいませ」
限界であったらしい。「飲み物を持ってこよう」などとボソボソと呟くとその場を離れるユーリウス。
多分放置して良いはずだった。
そうしてユーリウスが去った後の二人は表面上の会話をそこで止めた。
「旦那様はやはり女には初心だな。扱いやすくて良い。大体把握出来たか?」
「――ええ、ありがとう存じますお姉様」
二人で顔を寄せ、手にした扇で口元を隠した内緒話である。とは言え、ユーリウスには、いや、アニィはこの会場で行われいる会話の全てをログ化しているから声を潜めて口元を隠したところで筒抜けなのだが、ヘルタは、それを知らなかった。
「妖精族には絶対に油断をするな、そうお父様から何時も言われておりましたけど、お姉様を見るとよくわかりますわね。恐ろしいくらいに隙が無くて、それでいて余裕があって。私、お姉様がとても気に入りましてよ?」
「ほう、それはありがたい。私もユーリウスの側となる様に命じられた身だからな。同じ立場の者とはなるべく仲良くしておきたいと思っていたのだ」
「嬉しいわお姉様。では私達、きっと仲良くできますわね?」
そう言って至近距離で見つめ合う二人。
背が高くその短い髪の所為もあって、ドレス姿でありながら何処か凛々しい中性的な印象を――間違っても残念な胸の所為だなどとは言わないが――与えるフィームに対し、柔らかそうな唇を隠し、大きな瞳をキラキラさせながら見え上げる様にして顔を寄せるヘルタの組み合わせは――二人の様子に気付いた女性が小さな黄色い悲鳴を上げて頬を染めてしまう程度には――何処か妖しい背徳的な気配を感じさせ、俄に会場の女性達の注目の的となりつつあった。
が、そんな事を気にする二人ではない。
フィームは何処でどんな格好をしていた所で妖精族の戦士フィームであったし、ヘルタもまた「マルクの雌狐」の異名を持つ将なのだ。
「ユーリウス様」
「ヴィーガン卿。してやられたな。卿の言葉の意味を漸く理解できた。奴は危険過ぎる。いきなり墓場に叩きこまれた気分だ……」
「申し訳ございません。あの娘は奴のお気に入りでしてな、これまでも彼方此方連れ回していたもので、油断いたしました」
「そうなのか?」
「はい。戦場でも対峙した事がございます。アレでなかなかの雌狐なのでございます」
「戦場でも?」
「はい。兵を率いても剣を振るっても、なかなかのものでございました」
「――あれって、幾つなの?」
「確か八女でございますから……四〇代の半ばではなかったかと……? それがなにか?」
ユーリウスは膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える事しかできなかった。
「ユーリウス様?」
「……いや、どうりで聡明な娘だと……」
「そうでございますな。腹立たしくは思いますが、否定は致しませぬ。ところでユーリウス様、実はご紹介したい娘が何人かおりましてな、一人は私の養女になるのですが、宜しいですかな?」
「……ヴィーガン卿が紹介して下さるという相手を私が断るはずもございません。そちらに控えている方でよろしいですか?」
「はい。ではご紹介いたします。ミヒャエラ、こちらへ来なさい」
これで断る事の出来ない許嫁が三人目である。
本格的な夜会は未だ始まったばかりであった。
※1 一口にドワーフと言っても平原の森や低地に暮らす小人族と、山岳地帯に暮らす妖精族が存在しており、低地の小人族は指輪物語に出て来る様なホビットに近い存在になる。妖精族については東方の森林地帯から山岳地帯にかけて、ヴァーザッグと呼ばれる国家を築いており、生活圏が重なる妖精族とは対立関係にある。
妖精族は元々大陸でも唯一迷宮に依らない鉱石の採掘及び精錬技術をもっており、その冶金・金属加工技術力は非常に高い。
実は妖精族の金属加工技術は妖精族から奪ったもの。
また、ヴェルグニーとヴァーザッグの係争地には妖精族が鉱山として利用していた巨大な迷宮跡地が存在している。
誤字脱字その他コメント等ありましたらよろしくお願いします。




